見過ごせない辛さ

 各部の計画を見てみると幾つかの計画が大味だったり力技だったりしている様に感じる。理由は、悪さを数値で表現していない、一度の計画で完璧を目指している、現場の人間を巻き込んでいない、関係する部署を巻き込んでいない、計画が多すぎる、など幅と言うか奥行きと言うか、幾つかの計画に対し物足りなさを感じてしまう。

 何故このような計画になるのかをもう少し深く考えると、先のビジョンと作成した計画が上手く繋がっていない様に感じてしまう。少し遠い目標の「生産性・品質・人間尊重」から落とした比較的近い役割ビジョンは、長い目で多くの人を育てなくては成らず、計画は自ずと分かりやすく達成しやすく任せやすくなるハズ?選択が足りてない?

 何を優先し何を切り捨てるべきか。優秀な人達ばかりなのに、どうして選択をしないのだろう?何かを考える時に課題に対し総花的に考えを広げるのはとても良いことです。でも、そのまま突き進むのはどうなんでしょう?収束思考が無いと言うことは論理的に考えるフレームワークが出来ていないと言うことになります。それは何故?

 ひとつには慣れなんでしょう。以前「1人に1つの目標を設定した。」と言う方に「それでは組織にならない=生産性が悪い」と指摘したことがあります。今回は、随分減らされたように見受けられますが幾つかの組織に割り振られた目標は、全部署の人数より多いのです。他もそう、何をどんな場面でどの様に伝えたらよいのかが苦しい。
 

諦めのいい私

 悲しい事に昨日お預かりしたPC修理は正常に起動させるまでは至りませんでした。データ自体は最初に復旧し取り出せる状態までは戻せましたので、それで勘弁してもらおうと思います。ただ、自分的には色々試せたので楽しかったのと、次は状況をもう少し深く理解し場合によっては初期段階から手順を踏んで修復してみたいとも思いました。(だって楽しいんだもの)

 時間切れと言うのは、よくあることです。今回も他の方法が無いわけでもないのですが別の仕事をしながらの復旧に1日を掛けてしまいあまり夕食の時間も遅らせたくないので帰宅しました。同じように私自身が重要と思っている事でも時間切れはあります。その場合には、キット重要と言う思いは消えてしまうのでしょう。今は、です。そう、もう少し頑張れば変わります。

 もう少しは、質と量です。先日も同僚の計画を聴き、私の計画を話、お互いの計画を半年と言うサイクルで合わせる事でどちらの計画も成果を出せると言う結論にたっし握手をしました。その時「g-mon さんは、ここまで随分と成功のための仕掛けを仕込んできましたものね。」と言ってくれたのが嬉しかった。この同僚と一緒に成功したい、それを後輩に残したい。

 ただ、欲張りの私の目標は1人の同僚の成功だけでは達成できません。会社で言うところの屋台骨全てが成功して初めて私が成功するための準備が整ったと言える段階に達します。人には命(運命?)と言う限界があります。目的に達する事もありません。ですから限られた時間内で諦めたり捨て去ったり順序を入れ替えたりします。見えていれば誰でもそうします。
 
 

苦労から学ぼう

 週末は部署内会議、以前は勉強会や計画の修正などに時間を使っていたのですが、方針を変え毎日のように勃発しているクライアントの事故・不具合対策を共有し今後に生かすために使うことにしました。だって、これに1番時間を取られるし「クライアントの生産性を守る」を目標にしてしまったので、まったなしなんだもの。

 今日も朝からPCが立ち上がらないと相談があり数分で重傷と判断し1人が復旧に1人が代替えの準備、1時間後に代替え機をお渡ししました。預からせていただいたPCには、私の部署が知らない特別な設定がありますが週明けから業務に使いたいとお聞きしたので代替え機に設定をして頂けるようにもお願いしました。

 部署内会合では、この案件に対し対応策を考えます(この間も並行して修復作業)。PCは壊れることが前提ですのでデーターはサーバーに置いていただきセキュリティの確保と毎日のバックアップをお約束しています。各部署固有のアプリに関しては「管理はできないかもしれないが管理の状態にあるかを確認することは出来る」となりました。

 まずは標準としているアプリの管理方法を整理することから始めることにしました。整理をしながらですが各PCへ設定するアプリに対する緩やかなルールを一緒に決めることになります。その後に前期立ち上げた運用ルールを決めるプロジェクト会合に持っていき各業務と調整しながら目的に近づきます(生産の止まる時間を最小限にする)。

 とりあえずの完璧です。そして今、復旧できなかったPCは、私の手元にあります。直せるかしら、汗。
 

予算の通し方

 とある会社の予算管理判断基準で「大体2度却下してそれでも申請してくるようでしたら検討しています。」と言うのをお聞きしたことがあります。予算申請する側が予算の申請理由を数値で明らかにせず、予算申請を評価する側が評価するための数値を持たないのだとすれば、それも一つの方法なのかも知れません。

