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弱さが人

 私も家庭も会社も社会も屋台骨と言うか芯になるものが必要だと思う。でも、その芯は結構ふらついてしまう。その時その瞬間だけを見てしまえばね。
 
 悩んでも結果行き当たりばったりだったりもするけど「やっちまった」以上の痛い目を見てもクジケなかった時に初めて自分の芯が何なのか気付くんだ。
 
 結局のところ失敗をしなくては自分の芯らしきものに近付けない。だから誰でもそれに耐えられるだけのタフさが要求されると思えば、そうでもない。

 平気だよ。それに耐えられないから気付く事があるんだなあ。それが大事なんだと思う。それが思う気持ちに繋がるんだと思う。ふらついていいんだよ。
 

出産

 出産は女性にとって生死を掛けた大事な営みなのです。チャンと考えて無かった私がバカなのですが男の私なら絶対に逃げ出します。だって、命を懸けての行為ですよ。私には、そんな勇気はありません。

 逆に何で女性はそんな無謀なことに挑戦するのでしょう。本能?何て強い意思なんでしょう。尊敬以外の何物でもありません。なのに世の男性は出産時の女性に対し十分な環境を用意しているでしょうか?

 一般的には否です。昨今は大分ましになってきたと聞きますがそれでも母親となる妻への精神的フォローや出産前後の手伝い、出産後の育児に対しての男の働きは不十分、女性に負担ばかり掛けています。

 ですから男は「死にもの狂い」とは「命を懸けて」とか言ってはいけないと思います。どんなに大変でも所詮女性の出産の足元にも及ばない苦労なのですから。これからは夫婦と周囲が協力して子育てを考えねば。
 

育児参戦

 面白いもので仕事の方が一区切りし「さてと」と考えているまもなく家庭の方が忙しくなりました。ぽぽさん(娘)2人めの出産です。ですので上の子は初めて母親と離れての生活、遠く息子の時はじじばばばが面倒見てくれました。今度は私。

 お蔭様で部下と約束した仕事に手が付けられません。でも、約束は守らなくてはと夜中に少しづつ進めます。夜中だけは昔から私だけの時間、妄想タイプの私は夜中にいろいろ思いついておもむろに起き出して何やら始めるのが常なんです。

 幾つになっても初めての経験があります。余裕があるとはとても言えませんが楽しみな経験ばかりです。先日は孫との散歩で公園で数度でお見かけした方と少しだけ話をしました。私の公園デビューです。

 近所の図書館にも行きました。思いのほか好みの書籍が多いのでちょっとばかし興奮。まあ、当分落ち着いて本を読ませては貰えないでしょうが何時か少しばかり長い文書を書いてみたいので引出の数を増やしたいのですが、さーてどうなることか。
 

頃合い

 システムを実際に構築しようとすると最初の目標以上の課題に気付きます。初めに気付いていたことのだいたい10倍ぐらいの課題に気付きます。半分は、ポカヨケや操作性の問題に気付いての追加で残りの半分は1度作ったシステムをプログラマーがメンテナンスしなくて済む工夫です。

 それが分かっているためにチョットしたシステム変更にも見積時間を多くとる癖があるようです。何度か経験した仕事で尚且つ集中できる時間を頂けるのであればプログラムに関わらず人より幾らか早く熟す自信があるにも関わらずです。結局やってみなくては分からない事が多いのです。

 ならばと調べる時間と実際の作業時間を分けて考えてみることにしました。もちろん全部を調べていたら何時まで経っても作業は始まりません。そこで最初に少し長めの調べる時間を設定しその後にキツキツの作業時間を設定し最後にバッファを設ける。1年程度の計画に関しては上手く行ってます。

 作業を始める前に仮説を何度も建て直し実際の作業をシュミレーションし課題を明確にし対応策を調べ確認し作業に臨むのは私の経験から見つけた仕事の仕方、生き方です。焦って始めるも損ならば何時までも始めなければもっと損です。ユックリとその時々を楽しみます。
 

子離れ?

 親は他人には許せることが子には許せなかったりする・・らしい。家族に対する甘えは親子どちらにもあり自分を律しながら親は子に対応しようとするが感情の緩みがそれを邪魔する・・らしい。

 子供を愛し苦労しているお母さんの話を何回かの機械に分け聴区ことができました。暖かい愛情と子供を育てる緊張感を同時に感じました。子供にとって親は唯一なもの、親にとってもそれは同じ、そしてどちらも初めての経験です。

 ですから一緒に成長します。学べばいいのです。一度しかない人生の中での貴重な経験を出来れば楽しめればと思います。

 仕事を通しても人との対応方法を学びます。それは子育てにも応用できる・・らしいです。仕事も人生の中の一部です。そこで人と仕事を通して学べばいいのです。人は同じ人が居ませんから上司も部下も初めての経験となります。

 親は子を上司は部下から学びながら育てます。それは子供が部下が独り立ち出来ることを願ってのことです。それを楽しめばいいのです。その日まで。
 

考えるは大変?

