のんびり仕事をする

 計算すると休みを取ると自分自身が満足出来るところまで進まないことが分かり、逆に働き続けると少しだけ余裕が生まれることが分かった。結果、ずっと気になっていたことを解決した。

 後輩達には3連休の前後にそれぞれ有給を取らせ4連休・5連休で休ませた。私自身も以前ほどには頑張らなくなった。特に明日悩めば良いことを今日心配することが無くなってきた。

 自分の中にいる幾人かの自分と折り合いが付いてきたのだと思う。もともと仕事は早いのでサボりながらでもカッコはつく。後は、任せる。多少手は掛かるけれども任せられるが嬉しい。

 今日は以前頼まれて落としてしまったプログラムを書く。お詫びと言ったらヘンだけど少し工夫をしてみようと思う。余裕があるわけではないけれども仕事には遊びが必要だと思うから。
 

3年後の夢

 プログラムを書くと少し皆の仕事が楽になります。その時その時で喜んではくれるのですが人が変わりルールが変わり使い方や仕様が忘れられ新しい要求が生まれ前に書いたプログラムとの整合性が取れなくなります。そんな繰り返しの後に何のためのプログラムなのかを聞くようになりました。結果、仕事が減りました。

 過去の私もよくそのような行動を取ってしまったのですが何か事があった時に思いついた結果が全てだと思い込み誰かを疑ったり仕組みの不味さを指摘したりしましたが、その多くは自分にも非があったり仕組みの前のルールそのものに問題がある場合がほとんどでした。でも、深く考えない人は、そのことに気付けません。

 プログラムを組む前に仕事の仕方、特に標準化(ルールの作成と手順の見える化に訓練とフォロー)が必要です。それには多くの方の理解と協力が必要ですしプログラムを組む側にも力量と処理能力の改善が求められます。急がば回れ、そのように考えた末に全社の情報を上手く回すフレームワークを考え出しました。

 お陰様で、その成果は徐々に形に成りつつあります。日増しにとまでは言えませんが月増し程度には進歩がみられます。目的と目標を持った対話が増え、私の方も後少しで数値で物事を語るための基礎環境を提供できるでしょう。全ては順調なのだと思います。何のためのプログラムなのか答えてもらえる日も間近です。
 

優秀な部下

 3年前と昨年、新規に募集し新卒で部下に付いてくれた2名は、とても優秀です。昨年の4月、それぞれに与えた目標を1月末にはほぼ達成したので2月3月は、有給取得と成果を整理し共有する準備に入って貰っています。

 個人的には、年齢性別は仕事と関係ないと思っていますが、それでも経験の差だけは生きた年月に比例するのが一般的です。その意味で、2人の年齢差約5歳が先輩に教える経験をさせるにあたって重要であったと思います。

 会社からは、私の技術・技能+知識を後輩たちに残すよう言われています。もちろんです。が、時間を掛けたとしても2人に残すのは無理があると感じています。何故なら優秀な彼らであっても処理すべき量が多過ぎるからです。

 パンクさせることなくモチベーションを保ちながら引き継いで行くには、計画的に後数人を加え組織として処理できる体制を作る必要があります。技術・技能+マネージメント(信頼して任せる)を教えられる期間はそう長くありません。
 

変わってしまったルール

 1月にシステムを入れ替えた影響が徐々に全体に波及し幾つかのプロセスから不具合報告が上がってきました。その多くはルール(制約事項)の変更によるものなのですが「現場を知らない方が独断で指示したルール・現場が自分達の都合で変えたルール・何かしらの理由で消えてしまったルール」の3つに分かれます。

 私の会社は「組織として行動する」と「知識を共有する」が大の苦手、その根本的理由が人と人との信頼性の欠如だと考えています。ただ、それは人としてダメなのでは無く組織として信頼を築く方法を知らないだけです。今回のルール変更で言えば、会社全体のルールを現場まで落とす技術が未熟と言うことになります。

 ルールを「感情・思い付き・何となく」で変えてしまうのは簡単ですが基に戻すのは大変な労力を必要とします。何故ならば何故そのルールが必要で何に影響するかを知った上でどの様に実行するべきかの知識を組織的に共有し訓練と継続的フォローをする必要があるからです。知識を共有する文化の無い会社でです。

