FC2ブログ

人付き合い

 人ですから僻みっぽい人はいます。自分と誰かを比較して何で彼奴だけがと僻みます。キット向き不向きや運とか表現の仕方とか個性とか、様々な理由で彼奴とは違うのでしょう。その違いを僻む性質、それもその人の個性です。

 相性が合わない人は必ずいます。どんなに頑張ってもボタンのかけ違いはあります。レッテルを張られてしまったらよほどのことが無い限り剥がして貰えることはありません。人によって態度を変える。良くあることです、個性です。

 もちろん真逆な人達とも出会うでしょう。受け入れ合えない人達の方ではなく受け入れてくれる人の方に行った方が生きるは楽に決まっています。そして僻みっぽい人、相性が合わない人のことは考えないようにします。辛いから。

 人は変えられません。そして、どう対応して良いか分からない自分がいます。僻みっぽい人、相性が合わない人、ネガティブな人、レッテルをはり態度を変える人、私にも幾らかあってそうはありたくないと思う個性も好きなのです。
 

人の優しさ

 人ですから少しは考えます。まあ、考えても何も行動しない人、考えない人もいなくはないようですが、多くの人は何かしら感じ考えます。特に困っている人は、何とかしたいといろいろ考えます。正しくも間違っていたとしても考えます。

 障がいを持つ子供を育てる親は、必死に考えます。自分一人でまとまらない考えは、似通った環境の人と話し合う機会を作り一生懸命に考えます。その考え、行動の中から、一つの方向性が生まれ、大きな意見として発信されます。

 まだまだ難病がありますが医学の進歩は素晴らしいと思います。原因の分からなかった病気の原因が分かる。そして病気の治し方、防ぎ方を考え出す。分からない病気を忌み嫌い恐れるのも人なら、恐れを取り除くのも人なのです。

 現代は、あらぬ恐れが簡単に拡散してしまう時代です。でも、人は基本的に優しい。発言は少なくとも何が真実なのか、簡単に人を批判しない人の方が割合で言えば多勢です。目立たなくともそう言った優しさによって、社会は変わります。
 

人の怖さ

 ハンセン病資料館というところを見学してきました。病気と共に人の怖さというものを知りました。ハンセン病はらい病とも言い、らい菌による感染症です。1943年にアメリカで治療法が見つかり新薬も次々発見され外来治療で治る病気になりました。

 特効薬が無いころのハンセン病は、病状が進むと皮膚から膿が出たり顔がおどろおどろしくなったり関節があらぬ方に曲がったりするため患者の精神は全く問題がなくとも人は恐れを感じます。人は情報の80%を目から得ているので仕方ない?

 目からの情報は脳で処理しています。脳の前頭葉には理性というものがあります。理性は正しい知識によって形成されていきます。ですが正しい知識を学ぶには正しい努力が必要です。それにくらべ噂話は簡単に耳から入り込み偽りを残します。

 間違った恐れからハンセン病の方達をおぞましい施設に隔離した歴史があります。間違った知識からPTAが中心になり組織を作り病気でない家族を学ぶ環境から追い出した歴史があります。そしてそのことに皆で蓋をした。人は身勝手で怖いです。
 

愚痴

 また落ち込んでいます。自分なりに頑張っている(無理をしている)時、報われて嬉しい時、そんな時は特に相手の立場、周囲の人の気持ちに対し共感することが出来ません。自分勝手に物事を捉え、それが言動や行動に出てしまいます。

 人の気持ちに共感するのは難しいです。ましてや自分が見えていない(落ち着いていない)時に傾聴することは、非常に難しい、できない。それを後になって振り返り、相手の顔を思い出し、何故私は黙って話を聞いていなかったか悩みます。

 愚痴は、誰もが持っています。言ってもしょうがないことは、本人も分かっているのです。それをわざわざ私に話しかけてくれるのは、言ってもしょうがないけど嫌だったことをどこかで外に吐き出してしまいたかったのです。だったら聞かなきゃ。

