当たり前

 当たり前な事って沢山あるのだけれども、ルールになっている事と共感や共有されている事との違いを改めて考えてみました。

 「日本において、銃を登録なしに持っていてはいけない」「朝、誰かにあったら、おはようと言う」前者は、知っていようがいまいが銃を持っているのを発見されれば、拘束され、後者は、会社の上司や学校の先輩当りに「あいつは、朝の挨拶もしない」と思われ時には、拘束(お説教)される程度の問題です。

 でも、この2つを人によっては「当たり前の事が出来ない」と言ったりします。また対象者の年齢が若いと「まだ若いんだから出来なくとも許すか」と言うように結果が軽減されるケースもあります。何れにしても「当たり前」の語源あたりから探っても多くの人が当然の事と思う事象に対して使われるこの当たり前ですが

 「当たり前」は、その人の知識や経験の量によって格差が生まれます。ルールになっている事は、そのルールを示せばよいのですが共感や共有されていると思っている知識や経験は、分かって貰えるように繰り返し工夫をしながら伝える必要があります。

 で、結論を言うと「当たり前」って結構当たり前じゃない!伝えるのって大変だと言う事でした。。
 
コメント

「当たり前」って結局その人の育ち方・考え方であって、それと同じで「常識」もその人の価値観なので、押し付けちゃいけないものだと思います
ただ、他人に迷惑になる事・ルールを守らない事はしちゃいけないと言う事は言わなきゃいけないけどねぇ

マリウスさん 当たり前は、自分目線ですものねー

千差万別、その上、国や文化、宗教が違えば、価値観も大きく違ってきます。
それに正しい事も言い方を気を付けないと駅のフォームから線路に突き落とされるしね。

私は、正義の押し売り家なのかなって?時々思います。
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