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嫌な話

 このブログには、出来るだけ楽しかったこと嬉しかったことを残していきたいと思っているのですが何となく気が重くなることが多く”元気のない事を記してしまっているな”と私事なれど寂しくもあったりしています。

 仕事が趣味の私ですので働けていれば文句は無いのですが他はそうでもないようで、同じ職場内この半年間で四人目の退職者が出ました。私が若くして課長になった時の部署と同じで問題があるのでしょう。

 苦労しました。職場の改善活動に付いて学び幾つか実践しました。つてを頼って異業種の研究会に参加し知り合った大先輩にお願いし人事制度を変えました。もちろん儲かる工夫も毎年幾つか実施しました。

 この職場でそういったことを行うつもりは、ありません。申し訳ないのですが何がどの様な仕組みでどの様に起こっていくのかを勉強させて頂きたいと思っています。潰れはしません、それが問題なのでしょう。
 

休暇

 自粛要請が出ているのですが以前からの予約でキャンセルも迷惑がかかると箱根まで体を休めに来ています。雪の降る中、家を遅めに出て”うな和”さんで昼食を取り”宮城野早川堤の桜”を見て早めにホテルに入り夕朝は部屋食をお願いしました。
出発時は雪

 ”うな和”さんは予約をしないとなかなか入れないのですが本日は一席だけ空きがありスンナリ入店(店を出る時には夜の部まで空きが無いとの張り出しあり)食べ物ですから趣味はありますが私的には皮の焼き加減、タレの味加減共に好みでした。
旨いうなぎ屋

 ”宮城野早川堤の桜”を見に行く頃には雨も上がり心配していた雪も積もらず一時晴れ間さえ現れました。天気が良くこんな時でなければ停めれないかも知れない駐車場も開いていて川岸の花見スポットにも誰もおらず恋人逹一組とすれ違う程度。
静かな桜

 ルームサービスを使った夕食も美味しかったし温泉に何度も入り疲れもとれたし、こんな時にと思いながらと申し訳ない気持ちがあるもののどの道も空いていて気持ちよく走れました。自分だけがいい思いをすると落ち着かないのも困ったものです。
朝部屋食
 

お断り

 職場で「パソコン教室を開いてくれ」との依頼あり、丁重にお断りする(笑)。パソコンの知識が誰かに付けば何か良い事が起こると思われているのか、お金がかからないと思って軽い気持ちで頼まれたのでは、大きな迷惑です。

 お金を掛けてもいい、貴重な時間を使っても何の成果も生み出ないと断言します。これが目的を持った方が自分自身のために考えた末に目標を示され手伝って欲しいというお話しでしたら苦労を共にしようとも思えるのですが。

 以前、改善の話に興味を持ってくれた方にシステムをプログラムして渡してあげたらその後何度も、それこそ何年にも渡って「ああしてくれませんか」「ここをこう直せませんか」となるほどと思わせるアイデアを提供してくれました。

 その人は、パソコンは使えてましたがプログラムを覚えることはありませんでした。でも、他の方と違って何がしたいかは持っていましたしそれは自分だけではなく仲間達への思いでもあったのです。今回の依頼主はダメですね。
 

どうしたものか

 毎日それなりですが頑張っていたら少しばかり自分に余裕が出来てきました。そこで新しいことを学びに行けないか調べてみたのですが、この世界では通信教育や夜間部で教えてくれるところが見つからず、1週間ばかし仕事を休む必要がありそうです。

 有給休暇を利用すれば何とかなるとは思えるのですが退職者が続いた穴が埋められていないので何時もの1.5倍の仕事を任されることも多くなり言い出せる雰囲気ではありません。この職場はいつもこんな感じなのでしょう暫くは様子見しか無いようです。

 何かを始める時に少々の無理は必要です。徹夜とまでは行かなくとも遅くまでの残業が幾日も続いたこともあったし仕事が終わってから訓練校に半年ほど通ったこともあります。苦労と自分自身の知識欲を比べれば知識欲が何時も勝っていたようです。

 上司は、見ていて可哀そうな位に頑張っていますが派遣社員やパートさんは時間キッチリで働き社員さんも安全より効率を優先している様に見えたり整理整頓の雑さも見え隠れしています。早く退職者の穴が埋まれば良いのですがこの繰り返しなのかな?
 