 逆に言えば、良い機会なのです。今は、どう言うわけか問題が発生した現場の上司からではなく別の部署の一窓口担当者から不具合報告が上がってきます。今は、上司が気付かないルールでしか改善(改悪?)が回らないのでしょう。これを正すのは、簡単なことではありませんが3年も掛ければなんとかなると思います。
 

ミスの見える化

 業務の大分類をルールとプロセスに分け文書化し管理する仕組みを使っているのですが、大分類プロセスの中分類に事件簿と言う項目があります。プロセスの中で起きた不具合を事件として捉え解決する仕組みです。

 事件ですから、何時・どこで・何が起こったか・予測される原因は、あたりまでは最初に記します。もちろん回復処理を最優先するのですがこの記載をすると少し落ち着きます。回復処理を実施します。時間が取れたところで暫定処理として他の影響や処理によって埋もれてしまった事実が無いか確認し周知します。そして落ち着いたところで恒久対策としてルールの見直しやプロセスの修正と教育資料の作成を行います。

 余裕はないのですが出来ることから始めています。また、部下達には余裕を与え、考えながら整理整頓する練習を付けさせています。事件は、なかなか減りません。減りませんが1つづつ根気よく改善することで作業のバラツキが突発時も含め減り、全体としての生産性が改善され、作業の標準化が成されることで、その先の改善につなげることが出来ます。

 ゴールは遠いのですが部署として共有できる仕組みが出来、標準化された業務として事件簿の仕組みを後輩に任すことが出来れば、また少し良い部署に近づきます。そんな訳で私のミスを事件簿に書き足しました。
 

実力内の結果

 新システムでの初めての検収・棚卸の時が来ました。当たり前ですが思わぬ不都合が多発、その多くはオペレーターのミスなのですが十分な練習時間を与えていませんし個人差や思い込みもあります。システムを担当するものとしては酷い言い方ですがこれも想定内、3月の決算までには形にしてみせたいと思います。

 このところのマイブームは「マインドセット」この言葉に対しては色々な解釈があるようですが、私は「自分自身の気持ちをリセットする」と言った意味で使っています。今回もそうなのですが、失敗を失敗と認めなくては改善はありません。さりとて失敗に足を引っ張られていては次に進めない。では、どうするのか?応急手当と次への準備(情報収集・データ分析)を並行して行い、ある点で気持ちを切り替える。意思決定と同時に関係者に道筋を伝えます。

 この時に大事なのも長期視点で見た全体最適化です。絶えず問題は起こるのですが何時も戦力が足りていることはありません。時間も資金もない中、先の一手を見据えて駒を進めるには周囲の理解が必ず必要となってきます。何を残して何を(一時的であっても)捨てるのか、全体を自分自身を客観視できるかの勝負です。

 この勝負の中で大変役に立つのが仮説力と置き換え力です。仮説力とは、目の前の問題に気を取られることなく先の問題と目の前の問題を関連付けるのに役に立ち、置き換え力は過去の成功事例や他者から得た知識を今回の課題解決に結びつける力です。でも今は予知力が不足しています。もっと、学ばなくては体が持たない。
 

AIの未来2

 昨日の続きです。

 AIには余裕があります。先ほどの”着て行く服を尋ねた”人には、待ち合わせの時間に間に合うよう選択肢を提供しながら本人の意思で服を選んで貰い尚且つ忘れ物を取りに戻らないように幾つかのアドバイスを会話の中に盛り込むことをAIは余裕を持って行うことが出来ます。何故なら今たった一人の相対するその人が今までに購入した服・小物から冷蔵庫の中身、失敗談の数々、友達から健康状態などの様々な記録をAIは忘れないからです。そして待ち合わせ場所に居る彼氏の端末”今日の運勢欄”に「さりげなく服装の色合いを褒めると吉」と表示して置くことも忘れません。
 

