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しつこく目標

 目標を持っている人と持っていない人の稼げる金額差はあるのだろうか?個人的には、統計的にあるような気がする。試しに”目標のある人とない人の差”で検索すると差があるようなことを書いたものを沢山あるけど結果のデータは?どこかにあるとしよう。

 あったとしても稼ぎを追いかけない目標というのもあるだろうし、幸せの形は人それぞれ違うとは思います。思うのですけど、そこそこの生活が出来る稼ぎがあっての上での人それぞれの幸せの形なのだと思もう。目標の無い人は幸せの形も持っていない?

 それはありうる?ゲームが好きで一日中ゲームをしていられればそれで幸せ、それでは生きていけないので最低限の稼ぎだけはする、または親とかに何とかしてもらう、それで幸せという人もいるかも知れない。いるかも知れないけど、それってズット保てる?

 新しいゲームや新しいゲーム機が欲しくなった時に手が届かないなんてことにもなりかねない。ただ、見付けたデータでは、半数近くの人が目標を持っていないらしい。目標を持てるのは才能か?それとも教え方で何とかなるのか?なるとして教え方を学びたい。
 

目標ね

 例えば、プロのスポーツ選手に成りたいと思ったとする。幸いなことに健康と運動神経にそ恵まれていたとする。目標に向かって努力したとする。人それぞれが始まり、ある人は子供育成コースに入れて、ある人は外される。それが大人まで続くわけですよね。

 最期まで頑張れて目標だったプロ選手に成れた人だったとしても、一般的にスポーツ選手生命は短く、長くプロ選手でありたいという目標も、どこかで終わりが来るのだから目標が無くなってしまうことになりますよね。気が抜けた生活が始まるような気がします。

 多分、目標だけだとそういうことになるのだと思います。ですから目標を追いかけるのも良いのですが、追いかけている途中にでも何故その目標に向かっているのだろうかを考えるといいと思うのです。それが誰かを喜ばせたい気持ちであればそれが目的です。

 誰かを喜ばすのであれば、スポーツ選手を引退した後でもスポーツ選手の実績に関連した何か違った目標を立てることが出来ます。もちろんスポーツ選手まで行けなかった人でも何故それを目指したかが分かれば、次の目標を作ることが出来るハズだけれど。
 

幸せになりたい

 そうか、目的とか目標を持っていない人が多いのかも知れませんね。目的や目標を持っていないけれども何となく幸せになりたいとは思っている。例えば、彼女や彼氏が欲しいと思っていても目的までは、考えていないのでは?

 スポーツに打ち込んでいる、とかいう人は優秀な成績を残すなどが目標でしょうけれども目的は?と聞かれると困る方も多いかも知れません。スポーツに限らず打ち込むものを持たない人に尋ねれば、なお困ることでしょうね。

 以前の私も何となく生きていましたけど、おぼろげながらも目的、そして目的に沿った目標を持てた頃からの方が大変ながらもより生きている感じがします。今は、人の役に立ちたいという思いがあり、それに沿って生きている。

 お陰様で仕事の難題に幾つもぶつかって何とかしようと目標を立てて頑張っている内に目的が何となく見えてきて、人の幸せや社会のためということを考え出し目的が見えてきたように思います。好きな人のためは良い練習かな?
 

生活設計

 今は違うのでしょうけれども、古い時代の日本教育は、考えることより覚えること中心の詰め込み教育だったと思います。沢山覚えられる人が成績優秀であって沢山考え覚えるが間に合わない人は、時に振るい落とされてしまいました。

 それでも会社には、戦後を生き抜いてきた開拓精神旺盛な先輩たちが居ましたから、その方達から鍛えられ覚えた知識を考えるに活かせる方達が新しい社会を作ってきたのだと思っています。知識と考える力と開拓精神が必要です。

 この考える力と開拓精神を養うためには、生活設計、とくに結婚してからの将来設計をすることが役立つと思うように成りました。好きな人が出来て一緒に暮らすには幾らかかるのか、子供が生まれて学校に行かせるには幾ら必要か。

 それを好きになった人と話し合い、その夢を実現するために自分の価値をどの様にして上げて行くのか、自分の価値を上げて行ったとして今いる会社はその価値を認めてくれるのか、認めてもらうには何が必要か、から始めるのです。
 