 朝数件のメール処理をします。幾つかは質問の主旨が分らず質問を返します。僅かに質問メールの後に自己解決したメールが続く時があります。メールを書いている内に頭の中が整理されたのかも知れません。

 質問にある分からないの多くは考えを整理できていないだけだろうと思っています。熱いから手を引っ込めた。分からないからメールした。熱さから身を守るのは正解でも考えず質問するは正解とも言えません。

 考える力は誰にでもあるのですが使い方を教えるのは大変です。質問の意図を辿り考えて貰うような質問を幾度となくしてきました。相手の機嫌を損なわないように出来るだけ丁寧な言い回しにも気を配ります。

 私も分からないことは調べます。AIはキット私達を今以上に助けてくれるでしょうしインターネットはとても助かります。でもどうなんでしょう?何でも聞けば簡単に分かる世界って人にとって良いとは一概には言えないのでは?
 

会社のレベル

 相手にもよるのだろうけれども電話の応対でその会社のレベルは分かる気がします。

 とある会社は解散し別会社が商品を担当することになってからの対応が全く変わりました。スタッフが随分とフレンドリーになってくれたのは良いのですが正しい情報が貰えず障害が酷くなってから出てくる担当者は何時も同じで気は弱そうだけど慎重かつ正確なサポートをしてくれます。その方と周りの落差が大き過ぎるのです。

 別な会社さんは担当毎の役割が細分化されており1連の質問を受けて貰うのに4部所回され最後に最初の部署に戻りました。「その件に関しては担当が違いお答えできません、お繋ぎしましょうか?」ええ、繋いでください幾らでも、最後はこちらの少々意地になり必ず全てを1度で聞きつくしてやる!なんてムキになったものです。

 顧客が何を聞いてくるか分かりませんし商品も日々変化しています。完璧なオペレーターと言うのはなかなか存在しないのでしょう。でも、その仕事の価値を考え顧客の満足度と顧客からの情報収集を同時に行えるレベルまで質を上げようと考える方がその会社に居たとしたら?私としては儲かると思うのですが如何なもんでしょう。

 おもてなしの価値を考え対応が出来る会社はレベルが高いと思うわけなのです。
 

自分で調べる

 慣れない事を調べ答に行きつくまでには時間がかかるものです。それに調べると次の疑問が出て来もします。それが何だか可笑しくて時々自分自身に呆れたりします。

 慣れない事とは新しい事に他なりません。新しい事に挑むのを怖いと思うか面白いと思うか人それぞれではありますが、ようは気の持ちよう考え方次第で大きく変わります。

 怖いと思えば前には進めないのですが多くの人は何故新しい事に拒否反応を示すのでしょうか?基本は身の安全のための自己防衛本能だと思われますが今の世の中そうそう命に係わる事はありません。

 ならばもっと気楽に行こうではありませんか。焦る事はありません、新しい事の答に行き付くに必要な時間は生きている限り幾らでもあります。それを楽しみましょうよ。途中で終わったってその方が良いじゃありませんか。
 

喜ぶ顔

 部下と新しいシステムの立ち上げを行っています。大体の骨格ができ部下のシステム全体のイメージも構築されつつあり、相手の部署のメンバー達も「後は使ってみて理解しよう」と言ってくれました。
 
 相手部署との会合の帰り急に部下が不安がりだしました。「私に出来るのでしょうか?」「後は作りながら理解したら?」とフォローしたのですが次の質問はとても些細な課題でした。どうも頭の一部がフリーズしているようです。

 私が会合に参加するのは今回が最後です。後は任せたのですがそのプレッシャーのせいかも知れません。そうであったとしても誰もが経験する自立への道、キット乗り越えてくれるでしょう。

 1つ思い付きました。簡単なマニュアルを作っておいてあげようと思います。企画書、要求仕様書、設計書と教えてきましたが実際の動きを理解させるのにはマニュアルが一番です。喜んでくれると思います。
 

信頼する人へ

 思い起こしてみると今の会社に来て色々なことを成し遂げました、けれども一人で出来たことは何一つ無かったようです。徹夜で頑張った時も新しい企画を発表し世に出した時も何時も誰かが一緒にまたは陰から支えてくれていました。

 思うに自分一人で出来ることはとても少なく何時も誰かの支えが合って何とかなっているのだけれども子供が一人で大人になった気でいるように人はそのことになかなか気付けないようです。私もなかなか気付くことが出来ませんでした。

 便利がどんどん進みサービスが安価だけれども一定の枠組み内でしか受けられないような、これからの世の中では今まで以上に人への理解が重要に成っていきます。それは相手の気持ちを知ることによって自分を理解する生き方です。

 私の周りには、何時も仲間達がいた。仲間達は私に意見を言ってくれた。一緒に努力し幾つかの成果を共に喜び合った。振り返り、仲間達と成し遂げたものの大きさが嬉しかったりします。そしてそれは自分中心に誰かを利用しなかったから出来たのだと思います。