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娯楽

 本を読んだりパソコンで遊んだり、少しだけ勉強したりが気になりながらもアニメにハマっていたりします。月額幾らかで見られる(一部有料)のあれですが、以前は気になるTV番組もなかなか見れない忙しさでしたので随分と楽になったものです。

 1話20分程度のアニメですが上手に作るもので次回が気になり続けて何話か見入ってしまいます。話が進むにつれ世界観が分かって行くのと新たな課題や敵が増え複雑さが増していきます。小説などもそうですがその構成力に恐れ入っています。

 ただ少し気になるのがアニメの場合は、映画以上に想像力が働かず、具体的には、話の先を想像したり登場人物の心理を考えたりをあまりせず次回に進んでしまうので只々用意されたストーリーを受け入れて行くだけだったような感覚が残ります。

 ズット以前にロールプレインゲームにハマったときは、謎解きのようなものもあり今少しは頭を使ったようにも思うのですが、とあまり難しい事は考えずに今は楽しもうと思います。人が用意してくれた娯楽、十分楽しんだ後に何かが生まれるかも(笑
 

高み

 才能の有る若い人に時々で会います。不思議と容姿その他も整っていて天は二物も三物も与えるのだなと思ってしまいます。私が言う才能や長所がさほど高くないのかも知れませんが、私には輝いて見えるのです。

 それに引き換え私は、は無し。私が誰かの役に立ちたいと思うのであれば、その相手は誰でもよいはずです。見劣りするも無しだし何かしらの必要性を見付けられれば、お手伝いし必要なければ眺めていればよい。

 そんな風にいられるときは穏やかで誰と触れ合っても笑顔だけで気持ちが交換できるような気がします。こちらの気持ちがザワついている時には当然ですが周りも離れて行くような気がします。それが自然な風です。

 まだまだ未熟な私なので焦りや悩みも多いのです。が、それらも受け入れて私は私、人より秀でていなくても良い、私自身が私自身の無能を許せ平凡を受け入れ若い力を応戦し役に立てる場所があれば頑張るでよし。
 

グレーゾーン

 怒っている人や暴力的な人に対応するには、私のようになだめようとか落ち着かせようとすることは逆効果であり、一人離れ静かな場所に移ってもらうのが良いそうです。そういえば、自分の感情は、6秒間我慢することが出来ればコントロールできると聞いたことがあります。私ならドライブに行ったり本を読んだりパソコンをいじったりなどの趣味に走ると嫌なことも忘れるようです。

 コロナウイルスの影響で自粛要請が出ている近所のパチンコ店ですが16日目にやっとこさ休店の看板が立ちました。それを睨みながら立ち去る車が後を絶ちませんがTVのインタビューに答えていた方の「パチンコ店が開いているから来てしまう」には呆れました。まあ、クラブにしてもパチンコ店にしても誘惑を押さえられない方が大勢いらっしゃるので休業要請となるのでしょうけど。

 クラブやパチンコ店の休業は、それぞれの体力にもよりますが存続がかかっています。よく言う自転車操業店や借り店舗店、改装などで最近投資をしたばかりのお店であれば、休業が死活問題なことはよくわかります。これに対し個人が感情コントロールを出来ないのは依存症などの病気であり誰でもがそうなってしまう可能性があります。また治療は、なかなか難しいとも聞きます。

 私自身の経験では、長く吸っていたタバコを止めた時は、随分と辛い思いをしましたし止めて数年はタバコをうまそうに吸っている夢を見て”しまった!”と何度か焦ったものです。今も晩酌を検診などの理由が無いと止められず量などセーブをしているものの依存症のグレーゾーン、やばいやばい。人を悪く言う事は簡単ですが自分を戒めるのは随分と大変です。シッカリ顔を上げねば。
 

逃げ腰

 何度かチャレンジしているのですが未だに芸術の良さや数学の奥深さが理解出来ずにいます。理解出来るように探求しようと思わないわけでは無いのですが他に興味のあることが多すぎるので手が回らないと言うのが本当のところです。そう、どうしてもWindows上でLinuxを使ったり無線LANで物を動かしたり、人の構造やホルモンの働き心理の変化などを調べたりに今は時間を使ってしまいます。

 そうではありますが実のところダラダラじている時間も結構多いのです。体や精神がダラダラを求めていると言ったら変ですが他から多くを要求されない立場の私は、違う一面の私の欲求をある程度満たしておかないとなかなか私自身が良しとする方向に顔を向けてくれません。昔から意志が弱いのです。ですので自分を追い詰めたり追い詰めてくれる人を探したりして何とかやるべきことを熟します。

 自身の意志の力だけで何かに打ち込める人は、どうして何かに打ち込むことが出来るのでしょう?誰かのためにと自分自身が出来ることが重なった時にそのような気持ちになるのでしょうか?それとも興味を持った対象自体に惚れ込んで積み重ねて行く内に更なる高みが見えてきて登らざるにいられない気持ちに成って行くのでしょうか?残念ながら私は、そこまでに自分自身を鍛錬していません。

 ここまでの自分の人生が平凡だったとは思ってはいません。それなりの紆余曲折があって波乱万丈とまでは言わないまでもそれなりに面白かった人生でした。この先も多分面白そうだとは思っています。でも、そのためには少しばかりダラダラの時間を減らさなくては、好きなこと出来ることだけ以外も学ばなくては、とも思うのですが追い詰めてくれる人が居ません。自分で追い詰める元気、残ってる?
 

