FC2ブログ

小さな変化

 毎日同じようなことをしているのですが実のところ毎日少しづつ何かが違っています。それに気付ける人は少しの変化を楽しみ理解し自分から変化のしかたを変えることが出来ます。

 例えば仕事で時々発生するポカミス。「まただよー、気を付けて」で済ます人の変化はごく僅かの修正が加わりますがまた同じような変化が発生します。何かに気付いていないのです。

 気付けると言うのは才能だと私は思っています。でも、この能力だけでは探偵さんになれません。問題を解決するためには考え調べ説明し協力してもらうことが必要だからです。

 人は、そのようにして社会を文化を作ってきました。私たちは、その人の集まりの中の一人です。一人の力はとても小さいのですが一人一人が小さな変化に対応し世の中を変えています。
 

偽善者

 高校に入ってサッカー部に所属した。それまで運動部に入っていなかったので筋肉痛で階段は手すりにしがみついてでなければ登れなかった。社会に出てから随分してからお世話になった叔父が倒れたので会社に許可を得て毎週土曜日に袋屋の手伝いをした。手伝い初めのころは体が悲鳴を上げ夜中に何度もあちこちが攣った。

 本当に辛かったのだけれども不思議と止めはしなかった。仕事をしていては精神的に追い詰められたことも悔しい思いをしたことも何度もある。でも”殺されることはない”と自分に言い聞かせ結果としてそれなりの成果を出してきた。だからキット私は自分自身の痛みには強い方なのでは?と思っている。

 自分の痛みの多くは自分が我慢し頑張れば良い結果に繋げられる。ところが苦しんでいる人、辛がっている人に対しては何もできないので出来るだけ考えないようにしている。毎月僅かばかりの支援をしている。機会があれば体を動かす支援をする。それでも世の中の辛いや苦しいは圧倒的に多く大きく私の心は太刀打ち出来ない。

 人のためにではなく自分の心のために誰かの役に立つことをしたい。たった一人の人間に出来ることはチッポケだと分かっていても何かしらをしたい。そう思うので何かできることを探し必要なことを学ぶ。偽善だとも思うのだけれどもそうしないと心が落ち着かない。だからそれで良いのだと思います。
 

必要な人

 社会に出て大きく変わるのは年齢の違う人と一緒に何かを学ぶ時間が増えると言うことです。学生時代は違います。基本同年代で集まり、一部部活などでもそれほどの年齢差は無く年齢の大きく違うのは先生位です。

 また、同じ学校内でしたら同じ校風ですが学校にも色々あり校風もまちまちです。しかし一校からしか社員を取らない会社は珍しく、長く続く会社では、年齢と経験差が大きい者が入り混じって同じ職場で働くことになります。

 したがって、年代や教育課程の違う人達の集まりが同じベクトルに向かう社風は、それぞれの会社内で作る必要があり。創業時は目標がハッキリしているので比較的容易ですが安定期から再発展期には難しい作業です。

 ここで必要な能力は対人力です。年齢性別が違っても見下すことがない。個を相手にするときにも全体を意識できる。己の無知を知り人から学。そして何より隔たり無く笑顔の挨拶が出来る。そんな人が会社には必要です。
 

人から学ぶ

 元同僚に言わせると「何かを学ぶ時にはね、そいつの頭にステンレスのストローを指してチューチューと吸うのが一番だよ。」とのこと、二人で大笑いしたものです。

 何だか気味の悪い話にも聞こえますが何かを学ぶ時の例えとしては、確かにそうだと思うところもあります。問題は学べる相手が側にいるかどうかじゃないでしょうか。

 他にも「人を育てるには難しい仕事を任せるのが一番。」とか「何が聞きたいのか自分で分かっていなくてはだめ。」とか思い出してみればなかなか面白いことを言ってました。

 彼の考え方,行動の仕方が上手く行った場合もあると思います。私は、人それぞれで時と場合があるを知っているので引き出しの一つに加えておくことにしておきます。
 

価値の増やし方

 ジュニア(息子)が流通経路を変えてコストが三分の一になった話をしてくれたので、私も過去に長い歯車をかみ合わせ金属板を波状に加工し平板と重ね丸めることでパイプの束の様なものを作っていたのを注射針を作るメーカーにお願いし長く細いパイプを作ってもらい束にすることで製造費を三分の一にした話をしました。

 その話を聞いてジュニアは「全然違う話では?」と言ったので「同じ話だよ」と返しました。

 コストは、商品そのものの基礎設計に始まり、お金の借り入れを含む材料の調達から在庫や生産量の管理,設備や教育を含む生産方法、そして保管や流通,サービス,アフターなど全ての工程で発生します。ですのでどこに着目し何を改善するかは自由であり、得手不得手はあるでしょうが全てを見渡すことは重要です。

 私が話すより材料の見直しは、VE(Value Engineering)関連の本を読むと参考になると思います。

 どこの何に着目するかを自分で考えるのは大切なことですが、人には固定観念があり難しい時もあります。ですので本を参考にしたり仲間の知恵を借りたりして絶えず価値の見直しをすることが長く企業が生き残る唯一の方法だと私は思っています。ジュニアは苦しくも楽しそうです。学ぶと仲間づくりは楽しいものです。
 

新しく始まる

 毎年この時期に新しい事を始めます。学校なるものに通っていた時にも会社に勤めた時も新学期はあるのです。社会に出てからの違いは、誰かが新しい学を用意してくれるか自分自身で学ぶを用意するかの違いでしょうか?