手順を知らない

 この世の中知らないことだらけ思いもよらないことだらけですから失敗や落しは付きものです。後輩たちを見ていても何を知らなくて何を困っているのかが分かるまでは、手の差し伸べようが無いのが現実です。

 それでも、本来であれば長い年月をかけ標準化や教える文化が出来てきても良さそうだと思うのですが数十年以上続いた職場でも日々のマニュアルが無かったり新人研修や学習機会が無いところもあります。

 現場や従業員のせいでは無く単純に全体を見る力のある人がいないのだと思います。生産性を上げるには、ボトルネックを見つけ出し改善していくのが最初で、利益が出る確信があれば設備投資を行います。

 教育の無い現場では効果の無い設備投資が行われているものです。職場で発言力のある方の思い付きが現実になったわけですが誰も責任を取りません。知らないことに対処する方法を知らないのでしょう。
 

100年続く会社

 マネージメントを行うには、リーダーシップ(目標を示し皆を引っ張っていく力)とマネージャー(個性に合った環境を用意する力)が必要ですが、今一つ気付いたのが仕事本位に力量を見極め役割を任せられる片腕的存在を作る力が必要だと言うことです。

 何も自分の出来る事を誰かに任せる必要は、ありませんが人は何故か自分に何が出来ないのか何が不足しているのかを知ることが苦手です。他人に厳しく自分に甘いためでしょうが全てが出来る人は稀ですしいたとしても全てを熟すことは出来ません。

 もちろん企業規模にもより立ち上げ当初は自分で多くのことを熟さなければならないでしょう。それでも自分の得意な方面に力を集中したいハズですし優秀なパ^-トナーが居てくれたらと思うハズです。ところが規模がある程度大きくなった時に忘れます。

 いえ、賢い人は忘れないでしょう。ただ、パートナーも賢いとは限りません。経済学者が必ずしも経営に向いているとは限らないように任せる相手を見極める力も必要です。ですので100年続く企業には、仕事を任せ育てて行く文化があるのだと思います。
 

寄り添う

 自分の気持ち、思いが上手く伝えられないとしたらどんなにももどかしいものだろう。私達も普段の生活の中で自分の意図が上手く伝えられず苦しむことが多いのですが、もし障害を持っていたのであれば尚更そういう場面が増えるのだろうことは想像できます。

 自分の思いが伝わらない時、人は思い悩み伝える努力をし、それでもうまく伝わらなければ怒りや悲しみの感情を顕わにし、それでも伝わらなければ諦め人によっては、生きる価値を見出すことのできない深い闇の世界に入ってしまうのではないかと思います。

 そう思える人を見てきましたし、そこに近付こうとしている人にも出会いました。お節介でドライブに誘ってみたり一緒にお酒などを楽しみ夢に付いて語ってみたり。皆さんそれなりにご自身の道と出会い余計な心配は不要な場合が常でした。健常者の場合には。

 何をもって障がい者と呼ぶかの定義を正確には知りませんが、自分の意図を上手く伝える手段を持てない方は、同じように苦しく悲しい思いをしているのではないかと想像しています。私に出来ることは、機会を作り聴くことだけです。ただ寄り添う、それだけです。
 

自分主義

 何とか仕事が回せるようになってくると自然と周囲の状況も見えてきます。こちらが大変なことを知って手伝ってくれる人や自分の仕事を優先しこちらの仕事を遅らせる人、立場を利用し楽をする人に先の事を考え準備をする人など様々です。