 意見などいらないことを私がしっかり理解して、ただ聞けばいいのです。何度も失敗していますが、次は「聴く」が出来るかも知れません。今”ここ”に書いているのは、私の愚痴です。私には、抜く場所があります。ですので、聴けるハズです。
 

私の勝手

 世の中は色々なことが起こり、私の周りでも日々様々な変化があり様々な出会いを経験することになります。私の目の前で起きている小さな出来事には気付けるのですが影響を与えている世界の大きな波には気付けません。地球があっての今なのです。

 私の中のエゴと言うものは、もしかしたらどの時代のどの国に生まれても同じかも知れません。でも、エゴの上に被さった私の人格というものは、この日本という社会で両親に育てられ多くの人と触れ合ったことにより形成されてきたことに間違いありません。

 全ての人は、変化を望みながら変化を嫌います。自分という個を守りながらも自然に今ある社会の中に溶け込んでいきます。気付かぬうちに。そう出来ているのだと楽観的に思いポジティブに自分の人生を送るのも人なら、何故こうなると苦しむのも人です。

 私も人。私は人である私を、その都度悩む私を面白いと思います。日々起こる(起こしている?)私の周囲の変化に一喜一憂し、結果的には良い方に事を捉えていく私に親しみを感じます。私にはどうしようもない変化ですが受け止めようは、私の勝手です。
 

運がいい

 夕食時、久々に家族がそろいました。総勢10名、といっても小っちゃいのが沢山いるので今のところ場所は何とかです。そのうち全員が一斉に食事をするための改築が居るようでしょうね。DIYとか呼ぶのでしたっけ?できるかな(汗

 何事も自分一人で行うには無理があります。ネットで調べたりするのもいいのですが、家族を始め多くの人の意見を聞く。特に経験者やその道のプロから話を聞けると良いですね。何より知識経験と共に大切な人の輪が広がります。

 私は積極的に行動する方ではありません。ボーッと生きている方だと思います。そんな私の周りも私とは関係なく色々に変化します。それに巻き込まれるとまでは言いませんが、ボーッと生きていると流れに乗ってしまうのものです。

 流れに乗ってしまえば、取り合えずおぼれない程度には手足を動かします。それが頑張っているように見える場合もあるようで、また、もがいていれば何となくどこかの岸にたどり着くようで、結局のところ単に恵まれているのでしょう。
 

でもね

 「利口なのかバカなのかよくわからない」とよく言われます。利口ということはありません、ですがバカと言われると多少の抵抗感を感じます。多少なのでキットほぼバカなのだろうとは思います。困ったものです。

 どこをバカと言われているのか考えるに、単語を覚えないとか簡単なことが出来ないとかが色々あるからだと思われます。単語を覚えなくても単語の持つ思いは理解していますし簡単なことが出来なくても困りません。

 何時からかマイペースというか周囲が気にならず、人と人、人と自分をあまり比べ無くなり、相手によっての態度も変えれませんし(多少シュチエーションに合わすは出来るかな)何となくニコニコというかボーッとしてます。

 我儘に、自分勝手に生きています。そう生きられるのは幸せだと思いますが、これは考え方、感じ方の問題だけなので誰でもそう生きられると思います。「利口なのかバカなのかよくわからない」と言われたいですか?
 

