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気付きの違い

 毎日毎日幾つもの新しいことに気付きます。以前にも経験し意識していなかったようなことも意識しだしたりしています。その多くは触れ合う人の表情やしぐさに対してですが、それに対する自分の表情やしぐさ、そして行動や動きのありかたなど様々なことが以前とは違った気付きになっていると思います。

 人に対する興味が変わったのだと思います。自分勝手に生きている私が生産を中心とした仕事を主としている時には、周囲の人より生産と言う様々な工程が複雑に絡まったアルゴリズムを解き明かし整理し工夫を加え再構築するときのKEYの人が使いやすい道具(手順)への気付きだったと思います。

 もちろんそれも人に役立つことではあるのですが、そこに至るまでの調査だったり作業だったり実験だったりは、私だけの時間であり何がどの様に計算されどの様な動力によって何がどの様に駆動するかが中心であり、そこに人と言うものの気付きが入ってくることは、あまり無かったように思われます。

 今大きく違うのは、調査・実験の繰り返しで中間の準備作業がほとんどなく、人の変化を気に留めることで結果の良し悪しが判断できるため、より広範囲な、より些細な、より時間軸での変化を見るようになってきていると思います。今までの自分中心では気付けない変化、これも十分に興味深いです。
 

何時も忙しい

 新しい仕事を学びだしたら頑張って作った余裕がなくなりました。新しい事を始めるには、タイミングがあると思うのですが私の場合は何故か急がしい時に新しい事を思い付いてしまい、思い付いてしまったら知らぬ間に走り出しているの繰り返しです。

 でも実際のところどうなんでしょうか?ヒマでヒマでしょうがない時に良い考えが生まれる何てことがあるのでしょうか?古くは、チェスやトランプなどは、貴族のヒマから生まれたと言われています。私のヒマは、なーんにも生み出さなかったようですが。

 仮に忙しい時こそ新しい事を思い付き、ヒマだったとしても多くの事を考え出す訳では無い、と仮定します。忙しいのに次々と良いアイデアが思い付くのですから忙しさに拍車がかかり当然時間が足りなくなり実行に移すアイデアの選択を行うでしょう。

 実行するに当たっても最短での道筋を考えて行動します。実行するに掛かる時間よりアイデアを考える時間の方が短くて済みますし考えるはタダ、お金が掛かりません。一番悪いのはよく考えもせず行動を起こし失敗の責任を取らないヒマ人かな?
 

その後

 私が今よりもさらにシッカリしていない頃、退職して行った後輩たちが幾人もいます。理由は様々で親の為だったり問題を起こしたりの方も居ましたが多くは仕事にヤリガイを感じられずに自分の道を探しに行ったのだと思います。

 ただ知っている範囲では、退職後に勤めた会社に長く留まった方の話は聞けず点々と、までは話を聞いているのですが話のその先では自分に合った仕事を見付けられたのかと心配しています。それぞれの苦労談聴きたいです。

 とは言っても自分を含めて過去と他人は変えられません。自分の人生は自分で切り開くものでは、あるのですが欲を言わなければ流されていても、それなりには生きられるのですが、その枠に入りたくない方も結構いるのでしょう。

 さてさて人は人、もしかしたら「あいつ、どうしたろう?」などと私のことも思って下さるモノ好きな方もいらっしゃるかも知れません。溜めていますよー、その後のお話し。自分で言うのも何ですがその前と同じ位には、面白いです。
 

先輩

 来月から新しくできた役割をさせて頂くため先輩たちから指導を受けているのですが何と言っても新しくできた役割、先輩たちも手探りのところがあり大変ながら楽しく勉強をさせて貰っています。何となくなんですが先輩たちの期待感を感じたりしているのです。

 多分ですが昔の私なら”あ~疲れた”で1日が終わるところ今は今日覚えたことや気付いたことをまとめ書き留めたりしています。今日は上手く出来なかったけれども明日はあすこを気を付けてとか、そしてチャンスが有れば実行し上手く行けば一人悦に入ります。

 良い事ばかりでもありません。長くこの仕事をしている先輩に言われたのは「いちいち言われたりやられたりすると私が間違っているようで気分が悪いわ」と。私は新人、教わった道具と手順を不慣れながら使い仕事を覚えたいと思っているだけですが、誤りました。

 「それぞれの手順があるのよ」とことさらのように少々乱暴に思える仕事を見せつけられましたが、ただただ事故が無い事を祈るだけ、文句は言えません。思い返せば私の部下にもそういう方がいて改善活動などを一緒にやってみたけれども変わりはしなかった。

点検の日

 5月は車(MIRAI)の点検月だったのでタイヤの履き替えと合わせ時短営業で慌ただしくはありましたがディラーまで車を持ち込みました。営業所内は、そこそこの賑わいで全てのテーブルにお客様が、点検には約1時間半かかりますのでちょっとお願いし私は銀行へ。