父からの贈り物

 俳句を趣味(生き甲斐)としてきた父の洞察力や鑑賞力(想像力)に触れる時がありますが、凄まじいと感じる程にレベル差を感じてしまいます。それはそうでしょう、多感な時期より文学に興味を持ち真面目に事を進めアルバイトをし大学への資金を得、更に学びたいと熱く思った父と本は好きでしたが何となく時を過ごしてきた私などを比べること自体が間違っていると思います。

 ご存知の通り俳句とは、五七五の十七音から成る短い詩ですが短いだけに日本の言葉文化、熟語や季語の奥深さをどれほど理解しているかが文学の扉を開ける鍵となり、たった五七五の十七音にそれこそ短編小説一冊ほどの物語が読み取れそこに作者の生きざま、哲学までも詰め込むことが出来る。そのようなものを自在に操る父を恐ろしいと思うのは未熟だからでしょうか。

 父は、亡くなる数日前まで俳句の道を歩いていました。父がある俳人の述べた一章として紹介したものに「俳句は知名度を上げるためとか、入賞を目指して作るものではない。むしろ俳人は、無名をこそ誇りにするべきだ。生涯をかけても、みんなが自分が行けるところまでで良いと覚悟して、自分の中にある光るものを高めるために作るものだ」の一文があります。宝物になりました。

 幸いなことに私は私の中にある光るものは、多分これだろうと思うところがあります。それと同時に自分のことを多く語らずにいつも私の話を楽し気に聞いてくれた父のことを思い出します。私は私、父と比較する必要は無いのですが私の光るところを高めるように父のことをもっと良く知ってみたい、父の残した俳句を鑑賞したいと気付かせてくれたのも父が残してくれた同人誌でした。
 

継承の理由

 私は、過去に先輩方から色々なことを教わったのですが教え方が上手く(フレンドリー)興味が持てたのと(知らばいことだらけ)直接仕事に役立つことも多かったので予習復習も自然に出来、家にも持ち込んでの趣味としても楽しく覚えることが出来ました。板金設計、電子回路、プログラミング、電子制御などを使っての物づくりの楽しさを教えてもらいました。

 ただ思うのは、一緒に学んだ仲間達や先輩方をまねして教えた後輩逹が学んだことを仕事に役立てたかというとそうでも無かったのは何故なのだろうということです。教えると言うより一緒に学びながら楽しむ時間と工作、それを工夫して車のオーディオに付ける自作のLEDランプ、私が楽しんだように仲間や後輩も楽しんでくれたのですがその先がありませ。

 先と言うのは、仕事に役立てたり趣味に結びついたり、言ってみればその先の自分自身の糧にしたかどうかなのですが、一時は興味を持ってくれても自身で学習を積み重ね、それに工夫を加えて何かしらの改善まで結び付けたかというとなかなか難しかった様です。何が違うのでしょう?その後の環境の違いなのか他に興味を見付けたのかは分かりません。

 組織ですから自分の希望だけで部署を移ることはなかなか出来ません。それでも頑張れば+αの仕事をさせて貰えることは可能です。私の場合は、総務と営業以外の仕事を経験させてもらうことが出来ましたし経理はもともと専門で製造では修理も担当していたので客先にも随分と出かけることが出来ました。違いは運なのか出しゃばりなこの性格なのか?
 

奮起

 性格なのでしょう、一つのことを繰り返していると「ああしよう、こうしたらどうだろう」といろいろ考えだし調べ簡単なものは実行し難しかったり問題がありそうなものは、時が来るのをジット待ちます。でも、自分を行動力がある方だとは思いません。”気になる+無理しての奮起”があって、やっとの行動です。

 何もなくただダラダラしているのが正直好きなのです。そのダラダラした時間で本を読んだりすると困ったことに何かしらの元気が出ます。元気が出ると気になっている事を考え出し「少しだけ頑張ってみようかな」などと本来とは違った考えを持ちます。頑張ればそれなりの成果が出て味を占めたりもします。

 人ですから”ボーツ”としていても何かしら考えてしまいます。ましてや何かしらにかかわっていれば何かしらの変化があり何かしらを考えるのが普通で、後はその先に繋げて行く何かが自分にあるかどうかだと思います。長く生きてきたので何かを行った後には、それなりの充実感があることを知っています。

