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ここはどこ

 人は何かしらと比較して自分を見定めながら生きている。そこに、ライバルなどと呼べる相手が居たならば、随分とお互いに高め合え認め合い直向きに生きることができるのだと思う。ただ、聞くところによるとライバルが居る方は稀なようだ。

 最初から自分を律することができる人も稀であろう。自分自身を律することができると言うことは、自分と言う存在を既に認めていると言うことであろうから私は何だろう?などと思ったりしない。最初から自分の存在に気付き気用に使いこなす。

 では、多くの凡人たちは何と何をどのように比較しどのように生きていくのであろうか?多分これも統計してみれば正規分布を描くのであろうとは、予測できる。その中点は、親の判断が中心であった幼少期を過ぎ正義と悪を見出した頃では?

 この世の中には絶対の正義も悪も無いのだが生命が存在するにおいて都合の良い正しいはある。自分にとっての生きる正しさを、ある程度見付け出したところで正規分布のある地点で止まり、歳をとると比較しなくなる。私は今どの辺だろう?
 
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