 町田駅周辺の人影は疎らで平日でも人をよけて歩くようですが今日はスイスイ、徐々にユックリと戻って行くのだと思いますが、ご商売をされている方で体力が比較的弱い方は大変だろうと思います。6月半ばに飲みに行きましょうとのお誘いもあるので様子を見ながら。

 点検での不具合は無く(気になってるところはあるのですが今回も解消されず)お決まりのワイパーゴムとエアコンフィルター交換、毎回いるかなーと思いながら言われるままに、綺麗に洗車して頂き営業さんと話すことも無くカードでお支払い、新型MIRAIのカタログも無。

20200523点検

 履き替えた純正タイヤはロードノイズが大きく(スノータイヤの方が若干静かなのです、逆じゃない?)気になります。舗装仕立て(静か、サーッて感じ)、暫くたった舗装路(ザーッて感じ)、荒れた舗装路(ゴロゴロと煩い~)と数段階で音の違いがハッキリ分かるMIRAI。
 

今日も

 ジュニア(息子)から聞いた話し、とmomoさん(嫁)が話してくれたのは、汽笛を鳴らしてくれる陸橋があるとのこと。小さな子供たちが橋の上から電車に向かって懸命に手を振るとかなりの確率で汽笛を鳴らしてくれるそうです。ジュニアとmomoさんが孫の手を引いて出かけたその日も聞くことが出来たそうで”フォーン”というその音が、優しい音に聞こえたと嬉しそうでした。

 ほとんど寝たきりなのですが随分と明るいおばあちゃんが居ます。このところは特に衰えて食事にもなかなか出てこれません。ですので仕事が上手く進んで少しの時間が出来た時には部屋を訪れ話をします。行けばいつも嬉しそうにしてくれるのですが昨日は顔を拭きたいからタオルを持って来いとご所望、用意して手渡すと顔を寄せろと言い私の汗を拭いてくれました。

 今日は仕事のポイントをチェックしながら丁寧に効率よく仕事を頑張ろうと思っていたのですが重要なポイントで何度も呼び出しがかかったり、何時もと違う手の込んだ対応に必死な真っ最中にトラブルが発生したりと散々でした。が、この方は自分の役割しかしないと思っていた方が何度も手を貸してくれ予定通りに終われ、感謝と共に恥ずかしい気持ちになりました。

 大変なことは沢山あります。辛い事も幾つかあります。でも、私はここに書き出したように毎日良い思いも幾つかさせて頂いています。私は何時も恵まれていると思います。それは夫婦仲が良く、誰かを心配する心があって、相手によって態度を変えず頑張れたから頂けた結果かも知れませんし、単に運が良いだけかも知れません。何れにしても今少し頑張ろうと思います。
 

後悔している暇はない

 あの時あれが出来ていれば、とか、ああではなくこうするべきだったと思う事は山ほどありますが過去は直せないので反省はしても後悔はしないようにしています。どうするべきであったかを考え同じ失敗をしないこと、これしかありません。

 後悔は、下に顔を向かせるような気がしますし自分を否定しても何も生まれず消極的になるだけですが悔やみを乗り越えて客観的に物事を見直し何が問題であったかを考えられるように自分を作り変えた方が辛さが減るのでそうします。

 幾多の反省を繰り返して行く内に様々な失敗の共通点が見えてきます。多くは知識・経験不足であり例え手順を知っていても何故その手順をするべきかを知らないため少しの変化が生まれた時に新たな失敗に繋がってしまったりします。

 単にリサーチ不足なのですが最初から何を調べ何を学ぶべきかが分かっている人は少ないですし良き師に出会えないことも多々あるのです。折角の目的があってもリサーチ不足では今すべき目標は設定できません。反省の積み重ねが必要なのです。
 

依存症を考える

 初めて作った生産設備は、自費で買ったパソコンを会社に投資した圧力センサー調整機でした。それ以前は、センサーに圧力を加え、特性を電圧計で測り、結果をプログラム電卓に入力し、電圧計の値に計算結果値になるよう1台1台調整していく作業でした。
 この作業の入力作業と計算作業をパソコンのスペースKEYを押すだけで実現し、計算値とセンサー電圧値をパソコン画面に並べて表示することでセンサー数台の調整が効率よくできるようにし調整時間の大幅短縮を実現しました。
 この改善の後にセンサー調整作業は残業の無くなった同僚に任せることが出来、私は加工技術の学習を始め、センサーなどの加工を加工機に合わせた設計に変え、外注費を3分の1にするなど様々な技術的改善活動の切欠に繋がったのです。