 気になることへの糸口は幾つか見つかっているので次の休日に色々と調べてみようと思います。行動を起こすには、奮起が必要で、奮起するには奮起に足りるだけのエネルギーを蓄積しなくてはなりません。ダラダラが好きな性格ですが少しだけ”ボーツ”とから離れて頭を使うのも多少は楽しいです。
 

主任さん

 組織によって大きく異なるとは思いますが主任という役割がとても大変だと感じています。担当する範囲の仕事一通りが出来て新人に教えたり小さな工夫を仲間と一緒に試みたり、仕事の段取りや割り振りを考えて指示し仲間達のやる気を出させたり、そして上とのパイプ役にもなりながら自らも仲間達と同じように仕事を熟す。それが組織に勤めて最初に上る階段のステップ、主任と言う役割です。

 ですので主任には、リーダーシップ的な魅力が必要でしょう。仲間内に限りはしますがマネージャー的な能力も必要になってきます。正義感が強く利発で面倒見がよく健康で体力と行動力のある人、並べてみれば凄く立派な人のイメージですが、そういう主任さんを知っています。そして、私はそうではありませんでした。多分今も大差ないと思うのですが勤続年数が来れば何となく主任に昇格しました。

 人を多く使う職種ほど主任の役割は重くなり要求される内容もハッキリしてきて昇格試験などが出来、選ばれた人だけがなれるような仕組みになっていくのだと考えます。その職種は機械やコンピューターが入り込みにくく人の労力や人の感性に頼らざる負えない仕事が多いのだろうと考えます。ズットズット先では、分かりませんが人と人との関係で成り立っていくような職種も世の中に沢山あります。

 ただ感じるのは、そう言った違った職種間の交流があまり無いと言うことです。私が何度か経験したどの異業種交流会も比較的似通った職種でした。当たり前ですが職種が違えば、環境が違い期待される人間像も違ってきます。その当たり前を上の人、ましてや現場の人は知りません。私の知っている主任さんに「あなたはとても素晴らしい能力と魅力を持っているのですよ!」と伝えたくなります。
 

質と量

 相性その他、人はそれぞれですので合う合わない、更には好き嫌いに大好き大嫌いまであるのですが、様々な環境の中でそれなりの枠組みを自分なりに作り何とかやりくりをして生活をしています。そして全ての人との時間は持てないわけですので当然濃い付き合いの人と殆ど気にも留めない人というのも出てきます。

 そこで思うのは、声に出して困りごとや相談をしてくれる人に対しては、何とかしてあげたいと思い行動を起こしていますし声には出さなくとも最近元気がないなど気になる方には声を掛けそれなりのアプローチを掛け笑顔の一つも作ってもらえますが発言力の無いほとんど目立たない人には何も出来てないと言うことです。

 全ての人に何かをして上げることは出来ませんが何かしらの形で自分を表現出来る人と出来ない人がいてどちらがより困っているかは私には分かりませんし、そもそも公平などと言うものも無いような気がしています。SNSなどでは声が大きい人の意見が全てに見えたりしますし人は流されやすい生き物だと思うのです。

 結局のところ依怙贔屓ではあるのですが一部の人とは仲良くし一部の人とは距離を置き多くの人とは気薄なお付き合いになり殆ど接触の無い人も一部に出来たりします。で、更に思うのは、一定のサービスをマニュアルに従って全ての人に適応することが出来るのであれば全ての人と関わることも出来るのかしら?
 

私の世界

 久しぶりに”Raspberry Pi 2”を引っ張り出してOSを入れ偶々あった部品で”YouTube”からの音楽に合わせてLEDを点滅したりアンプで音を大きくしたり変えたりしてチョコット遊んでみました。小さな子供、小学生ぐらいに出来る何か面白そうなオモチャが出来ないかと思っているんです。

 インターネットで気に入った曲を見付けてLEDを光らせたり音をメモリに読み込み何度も再生したりパソコン上か何かのおもちゃかを動かしてみたり、その内の何に興味を持って何をスルーされるかを手探りで探しているわけです。ちゃんと技術を学んでこなかったヘナチョコの私がです。

 チャンとでは無いのですが積み重ねた経験と言うものは不思議なもので何となく面白そうなものが作れます。何でもそう、出来そうにないものだって諦めずに何となくでも続けていればそれなりに出来るように成ったりもします。人それぞれですが誰もがそうやって積み重ねてきたのです。

 ただ一つ、幾ら頑張って積み上げても一瞬で失ってしまうものがあります。人からの信頼です。それは理不尽な理由の時もあれば一方的な勘違いの場合もあります。そして一度失った信頼を取り戻すのは容易ではありません。その点、技術は裏切らないので、ついついのめり込んでます。
 

思うのです

 人は、生命の塊で出来ていて、生命一つづつに更に一段階小さくなった生命が存在し、その先の先を生命と言って良いかどうか分かりませんが量子の世界があり、そのまた先に宇宙があるのだろうと、私は思っています。ですので私が死ぬと無限の宇宙も終わります。