 それら周囲の人間関係をも仕事の流れに組み込み対応方法を考え仕事を回せるように成るには、また少し時間が必要です。無意識のうちに周囲の人が気持ちよく仕事が出来るように陰のお手伝い(整理整頓など)が出来ればしめたものです。

 と言っても周囲が気付き喜んでくれるなどと期待しても無駄です。こちらを手伝ってくれた人など最初からこちらを見ていてくれた人は、最初からわかってくれていますし、そうで無い人は、幾ら時が経っても気付きません。そんなものなのです。

 得れるのは、自分自身の仕事に対する誇りと更なる熟練度に向かう工夫力と周囲を広く見渡せるゆとり力です。一日シッカリ働けて疲れはあるものの充実感があり今日に満足しながらも明日のことを考えられる。それだけで十分幸せを得れます。
 

教え下手

 話の流れでちょっとした生産設備用のシステムをお手伝いすることになりました。データーの吸い上げと蓄積、それに印刷の仕方と時間があればBIツール(データー分析ツール)の紹介と欲張ったリクエストでした。

 吸い上げのところは、あらかじめ相手の資料を頂いていたので一緒に設定をして終わり。吸い上げのところを説明しながら行ってもらったのですが気圧や温度のデータも加わるため作業者の行動分析が必要でした。

 何時どのような手順で作業者が処理を進めるのが効率が良く間違いが少ないか考えながらシステムを組み立てて行きます。システムは、人の動きの中に組み込んで行くものです。負担や違和感を感じさせてはいけません。

 そのことを伝えたかったので説明しながらプログラムを組んで頂いたのですが1時間たっても私が予定した作業の十分の一程度、お詫びを言いその先はプログラムを読んで理解して欲しいと私が組んで形にしたのですが、良かったのか。
 

冗談

 じいちゃんが言うには、叔父の冗談には嫌みがあるが私の冗談にはウイットがあるそうです。確かに叔父は冗談交じりに誰かをこき下ろしますが私の冗談は、笑顔を作ってもらうためのものですから質が違うとは思います。

 元気の無い人を見るとお節介な私は話しかけたくなります。様子を見てチャンスがあれば近付き話題を見つけ雑談のなかにネタが見つかれば気の利いた冗談を放り込みます。一瞬の間の後に笑顔がこぼれれば成功です。

 私も昔、人を怒らせて私の都合の良い方に物事を運んだ事があります。人を笑顔にするより怒らす方が簡単ですし怒った人は次の行動に移りやすいので扱いは楽です。でも、怒りは後々まで記憶に残りその人を苦しめます。

 冗談は、サット記憶から消えます。ただ笑ったことだけが記憶に残り次に会えば、また自然に笑顔になります。冗談で相手を元気にして上げることは出来ません。出来るのは、一瞬の笑顔だけです。私に出来るのはそれだけ。
 

ズル

 手を抜くのと要領がいいのは違うぐらいのことは、私にも分かります。私の場合は、要領が悪いので見えないところで下準備をします。私はそれをズルと呼んでいます。ほら、「私全然勉強していないわ」などと言って成績の良い子、いましたよね。

 残念ながら私の成績は下の下でしたし予習復習などと言うものは、会社に勤めるまでしたことがありませんでした(キッパリ!)。結果、成績は学年が上がるほどに悪くなり目も当てられ無い、それを気にしていなかったのが問題だったんですよね。

 会社に入ってから、というより社会に出てから分かったのは、結果は努力した分しか返ってこないということ。努力というのは、単純に勉強すればいいと言うことではなく何のために何をどの順番で学ぶべきかを考えながら実行し続ける事ですよね。

 もし人より仕事が遅いとしたら人より早く出勤し仕事の準備をしておき人並みに仕事が出来るように工夫する。そうした工夫で出来た時間を利用し人より遅い理由を考え工夫して人並みに出来るようになる。そんなズルが私は好きで続けています。
 