笑顔の効果

 ロッカー着替え中に後輩から「お聞きしたいことがあります。何故何時も笑顔でいられるのですか?」と問われました。突然だったので一瞬返答にと戸惑いもしましたが「何時も幸せだから、小さなことで幸せになれるんだよ。」と答えました。

 「ただ、これは以前からそうだったわけではないんだよ。昔の私は自分でも嫌いだった、今は大分ましになっていると思うよ。」ロッカーでの立ち話のことですので何の説明にもなっていませんが、何時も通り正直に思ったことを語りました。

 何故何時も笑顔でいるのか?単純に言えばその方が楽だからです。こちらが笑顔だと相手も笑顔を返してくれます。何時も笑顔だと過去の失敗とか未来の心配事など嫌なことを考えません。何時も笑顔だとその瞬間、瞬間に満足できます。

 流石に真面目な時に笑顔なわけではありません。普段笑顔を心がけている程度ですが笑顔の印象が強く残るのだと思います。それほどに笑顔の力が強いと言うことだと思います。笑顔でいるには色々な工夫がいりますが価値はあります。
 

こうあったらいいな

 ミニ社会の様子が分かってくると、私なりの「こうあったらいいな」が出てきて何かしらの行動を取るので、今回の場合なら何となくお互いがお互いを認めだしチームワークが出来てくる。私がどうとかではなく皆がそれを望んでいるのだと思う。

 会社に勤めていても同じ、多分私が居なくてもそちらの方に向かうのだろうけれども、私なりの「こうあったらいいな」を仲間達と磨き上げて何となくそちらの方向に行く。キットどこの会社にも、私のような者が居て皆が望む方向を見付けている。

 社会においては難しい。もちろん私なりの「こうあったらいいな」はある。自分なりに「そうする」方向に進み行動をする。だけど仲間を作ることはしない。出来ない?作りたいと思わない。この辺は、もともとの性格が出てしまう。器なのだと思う。

 政治の話は、ここでは御法度にしています。政治というのも何が正しいが無いように思えるからです。それでも多くの政治家さんや公務員さんは真面目で将来のことを思い「こうあったらいいな」と考えています。問題は私に聞く耳が無いこと?
 

お節介の定義

 私が自律しているか?と問われれば、チト怪しい。まず、私なりにだったとしても自律の定義をハッキリさせる必要がある。ハッキリさせたとしても私の自律の定義は私だけのものであって、私以外の人には、例え似通った性質の人がいたとしてもシックリとは来ないハズ。

 それなのに私は、他人の自律を手伝いたがっている。過去の事実と他人は変えられないと知っていながら自律を手伝いたがっている。自律している人は幸せだとただただ信じて、誰もが幸せになるべきだとただただ信じて、自律へのお節介をするチャンスを伺っている。

 私にとっての自律とは、私にとっての志があり、志に沿った目標が見えていて、目標に向かって歩くことが生活の糧になっていて、近しい周囲もその行動に対し理解を示していて、意見を交わし気持ちを伝えることで次の一歩を踏み出せている状態、といった定義である。

 志を持っている人は少ない。そもそも志を持つことが幸せ、大安心に繋がると理解している人も少ない。人は一人では生きられないのだから、自立に人の手を借りることは、問題ないというか程度の差こそあるものの普通のこと。そのうえで、どうありたいか考えて欲しい。
 

場を作る?

 施設で三日間のボランティアをしたとき、随分と多くの利用者さんとお話しをさせて頂きました。最初は個別で、翌日は複数人での会話を意識して。そうしたら三日目には、別の席の利用者さんがテーブルを離れてお話しに参加しに来てくれました。

 施設の生活は、とても退屈そうです。利用者さんどうしが共同で何かをという時間は、見受けられませんでした。誰かが側に居ても自分一人で多くの時間を過ごすのでは、生活と呼べません。話しかけてみると多くの利用者さんは、お話し好きです。

 施設に限りません。私の周りに誰かが自然と集まってくれるようになったのは、何時からでしょう?そもそも、何故集まってくれるのでしょう?楽しそうだから?私は楽しいです。何故、私は楽しいと思うのでしょう?楽しいを何時まで維持できますか?

 ポッカリ空いた心の穴を埋めてくれる何かを私は誰かに提供できるのでしょうか?目の前の仕事や、その時だけの場繋ぎならできるかも知れません。でも、私が目指すものは、私が離れた後も続く楽しい空間、生活の場の構築、自律への道筋なのです。
 

参加している?