 過去の人達が明らかにしてくれた不思議な世界の全てを私が検証することは出来ません。様々な書物を中心とする情報の積み重ねによる論理性と私自身の思考力でお気に入りの世界観を作っているのですから、私にとっての赤色が私だけの赤であるように私だけの世界です。

 ここでの私には、出来れば人に優しい人、私であって欲しいと思います。過去の私は、随分と多くの失敗を繰り返し恥ずかしい思いも沢山しましたが、その過ちの数々を経験の糧として、足りないところを見極め捕捉しながら今の自分に活かせたら素敵だろうと思うのです。

 今はある、週に二日の休日に斜め読みした本を読み返し机の周りを少し整理して、この先に繋がるかも知れない知識と玩具を無限の宇宙を引き連れた私が弄り回す。仕事でも遊びでもボーッとすることでも私にとっては同じことで楽しい今であり学びの時間なのだと思うのです。
 

実力不足

 昔、担当していたセンサーの開発改善は、仮説と実験の繰り返しでした。主に圧力、流量、温度のセンサーとその周辺部品等を順番に見直していくのですが仮説を立てるのは幾つでも出来るのに対し加工、組立、調整を含む実験に数か月、その後最低1年を掛けて副作用や安定性、復元性を確認するのですから時間のかかる仕事でした。

 ただ仮説の検証を一度に一つづつ行うことで何が何に影響しどの課題がどの程度改善されるかが科学的に証明され時間を掛け振動やノイズ、経年変化などを確認することで物理的構造の問題点や電子回路の問題点も明らかに出来、最後にはそれなりの報告書を作成し他の者に確認して貰った後に安心して世に送り出すことが出来ます。

 相手が人の場合には、そう上手く行かないようです。まず、人には個人差があります。その日の体調もまちまちで年齢に伴っての変化もあります。現象を見て仮説を立て関連する資料などを調べるまでは同じなのですが良いと思われる尚且つ私に許される範囲のことを例えばポジショニングやアイシング、マッサージなどを行い経過を見ます。

 結果、以前より明らかに改善されてはいるのですが日によっては、効果が薄い時もありますし、そもそも何がどの部分にどの様な効果をどの位もたらしたかの科学的検証が私には出来ません。それに全て相手と相談し専門家の許可を得て行うので信頼関係と言う微妙なものも重要になります。こんな時、もう少し賢く偉く成りたいと欲が出ます。
 

人付き合い

 酷い話ですが出入りの営業さんに「必要な情報や物があれば貴方に連絡するので必要な時にだけ来て欲しい」と要望したことがあります。毎朝早出で毎日残業をし土日も出勤しても仕事が追い付かない、全体最適化を考えると少しづつ各方面の底上げが必要と考え実行量の多さに焦っていたのだと思います。

 私自身の性格は、甘えん坊の身勝手、相手に気に入られようとベタベタしてしまうような嫌な性格な一面も持っています。でも、それが良い結果を生んだ記憶は、ありません。逆に何度かの拒否に合い嫌われたかと落ち込んだことも数知れず、相手は私のことをさほど気にも留めていないのが現実だったでしょう。

 人と人の付き合いには、距離感が大切なんだと思います。認識されないのも困りますがあまり近づかれても、ましてや長らくベタベタされたのでは、一般に気持ち悪いと思われるのではないでしょうか?もちろん相性という問題もあります。それでも時には、サラッとした後味の良い付き合いが良いような気がします。

 自我と言うものは、自分だけの個性です。もちろん相手によって自我を出す量は違ってきますが自分以外の人に100%理解されることは、無いと思います(自分自身だって怪しい)。理解されたとしても受け入れられるとは限りません。自分の自我と上手く付き合うようにさらけ出す量や距離感が大切だと思います。
 

新たな経験

 相変わらず自分のことで精一杯なのですが、その自分のことを毎日毎日頑張っていたら周囲の扱いが徐々に変わってきました。具体的には、冷ややかな集団の目や叱咤が減り、ニックネームが付けられ多くの方がそれを使い、質問などに対する受け答えが柔らかく成ったり、気軽に頼みごとをしてくれたりと言った変化が見られます。

 ちょっと驚きの変化です。確かに自分でもそう思うように最初の三ヶ月は酷い者でした。見よう見まねで仕事を盗み頑張っている間に何とか出来るように成り、先輩方が嫌がる仕事やルールを守らない仕事も工夫を幾つも考えて安全に丁寧に行ない最近になってやっと形になりかけてきたかな、と思えるようなところまでこれました。

 もしかしたら、これなら続くだろうとか使い物になるだろうとか思っていただけたのかも知れません。私という人間の中身自体は何も変わっていないのですが外面的に出来る技術技能が増えた。私自身の仕事を熟せたうえで関連する仕事を行なう人の負担が少しでも少なくなるよう知識や技能を覚え積極的にお手伝いをしています。

 幸いなことに私には、もっとお金が欲しいとか偉くなりたいとかの欲がありません。最初から周囲の人の立場や役割に関係なくそのままの有り様を尊敬できていました。追い求めているのは、私の幸せですがそれが私達の幸せでなくては適わないことも知っています。そして私自体は変われなくても真面目にやっていれば周囲が変わってくれることを経験しました。
 

私に出来ること

 「忙しい上司を助けてやって欲しい」と上司の同僚に言われたとしたら、どう思われます。忙しい上司を助けるのは、そのまた上の上司の仕事ですしキチット考えれば組織全体の問題なのだから組織全体で助けるべきだと思うのですが、私のこの考え方は間違いでしょうか?