伝えるには

 私自身、職場や企業の変化を起こすことが出来ます。変わることで、価値が増えたり、楽になったり、時には原価が下がったりと私自身が好ましいと思う結果が表れるので、やりがいというか兎に角気分がいいのです。

 私自身が変化を起こせるのは、小さな会社ながらメーカーに勤められ、良き先輩に恵まれ、自主的に学ぶを覚え、小さいながらも独立した部署で責任を与えられ、ほぼ全ての業務を経験できたからだと思っています。

 メーカーですのでコアとなる技術の変化は個人でもでき、重要な品質に関わる項目なら個人の意見を押し通すことも出来ます。しかし変化を起こす方法を他に伝えたり未来に対してのベクトルを合わすのは至難の業です。

 私の場合、努力に見合った成果を何度も経験することで変化を求めることが好きになったのですが、経験の薄い同僚や部下たちは違います。簡単なことから挑戦してもらったのですが手伝い過ぎるとダメ、難しいのです。
 

何が幸せ?

 新研究対象の彼には、奥さんがいて小さな子供もいて会社にも期待されていて地元には友達も大勢、出向が終われば昇進が待っています。若く見えますがこの仕事に付いて8年、仕事もできて人柄がいいのですから上からも好かれるでしょう。

 ただ、大変失礼ですが美男子というわけでは無いし野心家的な感じは受けませんから物事を強引に進めるタイプでは無さそうです。持って生まれた個性なのでしょうか?やはり最近知り合った暗い友達とは随分と違うと感じるのですが何故なの?

 古くからの友人は、脳梗塞で働けなくなり暮れから今年にかけ病院のお世話になっている。毎日リハビリ、しんどいと言ってはいるけれども帰る家があるから頑張っている。同じしんどいでも家の方も大変で帰れない人のしんどいは辛いものがある。

 その辛くしんどい人にも時には、笑顔がある。笑顔を一つでも増やそうと頑張っている人もいる。この一瞬だけを切り取って幸せなのか不幸なのかを考えてみたのですが時代や環境によっても違うでしょうし難しいです。ボチボチと整理して行きます。
 

性格は変わる?

 素の性格は変えられないのだけれども違う性格で包み込み装うことは出来ます。私自身で言えば暗い性格を明るい性格、笑顔と元気さでカバーしています。経験からその方が生きやすいと感じているから長らくそういう風に装っています。

 暗い発言の多い若い友人にがいます。不思議なことに親に対する反発を良く述べるくせに何かの時の判断を親に期待しています。能力は高いのに自分はダメだと行動を起こしません。遊び友達もいないのかゲームセンターでは一人です。

 引き籠りだったとは言いますが通信教育で高校を卒業しスーパーのアルバイトも長くしゲームセンターにも一人で行けるのですから立派なものだと思います。過去と人は変えられません。そう思うのですが何となく遊びに誘ってしまいます。

 何のことはない私のエゴです。仕事の経験を伝えるのが難しかったように彼に私の知っている生きやすさを伝えることは難しいだろうとは思ってます。それでも彼は、私の性格に好感を持ってくれているようだから誘ってみたいと思うのです。
 

余暇

 遊びに行く日、それが何であろうと自分が自分でいられる自由な時間は、大切だと思うわけなのです。そう、ほんの時々で十分なのですが誰かのこと考えないで済む時間が欲しいと思うわけなのです。

 偽善者である私は、周囲の人のことが気になって仕方がありません。気になるだけならいいのですが行動に移そうと何かを考え出します。そして何かを思い付き何故だか頑張りだしたりするのです。

 考えるのは、好きだし働いているのも好きです。誰かのためになることなら大喜びだし家族や友達のためであるのであれば、最高に幸せな気持ちになれます。なのに一人になりたい時もあるのです。

 多分、それなりに頑張れた時のご褒美なのだと思います。もちろんそんな余裕も無い時も沢山ありました。それはそれでよかったのです。でも、そろそろチョットは、ちょっとだけ休んでもいいでしょ?
 