 人にもよるのでしょうが、多くの人には、コミュニティと役割のようなものが必要なようです。孤立ではなく、何らかのミニ社会に受け入れられていると感じられる何か居場所があると、多くの人は安心し心穏やかに生きられるように出来ているようです。

 逆に、衣食住が足りていても、そこに居場所が見いだせない時、多くの人は不安を感じどこか安全な場所に移ろうと行動を起こします。例えば一生懸命働いていたとしても同じで、認めてくれないまでも愚痴を聞いてくれたりする仲間が必要なのです。

 そんな時、ネットの世界に逃げ込む人が居ます。人にもよるのでしょうが、ネットの世界では自分発進が楽に出来ます。何を発信しても相手の顔は見えないし殴られることなどの危険はないと思えるからです。怯えていた自分の中のタガが外れます。

 でも、自分発進で一番怖いのは、相対しての会話ではなく、声を発しての電話でもなく、文字だけのやり取りです。文字だけで自分の思いをキチット発信するのはとても難しく読み手の力量にも影響されます。コミュニティへの参加は気を付かいます。
 

自分確認

 人の生き方は、本当に様々ですし、人である以上、なにがしかの役割があります。そして、誰もが自分の世界を持ち、望む望まないにかかわらずその世界においては誰もが主人公なのです。それを喜ばしいと思うか思わないか、それも様々です。

 できることならば自分を否定的に捉えるのではなく肯定的に捉えたいものです。皆さん自分のことでお忙しいのでわざわざ他人を見ている人など少ないのですけど、この生き方を人に進めないまでも、隠さずに済む程度にはカッコを付けてみたい。

 確かに人に影響されての頑張りもあるのですが、頑張るの結果に味を占めて「それでは今少しだけ頑張ってみようか」と思えればしめたものなのです。が聞くと何を頑張ればよいのかわからない方も多いようで、自分探しもなかなか難しいのです。

 私は私を見付けられたのかな?今を少しだけ頑張れ大きな不安もないので何とかなっているのだと思います。もがき苦しんでいる内に何時の間にかここに居ました。明日の私は分かりません。まして他人など恐れ多くて。でも、何時も私は居ます。
 

ほんの少し

 亡き父のお友達が俳句同人誌の巻頭にて父の残した”俳句13訓”を紹介してくださいました。「自然は常に蘇生している。俳句を作るとは、蘇生する事である。見た事実から心を解き放さなければ創作性は生まれない。心が緩むと俳句が古びる。他」

 「俳句13訓は、俳句の作り方ではなく。俳句に取り組む姿勢、心構えを示唆するものであった。俳人としてとりわけ心すべきこととして、しなやかに角度を変えられる若々しいそして磨かれた”心の鏡”を持つことを強調されておられた。」と、つづきます。

 父親のことは、私自身の生き方を考える時々に思い出します。同じ生き方は出来ません、自然への向き合い方は、まだまだ未熟です。が、人への考え方を中心に共感することは多く、厳しい一面も持ちながら多くの人に愛された父を羨ましくも思います。

 父は父の生き方を貫きました。大袈裟ですね。父は父らしくしか生きられませんでした。それがカッコ悪くとも良くとも、私もあなたも自分らしくしか生きられませんよね。それでも今日は少しだけ、ほんの少しだけ勉強を頑張って見ようかな、って思います。
 

出来ること

 残念なことに結果は、努力しただけしか現れません。努力は、簡単には出来ず、努力を積み重ねた人だけが次の努力が出来るわけで、凡人の私には遠く及ばない世界となってしまいます。それでも日々何かを積み重ねれば、と思うわけなのです。

 努力といっても独りよがりでは、努力とはいえません。時代というものもあるのですが、その時々で人が望むものは様々に形を変えるのです。それに、周りを見れない人に本当の自分が見えるのでしょうか?何を思って何をするか、難しい問題です。