 数値で語ると言うのは、慣れないうちはなかなか難しいようです。大まかに数値を捉え費用対効果を比較する練習が必要そうですね。1つには、数値を細かく捉えようとしすぎるのです。例えば、日頃毎日部下の仕事ぶりを見ているのであれば、不具合を改善したり設備で作業効率を改善すれば、どの程度の時間が短縮できるかが分かります。それに工賃を掛ければ1年間に得れる価値は簡単に計算できます。

 もう1つは、情報を集めるのが大変だと言うことです。日頃から情報を集める工夫がされている場合を除いて多くの人の協力を得ながら細かな情報を集め記録し評価するには、多くの時間と労力が必要とされます。そして協力を得るためには、何のために情報を集めるのか結果何が得られるのかを整理し分かりやすく伝える必要があります。自分に利益が無いと感じるものに対する協力は、得にくいものなのです。

 この2つが出来た上で予算申請をしたとするならば、大体は通るのではないでしょうか?いえいえ、そう甘くないのです。冒頭に述べましたように評価する側に数値の裏を読むことが出来ない場合が多いからです。数値は客観的に見えますが人の思いでどうにでも書き換えられるものでもあるのです。数値の裏を読むとは、現場を確認し数値の出元を確認すると言うことになります。それで儲ると分かれば予算は通ります。
 

目標設定しました

 期が変わり2つ目標を立てました。1つは私ごとですが「週に1回は休みを取る」です。2つめは「週に1回は先行投資の時間を取る」ですが、当面は社内データ見える化をやってみようと思います。

 そして今日は2つめの「週に1回は先行投資の時間を取る」日の初回でした。初回と言うこともあり気合が入り少し頑張りすぎた感はありますが、目標(ゴール)の設定と具体的なイメージづくりまで行うことができました。

目的:各業務においての生産性を数値で表し提供すことで改善を促す
当面の目標:業務プロセスを生産性の視点で整理する
中間目標1:生産性評価の指標を明らかにする
中間目標2:顧客(提供先)に伝わる表現方法を構築する
最終目標:生産性見える化フレームワークの完成(見本?)

    
課題:
・業務プロセスを生産性の視点で整理しよう
・定点観測すべき指標を明らかにしよう
・情報を効率よく整理するスキルを付けよう

      
方針:
1.計画を立て経過を記録し確実に進む
・各業務と仮説の確認をしながら進める
・現場で本当に実行可能かの裏を取る
2.技術的項目(システム理解とプログラム)の裏付けを取る
・ただし技術的項目に多くの時間をかけない
・必要な項目はお金をかけても手に入れる(費用対効果は当然概算する)

      
生産性提供先と当面の提供物:
・技術(知識の再利用または展開率・成果の評価基準)
・営業(目的別限界利益=シュミレーション・市場展開率または市場維持率・損益分岐点)
・製造(供給能力・生産能力・層別と改善効果)

 最後に、製造情報スケルトンのイメージ図を作成したところで時間切れ、気付けば頭がチンチンに沸騰していました。が、これで取りあえず3ヶ月後に何が出来ていなくてはならないかがハッキリしました。

 自分の得意なことでこの会社に役立つことを成し遂げられるとしたら、そんなチャンスがあるとしたら。久々にすんごく楽しかったのです。
 

相手の気持ち

 悩むのは、こちらのフォロー不足から依頼先の行動に成果が伴わない場合、如何にして相手を傷つけることなく行動を修正して貰えるように対話を進めるか、についてです。

 先輩だから、経験が豊富だからと言って何をどのように行うべきかが見えてるとは限らず、本来の目的を達成するための手順を誤っていることに依頼先の行動結果からこちらが気付く、のでは遅いですよね。

 ようは、依頼する前にポイントを示す(そのための事前調査が疎かだった)。定期的に状況を確認し本来の目的に沿った行動か確認する(異常信号に対しての認識力が足りなかった)。と言ったこちらの行動ミスとどのように向き合うかと言う問題でもあるのです。では、どう行動するか?

 早々に話す機会を作りましょう。話すテーマを明確にすることは重要です。そしてこちらのミスを明らかにします。その上で正しいと思う行動に付いて説明し共有出来るよう考えの擦り合わせを行うべきでしょう。依頼した内容に対する行動を成果に繋げたいと言う気持ちは同じ、であるなら出来るハズ。
 

仕事対話について

 会社ですので同僚部下との対話内容は課題解決のための目標設定と行動を起こすための動機付けになります。ですので同僚部下との対話は、同じ事を繰り返し説明している様に思えることがありますが、それは間違いです。

 生きている会社であれば課題が無いと言うことはありません。ありとあらゆる課題があるのですが、課題が発生している現場と課題を作り出してしまっている現場が同じとは限らず、しかも課題を作り出している現場が、課題を作り出していることに気付いているとも限りません。もし、円滑なコミュニケーションが行われるフレームワークが無いとしたならば、真因に近づくことすら無いことになります。

 これを解決するため同僚部下との対話は、全体最適化が見えている人が個別最適化を目標に設定する行為と言うことに成ります。目標の大きさは、同僚部下が頑張れば達成できる大きさに成りますが動機付けをするには、同僚部下それぞれの個性を理解した上での価値の共有が必要です。

