”やりがい”が自分を作る

 先日の”やりがいの搾取”は、「人をその気にさせて働かすが実は、人の気持ちを手玉に取っているのだ。」的な本からの引用だと同僚にフォローしてもらいました。もうチョット教わらないとまた勘違いかも知れませんが、そうであっても先々幸せならいいジャン、かな。

 ローマ帝国にはローマ帝国の江戸時代には江戸時代の文化(価値観)があり、それを基準に誰もが生きるを見ているのだと思います。今でしたら資本主義を基本に生きるを見ている。そこに”やりがいの搾取”的見方もある。そう言うことなのでしょう。

 g-mon は、会社における家族文化に付いて考えています。一般の家族では、役割がありそれぞれが助け合い学びあい”家族の成長と安らぎ”を幸せと定義します。そして大家族も親子二人や夫婦だけなどの小家族もありますが、必要な役割は同じだと思います。

 それは大きく分け「生活の基盤を支える・少し離れて公平さをチェックする・新しいことを学び生活の中に持ち込む」の3つではないでしょうか(パパママ・おじいちゃんおばあちゃん・子供たち的な?)。この3つがあるから、自分の狭いカラに閉じこもることなく、お互いを大切にする思い(文化)が生まれます。

 
 ”情けは人のためならず”、目の前の小さな金儲けのために人を利用したとするならば”搾取”かも知れません。でも、”やりがい”を提供するとは、今でなく随分と先に、お金では買えない幸せの役に立つ”何か”を提供することなのです。であるならば”やりがいの搾取”であっても、いいジャン、と思うのです。
  
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