 同じように「社会法人は、儲けてはいけないから給料が安いのも我慢しなくては」などと仰いますが、社会法人は儲かる必要は無いのですがそこに勤める社員の給料が安心して子供を育てられ小さな贅沢が出来、老後を設計出来る位の額であって何が悪いのでしょうか?

 それに儲かる必要は無くとも顧客満足度(組織の価値)を上げるための品質と生産性改善の投資は必要ですから一定の利益を継続的に生み出す事が必要です。何のために何の改善が必要でそれを達成するには幾ら必要でその資金を生み出すのに何を変えるかです。

 とは言うものの社員の幸せが本当に組織の発展に直結していると考えている人は、上にも下にも少ないし私自身「任せればやるだろうがやらせたくない」と上司に思われた時期があったのでは?と考えている有様です。出来るのは、仕事を精一杯熟しての実績作り位です。
 

話しかける

 話しかけて返事が返ってくると嬉しいし話しかけて笑顔が返ってくると嬉しいものです。その記憶だけで何を話しかけ何が返ってきたかは、あまり覚えてはいないのだけれども、とにかくその瞬間が楽しかったことだけは覚えています。

 話しかけなければ、永久に会話は無いであろう相手は、この世の中に沢山います。もちろん話しかけなくとも大概のことは進むのですが話しかけることによって相手というよりも自分自身の心が開かれ事が楽に進められると思います。

 理由は定かではありません。周囲の人との緊張感が薄れることで心に余裕が生まれるのかも知れません。誰だって周囲が敵か味方か分からないよりは、とりあえず話が出来る相手だと分かっている方が良いに決まっています。

 ただ、話しかけるにも勇気がいります。相手の反応が分からないというよりも相手に嫌われると想像する自分との戦いのようなものがあります。自分に自信が無いのだと思います。でも、ここまで生きてきたのですから大丈夫です。
 

認めて欲しい

 「私はまだ周囲に認めてもらいたがっているのだ」と思わされることが時にある。そう言った出来事を「どうでも良い事ではないか」と思うのだけれども様々な理屈をつけ心に引っかけ胸に残すので嫌な気分を消化するのに暫くの時間がかかる。

 時には、工夫し時間を作り誰かのための何かを実直に仕事に活かし繰り返し小さな成果を積み上げていると周囲がそっと認めてくれることもある。その時に得られるののは、認められる嬉しさではなく、誰かの苦労が軽減される可能性への期待です。

 ある人から見れば贅沢ではないかも知れませんが、必要なものが一応はあり先々の心配もそれ程には大きくない生活を過ごしています。私は、家族を尊敬し周囲の人達を素晴らしいと認め自分自身を否定しない程度に幸せなのに何を求めるの?

 確かに何かをしてあげたいと思う相手も沢山いるけれども、それはそれぞれが考え生きるべきことであって、多くを望めば足りないものだらけかも知れないけれども本当に必要なものは自分の中にあると知っています。自分が認めればよいのだと。
 

プレゼント

 お節介な私は、何かを伝えたい時に物に頼ってしまうことが常でした。頑張ってくれている人に差し入れをしたり本や物を渡したりし感謝の気持ちを伝えていました。その頑張りが私の為でなくとも頑張っている姿を見せて貰えたことが私の励みになるから、と考えてです。

 最近はそのような行動を自重しています。子供のころの私は、強いものから逃れるためや人に好かれるために物で人の気を引くような行動がをしたことを思い出したからです。そのころ私の持っていたお金は、親が稼いだものであり私の行動で得たものでは、ありません。

 よくある話で家が裕福の時があれば貧乏になった時もあり自分と周囲との関係も自力で何とか改善しなくてはならなくなりました。幸いなことに中学、高校と進めば環境も変わり私自身の行動パターンも修正できたので物よりも日々の積み重ねを大切にしています。

 もちろん偽善者である私は、僅かでは有りますがペアフレンドへの支援も続けていますし何かしらに付けプレゼントをしたくなります。プレゼントが悪いとは思いませんが最小限にとどめ自分自身が恥ずかしいと思わないような行動を続けることが贈り物だと思うのです。
 