信号無視

 小さな交差点に青で侵入しようとし最初に気付いたのは、大きな白いダンプカーでした。青信号なのに横断歩道の手前で停止し動こうとしません。運転手は、頭に白いタオルを巻き顎には髭、二十代でしょうか若く精悍な感じの好男子。

 彼の目線は下に、何かをじっと見つめています。次に目に入ったのは、左手を上げ右手でおばあさんの手を引きながら横断歩道を渡ろうとしているお爺さんと一歩遅れ左手を引かれ右手に杖を持ち小刻みに歩くおばあさん。

 交差点に入る前に後続車が居ないことを確認しゆっくりと私も車を止めます。交差点左手には黒のワゴン車、やはり老人お二人を驚いたような感じで見つめています。渡り始めた時には、歩行者信号は青だったのかも知れません。

 ご老人お二人が横断歩道を渡り切るのを待つ間、この交差点周囲だけ時が止まったようです。青信号が赤に変わり再び青に変わったとき大きな白いダンプカーの運転手は、ご老人に一度目線を向けてから走り出しました。
 

儲かるには

 貪欲と言うほどでも無いのですが覚えることや自分の成長が好きなので仕事には真剣に向き合えるタイプだと思っています。仕事に真剣に向き合うことが出来れば”どんな仕事にも、これで終わりは無い”とも思っているのでモチベーションは保てます。

 ただ、企業によっては他の要因、単純に言えばお客様や利益のことは考えていても社員のことはあまり考えていない企業であれば社員のモチベーションは低くなり結果退職者が多くなり募集などに掛かる費用と共に社員への負担が自然と多くなります。

 どこの企業ても良い人材を取りたいのですが、もし会社の掲示板などに”社員紹介制度、1名3万円”などという張り紙があれば、社員を大切にしていない傾向があると考えても良いかも知れません。逆に社員側から知人などを紹介する様にならなくては。

 マネージメントの本を読み漁るとリーダーシップやマネージャー能力のある人の重要性を説いていますが、それは取りも直さず社員を大切にし社員のモチベーションを上げ能力を最大限伸ばして頂く方法論でもあるのです。儲かりたかったら社員を大切に。
 

自己主張

 何かの切欠に対し、自分が今どう思っているかを主張することは大切です。大切なのですがタイミングと言うものを考える必要もあります。その場でその瞬間に出た言葉であっても一度発した言葉は、取り換えがつかないからです。

 自分の感情に対し素直に表現することは、その根底に自分らしさがあるから大切です。でも、相手を傷付ける可能性がある感情表現には、注意が必要です。こちらの思い違いからの怒りというものでしたら相手に失礼だからです。

 自己主張は、自身を磨くため大いにすべきですし感情表現は、豊かであればあるほど人生も豊かにしてくれます。それなのにタイミングと場所そして相手を間違えてしまい相手も自分自身も傷付くことに成ってしまっては困るのです。

 困ったことに私は、こうだと思ったことを我慢することが随分と苦手なのです。損得を考えれば、黙って飲み込んでいればいいものを我慢できずに言ってしまう行動してしまう、まったく困った奴なのです。まあ、だから面白いのですが。

陰ながら

 何度か職場の飲み会に参加し触発されたのか新しい取り組みを始めた同僚が二組います。それに対し飲み会に参加しなかった同僚から「g-monさん何時もモチベーション高いですね。最近私は、やるきがゼロになってしまって」と声を掛けられました。

 彼には、今1歳の初めての子供が居ます。一度転職しブラック企業だったため以前と同じ職種に戻ってきました。仕事は出来るし真面目だしモチベーションが下がっているようには、見えません。飲み会だって真面目ね彼だから参加出来なかったのでしょう。

 ここは何時も嘘のように忙しい職場、相談を受けるのも回答するのも二言三言が精いっぱい、お昼以外に休憩らしい休憩も無いので皆でタバコを吸いになどというのも許されません。皆さん心に思うことをどこでどうやって吐き出しているのでしょう?