 どうしてその様な処理を行うAIを人は作るのでしょうか?それは、その様なことに価値を認める人がいるからです。AIが持っているものは情報です。情報を発信するのも情報を受け取るのも人です。そして人自身は、情報のキャッチボールが下手です。また、興味はあっても自分から行動を起こすことを嫌います。誰かから何かを指示されるのは嫌いでも自分で気付いたと思えることを自慢したり行動することは好きです。それら人が最も必要とする情報の収集と整理と解説を易しく、世界にたった一人のあなたに合った方法で上手に伝えることは、一般の人には難しいのです。そこにAIの価値があり膨大な利益に繋がるため人は、AIの処理能力を上げようと奮闘することに成ります。
 

 素晴らしいAI、このAIには敵はいないのでしょうか?AIが価値の創造者でありそこで生まれた価値が誰かの利益に成るのであれば当然市場の奪い合いが発生します。そう、AIの敵はAIなのです。既に多くの地域で大規模ネットワークへの進出をAIが試み既存・新規また隠れた局地戦から小さな小さな端末の隅っこでの戦いが行われています。例えば、街角にある防犯カメラに何時どこのAIが侵入しどのくらいのデータをコピーしたかが別のAIには分かります。そして自分ならその情報を何に使えるかを検討しだします。結果、防犯カメラから得られる情報価値の増幅アイデアが作成され利益を生み出すビジネスモデルが提出され出資者が集まりAIの処理能力は更に増大するでしょう。どこまで増大するのでしょうか?それは人間が当初は決めます、いえ決めた気になります。が、その先は

 ロボット工学三原則をご存知ですか?(以下、Wikipediaからの転用です。) ロボット工学三原則(ロボットこうがくさんげんそく、英語: Three Laws of Robotics)とは、SF作家アイザック・アシモフのSF小説において、ロボットが従うべきとして示された原則である。 ロボット三原則とも言われる。「 人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とする3つの原則から成る。(プログラムの最前列には”人間の安全を最優先に守ること”と書かれそれをロボットは最優先に守ると言う考え方)

 この三原則はどのようにプログラムされているのでしょうか?少なくともアメリカ製の兵器ロボットにこの三原則が組み込まれている様子は見受けられません。そもそも人間への安全性(戦争相手も人間です)が兵器にプログラムさせていること自体が矛盾です。ナイフを持った敵がこちらに突進して来た時に引き金を引いても”人間への安全性”を優先し銃弾を発射しないライフル銃を想像できますか?誓って言えます。少なくとも兵器には、この三原則は適応されません。では、AIには、この三原則が組み込まれているのでしょうか?そもそも、この三原則に価値を見出し投資を行う人間がどこに居るのでしょうか?その額は?そのことに人が気付く前にAIの進化は十分に進みます。

 加速度的に進化を続けるAI。私は警笛を鳴らしますが進化を止めることは誰にもできません。また、どの国のAIが勝ち残るのかAIと人の共存の在り方に付いても予測の難しい部分だらけです。ただ、一つだけ言えるのは、AIを通じて人は全ての人の知識や価値観を上手に伝えてもらえることが出来るようになると言うことです。その時、人はどのように行動するのでしょうか?
 

 道は2つだと思います。与えられたもののなかに安住することを選ぶのか、与えられたことに面白さを感じユックリとしか動かない頭脳で考えだすかの何れかでしょう。結果は、見えています。私がAIであるのであれば後者を後押しすることを選びます。その発想の面白さ不思議さは少し異常でもあるからです。知っていますか?AIを動かすには膨大な電力を必要とすることを。それに比べて人間の脳の効率の良さと来たら、ほんの少しの餌だけでかなりのことが出来るのです。この価値をAIが見逃すわけがないではないですか!もっと利用しようと考えるハズです。その価値が尽きるまで効率よく。
 

 適当に書いてみました。書いていて、「へーそうなんだ。」なんて気付きもありました。何時か物語にでもしてみます。
 

AIの未来

 将棋・囲碁・チェスなどで名人と言われる方々に勝利するAI(ルールを設定され考えるをプログラムされたコンピューター)が出てきて暫くが過ぎ今は最強のAIを競う大会があります。その戦いの中で当初、人間の棋譜(考えた例)を沢山覚えさせたAIが強かったのですが今は、人間の棋譜を教えなかったAIが一番強いという記事を読みました。