 今の職場では、パソコンを持ち込んでなどと言う改善は出来ませんが前の職場のように仕事の流れを見直すことで2つの前準備作業をチョットした工夫で安全を確保しながら省くことが出来、結果として前準備で行った作業と現状復帰作業カットと作業完了時の振り返りの余裕が生まれ確認に行く無駄も無くなり大幅な作業時間短縮が出来ました。
 この改善を試せるようになって1月、今までも作業中に他から頼まれごとをされれば優先して処理していましたが更に丁寧に対応することが出来るようになり、十分な余裕がある時には積極的に他の遅れていたり出来ていない作業を手伝わせてもらいました。
 その結果、今まで知らなかった仕事を覚えることが出来、上司からも別な担当もやってくれないかと言われ来月から引き受けます。

 生産性の改善は、かかるお金と時間を変えずに価値を増大させるか価値を変えずにかかるお金と時間を減らすかです。時間が短縮したとしても品質の向上や他の価値を取り込むことをしなければ生産性の改善ではなく楽をしただけで終わってしまいます。
 生産性の改善は、足し算、引き算、掛け算、割り算で解き明かすべき数学であり、その効果を数字で把握しなくては結果の量や結果までの速さ、優先度や得られた結果に投入すべき更なる改善を判断することは出来ません。
 そして何より生産性の改善は、成し得た時の快感がたまらないのです。ただ一つ心配なのは、私って改善の依存症ですか?
 
 追記:今ならパソコンで計算した補正値を自動でメモリに書き込むことで人の調整作業も無くせたのに(少し粗くてよければデジタル的に信号を処理し、滑らかさが必要ならサーボと歯車を使ってボリュームを調整するアナログ処理がいいかなー)と思うのですが、パソコンの出始めで初めて触った数十年前の私にはそれが出来ませんでした。それが進歩と言うもので、あれはあれで私の全力でしたから良しとします。あいかわらず、自分に甘いな~と思いつつ(笑
 

伝染病

 仕事の道具を買いに行かなくてはならずに少し大きめなショッピングセンターに行くと言うとmomoさん(嫁)も「一緒に行く!」と、随分と長く近所のスーパー以外家から出ていないので行きたいそうです。

 ズット家、今は緊急事態宣言の中と分かってはいますが大人でもストレスが堪ります。まして友達と遊ぶことが一番大切で楽しい時期の子供達、家に居るのは辛いだろうし親の苦労も大変分かります。

 それでも施設に預けられる人よりはマシだと思います。お元気な家族がいらっしゃる方でしたら月に1度施設の外に連れ出して貰えるかもしれませんが、数か月に1度出れる人が少数、半数は出れない。

 運よく好き勝手に生きてきて今も好き勝手に生きている私なら病んでしまうでしょう、受け入れる能力の素晴らしく高い人でも活気が徐々に無くなります。考えさせられることが次々に起こるのが人生です。
 

何故対立?

 国家や宗教には、それぞれの正しいがあり、対立し争いに繋がることもあります。自国優先や他宗教を認めないと言ったところを除けば、様々な国家や宗教それぞれにそれぞれの魅力があり正しいの一部、または角度を変えた見方、考え方の違いのような気もしているのですが違いますか?

 もし、争いが今より少ない世の中が出来たとするならば、世界にはびこる様々な問題は効率よく解決されるのでしょうか?歴史を見てみると、争いが科学を発展させたようにも感じます。国家、宗教を守るための戦いに人の英知と人が生み出した価値と人として生まれた命が注ぎ込まれます。

 なぜこんなことを書き出したかと言うとWHO(世界保健機関)やIOC(国際オリンピック委員会)、近くは検事長の定年延長問題など本来の目的から考えれば争いの種になりそうもない事柄が争いの火種に成っていることへの不思議、何故争いになってしまうのだろう?と考え出したからです。

 人は争いが好きなのだろうと思います。自身に危害や損が発生しそうになった時に多くの人は争いを話し合いより優先させている様に思えます。味方を作り自分の意にそぐわない者を攻撃する。時には意味もなく団結のために敵を作ったりもする。そうで無い人も大勢いるハズなのに、です。
 

やり遂げるには

 昔同僚が「分から無い事が有ったら分かる奴を探してそいつの頭にステンレスのストローを刺して吸えばいい」とよく笑いながら言っていたのを思い出しました。その同僚は「人を育てるには出来ない事をやらせるのがいい」と言い放ち同僚を含めて誰も出来ない事を新人にやらせていたのも思い出しました。随分と会社を辞めて行きましたが成し遂げた人も一人だけ居たのを思い出しました。

 時々、表計算やらパソコンやらについて聞かれます。昔の部下でしたら聞く前にインターネットで調べて答えを見つけていたでしょう。そんな昔の部下もシステムの構築方法は調べられなかったようで久しぶりに会った時に渡しておいた簡単な課題がどうなったか探りを入れましたが未だに出来ていないし課題の価値にも気付いていないようでした。さて、その違いは?何を教え損なった?