自分を見る目

 正しい企業に勤務することが出来たとすれば、ベースアップなどその会社における人並みの昇給を頂けると思います。ただ、それ以上の昇給を望むとするのであれば、それなりに考える必要があります。

 それなりとは、人並み以上の昇給を得るために「どの様な価値を自分が身に付けなくてはならないか自分で考えられ行動出来るようになる」ということです。企業価値を高める自身の役割を考えてください。

 「自分自身が務める企業の価値を自分自身で高める」そう考えられている人は意外に少ないのです。また、考えていたとしても的外れな考えと行動であれば残念ながら考えていないと同じ評価になります。

 更に、その考え方が正しいものであったとしても必ず受け入れられるとは限りません。自分の価値の売り込み先は、社内に対しても行う必要があります。それが受け入れられない時、初めて転職を考えます。
 

企業を見る目

 より多くの給料が欲しくて転職をする人がいます。それも一つの手だと思うのですが転職先に長く勤め更に給料が上がるのか、上がらないとしたらまた転職するのか、問えばあまり定かではありませんでした。

 基本的に儲かっている企業か成長していける企業に勤めなくては、多くの給料を望むことが出来ません。また、儲かっていても成長を続けていても社員の給料を考えない経営者であれば、多くは望めません。

 ですので転職という選択肢を選ぶ前に企業を見る目を養うべきだと私は思うのです。売りの商品は何か、その価値は何でどの程度の期間愛されるか、模倣はしやすいか、ライバルはあるのか等が基本です。

 その上に社員を大事にしているかを、昇給の仕組み、教育の仕組み、風通しの仕組み、目的・目標展開の仕組み、評価の仕組み、福利厚生の仕組みなどの評価を、自身の勤務先から調べるが得策です。
 

考察

 マネージメントは人を操るための技術では無く、人の期待に応えるためにある技術だと解釈しています。企業は、顧客だけではなく従業員を中心とした関連企業を基本とし、その家族や広くは社会の期待に応えられなくては存続できません。

 操られている人は、操られている範囲のことしかできませんし自発的なコンプライアンスも働きません。これに対しマネージメントを理解し人の組織として動いている企業は、それぞれが自律的にそして協力し有機的に動くので進化が生まれます。

 詰まるところマネージメントとは、核となる商品(価値)に対し社会的に正しいと理解できる目的・目標を設定し関連する多くの人に伝え自発的な行動を起こさせる企業の経営技術と解釈することが出来ると私は考えます。商品だけではダメなのです。

 成功した企業を観察(といっても私の知識は、本の中だけのものなのですが)するとそこには良い商品(価値)を発見する人とそれを社員に伝え行動を起こさせ結果を数値で判断する人との信頼関係・協力体制が基礎にあるのです。人と人です。
 

新研究対象

 性格というか個性というか、とにかく明るい人と知り合いになりました。滋賀県の方から数か月こちらに研修に来たのですが初日から場に溶け込み笑いが笑顔が炸裂です。明るい人は幾人も見てきましたが、ここまでのキャラの方はお初です。

 体格が良くややふくよか丸顔に眼鏡、真面目な時でも優しそうな雰囲気、約1月になりますが世の中にはこんな人もいるんだという感想です。どういうふうに暮らしてきてどんなことを考えているのか月末に飲み会があるので研究してみましょう。

 そんな思いで周囲を見渡してみると個性というのは随分といろいろあるものだと改めて気付かされます。言っては何ですがめんどくさそうなのや生きるのも大変そうな個性があれば、なんと穏やかで優しい性格なのだろうと思う人もいたりします。

 この個性というのは、持って生まれたものなのでしょうか?それとも環境で作られてきたものなのでしょうか?似通った個性はある気がしますがどこか違っています。これだけ違った個性が集まって職場や社会、家庭があるのですから面白いです。
 

バランス

 思い返してみれば、やりたいことをやりたいようにやってきた訳なのですが、当然それを良く思わない方もいる訳でして敵を作るというか何かの時に陰から反撃されて何度も痛い目に合ってきました。

 そんな訳で表向きは、おとなしくしているように装いやりたいことをやりたいようにやれるチャンスを伺ったり、やりたいようにやれる環境をこれまた裏で整えたり、結局のところ我慢が足りないのです。

 ただ、それが出来たと言うことは、ある程度のバランス感覚というか事を上手く進める才能があったのかも知れません。才能と言うと大げさですね。見られない所での必死の努力、その繰り返しでした。

 ここまでは、上手く行きました。例え道を塞がれても頑張っていたので諦めも付きました。これから先は、やりたいことをやりたくてもやれない時も訪れるのだと思っています。その日まで上手くやります。
 