 幸いなことに小さな勇気のお陰で幾つかの扉が開きました。申し込み、ご連絡がいただけなかった先に、お礼だけでもと連絡を取ったところ急遽ボランティアの場を作っていただけました。そして楽しかった三日間、多くの出会いと幸せを貰いました。

 努力とは、とても言えません。でも、思い立ってから新しい出会いに繋げるまでの3か月、小さな小さな勇気の積み重ねではありました。お陰様で更に人に付いて学んでみたいと思うようになりました。努力は、難しいけど小さな勇気なら何とかです。
 

社会の見方

 ボランティア活動は「困っている人のために無償で何かをしてあげること」ではなく、より良い地域社会を築くために社会の一員として自由意思に基づいた主体的な取り組みがボランティア活動の根本です。と教えて頂きました。

 地域社会は、ある範囲を示しますが、それは範囲ごとに環境が違い自ずと生活が違うことが前提となります。社会の範囲も同じように、住む地域を中心に県や国、世界と社会の範囲を広げて考えることで自由な主体性が育ちます。

 ミクロの地域、マクロの社会という違った世界観の中で自由に自分の意志を移動させ、それぞれ違った視点で考えてみる。会社という社会だって同じですね。自分という殻の中で会社を見るか組織や立場を超えて見てみるか。

 社会の一員として自由意思に基づいた主体的な取り組みが出来ている社会人、意外に少ないような気がします。ボランティアに参加して自分の知らない世界を覗き見ることが出来ました。後一日、この経験は私の糧になるでしょう。

隅っこの私

 話を聞くだけで、落ち着きの無かった方が落ち着かれます。暴力的だった人が優しくなってくれます。楽しかった人は、もっと楽しくなり、笑いがこぼれます。男性でも女性でも一緒、皆さん話したいのです。話すことが楽しいのです。

 話のきっかけづくりは、思っていたより簡単です。どんな方でも怖がらずにこちらの心をまず開けばいいのです。その方のお側に座り「お話をさせて頂いてもいいですか?」と笑顔でお聞きする。その瞬間、怖いお顔が少し変わります。

 ”誰かしら?””笑っているから悪い人では無さそうね””何の話がしたいのかしら?”「どうぞ」、そんな風に考えているのでしょうか、笑顔には笑顔が返ってくることを私は知っています。楽しい話を聞かせて頂いている時、私も笑顔。

 随分と多くの人とお話をしました。髪を乾かさせて頂きました。一度話させて頂いた方との通りすがりに手を振ると笑顔を返してくれました。でも、明日はまた一からです。私のことは忘れられているでしょう。でも、キット記憶の隅っこに。
 

ボランテア

 今日から三日間、少しの時間を貰って新しいことへの挑戦です。五月の連休の時には、調整が上手く行かず失敗しましたが、夏休みを使って施設でのボランテアをさせて貰えることになったのです。

 お電話で聞いた内容は、清掃と話し相手程度だとのことですが、忙しく毎日誰かのために働いている方のお手伝いが出来るのであれば、何でも良いのです。新しい経験と出会いがあるのですから。

 楽な仕事はありません。ただ生きていくだけだって、それほど楽なわけではありません。先の事を考えては心配になり、過去の失敗を振り返っては、不安になり、心だって散々痛めつけられています。

 でも、ビジョン(夢?志?)があって目標を作れれば、前を向けます。うつむかずに済みます。今の自分が変われば、未来が、そして過去の捉え方が変わります。だからこの三日間も、楽しんできます。
 

夏休み

 夏休みになると何となく自分に対する課題を作ってしまいます。夏休みの宿題なんてやったことも無かったのに不思議です。記憶に無いだけで少しは、やったのか?ある程度まとまった自由な時間をどう使うのか、それぞれだと思います。

 自由工作というのがあったことを思い出しました。ほかの宿題はともかく、それだけは結構真面目にやりました。単純に楽しいからなのだと思います。何かを作るのは好きでも工作自体はへたくそだったので企画倒ればかりで苦労しました。