 今、モチベーションの高い同僚が成功するように陰ながら応援したいと思っています。そして、落ち込んでいる同僚が仲間に入れるような工夫が出来たらとも思います。不思議なことに職場の情報交差点に何時の間にか居るようです。ですから、陰ながら。
 

自尊心

 無理や人格を否定されるような言い方をされれば腹も立つし、頑張りを認められなかったり無視されれば気持ちも落ち込む。どんなに平静を装っていても誰にでもプライドがあり認められたいという気持ちを持って普通だと思います。

 それを仕事の糧にする人もいれば、その場所から逃げ出す人もいる。職場自体に問題があれば後者だろうし”職場を変えてやろう”と思えば前者の選択も悪くはありません。何れにしても主が周りから中心に移動した瞬間の行動だと思います。

 大事なことは、自分の中心に移動した気持ちを安定させて自分自身の気持ちを観察することだと思います。周りではなく自分自身は自分のことをどう思っているのか、自分の価値観は何に重点を置いているのか、を見極たいと思いいます。

 ふわふわした気持ちは、何故か周囲に踊らされます。運が良ければ周囲の環境に恵まれ流されるだけでも自分の気持ちが安定します。でも、普通は流され心を痛め乗り越えての繰り返しで強くなり何とか安定させれるように成るのだと思います。
 

イノベーションが先

 何かを思いついて工夫をしたり調べたりする人がいるのですが長続きしません。折角のチェックシートが消えてしまったり決まった手順が忘れられていったりします。安全を優先した正しい手順が面倒だったり時間がかかったり理由は色々です。

 生産性を上げる工夫を色々してきましたがパソコンを利用した設備は、少しの手間で広く定着させることが出来ました。どれも手間が半分とか要ら無くなる改善だったからです。製品設計自体の改善は、当然普及します。レベルが違うのです。

 十分に余裕を生み出した後に勉強会を開き”何故”を理解して頂き仕事への誇りを持って頂いた上で安全を優先した手順を実施したりチェックシートを導入したりして仕事の品質(価値)を上げて行く。競争力のある組織への生まれ変わりです。

 ボトムアップ型の改善が上手く行かないと言っている訳ではありません。先に画期的な改善の気付きが必要であり、それを実現出来る個人か組織かがあり、改善による余裕を経験してからの仕事の整理整頓、順番が違っては上手く行きません。
 

真実とは

 物事には、実験して確かめられる事と実験が出来ない事があります。モチロン私だから出来ない事もあれば私だから出来る事もあります。私を飛び越え今は出来ない事がありますが将来に置いて出来る事もあります。そう言うものなのです。

 実験が出来ないからと言ってそれが真実では無いと言う事に成らないのは理解出来ると思います。しかし、職場に置いて人生に置いて何かを見つけ出しそれが真実だと確信したとしても実験で証明出来なくては、真実だとは言えないのです。

 実験が出来るかどうかは運でしょうか?時代が追い付いていないのか実験が人を引き付ける魅力に欠けるのかそもそも気付いた事実は真実では無いのか、それも実験して見なくては分かりません。大切なのは、事実に気付いたと言う事です。

 事実に気付けたと言うことは、気付ける時代に生まれたと言う事です。自分自身でそれを証明出来るかも知れない、誰かの助けを借りられるかも知れない、時代を繋げば実験が出来るかも知れない。その可能性の積み重ねが文化なのでしょう。
 

依頼

 新しくできた先輩からデータ分析を頼まれました。「傾向を分析して対策を立てたい」何時も忙しい職場なので打ち合わせらしいことも出来ませんでしたけどなにがしたいかは理解出来ました。ただ、分析と言うほどのことでもなさそうです。