考えを整理中

 真の信頼を得るには、信頼に値するだけの技量や知恵が必要なうえに日々の積み重ねを長く続ける必要があります。それに対して別れは裏切りだったりするのですが例えば事故による死別など一瞬に起こってしまう場合もあります。

 庇護を得れなくなった者にとってのその後は苦しいものに成ってしまうかも知れませんが強く生きるしかありません。もちろん最低限の生活を手助けする仕組みが日本には用意されてはいます。でも、それだけで幸せかというと ・・・。

 幸せは、自分で決めるもの。信頼を得られていないとしても親や愛する人がいなくなったとしても、自分は自分と言い切れるのであれば、その人は幸せなのでしょうか?今の状況に甘んじることが出来るのであれば幸せは見つかる?

 人は自己中心の生き物であるくせに周囲を見渡し孤独を感じてしまう存在でもあります。世捨て人は、日々何を考え暮らしているのでしょうか?何も考えない人を人と呼ぶのでしょうか?私は、偽善でも人との触れ合いを大切にしたい。
 

お別れ

 友達のお父さんの通夜に参列した。若い時に遊んでもらい呑みにも連れて行ってもらった。懐かしい思い出が沢山蘇り暫し感傷的になってしまった。一番バカな時代、一番楽しかった時代だったかも知れない。「沢山遊んでくれてありがとう」

 あの頃は、今ほどには人のことを考えなかったし”酒気帯び運転”などのルールもあり(それが良かったと思っているわけでも無いが)今ほどに社会全体も厳しくなかった。友達と共にバカな遊びばかりやっていてそれを笑ってみていてくれた。

 過去は、やり直せない。だから失敗もバカなことも自分の糧にしなくてはならない。過去の経験と同じようにオジサン(友達のお父さん)の笑顔も私の糧になり子供達やその友達、後輩たちに接し、よい大人との接し方を変えてくれたのだと思う。

 人は、誰と出会ったかでその後の生き方が変わってしまう生き物です。ただ、学校の先生にしても職場の先輩にしても自分で選ぶことは出来ません。出来ませんが素晴らしい出会いは、必ずあるものだと信じてます。ありがとうございました。
 

人に恵まれる

 やっと整理がついたのは、例え相手を褒めたとしても心がこもっていなければ見抜かれてしまい、心底素晴らしいと思っていたとしても伝え方を知らなければ気持ちは伝わらないと言うことです。

 技術に溺れて口先で人に行動を促すことは出来るでしょう。でも、それは詐欺、長続きはしないと心得るべきです。自分の殻から出れず人を見下し虚勢を張るものには怯え何が楽しいのでしょう。

 相手を素晴らしいと思えるようになることは簡単です。相手に寄り添うだけです。自身の損得ではなく社会の繋がりの中での正しいを基準にその人の生き方を感じるだけで大丈夫だと信じてます。

 そういう気持ちでお会いする人たちと接していると心から素晴らしいと思える方達ばかりだということに気付かされたから、そう思うようになったのです。それとも私だけ特別に恵まれているのか?
 

 

理念

 ジュニア(息子)の開発した商品”プロテインサーバー”がNHKの「カネオくん」二」取り上げられた。追い風というよりもそれだけの知名度になったと言うことです。もちろんジャンルを変えた次の商品開発も終わっていてその次の商品構想も出来ています。

 仕事を始めたら永遠に続く開発地獄?いえいえ、緊張感は当然ありますが、このサイクルの定着こそが会社全体のモチベーションを高め一人一人に充実感と達成感を味わってもらい関連企業やお客様の期待に応えるための原動力になる鍵なのです。

 それは、人一人の行動から始まります。その人がいてもいなくても会社自体は何の変化も無いように見えます。でも、明らかに会社全体の変化のスピードは格段に違ってきます。変化のスピードが違っても会社の中の人には、何の変化も感じられません。

 そこが問題なのです。この変化に対する危機感ともいえる感覚を常に持ち会社に変化を持たせられる人材を育てそれを会社の理念にまで持ち上げ社員にその醍醐味を伝え味わって頂ける会社が作れたとするならば、その会社は100年以上続くでしょう。
 

足りないもの

 才能というか向き不向きがあるのかも知れない。とても真面目で前向きな方だけど個性が邪魔をして意識の壁を越えられなかった同僚がいた。やってみてやってもらって分かってもらったような感じには、成るのれども何時の間にかもとに戻っている。