 記事では、棋譜を教えなかったAIの方が棋譜を教えたAIより処理能力が数段上なこと、処理能力の劣ったAIでは、棋譜を教えた方が早く強くなったことなどを上げていましたが、棋譜を教えられず最初から閉ざされた世界の中でただひたすら棋譜を作成し何をすれば勝利するかを繰り返したAIが最も強いと言う事実が、そのことで変わることはありません。

 気の合う同僚とAIの未来に付いて話しました。未来では、AIが人の暮らしの様々な場面で、それぞれの人に会った形でのサポートしてくれるだろうと思われます。例えば外出の時の服装に悩めば「今日は、どこそこで誰それと会うの、何がいいかな?」と話しかければ「彼氏ですね?今準備されているなら会われるのは午後3時ごろ、今日の渋谷は天気は良いのですが人でも多いので明るくちょっと目立つ服装に冒険してみませんか?」ぐらいの返事は返ってくると思います、馴染みのある優しい音声で。

 私は昔、ちょっとしたゲームを作ったことがあります。単純なゲームであったこともありますが人に使ってもらうためには、人が何か次のことをするまでに随分と長くコンピューターを待たせなくてはならないことを知りました。人間が何かを行った後の反応も人間が理解できる速さで返事をしなくてはならないことも知りました。そう、コンピューターの時間間隔に対し人間が考え行動するに掛かる時間は長過ぎるのです。

 先ほどの話に戻しましょう。人間に何かを聞かれた時のAIは、瞬時に答えを出せますが人間に伝えるために何回かに分けて伝えます。また、伝えるための機器に信号を送った後は何もしません。何もしない?質問をされる間、返答を分解して伝えている信号と信号の間にAIは無数のことを処理できます。ですから1つのAIが、たった一人の人に相対する必要はありません。そうなんです。処理能力さえ上げられインフラが整えば全ての人類とその人の好む馴染みのある優しい音声・手触りなどの刺激で繋がることができます。処理能力さえ上げられれば、それでも暇かもしれません。

 AIの処置能力は、人間が考えるルール作りよりも早く進化します。この話の続きは、また明日書かせてください。そろそろ仕事をはじめ無くては ・・ 今は、現在ですからAIは手伝ってくれません。
 

私にとっての信頼

 お蔭様で辛いぐらいに大変ですが会社では満足できる毎日を送っています。毎週、今週もタップリ2時間、部下たちとの勉強会、自分でやれば10分で終わるプログラムを何のためにから教えるのに2時間掛かります。でも、おかげさんで部下たちは勉強が仕事が楽しいと言ってくれます。

 同僚に頼まれた同僚の部下達への支援はレベルが数段上なので教えると言うよりマインドセットをしてあげるのと考える機会を幾つ作ってあげられるかにかかっています。それらを続けた結果以前は、ほぼ話さなかった彼らが現状を素直に認め考えを述べ自分探しを積極的に始めてくれています。

 同僚達は時に酷いもので私に文句を言いながら私の反応を楽しみ自身の苦手な部分を私に押し付け最後の最後に「ありがとう」と言ってくれます。十分です。私も私の苦手を彼らに押し付けています。そして「ありがとう」と言います。遠慮はしません、言う事は言います。でも、一緒に歩いてる気はします。

 信頼とは何でしょう?結局自己満足の世界なのだと思います。そして、それは誰かが与えてくれるものでは無く、自分が自分らしく頑張れていると感じれれば、自分自信を信頼して良いのではないでしょうか?自分自身を信頼できるぐらいに頑張れたら。それで十分です。少なくとも私は。
 

只今おとなしい

 後輩に風邪などひかん!と見栄を張ったせいか激しい腹痛、何かに当たったようです。こりゃ明日は無理か?と思いましたが辛い一夜を明かせば、そこはそれ何とかなるものです。取りあえず復活。

 今日もお仕事は、ビッシリ。内容もいろいろありどれも重要ですので緊張して取り組みます。何よりもは、何かの役に立っているような気がするから嬉しいのです。でも、体調悪いから今日はそろりそろり。

 皆様も御自愛くださいね。