 私の出来ることも調べて模倣することぐらいがいいとこですが、もう少し出来ることをプラスするとすれば調べたことを組み合わせ更に磨きを掛けることにより新たな価値を生み出すこと位です。幾つかの調べたことを組み合わせて新たな価値が構築出来ると言うよりは、新たな価値を生み出すには新たにどのような知識が必要なのかを調べて見極めることが出来る、と言ったところですか。

 そう、システムや新しい加工方法などを考える時には、まず出来上がるべきモノの構造をイメージしそれを時間軸で動かしてみることにより何が必要なのかを片っ端から書き出し、更に書き出したモノの構造をイメージしてを繰り返し部品レベルまで落とし込んで行く感じで調べる方法を取っていると思います。全体が見えたら後はカット&トライで出来上がるまで実験を繰り返すで良いハズ。
 

仕事を盗む?

 ここでは仕事の指導は一日だけなのですが仕事は時間帯やユーザー、シフトによって変化するので種類が多く内容は多岐に渡ります。ですので二日目からは怒られ陰口を叩かれながら先輩の仕事振りを盗み見て覚えるしか無いのです。そして怒られるまで分からないことや先輩毎に違う手順の中から正しいを探し出しチャンスを見付け上位の先輩に確認して行く方法を取ります。

 そんなやり方が非効率的であり危険を伴っていることが分かるので私は好きではありません。好きでは無いのですが実際に後輩が入って来ても様々な理由(先輩方が病欠するとかお辞めになるとか)で二人で行っていた量を一人半や時には一人で担うことも多くなり折角積み重ねた知識と経験にて新たな能力を獲得し時間を作れたのに聞かれた時以上に伝える余裕がありません。

 ここで今一度立ち止まって考えるのは、余裕が無い様々な理由は外部的要因だけなのか?と言うことです。お陰様で半年で熟せる仕事の量は倍に成りましたが今までに得た知識と経験は種類も内容も違うものではありますが工夫を加えることで複合的な能力(Aの知識と経験をBの仕事に応用する等)が獲得できるのに私はその努力を怠っているのではないか?ということです。

 それに気付いたのは先輩の「この表計算、前の会社ではマクロを使って処理していたのだけれど作れないか?」の一言でした。なんのことは無い要求された処理に適した関数(よく使われる処理をあらかじめ作って置き呼び出す呪文)があるのです。そう、種類が多く内容が多い仕事にも共通の知識と経験を必要とする部分(コツとも言う)が沢山ある!ならば整理して後輩に伝えよう。
 
 お陰様で下っ端は、先輩方と違い現場で試す時間がタップリあるのです♪

見る目

 当たり前ですが幸せだと思っている人は幸せですし不幸だと思っている人は不幸です。同じような環境であったとしても、です。

 私の周りには幸せな人が多いような気がします。モチロン眠いとか亭主が勝手を言うとか仕事がキツイとか色々な愚痴を聞くこともあるのですが、それぞれの役割が始まれば生き生きとしている様に見えるし、その人なりの頑張りがそこかしこから溢れ出ます。

 これも当たり前ですが人と直接関わる職場の方が表情が柔らかく物と直接かかわる職場の方が表情が硬いような気がします。

 表情は心の感情などが顔などに表れる現象ですので上出来な物が出来た時などに顔が緩むのも分かりますし、そこに至るには随分と渋い顔もするでしょう、が相手が人ですと警戒されては近づくことも出来ませんから結果に関わらない笑顔が身に付きます。

 何れにしても見る目があれば職業や環境が違っていても役割に夢中に成れていて幸せと感じてるか、それが分かるのです。
 

環境で変わる

 もし何時でも懸命に働く部下が居たら幾らか上司も快いのではないだろうか?もし誰からの頼み事でも優先して行動を取る後輩が居たら先輩逹も幾らか気分がよいのではないだろうか?もし忙しい時にも手を止めて利用者さんの話をシッカリ傾聴するならば幾らかは満足してくれるのではないだろうか?