 そんなことの繰り返しで結果としてその方に悪い事をしてしまったと今は反省している。その方に合った道を私が知らなかったのかも知れないし何時もの思い込みから会社に必要な方向性を決めつけ、そこからの選択肢しか見えなかったのかも知れない。

 多様性は価値であり私の知らない個性は魅力的なハズなのに否定してしまったのかも知れない。例え上司に見る目が無かったとしても自分なりの価値を見出し実行し達成した時の満足感は格別であり、それが出来れば安心して会社を離れることもできる。

 そういった可能性を寄り添うことで見出し自主的に才能を開花する道に進める環境を整えるのが上司や会社の役目だと思っている。その行為こそが会社や社会の活気を呼び起こし会社を発展させる手法だと思ったのだけど成功ばかりでは、無かったのです。
 

当たり前の日々

 私が朝起きる頃、momoさん(嫁)は、床には居ません。私より30分早く起きて朝飯とお弁当の用意をしてくれています。出来上がると声を掛けてくれ私の一日が始まります。もう何十年間も仕事がある日は、そうやってくれています。随分と甘やかされていると思ってます。

 独身であっても、その家その家のスタイルというのがあるでしょうし一日の始まりは、どの家も何となくのルーティンがあるのではないでしょうか?朝起きてのオハヨウを言ってご飯を作ってくれるmomoさんや食物に感謝してのイタダキマスを言って美味しく残さず頂く。

 私達にとっては、当たり前の繰り返しだけれども、本当は、当たり前ではなくて二人でそれなりに頑張って作ってきた毎日なんですよね。そんなことを考えている時に友人のお父さんの訃報が届きました。若いころに随分と可愛がってくれ結婚式の司会もお願いしました。

 数か月前には、ディサービスに行かれるのをお見送りをさせてもらったのに、盆暮のご挨拶が当たり前でしたがその当たり前のご挨拶が出来なくなりました。そう、当たり前の毎日は、ずっと当たり前ではなくどこかで崩れます。だからこそ大切にしたいと思うのです。
 

残念ながら

 そういえば、企画を考える部署や部長と呼ばれる方々がこれから先で何に力を入れたらよいのか、新しく何を始めたらよいのか迷われていたのを思い出しました。先日「上の人達が目的目標を明確に示してくれない」と言っていた方達はある意味気楽ですよね。

 以前コンビニの食料品部門で新しい商品開発に苦労している方々の放送を見たことがあります。100円ショップの品揃えにも専門の方がいてこちらも結果が直ぐに数値で出て苦労されていました。それらの方は、自分達が何をすべきかを明確に分かっていました。

 何が違っているのでしょうか?以前、技術部や品質保証部のプロジェクトをお手伝いした時に、担当技術者よりも対象商品の細かいロジック(ソースプログラム)を知りませんでしたし品証担当者は、統計の専門家で私の知識の上を行き専門性で私は劣っていました。

 専門性は、縦に深い穴です。私が幾らか深く持っているものば、会計とプログラミングの合わせ技ぐらいでしょうか?それでも専門外の目的目標を企画しプロジェクトを成功させることは、出来ました。それも技術技能だと思うのですが説明できるほどには至ってません。
 

年寄りの知恵

 おばあさんと話をしたら私と同じことを言っていました。「朝起きて足が痛いとか体がだるいとか思ったら、甘えるな!と言って自分をイジメてやるの。そうやって起きて動いていれば足の痛みも少しは和らぐし、その日一日が暮らせるのよ」

 自分のことを自分の中から見ていると悲しくなるだけですが、そんな自分を自分の外から見てみると案外滑稽だったりするものです。そして自分の外からその日会う人達を見ていると優しさやが見えたり大変だなーと思えたりするのです。

 話は飛ぶのですが、同僚や部下たちが上の方を見て企画力が無いと良く嘆いていたのを思い出しました。企画力とは、夢を現実にする力なのですが、勘違いしよく間違われているのが自分の夢だけで目標や目的を作ろうとする方達です。

 自分を見つめることは大切ですが、それは客観的な観察でなくてはならず同時に周囲、社会全体を見渡し、その後に視界を狭めながら自社のこと同僚や部下のことを観察しなくては企画は作れません。おばあさんに教わらなくては、ねェ。
 