自立を考える

 自立とは、何だろう?どういう状態であることを”自立している”と言うのだろう?昔子供たちに「学校に行かせるのは、一人で生きていける可能性を高めるためだよ」と説明したことがある。その時は、それで正しいと思った。でも、人は一人では生きられない。

 もちろん一人で生きられる人も居るのだろうけれども一人で生まれてくることは無い。そして人と交わらなければ、記憶にも残らず消えて行く。一般人は、社会という世界で様々な人との交わりの中で生きている。でも、ただ生きていることを自立とは呼ばない。

 最近の経験だと障害を持った人は、多くの手助けが無いと日々の生活が送れない。ある見方をすれば多くの人の手によって生かされているようにも見える。でも、私はそうでは無い人が居ることを知っている。お世話に成ってはいるが自己を持っている人を。

 ほぼすべての人は多くの手助けの中で日々の生活を送っており決して自分だけで生きられている訳では無い。障害を持ち多くのことが出来なくとも日々自分の意志を持って過ごしていれば、自立していると呼べ、ただ生きているのであれば自立とは呼べない。
 

焦らない

 困っていることがあり改善したいと思っていることがあるのですが、今の私の立場や経験では出来ない事も多く”実力と信頼が付くまでは”と思い陰で調べたり自分なりの工夫が出来る範囲で試したりを繰り返しています。

 昔の私ならイライラしただろうし悔しくも思ったと思うのですが、今は少し違い悲しかったり寂しかったりの気持ちが過ぎりはしますが時が来るのを考え学びながら大人しく待っています。道は必ず見つかるはずですから。

 例えば、仕事の中で時間に対する焦りがでると手を抜きたくなります。上手く行かないと考えも無しに色々なことを試したくなります。それで何とかなる時もありますが、想定を超えた失敗や迷惑がかかる時もあるのです。

 目標は、ハッキリしています。考え調べながらチャンスが来る日を待ちます。チャンスは来ず過去に幾たびかあったように一方的な終わりが来るかも知れません。それでも準備をしないより、気持ちが随分とましなんです。
 

目立たない人

 おとなしい人ほど人に優しいと言う傾向は、あると思いますか?おとなしい人は普段目立ちませんしあからさまな行動もしないのですがチョットした時にチョットした気遣いが出来ているような気がするのです。

 例えば、自身も障がい者であっても障害のある人にほんの少しの手助けをしたり、裕福でなくとも退職していく仲間にハンカチ1枚をそっと送ったりと、そんな気配りを何度か目にしています。

 もしかしたら口数の多い人は、思っていることを直ぐに言葉として出してしまいますから言葉が心に残らないのかも知れません。それに対し口数の少ない方は。言葉に出さない分だけ思いが心に留まるのかも知れません。

 留まった思いをそっと温めて何かの時にソット出すのかも知れません。おとなしい方に話しかければ、もちろん楽しいおしゃべりが出来ます。私は、そんな目立たない、おとなしい方を幾人も知っています。
 

漢字

 本が好きな私ですが真面目に勉強をすることを学生時代に怠ったため読めない漢字や意味を説明できない漢字が本を読んでいると出てきます。以前は、読み飛ばしたり多分こうだろうと前後の文から考えてあてはめたりして処理していましたが、どうにもしっくりこない時があります。それは、慌てて読んだ時に意味を取り違え先に進んでから読み戻る時の感じに似ていて面白くないのです。

 昔、辞書を引くなどのチャレンジをしましたが面倒くさいに負けて断念、ところが今は、ネットがあるので比較的簡単に調べられ私なりに納得して先に進めるようになりました。用いるをよういると読んでしまったりは恥ずかしい例ですが漢字の読み方も分からず読み飛ばしていたのでは、折角の文章の言わんとしようとしていることが分かるわけがありません。

 まあ、誤字脱字だらけのブログを書いてる私が言うのも変ではありますが、学生時代にまともな勉強をしてこなかった私でも何とか生きてこられたのは、諸先輩たちが残してくれたマニュアルや専門書を読み漁り意味を理解し実際の仕事に応用する程度の読解力が有ったからだと思っているのです。何度も読み返し分からないところは更に調べ分かった時の楽しさが大好きなのです。

 実のところ私はコミュニケーションが苦手なのですが読解力がコミュニケーションを助けてくれることは知っています。相手の言っていることが理解できる程度の知識と観察力が有って始めて何を言葉として返そうかが発想できるのですから、そう言うことになります。ただ、私はどうすれば読解力が付くかは知りません。もしかしたら、怪しい漢字を調べるのが良いのかも知れませんね。
 

数式に置き換える

 昔、棚卸のことをズット考えていたことがあります。月末に幾つ残っていることが正解なのだろう?ゼロであれば売り切りで一番良さそうですが、それでは翌日からの販売で困ってしまいます。それに、売るものはいきなりできるわけでは無く幾つかの工程をへて材料・仕掛品・半完成品・完成品などと形を変えるのでどの段階でどの位の量を持つかは、おのおのに必要な日数と受注変動、部品の共通化に生産方法の改良などによって異なってきます。