 もし、様々な理由で今働く機会が得れない人が居たら働くチャンスを得られた時に思い出してほしい。懸命に働くこと、頼まれ事を優先すること、利用者さんの話をシッカリ聴くこと、最初からは無理でも努力すれば徐々に出来るようになるハズ。出来るように成れば仕事も楽しくなるハズ。ブラックでなければ。

 そんな風に考えさせてくれる後輩が出来た。仕事は半人前、辛い辛いとグチを言う、でも楽しそうに話しかけてきてくれ「辛いけど負けるのは悔しいから頑張る!」と笑ってくれる、私から見れば今風の子。何かと失敗いも多いのでフォローも大変、でも本人があまり気にしてい無いのでそれでよしだと思ってる。

 環境が変われば人も変わる。私の本質は変わっていないと思うのだけれども他から見た私の表面は変わったように見えると思う、もちろん今の私しか知らない人は過去の私を想像できないと思うし恥ずかしいから想像してほしくも無い。後輩も新しい環境に入って変わっていくのだと思う。楽しんで貰いたい。
 

余裕

 直ぐに怒る人が居ます。普通に対応をしていると暴力を振るう事もあります。その人の言うことは、どんなことでも正しいのです。そう、どんなことでも正しいのですから仰ることをその通りに傾聴しその様に動けばいいのです。目の位置は相手より下に話しかける時には相手が何かを必要とするタイミングを計ってお届けがてらに。怒る前に何かしら不満を話してくれるようになりますから間違っていると思えるようなことでも否定せずに傾聴し心に寄り添います。

 異性が苦手な方が居ます。相手の救助要請に対し親切に話しかけ対応すると興奮し時に大声を上げ手が付けられなくなります。お手伝い自体が必要なことは分かっていらっしゃるのですから観察し何をどの手順でどの様に行えばよいのかを考え最低限の声掛けだけで実行すればよいのです。目線は合わせず立ち位置は相手の陰になるようにし声はかけずに相手の行動に合わせて対応しポイントポイントで必要最低限の判断を仰ぎ心に寄り添います。

 例えばそう言ったようなことを理解し行動出来るようになるためには、こちらが仕事に追われ気持ちに余裕が無かったり基本的に理不尽なことが許せない性格だったりを何かしらの方法を持って修正する必要があります。修正するには、自分にとっての幸せは相手から与えられるものであることに気付く必要があるのかも知れません。仕事や気持ちに余裕が持てるよう自身の実力を上げ工夫や改善が出来、楽しめるようになる必要があるかも知れません。

 私は私自身が幸せになるため、そのように行動するよう心がけます。もう一度繰り返せば、決して人の為に人の心に寄り添おうとしていないのです。全ては自分のため、その方が自分が楽に生きられるとことを知っているのです。努力の甲斐あって肉体的には大変かもしれませんが精神的には安定しており食事が美味しくグッスリと眠ることが出来ます。この心の余裕を作ってくれたのは、私の周囲にあって関わった仕事や人達のお陰様だと理解しています。
 

大変だ

 仕事で大変なことがあると嬉しそうに話してくれる人を知っています。「あれがこうだったんだよー、それでこんなに大変だったんだー」と言っているのにお顔は笑顔、まるで大変だったことが嬉しいような仕草なのです。

 仕事は早いし周囲に気配りができ勉強家(学生さんです)、6人兄弟の上から2番目で小さいころからお母さんに代わって下の子の面倒を見ながら食事の支度をしてきたそうです。これから5年先の計画まであるのです。

 思い起こせば大変なことを嬉しそうに話してくれる人は過去にも存在しました。私も少しそう言う所があるのですが大変な事を乗り越えられたことが嬉しいのだと思います。大変な事も積み重ねれば大変でなくなることも。

 同じような大変なことを辛いと顔を歪める人が居ます。誰かのせいにしたり逃げ出したり色々ですが、そういう方の評判は良くありません。一緒に働けばこちらの負担ばかり増えますが、それも嬉しい大変なことの1つです。
 

宿題

 小学4年夏休みの宿題としてリモコンで動く手作りブルトーザーに挑戦したのを思い出しています。手先の不器用な私が選んだベースは木材で一応可動はしましたが強度的に問題があり苦労の割には出来が悪く達成感がありませんでした。

 電子工作には興味がありましたが親は文系、当時の子供は外で走り回るのがあたりまえでしたので同じようなことに興味を持つ友人もおらず自分一人で色々と考えました。考えるは楽しかったのですが出来ないが悔しかったのを覚えてます。

 もしあの時に手助けが有ったらどうだっただろうと考えます。親と一緒に何かを作る楽しさを味わえたのか逆に自分一人で出来たが得られず無力感を味わったかも知れません。教え方次第だとも思いますが興味も手先も同じ子はいません。

 そんなことを考えながら家庭で電子工作を覚えながらプログラミングを学習できる環境用キットを作っています。子供のころ出来なかった自分に何をどの様に渡してあげたら良かったのだろうと考えています。未だに達成できない宿題です。
 

生活とは

 生活とは何だろうと考えさせられています。私が考える生活とは、仕事があって家庭を支え、趣味があって自分の興味や知的欲求を満足させられ、役割があって必要とされているを感じられ、ダラダラする時もありますが基本満足して寝れる毎日の繰り返しです。