意識の壁

 簡単な話、給料が安いとボヤク人はなかなか給料が上がりませんが、給料を一千万円にするには?と考え行動する人の給料は上がります。そこには、意識の壁というものがあり、給料は上げられるものという発想の転換が無ければ何も変わらないのです。

 意識の壁と言うのは、当たり前のように周囲に張り巡らされていて私達はそれに成れ親しんでいます。親や学校など様々機会に教わり日々受け入れそれで満足しているごとき振る舞いながら出来上がった社会や周囲の環境は変わらないと愚痴を言います。

 そう思うことが、それに慣れ親しんでいることが間違いなのだと私は思うのです。見渡せば幾らでも新しい商売のタネはあるし改善の芽はあちこちで見つけることが出来ます。信じられないかも知れませんが邪魔をしているのは自分自身の意識の壁だけなのです。

 昨日は、若い方達に囲まれそんな話をしてきました。面白がって聞いてはくれましたが分かってくれたかどうか怪しいところかもしれません。壁は超えてみなければ壁の向こうにどんな世界があるか分からないし、そもそも壁に気付かずに生きてるのが普通ですから。
 

心配

 とても素晴らしい人を知っています。その人は、3年前に着任し多くの問題を見付けました。それを解決するために新しい風を幾つか職場に吹かせました。その方に影響され随分と職場は変わったようです。

 表向きだけ変わった人、裏表とも変わろうとしている人、人は様々ですが全体としては、その人のイメージを感じ取り共感し形を作ろうとしています。その人の発するメッセージは分かりやすい行動が伴っているから。

 問題は、その人の負担が大き過ぎることです。何かを始め成し遂げようと決意した人の負担が大きくなるのは当然のことなのですが、昔こんなことを言ってた人がいます。「あんなに大変ならば、偉くなんて成りたくない」

 人は、大変と満足を天秤にかけ物事を判断します。それも真実なのですが、大変さはシェアすることが出来、比較的少ない労力で多くの満足を得ることも出来るのです。それを知っている私なりの応援を続けたいと思うのです。
 

夢を追いかける

 昔、経理士か税理士に成りたかった。国家試験を受けるには、3年間の実務経験が必要だったので経理希望で入社試験を受けた。面接で「暫くは、新商品の部門が忙しいからそこで働いてください。」とのこと、暫くの辛抱だと思い入社した。

 色々なことがあり暫くが随分と続いた。仕事が忙しい中、上司逹が不正を働き急に責任が回ってきたり、親切な先輩が電子回路を教えてくれ修理が出来るようになったが他に出来るものが居なくあてにされたり、それでも夢は消えてなかった。

 国家試験を受けるには、実務経験のほかに経理一級の資格更新が必要だったので何度か更新のための試験も受けた。経理学校仲間から情報も貰い転職も考えた。でも、経験を積み期待もされ責任も増え苦しい事を幾つも乗り越えて夢を忘れた。

 お陰様で幾つも良い思いもさせて貰ったけれども道が違っていた時に何が起こったのかは分からない。後悔している訳では無いのだけれども夢を追い続けている人に憧れてしまう。そして気付いた、夢は一つでは無く何時も追いかけていた私が居た。
 

目の力

 目に付いてコミュニケーションで学んだことは、正面から目を合わせることで正直であることを同じ高さにすることで平等であることを長く目を合わせることで信頼していることを伝えることが出来ます。もちろん目は笑顔であることが必要です。

 このところマスクを使用している人が多いのですがマスクを使用していても目で笑顔は伝えられます。笑顔は人を幸せに出来ますが作り笑いは相手に不信を与えます。私の経験では褒めるも同じで本気で思っていない褒めるは逆効果です。

 コミュニケーションが上手ではない人は、目や褒めるを上手く使えない人が多いように感じます。コミュニケーションは、知識を嬉しさを分けたり受け取ったりすることが出来、その後の行動の変化に繋がり結果的に幸せを呼び込んでくれます。

 最初からコミュニケーションが上手な人も目や褒めるを上手く使える人はいません。小さい頃からの繰り返しの練習成果で手に入れたのです。まずは、目の使い方を気を付けて無理にでも褒めてください。そこから幸せへの道が広がります。
 

役職の難しさ

 一般の会社には役職があり、主任、係長、課長、部長などと言った名称で呼ばれます。役職というぐらいですからそれぞれの役があります。もちろん商いが違いますから出来なくてはならない項目の違いもあるでしょうが共通部分もあります。