 価値の共有とは、同僚部下にとって自身の行動が当面の自身の利益に成るという認識と行動には援助が受けられ達成可能であると言う認識、そして将来より良い方向に進んで行けると言う安堵感を共有すると言うことになります。全ての課題は「この会社をもっと素晴らしい会社にする」に繋がり結果、より社会に貢献できるを共有することに成ります。

 ですので同僚部下との対話は、一見同じ事を繰り返し説明している様に思えることがあったとしても、相手や環境が変化するので全て違った内容と言うことになります。唯一同じなのは社会に貢献すると言う方向性だけです。
 

本屋は宝の山

 ほぼ1月ぶりに本屋に行きました。私にとっての良い本が置いてある本屋に居ると安心します。今日も素晴らしい本を何冊も見つけました。この数年間会社で行ってきたことを私のために整理してくれたような本を見つけました。これから10年先の仕事の進め方で私が気付いていなかったことを示してくれる本を見つけました。私の心にあるブラックな部分を刺激してくれる本を見つけました。本屋さんは私にとっては、宝の山です。

 先にご紹介した本は、熟読したく手元に置きたかったのですが買いませんでした。整理するのは、もう少し後で良い。気付いてしまったのでその前にやるべきことが分かった。ブラックは面白そう、でも時間を使うのがモッタイナイ。などそれぞれの理由があるのですが、最近は読書量が減ったのが購入しなかった最も大きな理由だと思います。それでも、月2冊と決めているのに選びきれず3冊の本を購入してきてしまいました。

 1冊は、私に不足している「対話力」についての本。購入した理由は、表紙に合った”できる大人は「言葉選び」で人を幸せにする”のフレーズと目次の内容が一致していて、何ヶ所か乱読した時に「なるほど」と思えたからです。2冊目は、今困っていることの解決本、本のタイトルも”困ったら、「分け方」を変えてみる”です。直接には今困っている分け方に使えるとは思えませんが、何ヶ所か目を通し、この見方を覚え応用できれば助けてくれるかも?と思えたのです。最後に結局買ってしまったのが統計学の本、もちろん私にも読めそうな優しい本ですよ。

 ある本に書いてありました。「出来る人は、休日から予定を組む」と。私は出来ない人です。であるのであれば好きな本を読み自分の考えをまとめる時間を優先に予定を組んでみたらと思いました。今日は、色々な用事の合間を縫っての本屋だったので正味1時間半程度しか本探し、私探しが出来ませんでした。ですが時間の割には今回も収穫が多かったように感じています。また1冊くしゃくしゃな本が増えます。楽しみです。
  

知識と結果の関係

 もちろんバラツキや特例は、あります。ありますが、先日能力の高さは知識の質と量で決まると言う表現方法を教わりました。知識の量を球で表したとすれば能力の高さは円周から円の中点までの距離で表すことが出来る。と言う話でした。面白い表現方法だと思いました。であるのであれば、とも思いました。

 知識には2種類あります。担当する業務を熟すために必要な専門的知識と、その知識(少なくとも概要)を理解した上での管理的知識(マネージメント)です。能力を高めようと思うのであれば、まずこの知識量を増やす必要があります。増やし方ですが、それぞれの業務目標に関連付け増やすのが良いでしょう。

 知識の量で能力が決まるという事実を正と仮定した場合、相手に知識量以上の情報を伝えると言う謝った手順を取るならば知識の無い人には伝えても理解する事が出来ないと言うことになります。当たり前なことなのですが、これを面と向かって「あなたには知識が無いから理解できない。」と言ったとすれば相手が良い気持ちになるとは、思えません。

 私の無知に気付きました。部下や同僚に対して知識を教えることは出来るが、現時点で知識はないが影響力のある立場の人に知識の概要を伝え必要性を理解してもらい支援を受ける環境作りが出来ていません。知識は、自慢するためにあるのでは無いのです。共有し一緒に喜び合うためにある。

 仕事を進める上で支援(課題の共有)を受けるための知恵・知識が私に不足しているため支援を受ける能力がない。かなりスッキリしました。バカはバカなりに自分を楽しむのです。  ♪
 

今日一日

 不思議なことに客観的に見渡せば十分満足できるレベルまでに仕事を成し遂げたと思うのですが、何時も枯渇感と言いますか、満足できない状態にいます。それは、見据えている先は、まだ程遠く辿り着くまでの道のりが仕事を熟せば熟すほど険しいものであることが実感できるからに他なりません。

 現実が見えてくると言うのは、そう言ったものだと思います。ただ、見えないままに突き進むのとは訳が違います。何をすればよいのかは、シッカリ考えさえすれば明らかになりますし、必要とする時間も見えてきます。であるのであれば、何を人に任せ何を自分自身がすべきかも明らかになるのです。

 それらのことを、焦らず愚直に進めることで、目標とする場所まで自分自身が到達できなかったとしても、それを受け継ぎ成し遂げようとする仲間が生まれます。そう思うことで枯渇感を埋め自分自身に少しではあるのですが満足することが出来ます。結局のところ助けてくれるのは自分と仲間です。