 一般的には、その人の能力に関係なく定年と言うものがあり仕事を離れます。やっと仕事からは離れられると思う人も居れば寂しく思う人も居るでしょうが80歳を過ぎて現役と言う人は少ないのではないでしょうか?でも、それを生活が終わったとは言わない。

 趣味や興味、知的要求の幾つかは体の衰えと共に出来なくなるものもあります。父は88歳で亡くなる数週間前まで会員からFAXで送られてくる俳句の指導を行っていました。母も亡くなる前日まで家族のための買い物を続けていました。生活があったのです。

 そうで無い人も沢山いるのです。理由は様々ですが仕事から離れ、趣味や知的要求を満足させられる環境を離れ、自身が役割だと思えることも見当たりません。それでも3食食べ風呂に入り寝る。生きるだけでは生活とは呼べないのでは?それでも生活です。
 

風向き

 普通に働いていたら休みを取れとのこと、そうか以前は年幾らの契約社員だったからか有給なども取った覚えが無く、その前も毎年20日+αの有給休暇が自動的に消えていたので気にもしませんでしたが休まなくてはならないのだそうです。

 もちろん部下には「病気などになった時のため有給5日位は繰越、後は使いましょう」と促し一緒にどこでどう休むのがその方にとって一番楽しく使えるか(友人と計画しての長期旅行など)を一緒に考えたものです。が、私は何故か働いていた。

 前もって申請すれば、休みをまとめてとってもバラバラでも良いとのことです。ならばと調べてみれば気になっていた講座が数が少ないながらもあるではないですか。AM9:00~PM19:30で6日間コース片道2時間半、学費は数万円とお安くはある。

 毎回ですが新しいことを学ぼうとする時ってワクワクします。中には「くれば教えてあげます」と言われ高いお金を実費で出して挑んだのに肝心要の質問にはとうとう答えてくれなかった講座もあるにはありましたが今は追い風のような気がしてます。
 

仕事好き

 就業開始30分前には出社し昨日の仕事の確認を行い今日の準備に入ります。昼休みは15分程度で切り上げ午後の仕事の準備と他の方のお手伝いを少しします。就業終了時にはギリギリ残業に成らない時間まで他の方のお手伝いと(時々タイムカードを押してから戻り)今日の仕事の記録を残します。

 20代後半で管理職に成りタイムカードと言うものを長らく使ってきませんでした。当時のサーバーは良く止まってしまったため皆が出社し始める1時間前には点検を始め運動不足なので昼休みは一生懸命歩き、時に終電を逃してしまうほどに働きました。多分ですが基本的に仕事が好きなのだと思います。

 最近入った方に聞かれました「30分前に出社して30分位残業しているようですが残業代が付くのですか?」、私にとっては普通のことを続けているだけですが変わった奴だと噂に成っているようです。たまには一緒に頑張ってくれる人も居ます。言葉にして否定する方もいらっしゃいます。反応は様々です。

 何故お金に成らないのに働くのか?時間内はシッカリ働き時間時間で区切りを付ける自分が正しい、関係ない仕事(掃除のおじさん?)を手伝うな!などと思われるのかも知れません。余分に働くのは余分に誰かの役に立っていられる気になれるからです。それに余分に働くと余分に新しい事が学べます。
 

事を成すために

 通常の組織は公式な意思決定の仕組みを備えています。課題や目標に対する検討が行われ役員会などで報告され方向性が承認された後に主となる部署に指示が落され主とならない全ての部署には協力するようにとの通達が届きます。

 主となる部署だけで事が成る場合には問題は簡単ですが多くの課題は主とならない部署の協力が必要に成ることが常です。その場合には全体を見渡したことがある人が居て尚且つ効率よく組織を動かす手立てを知っていなくては事は成りません。

 その人には人を動かす信頼と魅力がある程度備わっているのも常です。それは上からの指示と言うよりも現場へその人が出向いて直接行われるお願いと言うか説得と言うか会話を通して非公式な信頼と魅力の伝達が人間性を通して行われます。

 この非公式の人間関係を日頃から作っておく方法もあります。部署を超えた主任クラスの勉強会などを継続的に行うことにより、お互いの職場を間接的に知っている緩いですが強く役立つ非公式なネットワークを作っておくことが出来るのです。

気付けない人

 午前10時、近所のパチンコ屋さんに次々と入る人逹は後ろめたさがあるようで一応に険しいお顔をされています。久しくパチンコをやっていませんので分かりませんが店内ではどんなお顔で台に向かわれているのでしょうか?キット真剣そのものなのでしょう。