 仕方がないので個々の値を変数にし月末の在庫希望数を入れると何時何を幾つ手配するべきかの計算式を作って後輩に管理をお願いしました。その後に導入することになるMRP(資材所要量計算)用プログラムの原型みたいなものです。後輩は、計算式こそ覚えませんでしたが、その一部を今も使ってくれていると思います。計算できない受注のバラツキを彼の優秀な感とゴリ押しで切り抜けるのには、簡単にシュミレーション出来る表計算の方が都合が良いのす。

 その他にも色々なことを長く考えて数式に置き換えることが仕事を進めて行く中で度々起こりました。プロジェクト管理などでは、バッファ(予備時間)の求め方は、課題の難しさより関わる人選と人数のバランスの方がより影響が出ることを知り、ハードとソフトなどにメンバーを分け、お互いに刺激しあえる環境を作くり、それぞれの達成日数を計算したりもしてみました。(ちなみに私がマネージメントできる限界は、5名です。それ以上に成る時は、その5名に任せます)。数式に直すとは”偶数+奇数=奇数=2(m+n)+1”のあれです。

 そうそう、数式の大嫌いな特異点(一般の基準では収まらない人?笑)のような友人が居ます。さて、困ったと考えて思い出したのは、ヘレンケラーm(_ _)m看護師ナイチンゲールです。彼女は、統計を使って負傷し次々と運ばれてくる兵士達を感染症から守る方法(ベットを離す、手洗いをする等々)を数式で求めたと聞きますが、数式が大嫌いな女王陛下に説明するのにはグラフと言う手法を使ったという話です。ならば私も大切な友人にグラフをと長らく考えていました。置き土産にBIツール(複数のデータをグラフにしてくれる道具)を用意したのですが、さてさて今も使ってくれているか?彼のことです、もっと良いものを見付けているでしょう。
 

歴史

 チョットした気付きアイデアそして努力や頑張りで面白いことを始めることが出来ます。それは、誰かの役に立ち喜んで貰えたりもします。そしてそれが暫く続くと当たり前になり次のチョットしたが生まれると改善されたりもします。

 ところがこのチョット7したの積み重ねを意識できない人は、態々この積み重ねを崩壊させて一から作り直そうとします。特に歴史が浅く学ぶが文化になっていない組織でよく見かけられるパターンです。破壊と改善は、違うのです。

 しかしながら相対性理論を導き出したアインシュタインさんが新たに導き出された量子論に疑問を投げかけたように新しく生まれた技術や理論に対して今まで慣れ親しんできた方法がそのまま役に立つとは限らないのも事実です。

 私が作ってきたシステムは人間味のある(完成度が低いとも言う、笑)システムでしたからシステムに関わる人の気持ちがそこに反映される余地を残しました。結果、担当者の力により様々な改善を生み出すことができたのです。

 それでも破壊の日は来ます。動力源が水車からモーターに変われば自ずとその周りの仕組みも変わるのです。そこに必要な道具さえも進化しているのですから成り行きで新たな使い方も生まれるでしょう。それも積み重ねです。
 

実力差

 だいぶ慣れてきたと思っていた新しい仕事ですが急に休まれた方がおり先輩と入れ替わったところ私が”今日は大変だぞ”と思っていた量を楽々熟しこちらの仕事の心配までしてくれました。いったいどうなってるのよ?という感じで笑うしかないです。

 思い出せば得意分野の仕事では、後輩が手こずっていた仕事を休日チョコっと覗いて問題点を解消しヒントとなる資料まで1時間と使わず用意できていた私です。なぜ自分にそれが出来たと言えば長くやっていれば、そんなものだとしか言えません。

 そうではあるのですが出来ない者にとって出来る人は憧れ的存在と言うか近付きたい、いやいや乗り越えてみたい存在でもあるのです・・・。と思うのは私だけ?そんな気配を部下から感じたことがあったかな?有ったような無かったような、さてー笑。

 人は人、私自身にやりたいことがあって出来ていると言えるレベルに達していなければ出来るようにするだけです。その過程が何より楽しい事を知っているものだから大変が大変ではなく自分を鍛えてくれる何かに変わるのです。さて、何が違うんだ?
 