 何か凄いものを作りたいだけでは無理なのです。凄いことなのですから。凄いこととは、誰かをすごく感動させることなのですが、言ってみれば、自分を誰かに認めて欲しいのです。それって、悪いことではありません。誰でもそうですから。

 でも、他人は変えられません。本当に認めてくれているなんてなお分かりません。ですので私は一番簡単な方法を取ります。自分で自分を認めちゃうんです。少しだけ頑張った自分を素晴らしいと褒めてしまうのです。結構満足してます。
 

次の夢

 ジュニアが自社開発したプロテインサーバーがヒットして大忙し、それでも夏休みは取るのですから、大したものです。事が起これば(起こしていた?)先頭に立ち寝食を忘れ体力勝負で全てを乗り越えてきた私とは随分と出来が違います。

 ジュニアとマネージメントの話をするのは楽しいです。ビジョンがあって仲間との共有があって戦略があって駆け引きはあるけれども正義と信頼を持っての契約がある。体力、気力も使うけれども兎に角頭を使う、アイデアが全てかも知れません。

 結局のところ私とは追い詰められ方が違い、ジュニアの方が厳しい分、人との交流に幅ができ学ぶべきチャンスも必然的に拡大し、それらを真摯にさえ受け止めていれば、おのずと道は開ける。Keyは出会いと自分自身、それしかありません。

 助けてくれる企業や社員、家族を大切にするということは、自分を磨くということに他なりません。課題は利用者様が何時だって教えてくれます。自分一人で出来ることなんて一つもありませんが、仲間が居れば何でもできることを知ってます。
 

適応力を引く次ぐ

 生き物は、環境によって姿形を変えます。外観だけではなく呼吸器、臓器、血管、神経、ホルモンの作りまで変えます。生きるために、自身を変え、その環境に適した特別な何かを手に入れます。

 私も会社の発展に合わせて自分を変えてきたようです。新商品に対応できるよう電子回路を、センサーを理解するため材料力学を、生産管理をコンピューターをマネージメントを手に入れてます。

 個性というものをその人がもともと持っている能力だと定義するのであれば、私は環境の変化に対して何を学ぶかを思いつける個性を持っています。その能力を本を読むことで磨いてきたのです。

 人は変化を望む能力と変化を望まない能力の両方を持っています。どちらもよりよく生きるための能力であり、それは時として別の誰かに引き継がれ世代を超えることもあります。最近思うのです。子供達に引き継がれたと。
 

興味の方向

 生まれ、歩き出し、自転車に乗り、オートバイ・自動車と乗り換え、電車飛行機と続き私の活動範囲は、外へ外へと真っ直ぐに広がって行きます。ただただ物珍しく面白く毎日ワクワクしていました。

 そして今、縦の広がりに横への広がりが徐々に加わるにつれ、興味が内へ内へと降りて行っているようです。いえ、外への興味が無くなったわけではありません。身の回りのワクワクに気付いたのです。

 例えば、経済戦略においては、各国の都合による規制の変化から、先のニーズを読み取り、投資の準備を始めなくてはなりません。それに対し福祉戦略においては、地域の歴史を読み取ります。

 その地域の一人一人が年齢や障害に関係なく笑顔で共存するために、どのような工夫をしてきて今何に困っているのかを知ることで、先のニーズを読み取り投資の準備を始める。とても面白いのです。
 

生活

 どんな形であろうと人が人として生きるためには、そこに生活が無くてはならないと思うのです。それでは生活の基本は何か?もちろん衣食住が足りていることが前提ですが、私は人との触れ合いが生活なのだと思います。

 礼儀や節度は守りますが今の私は、相手によって態度を変えません。人付き合いに関して言えば積極的ではありませんが、不思議と周りからは良くして貰い、心配なのか色々な形で手助けを何時も受けて生きています。