 一時期インベーダーゲームにお客をすっかり取られたパチンコですがフィーバーと言う、よりギャンブル性を高めた電子音バリバリの台を開発しその地位を奪還します。ゲームでも居酒屋でも魅力的であろうと様々な努力をし贔屓客(依存症)の獲得に努めます。

 私の場合は燃費運転にハマったかな?このブログも一時期プリウスとプリウスのお陰で知り合った仲間達のことばかり、随分と楽しかったけれどもご縁があり僅かに残ったお付き合いを除き祭りのように過ぎ去ってしまいました。夢中になれるっていいことです。

 燃費に夢中な時でも仕事は忙しく遊ぶために随分と無理して働きましたし工夫もしました。自分の仕事は誰でも出来ると勘違いし無駄な時間(代わりの人を探す)も使ってしまいました。結局私が頑張って育てるしか無かったんですね。なかなか気付けなかった。
 

看取り

 幸いなことに父母が旅立つ瞬間に立ち会え祖父母の安らかな顔にお別れを言うことができています。亡くなった方に”未練があっただろう”とか”楽しい事がまだまだあったろう”などと思うのは失礼なのかも知れません。少なくとも両親は、それなりにやり切った人生を歩んだと感じています。
 
 個人的な考えでは、死の先には悲しむことも喜ぶことも退屈することも何も無く、そのように感じたり考えたりするのは生ある者のすること、亡くなった方に色々と思いを馳せ時に懐かしみ時に”ああしてあげれば良かった”と思うのも生きていればこそ、人生の中で自分以外を思う大切な時だと思います。

 やりたいことをやり、それなりに頑張って子育ても終わり、もとより偉くなりたいとも思わず夫婦がそれなりに生きるに足りるお金があれば良いと思った時の欲は「体を動かして人の役に立つ仕事がしたい」でした。今は勉強し看取りを行う介護の仕事を手伝い毎月のようにお別れに立ち合っています。

 ご家族やご親族様が立ち会えることは少なく職員さえも側に居られない内にお亡くなりになる場合もあります。介護をする期間が長くなるになるにつれお別れも辛くなるような気もしますが命は同じ、やはりどなたかがお迎えに来て下さるとホッとします。そうで無かったとしても”やりきった人生”です。
 

まあ怖ろしや

 レーズのカーテンをすり抜けて風が教えてくれました。今日の雨は優しいよ

 大きな雨粒を大きな木の、葉がパチパチと受け,、中ぐらいの雨粒を落とします。それを背の高い草が受け首を垂れて優しく送れば、生まれて間もない子達が目を覚まし輝きだします。

 そんな様子を長く臥せっている私に話しかけてくれる。窓の方を見てごらん

 なんてことを五七五に収めてしまうのですから
 

進化の時

 軽率と我慢弱いは違うと思う。ジットしていろと言われるとジットしていられなくなる気持ちも分からなくは、ない。人とのかかわりの中で楽しさを感じ自分を味わえるときは幸せだと思う。だけれども、そうでは無い経験をすることもキット大切なのだろう。

 今の日本国は歴史上で、かなり幸せな生活を送れていると思う。それでも大災害が何度も繰り返され国内外での争いは絶えず発生し様々な考え方が噴出し大きな不幸を感じている人も大勢いれば、他人の行動を誹謗中傷する場も用意されている。

 過ちは許されるべきであると思うが出来れば同じ過ちを何度も繰り返さないで欲しいとも思う。それでも交通違反と同じで過ちを犯しても結果が悪く出る人と本人や周囲に問題を引き起こさずに過ごせる場合もあり、自分だけは大丈夫を繰り返している。

 人は不完全な生き物だから支えあって生きて行くのが自然だと思う。その支え合いが難しくなった時に別な方法の支え合い、例えばICT(情報通信技術)の発展と少し時間はかかるけど人個々による情報収集、選別、発進能力の革命的変化が起こる、ハズ。
 

感謝の重さ

 相手に対し私なりの工夫ある行動に心掛けているのですが目標に達する成果がなかなか出ません。申し訳ない気持ちでいっぱいなのになぜかその方は、心からの感謝の言葉を私にかけてくれます。嬉しいのですが心痛む瞬間でもあります。

 感謝の言葉を様々な場面で掛けて頂いたことは、それこそ無数にあります。外部審査で褒められた同僚からのメッセージ”お陰様で”や趣味仲間の頼みでオフ会を開いた時の”楽しかったです”など、それなりの工夫と行動が功を制しました。

 もちろん私も様々な恩恵を受け感謝の気持ちを相手に伝えたことが随分とあります。大きな仕事を手伝ってもらい一緒に頑張ってくれた同僚や通勤途中の道を毎朝掃除してくれていたご老人に対して”ありがとうございます”を伝えています。

