珍しく真面目に考える

 2030年に多くの仕事が人工知能にとって代わると言う話題が出ています。でも、そんな事は、過去にも沢山あり、産業革命で多くの単純作業は、人の手を離れ、冷凍庫の出現で氷を切り出す仕事の多くが無くなったように、枚挙にいとまがありません。

 多くの人が勘違いしているのは、人間の脳と違って人工知能は、「何時まで考えていても疲れない、大量の情報をもとに正解であろう答えを計算式にそって導き出す」と言った事は、得意ですが「自主的にプログラム外の事を考え出す事はしない、情報が無い、少ない情報の解釈の仕方が多数ある場合には、計算に沿って導き出した答えは、正しいとは言えない」と言う事です。

 結果、例えば赤ちゃんがぐずったとしても、青年が反抗したとしても、熟年が万引きをしたとしても、老人介護の現場でも、人工知能は、その補助は出来たとしても、正しい答えを導き出すことは出来ないでしょう。人工知能は、ゴッホの絵をまねる事は出来るでしょう、でも、そこには、ゴッホのような苦悩や喜びは、見出せません。

 g-mon は、思います。工場のロボット生産の例にあるように、集約し得た価値を、今、低賃金で提供している派遣、介護その他の価値に再配分する仕組みが必要だと。g-mon のつたない経験でも、価値の独り占めは、結果として経済の人間の生きるサイクルの破綻をもたらします。人工知能が活躍し出す前に、その事に気付き、手を打つべきだと。
 
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