多少気になる

 朝の番組で局近くで50名ぐらいからアンケートを取って「こうでした」と言い切る番組がある。まあ、その中ではそうなのだろうと思うとともに、だから「そうなのだ」と思う方もいないだろうと信じ、気にしない事にしています。

 先日のアンケートは、少し人数が増えていましたが「○△さんに対する期待を10段階で示してください」とメーターのようなボードで期待度を聞いていました。何をを示さないのですから答えはバラバラが、あたりまえ?

 会社の先輩に作られた固定観念に付いて教わりました。時代においての封建や軍事主義、社会主義、資本主義などにより社会一般の人はそこを基準に考えてしまう。だから知るには先ず勉強が大切です。と言う教えです。

 何にしても、直接に見聞きし確かめたこと以外は、人の手を経て届いた情報。今はこれが大量にあります。その処理になれてしまった私たちは身近な情報に対しても勉強することが少ないのではないでしょうか?

 せめて、友人、同僚、家族、とくにわが子が小さい時の言葉には、その背景にあるものまで学び、答えてあげたいと思うのです。それなしに育った子供があの朝のアンケートを見たらと思うと少し恐ろしかったりするから。
 
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する