 分析と言えば物事のありようを吟味して統計学を使ったり、様々なデータを組み合わせBIツール等を使って色々な切り口で考察したりしますが表計算ソフトで十分そうです。そう思ったのですがここに表計算ソフトを使える人がいません。

 データを打ち込み数値を整理しグラフを選択し終わりです。それなりの傾向がつかめたのでデータを一工夫、Keyとなりそうな情報(データ)をグラフに追加し終わり。データ数が多かったのですが30分、仕事としては物足りない感じです。

 役に立つかどうか分かりませんが(普通そこからが大変、人を巻き込まなくてはなりません)喜んでもらえました。声を掛けて頂ければ相談には乗りますし協力もしますが私からは動きません。成長を楽しむべき人は他に大勢いますから。
 

安心

 久しぶりに訓練校の学友と会いました。親子ほども年が離れていますが同級生、社会に出ると色々な経験が出来ますね。メールのやり取りは、時々していましたが返信に元気がないので、お節介の私のこと何となく心配していました。

 苦労はしていますが元気でした。こんな時期ですから休みを利用し自然の多いところへドライブです。天気にも恵まれ久しぶりの嬉しさもあってか無口の彼も最近のことや苦労を色々と話してくれました。周囲にも恵まれているようです。

 先の事は、あまり考えていないようでしたので少しだけ刺激してみました。それなりの生活設計や家族に付いてもご縁があれば何とか成るのかな、と思える程度にシッカリしていました。私の当時とは偉く違って立派なものだと思います。

 たまに話すのは良いですが余計な心配はいらないようです。ええ、比べれば私の方が心配なぐらいですよ。人はそれぞれの世界を持っていて時にくっついて自分の世界を確認したりします。心配して損したけどお陰様で元気貰えました。
 

マニュアル

 マニュアルらしい仕事の説明書がほとんどない職場があります。当然ですが、仕事のルールに個人差があり話し合っての改善などありません。時々事故は、起こりますがよほどのことが無ければ上からの指示はありません。

 マニュアルとまでは行きませんが仕事を共有している職場があります。上手く行かないことがあれば専門家の知恵を借りたり調べたりします。そして上手く行けば仲間に声を掛け皆で試してみる環境があります。上司抜きで。

 仕事に改善が組み込まれ慎重にマニュアルが改版されている職場があります。改善は個々の職場で試され組織を通して上にあげられ様々な目と更なる改善が検討されます。そして全社に展開されて行く仕組みがあります。

 三段階に分けてみましたが人と人との繋がりと仕事のやりがいが後に紹介した職場に行くほど良い関係に行くことが想像いただけると思います。最初に紹介した職場は、毎月のように離職者がでています。何故でしょうね。
 

時には、

 職場や人生の先輩といえど失敗をするし間違いもあります。聞く耳を持たない人もいますし何よりも自身の感情を優先するのは、人の常です。何もわからなければ、従うしかありませんし、自分の意志に反することに対しても目をつぶることになります。

 物を知らねければ、そこに不自然さは無いのだと思います。自我があり、こうありたいがあるので不平や不満が生まれるのだと思います。でも、私は、それでも良しとした賢い女性を知っています。彼女には、何よりも守るべき子供との生活が有ったのです。

 子供との生活が守れていれば、満足。守れるだけの対価を貰えるのであれば、それだけで幸せと思えることは、幸いなのだと私は思います。もちろん、家族を守れないのであれば、守れる環境にとっとと移ったのだと思います。基準は、明確なのです。

 それを忘れて自身の思いにこだわった男性を知っています。どんなに偉そうなことを言ったとしても家に生活の糧を持って帰れないのであれば、家族は不幸です。結局のところ見えている範囲が違うのです。理不尽は、沢山ありますが受け入れるも大切です。
 