 うーん、今も学ぶを自分で用意するのは難しい、用意された学ぶを自分で選ぶか選ばないか、そんな自主性が増えると言ったところが本当でしょう。それでも毎年この時期からの何かしらの学へのチャレンジが私にはあります。

 私の学へのモチベーションは”誰かの役に立ちたい”です。その誰かは誰でも良いのですが自分の意志で決めその誰かの役に立つために必要になる目標を自分で考え目標を達成するための学を手探りで探し行動に繋げます。

 この方法、考え方を縁があった人には伝え仕組みも構築したりしてきたのですが、なかなか難しいようでもありました。人には個性がありますからそれはそれで良いのですが出来れば進む道を自分で決めたいと私は思うのです。
 

CMです。^^

 私が住む宇宙の誕生間もないころ。そう今から大体150億年前ぐらいの星にある元素は、水素とヘリウムがほとんどだったそうです。約45億年前、それ以前の星の成長と消滅で鉄などの重い元素ができ、更に重い星どうしの衝突で金が出来、地球の誕生に繋がったのでは、と言われています。

 それから随分といろいろあってアミノ酸,核酸塩基,糖などの有機物から植物に繋がり、私達人類500万年の歴史は、その植物たちの伐採や化石燃料を利用することで成り立っています。でも、ご存知のように植物の採取により砂漠地帯は増え燃料消費により二酸化炭素の放出,増加が止まりません。

 それはここ数百年の歴史で起こり例えばアメリカ内陸部の農業を支えているのは化学肥料と長さ700mの移動式散水機でありその燃料は石油です。ですから長い目で見ればエネルギーの変更が必要であり、その選択肢の一つが水素と自然(太陽光と風や波と雨)なのだろうとは誰もが気付きます。

 電気を溜める燃料電池や水素の生産方法には、まだまだ工夫が必要です。目先の利益には合わないのですが競争の理論から言えば先に開発に成功したものが生き残ります。先日急な雨で車のワイパーを使たのですが音が静かです。高速の風切り音も気になりません。私の車は「TOYOTA MIRAI」です。^^
 

幸せになりたい

 休日は、花曇り桜も六分ながらも良い花見散歩が出来ました。桜祭りの賑やかさに誘われてお酒や美味しいおつまみを頂き気持ちも少々大きくなったのか、連れへの気配りが足らず少々歩き回りすぎたのは、反省。私は気性が激しいので毎日喜んで反省し、なかなか忙しかったりするのです。

 何もないようでも毎日、誰でも何かしらがあります。それを幸せと思うか辛いと思うか何も思わないとか、人それぞれ色々ですが私としては何かしらを感じたいと思うのです。そして、まあ最終的には良かった良かったでまとめたいと思うのです。そう思うので少しだけ自分に変化を加えて行きます。

 明日の私がどの様な人に成っているのかは、私にも分かりません。ただ、出来れば人に優しい、褒められなくとも自分の中で良しとして今日を終われる様な自分でありたい。そのためには、多少は人の気持ちを理解できる、人に見られていなくとも行動できる人に成りたい。そんな風に思うのです。

 私が生を受けこうして考え生きていることは、この世界、宇宙が出来た、ここにある、と言うことと同じくらい不思議なことです。でも、私の認識の中では、この世界はここにあり、ここに私は居る。折角ここに居るのだからここで幸せになる。そう思うのです。ところであなたは、ここで何してますか?
 

私のプライド

 以前、後輩に私の仕事の仕方を問うたら「パツンパツンに見える」と忌憚のない意見を言ってくれ感謝したことがありました。正直なところ女性にはもろさが見え隠れし理解できないところがあるのですが、男の場合は全てがプライド、見栄の塊で行動が決まるのではと思っています。

 引き籠りだって楽だからではなくプライドが許せないため表に出れない、そんな自分が嫌で誰かに当たってしまったりもする。それは、情けないけど男のプライドがさせるのだと思っています。そして私も周囲に対する責任感と言うプライドが邪魔して何時も無理をしていました。

 多分、私のプライドは死ぬまで無くならないでしょう。でも、行動は変わってきています。良し悪しは分かりませんが今の私のプライドある行動は周囲に対してではなく自分に対しての見栄であり誇りであるような気がしています。それに我儘な気性は変わりそうにありませんし。

 周囲からは変わらずパツンパツンに見えてしまうかもしれません。それでも楽しそうだと見てくれる人も増えるような気がしています。何故なら自分自身に対するプライドって意外に小さいんです。ですので周囲に対するプライドが減った分だけ心に余裕があります。良いことです。
 

仕事を自分のものにする

 もともとは、経理士を目指していたので企業会計には強い方だと思っています。過去に経験してきた製品設計にしろ資材管理にしろ生産設備の導入にしろ計画とともに損益計算をしてきました。私にとっては、それが「あたりまえ」です。

 ところが最近気付きました。私の周りにいた人達は、誰も損益のシュミレーションをやっていない。せめて丼勘定ぐらいはとも思うのですがそれさえもしない、出来ない?足し算引き算、頑張って掛け算割り算の世界が何故出来ない?

 多分ですが戦い方、考え方を知らないのだと思います。知らないことを思い付ける人は稀です。ですが現状がどうなのかを数字で理解しどの数字をどう変化させようかと思わなければ、仕事は何時まで経っても他人事だと思うのです。

 製品設計にしろ資材管理にしろ生産設備の導入にしろ何か問題が起こる前に数値を変えるために何をすべきか考える。それによりアイデアは生まれ、実行し結果を数値で捉えて初めて任された仕事が自分のものになる。そう思いません?