 この社会で生きている限り多くの人と助けられ助けて生きて行きその都度感謝の気持ちになります。でも、出来ていないことに対して心からの”ありがとう”が果たして私の口から出たことがあったでしょうか?私には、とても重い”ありがとう”です。
 

傾聴

 最近、施設にお勤めの管理栄養士の方と知り合いに成りました。もう30年もその仕事を続けているそうです。病院の食事も随分と工夫されているそうですが、基本的に治療し短期で社会復帰して頂くのが目標ですので治療優先に必要な栄養バランスが大切なのだそうです。

 施設の食事も同じ様に栄養バランスを考えるのですが、施設の中が生活の場ですので食事も楽しめるものにする必要があります。好き嫌いや利用者さんの状態、季節を感じてもらえるような工夫に飽きられない工夫、365日3食を考えるのですから残業が続くのも頷けます。

 お聞きしませんでしたが学校給食などでは違った苦労があるのかも知れません。子供たちが喜んで食べてくれれば、随分と嬉しいでしょうが限られた予算の中で安全と成長に十分な栄養とカロリーを考え、地域の特質も考慮に入れながら食材の調達や調理方法を考える。

 最近、今まで以上に経験の積み重ねの重要性を感じています。新しい経験があって失敗があって苦しみと共に考えるがあって工夫が生まれ変化を感じることができています。そして経験の種類は違っていても真摯に仕事に向き合っている方の話を聴く重要性を感じています。
 

3食

 家に家族がズット居ると言うのは、主婦にとっては負担増なのだと思います。ご近所さんの小さな庭のあちこちでバーベキューを行っているのがその証拠、スーパーでもそれに見合った食材や道具が多く並んでます。

 スーパーその他の変化では、袋入りのインスタントラーメンが品薄、ホットケーキミックスなどお父さんが作れる、子供と一緒に作れるような食材が品薄、何時もでしたら旅先やキャンプなどで食事が取れているのです。

 それに家族と言えでもズット一緒と言うのは、どうなのでしょう?仕事や学校などそれぞれの世界があればこそ、ご近所と話したり息を抜いたりの主婦の主婦だけの時間と言うものも得れる訳で、少し息苦しいかもです。

 それでも食事と言うのは、楽しみの時間でもあるのです。少しでも美味しく楽しく食べる時間を過ごしてもらおうと多くの主婦や料理人(にわか料理人?)が工夫します。こんな時ですからお手伝や工夫が大切ですよね。
 

自由でした

 ゴールデンウイーク、夏季休暇、そして冬期休暇と言えばその都度大きなシステム変更や新しいシステムの追加を行ったものです。バージョンアップや外からの攻撃に対するシステム強化、TV会議システムなどなど小さな会社のSEは社内に相談する相手もおらず随分と苦労もしましたが自由気ままでもあったようにも思います。

 新しい道を作る力は、SEに成る前に行っていた生産性や商品の改善活動でやしなわれたのだと思います。今のISO、当時のTQCを学びに異業種交流会などに参加し外の風に当たれたのも良かったのだと思います。毎年何かしらの通信教育を受け出来る事の幅を随分と広げました。改善活動に必要な知識が欲しかったのです。

 学習費用は、申請すると何時でも社で負担してくれました。考えてみると何のために必要かなどと聞かれたことは、ありません。逆にもしかしたら直接会社に役立たないか?と疑問に思える勉強は自腹で行いました。当たり前ですが勉強で仕事が遅れたり疎かになったりしたことは、ありません。全てが仕事のための勉強でした。

 今は2年半後に受ける予定の国家試験関連の勉強と最近始めた新しい仕事の知識、社会一般の現状や改善活動などを調べています。無茶苦茶頑張ることはありません一日一日は平凡でも数年と言う月日の積み重ねが大きく自分を変えてくれることを知っています。それは、私だけに与えられた力ではなく誰しもが持っています。
 

転勤

 職場に2時間以上の時間を掛けて通勤している方が複数名いらっしゃいます。役職的には、トップに近い方とそこそこの役割の方などですが、何れも最初に勤めた所を経ての転勤、家やご家族がある方々です。

 大変でしょうが真面目な方達で毎日遅くまで残業しています。帰宅は、9時10時と聞きますが朝も早いのにと思います。モチロン会社都合の人事制度があってのことですが何のための転勤なのかと不思議です。

 素晴らしく有能な方で成績の振るわない組織を立て直すためなのでしょうか?より多くの人材や顧客との接触などを経験させ能力向上を目指すものなのでしょうか?まさかですが会社への忠誠心を試すため?

 家族を置いての単身赴任の方は、数年後に戻れ昇格が待っているのでしょう(少なくとも期待されていました)。だからと言ってその間に失われる家族との時間を取り戻すことは出来ません。日本だからですか?