 それは見るです。仕事そのものを見る目、仲間達を見る目、前工程・次工程を見る目、別な部署を見る目、お客者様を見る目、商いを見る目、社会を見る目、時代や政治を見る目、役割が違えば見なくてはいけない深さ広さ高さが変わります。

 私が思うのは、意外にそのことを自覚しないままに役職に付かれる方、いえ、自覚はしているのでしょう、しているのでしょうが理解されていない、そう思われて仕方ないのです。何故そう思うかというと何を行うべきかが見えていないからです。

 例えばメーカーであれば、設計者はどういう思いで作り上げたか、他部署の人達は何を考えているか、お客様は何を求めているか、経営者は何を悩んでいるか、全ては人、人の気持ち考えれば自ずと役割毎の行動は見えるハズなのですが。
 

後悔

 過去に仕事の面で上手くお付き合い出来なかった方々がいます、会社に必要と考えていたスキルは、ICT(情報通信技術)でパソコンのキッティンぐから機械の制御、データの収集から分析、見える化にコミュニケーション支援。そしてハッキング対策と多岐にわたります。

 その仕事の中の一部を変わってくれる人、もし可能なであれば全体を統括し私を指導してくれる方が理想でした。とにかく忙しかったのです。やらなくてはならないことは山ほどあるのに新しく調べて対応しなくてはならないことも同じ以上にあり理想とは掛け離れていた。

 助けてもらうには、ある程度のスキルが必要でした。ただ、あまりにも特化しその仕事だけに専念してもらうわけにもいかない都合もありました。例えばサーバーだけとかハッキング対策だけとか一つの言語だけに対応できるで良いICT専門会社では、なかったのです。

 出会えたのは、スキルが必要レベルに達しなていい人、または、スキルは高いが特化しており他を受け付けてくれない人、という印象でした。それでも良い職場もあると思うのですが結局新人を一から育てることになりました。悪い事をしたと今、とても後悔しています。
 

最高の日

 人にとって最も嬉しく感じることは、他の方とのコミュニケーションが上手に取れた時ではないでしょうか?私は、今そう強く感じています。

 相手は、四ケ月前に出会った障害を持った女性です。私は、この方とコミュニケーションが取れると思ってはいませんでした。寝たきりでしたし半身麻痺でしたし、めったに声を発しない、話したとしても言葉は、あやふや。脳卒中になられたそうです。

 とてもコミュニケーションがとれるとは思っていなかった。大変失礼なことに勝手にそう思っていたのです。今となっては、とても恥ずかしい。

 縁あって、食事のお手伝いを時々させて頂いたのですが日によって食べれたり食べれなかったり。私が上手くお手伝い出来ないからだろうと落ち込み独り言、愚痴を言っていた時に小さく違うと手を振る?最初のコミュニケーションが取れたのです。

 それからは、お会いする度に僅かなしぐさからの読み取りに心がけました。食事のお手伝いも食べたいモノを食べたい順序で食べたい量ずつお手伝いできるように成りました。その方は、私の腕に触って自分の意志をしっかりと教えてくれてます。

 私は、コミュニケーションがこれほど楽しいことだと今まで知りませんでした。それは相手の意志を読み取る気付きから始まったのでした。
 

チャレンジ

 まだまだ足りないところがあるとしても少しの自分の成長が嬉しかったりします。誰に褒められるわけでもなし完璧には程遠くとも何かにチャレンジしていれば、多少の成長はあるわけで、それを感じられれば十分だったりするわけです。

 以前は、そんな風に感じている自分に気付きませんでした。が振り返れば、チャレンジをしている最中なら苦しい事にも嬉々として向かって行っていたように思います。その繰り返しで生きてきたので、体に染みついてしまったのでしょう。

 逆に何もチャレンジしていない自分を考えるのが難しかったりします。趣味が無い訳でもないですしボーッとしているのも好きなのですが、その状態がズーット続くとなると落ち着きません。自分が自分でなくなってしまうような気がします。

 チェレンジの対象は、”誰かの役に立つこと”誰でもいいのです。この世の中の仕組みに少し関わっていたい、そんな気持ちなのですが最後の最後は、お世話される側に回るのでしょう。いえいえ今だって多くの方のお陰で生かされてる。