師匠

 入社間もない私に「〇✖△は、もうしましたか?」と怒った顔で問う先輩が居ました。私が「〇✖△をするのですか?」と返すと更に厳しい顔で「まったくもう!いいです!!私がします!!!」と言い凄い勢いで〇✖△の作業を始めるのです。

 いい訳ですが、その時まで私は”〇✖△”の作業があることを知りませんでした。マニュアルも無かったし細かな作業スケジュールも渡されていませんでした。少しばかり腹も立ちましたが新人で体育会系の私は、先輩に文句も言えません。

 それから数か月間、私の知らない作業やルールについて何度怒られたことでしょうか、理不尽だと何度も思いましたが、その度に作業を盗み見、ルールの理由を考え分からない時には、怒られるのを覚悟で教えを請いました。大変でした。

 色々悩み、その方を心の中で師匠と呼ぶことに決めました。そして仕事を覚え”多少役に立つように成ったかな”と思える頃から怒られることなく質問に答えてくださるようになりました。それどころか誉め言葉や笑顔まで、頑張ってよかったです。
 

営業力

 価値ある提案というものを持っていたとします。通常の場合、それを商品の形にするために”人・物・時・金と情報”が必要になります。これらが手に入って始めて社会に受け入れられるかが試せるわけですが、どうやって手に入れます?

 私の場合、会社自体は利益を出していましたし私のためにというより会社が良くなるための価値の提案でしたから会社がそれを受け入れなかったとしても、それはそれ、会社の判断ですから”どうぞご自由に”と思う程度のことでした。

 ジュニア(息子)は違っていたようで支援をしてくれる会社を探し価値を商品化することに成功しました。社内に営業をして協力を得られなかったから社外に営業をし商売を始められる環境を整えた。会社を移るも同じことかも知れません。

 私が頑張ってきた会社初代も提案し受け入れられず親族に営業し力を借り起業した方でした。そういう方ですので社員の提案にも目を配り私なども随分と勉強をさせて頂けました。社員に対する営業力おも持っていたのだと思います。
 

価値と対価

 人をまとめる人が必要なように、その道に深く通じた専門家が必要な場合があります。お医者さんや裁判官のように長く学んだ後に国家試験に合格し更に現場で経験を積まなくてはならない道もあります。

 私が学んだICT(情報通信技術)のように世の中に出始めの専門分野は、興味があれば誰でも学べますが変化が早く裾野も広いので学び続け仕事(価値)と関連付け高い専門性を保つことが必要です。

 学び続けなかった場合、専門性の価値は薄れ使われる側に、それも交換可能な人材(価値)として扱かわれる可能性が高まります。残念ながら学び続ける環境が用意されている会社は少ないのです。

 もう一つ問題なのは、専門性があり需要はあっても福祉関連のように提供者が十分と思える対価を利用者が用意できない職種があることです。社会の後押しが必要ですが、これもトップ次第で変われます。
 

まとめる人

 エンジニアと呼ばれる人達は、それぞれの持つ技術を応用しクライアントの夢を叶えるお手伝いをします。それぞれの技術は、電子工学だったり応用物理学だったり材料力学だったりと、それぞれの専門を持っています。

 ですのでプロジェクトの大きさによってエンジニアの数も増え、それぞれ分担を決め協力して仕事を進めて行くことになりますが、仕事の複雑さや規模、技術者のレベルによっては、仕事をまとめ上げる人が必要になってきます。

 仕事をまとめ上げる人は、それぞれの技術分野に精通しているだけではなく、クライアントの夢を聴き取り整理し技術者が最高の力を発揮出来るよう伝え、アイデアを生み出して貰い、それをまたクライアントと調整していきます。

 このように書いては見ましたが、技術者逹は科学で発達した多くの道具を使うという特徴を持つだけで、アニメーションの世界でもゲームの世界でも私達の働く職場でも、それぞれに精通しまとめる人が必要なハズです。
 

悩む

 何もしなくとも生きられる人もいれば、何かしてなくては収まらない人もいる。当然その間にも様々な人がいて本当に人それぞれだと思う。どちらが、どれが幸せかと言えば、それぞれの幸せはその人が決めるものだから何とも言えない。

 私の場合は、本とコンピューターがあれば自分で何かしらを始められる。今は、・・・。歳を取った時にそれまでの自分を振り返り、何かを感じ幸せだったと何かしらを始められない自分を受け入れるのだろうか?体が動かなくなったら?

