計画の立て方(選別)

 g-mon は10年、30年と言う長い期間の計画を立てます。まあ方向性が示されている程度で正確ではないのですが、それなりに今の状況などを本で調べ事実を補強しそれらしいきものを作ります。

 作っては見たものの長期計画ですから実際に使用するには短い期間に落し込む必要があります。何をするにも5年ぐらいは掛かってしまうし行動するには計画を月・週・日・時間に直す必要があるのです。

 しかし5年1年の猶予が与えられるとは限りません。もしかしたら大病に掛かり余命1年と宣告されるかも知れません。交通事故で明日と言う日が無いかも知れません。必ずでは無いですが有り得ないことでもありません。

 そうであったとしても計画を大きく変える必要はありません。計画を立てると言うことはそもそも何をやるかを選別していることになるからです。今、やらなくても良いことはすでに計画から外されている。ならば今を生きればいいのです。
 

今日は検診で仕事は休み

 過信かも知れませんが g-mon 丈夫です。もちろん体に気を使って食事制限や僅かですが昼休みには表に出て30分早足で歩くなどを毎日続けています。お蔭様で仕事にも集中できています。

 ただ自分のこととなると途端にだらしなくなります。いろいろなことを後へあとへと延してしまうのです。どこかでだらしなくしたいのだと思います。普段”頑張ろう!”と思っている反動かも知れません。

 ”逆もあるよな”って思っています。もちろん仕事はそれなりには熟さなくてはならにのですが”頑張ろう!”と言うより”楽しい!”が自分のことにあっても良いと思うのです。

 人それぞれ。楽しそうな人を見ているだけで楽しくなりますもの。であるのであれば、やはり g-mon は仕事を楽しくやりたいなって思うのです。皆と一緒に、ワイワイガヤガヤと。
 

川崎、稲毛神社

 ここに来たのは何年前になるだろう。よういちさんと秘書様は式をここで挙げられた。とんでもなく暑い日だったが秘書様の白無垢姿を見た瞬間に暑さを忘れた。式場から参道を歩き披露宴会場に向かう移動車までの間だったが背の高いよういちさんが秘書様をいたわり扇子で風を送っている姿がとても心地よかった。

川崎_稲毛神社20170211

 今日ここに来たのは初孫のお宮参り。ぽぽさん(娘)が先負けと言うことで「午前中に近所の写真館で記念撮影をし正午過ぎに祝詞をお願いする」と言う段取りを組みました。2月ですから昼時でも寒いのですが抜けるような空の青さには近いものがあり、神様もあの日と同じで近くに来ていらっしゃるのでは、と感じました。

 実は、この日初めて孫を抱きました。自身の子供たちの時に経験しているとは思うのですが記憶にありません。よそ様の子もあまりに小さい時分にはなんだか誤って傷付けてしまいそうな気がしてズット抱くことは無かったのですが、式の間ずっと抱いていた momoさん(嫁)が疲れた様子だったので「代わろう」と声を掛けます。

 やはり小さいですねー。教わったようにとんとんと背中を叩いてやります。渡された瞬間こそ少し声を出しましたが恐れていたように泣き出すこともなく、腕の中ですやすや眠ります。こっちは足を前にだすにも緊張しまくり、ほんの数百メートルほどだったかもしれないのに随分と疲れました。でもまだ腕にその感触が残っています。よいお宮参りでした。
 

赤ん坊との対話

 毎日毎日いろいろなことを考え相手がいれば話し合い少しづつことを進めて何時か死ぬ。昔は死ぬことが怖かったのだけれども毎日を今を大切にしだしてからは気にならなくなった。

 それでも死の宣告を受けたら怖くなるかもしれない。少なくとも死ぬ日までの間に辛い思いをするのは嫌だ。生きたいと思えば辛いことを沢山克服して死を乗り越えなくてはならない。

 生きることは素晴らしい、楽しい、ワクワクする。そして大変だ。生まれたばかりの赤ちゃんも独り立ちできる体を作ろうと毎日毎日奮闘している、とても真面目に生きる努力をしている。

 誰もが同じなんだ。自分だけがとか他人がとか偏った見方で今を気にしてもしょうがないと分かった。毎日を今を大切にしていたら自分のためにちゃんと生きるだけでいいと分かった。
 

あたりまえはつまらない?

 今朝のラジオは面白かった。かいつまんで話すとこんな内容だった。

「論理的な考えが好きな人は論理的に答えが導き出されると安心するが論理的な答えの導き出し方は誰がやっても同じ答えになるのでつまらなくなる。」

「論理的な考えを嫌いな人は論理的に導き出された答えを信じない。しかも論理的でない考え方は個性的で面白みがあり思わず飛びついてしまう。」

「結果、イギリスでもアメリカでも嘘のニュースを真実だと思い行動を起こす人が大勢いた。そちらの方が面白いからであるが行き過ぎれば揺り戻しがまた起こる」

 g-mon もそう思う。思うからこそ論理的な考えに個性を盛り込むことが大切だと思っている。同じ目標を達成するのに違う目的があっても良いと思うし達成するためのやりかたは自由だ。

 ただその中心にはやはり多くの命を大切にする考えがあってほしいと思う。