道を選ぶ

 以前ほどでは無いのですが本をよく読みます。知らないことを知ることができたり新しい経験を疑似体験した気になれるのが快感です。その気になって色々空想したり難解な数字にチャレンジしプログラムに落とし込みだしたりと本を刺激の種にもしています。

 好むのは、マネジメント関連や化学、心理学などにハッピーエンドで終わる小説です。小説は知識欲というよりは、主人公が苦労をしながらも何かしらをやり遂げて達成感を味わってくれるような私の気持ちを和ませてくれる話の流れが共感出来て大好きです。

 でもこの世の中には無数の本があり毎日たくさんの数が出版されていて中にはすでに廃版になった本にも私の好みのものが沢山あるのだろうな、と思うと少々残念ですがそれでも本を読まない人よりは本を読む人の方がより多くのことを知ることが出来ます。

 知った知識や疑似体験が何かの拍子に役に立つこともあります。過去には随分と助けられましたし誰かと話す時にそれらしいことを返すことが出来るのも本のお陰様だと思っています。ただ、お金も時間も限られているのでこの一冊を選ぶのには困まりますす。
 

感謝状

 足を止め桜の花びらが舞い散るさまを暫く眺めていました。このところは風が強いので舞い方も大胆に時に雪吹雪のように激しく吹き飛びます。昨日、コロナウイルスの関係で中止になった50周年記念で渡されるはずだった感謝状を頂きました。

 ”長きに渡り発展に寄与し会社の基盤を作った”などお決まりの文面ではあるのですが私なりの歴史があり幾度も強風に吹き飛ばされそうに成ったこともありましたが今はこうして穏やかな気持ちで桜を眺められていることに感謝する気持ちです。

 そう言えば、上司が変わった元部下は”目標設定をしてくれない”と不平を口にしていました。目標設定の仕方は、やってみせやらせてみてをしましたが身に付いてはいないようです。それを言っても仕方がないので笑って話を聴かせて貰いました。

 桜の花が咲いていられるのは10日から2週間程度、それ以外は頑張りの期間なのかな?どの桜の木も美しく花を咲かせているけど一花咲かせられない人も居るのかしら?ふと思います。私は咲いたことがある?思わず苦笑いをしてしまいました。
 

人間観察

 誰もが自分自身の日々というものに居合わせているのだけれども不平不満も無く何となく生きている人も居れば黙ってはいるけれども口火を切って上げれば幾らでも不満が出てくる人も居ます。そこで初めてこの人はこう考えるのだと知ったりします。

 人それぞれですけれども、その人を知るには話を聞く必要があります。もちろん行動で見て取れる分かりやすい方もいますが人の本心というものは、なかなか表には出てこないものですから知るには心を開いて貰える会話が重要だと思っています。

 天気や最近の話題、仕事関係でしたら仕事に関連した話でも導入部分は良いと思います。そこからその方の生まれや生い立ちなど過去の環境や経験を聞くことが出来ればその流れからその人の好き嫌いを覗き見ることが出来るのでは、と思います。

 もちろん自分の性格に合った人に出会うこともあれば逃げ出したくなるような人に出会ったりもします。もしそう感じるのであればそれは客観的に相手を見れていないということになります。好き嫌いではなく人の1パターンとして見るのが面白いのです。
 

今をどうするか

 産業革命は、石炭(蒸気機関)、石油(内燃機関)、原子力及び再生可能エネルギー(電動機)と言った燃料と動力の革命とも捉えられるし活版印刷や輪転機、タイプライターからワープロ、ICTにインターネットと言った情報の革命とも捉えられます。

 それらの革命と時を同じくして進む爆発的な技術革新に娯楽の発展、そして産業革命に乗り遅れた国間の格差の拡大、国民の中での格差の拡大があるように、企業や業種ごとにも格差はあり結局のところ進化があれば取り残される人も生まれます。

 ただ、幸せの基準にも格差があります。慌ただしく刺激的な毎日が好きな人がいると思えばスローライフが好きな人がいて、工夫次第で自然と向き合い多くを望まなくても生活が出来る事を学んだ人もいます。進化の仕方も色々あると言うことですよね。

 大切なことは、どんな時にも自分で考えることだと思います。退屈だからと安きに流れるのを人のせいにし仕方がないと言い張るのは無理があるのです。暗記ではなく読解力のある人を増やす教育も考える力が大切と気付いたからですよね.。なら考えましょ。
 

命日

 四月一日などと言う日に亡くなるから母の命日を落とすことは無いだろうと思います。日ごろも何かの機会に母の行動を思い出すのですがこの日が近づくと何かに付け”母ならこうだった”とか”こういう行いは嫌いだった”などと思い出すことが増えます。

 父は頑固でしたが感情を表に出すことが少ない方だったと思います。それに対し母は感情の塊のような人で喜怒哀楽と行動力があり苦労の中に自分から飛び込んで行くような人でした。まあ恐ろしくもあり頼もしくもある、それでいて父を一番に考える。

 人は死にます。突然だったり徐々に弱ったり死に方も人それぞれですけど何時かは死にます。死んだ後に何か残るかといえば触れ合った人達の記憶の中に残り何となくその人の行動の中に現れたりするのでしょう。それが人と人が織りなす歴史です。

 何となくですが人は自分が死ぬ時を自分で決めているような気がします。父も母も死に至る理由は別々でしたが死ぬ時は自分で決めたように感じています。それまで十分以上にしっかり生きていましたからそう思えるのかも知れません。そうありたい。