 人の一生に波風は付きもの、終わりよければすべてよし、なのだとして体が動くうちは、色々なことを体験してみたい。私の場合は、知識を得ることが楽しい、違う人は自然を眺めるのが好きかも知れない。出来れば人の役に立ちたい。

 幸せは、その人が決めるものだれど不幸だと思っている人も大勢いる。だけどほとんどの人は、それほど不幸でもない。ならば、人のことは気にせず、自分の思う通りに生きればいい。それが結論尚かな?今はそういうことにしておこう。
 

社員目線

 悪気の無いブラック企業というのは、あるのかも知れません。世の中のためになっている、社員にことを気にかけている、とトップが思っていても給料が安く社員の退職が多かったら危ない気がします。

 転職してきた人に潰れそうな会社を何とかしたく給料を減額されても頑張った人がいました。が、結果社員逹だけの力では立ち直せなかったようです。儲かっていた会社も潰れることはあるのです。

 潰れてしまえば、巻き込まれた社員にとってはブラック企業です。潰れなくても労働に見合った対価が頂けなかったり社員の生活設計を考えない会社ならば、社員側から見てブラック企業かも知れません。

 そう考えるとトップの責任の重さが理不尽のようにも思えてきます。少なくとも起業時は、自分自身の生活を守るため夢を実現するために始めたことです。でも、結局ブラック企業は長続きしません。
 

勉強会

 同僚が勉強会をしたいと講師を募っていました。先日の飲み会で「仕事仲間の繋がりを作りたい」といってたのを思い出しました。職場を良くし何かを変えたいという彼なりの考えが何かあるのでしょう、是非協力したいものです。

 私が電子回路を覚えたのも良き先輩による勉強会が始まりでした。仕事に直結していたので面白く学べました。コンピュータに興味を持った先輩の家に泊まらせて頂き遊びながら仲間達とプログラムを組んだこともありました。

 ここからはつまらない話なんですが人は費用対効果で動きます。大変より楽しいや給料が上がるとか仕事が捗るとかがハッキリ現れていないと勉強会はなかなか続きません。それに講師の方の負担も思う以上に大変です。

 自分持っている技術を自分が諸先輩たちから学んだ手順で伝えるだけでも需要が無ければやる気にならないものです。その人その人で思う費用対効果も違います。失敗も随分見てきました。それでもチャレンジが好きです。
 

違いはなに?

 友人に聞いてみると「こうなりたい」や「こうだったらいいのに」は無くて「疲れやすい」とか「気持ちが乗らない」とかが返ってきます。持っている性格は、ネガティブな感じですが折角新しい環境に付いたのに頑張ろうという気持ちが続きません。

 小さくて良いので心の中に燃えるものを持っていれば、それを大切にし大きくしていくこともできるのでは?と考えるのですが若さかなあ?(私も若い時にはこうなりたいがなかった)環境でしょうか?親は厳しく彼は優しい、最後は逆らえない。

 若干のハンデ(アトピーとか)は抱えていますが致命的ではありません。もっと苦労している友人もいましたが辛い事があっても前向きでしたし何かしらの自分の役割を何時も作れていました。違いといえば負けないという強い気持ちでしょうか。

 随分と困っているはずなのに「おっかさんを助けなきゃ」とか「私が何とかします」とかの言葉が返ってきていました。どうしてそうなのか聞いてみたことはありますが私もそう、自分のことは上手く説明できないようです。でも、何かが絶対違います。