 そのお礼をこれから先にお会いする全ての人に対し、おもてなしの心で返せたらと思います。甘やかしは、その人の支援にはなりませんがネグレクト(放置・放任)は虐待です。出会う全ての人に真摯に向き合いたい。

 私は何時も恵まれて来ました。勝手に思っているのですが真面目に生きていれば、これからも幸せなのだと思います。何故なら多くを望まず、人との触れ合いを大切にし、誰かの役に立つため働く生活が出来るからです。
 

それが未来の私

 長く生きているから昔のことは幾らでも話せます。でも、誰が私の昔話に興味があるのでしょうか?もし、私に直接かかわる人が居たとしたら興味を持たれるのは、ここから先の私が「何をするのか」「何をしてくれるのか」だと思います。私もそうです。

 私には、コミュニケーション能力があります。他社と協力し基幹システムの入れ替えを1年で行いました。外人を含む若手プログラマー4名を預かり1年で新製品のプログラム開発を終えました。今も年齢性別の違う仲間達と同じ目標を共有しています。

 私には、プロジェクト推進能力があります。PDCA活動を幾つも経験しリサーチとフォローの重要性を学びました。十分な観察と分析が出来れば、プロジェクトは成功したようなものです。優れた成果も継続の工夫無ければ、失われることを知ってます。

 今はまだ新しい経験や知識が身に付いているとは言えません。でも、少し経てば、気配り目配りでの安心安全の確保が出来るようになるでしょう。触れ合う全ての人、一人一人に合わせたコミュニケーションと支援が出来るようになっているのでしょう。
 

見えるもの

 たとえ同じものを見ていたとしても、私の見えるものと皆さんに見えるものは、違います。見えるということは、光を目の中で受け止めるという物理的現象ではなく、多数の視点から得た情報を計算し経験と知識によって組み立て直す、言わば数学的処理と文学的処理を一人一人違う脳の中で瞬時に行っているのですから違って当たり前です。

 一般に目から入ってくる情報は、全体の約80%だといわれています。しかし本から得た知識は、その時点までに得て記憶されている経験と知識で組み立て直されるため、おぼろげにならざる負えません。例えば、障害を持った人の生き様について、その事実を自身の目で見たか見なかったでは、大きく違ってきます。そういう経験をしました。

 障害とは「日常の生活が一般の人と同じように出来ない状態」を指します。一般の人と言う定義も難しいのですが「食べて排泄する、服を脱ぎ風呂に入り髭をそってから服を着る」といったことを基本に「出かける、買い物をする、映画を見る」といったことを加えたものを大体一般的と定義しているようです。それらを自分だけでは出来ない状態です。

 一般の範囲をもう少し広げれば、私にも障害はあります。社会の一員であれば、何かしらのその時点におけるルールがあり、私の生きる障害となる場合もあるでしょう。逆に障害のある人も社会の一員ですので「日常生活が一般の人と同じ様に出来る」ルールが必要で、それを支える多くの人達が必要なのだと、見れば脳が理解してくれるのです。
 

近未来の人

 石油が枯渇すると言われ出してから随分と時間が立ちました。シェールオイルが取り出されるように成ると更に100年は産出可能時期が延びたと聞きます。「500年生きる」などとバカなことを言わなければ何も心配することは無い訳です。

 人は、先の事を心配する生き物ではありますが、遠い先を心配する人は稀です。温暖化の問題の様に比較的近未来の事でさえも今日の飯には関係ないと言う方も多いのではないでしょうか?そしてそれを政治家が利用したりもします。

 人の頭脳の模倣品であるコンピューターの小型化により人は月に行く事が出来ました。誰もが驚き感動しました。ですのでコンピューターの小型化、AI化、IOT化は自然の流れとして今日の人類が受け入れ未来の人類に渡されます。

 幾度もの厳しい地球環境の変化により脳の突然変異は起こり、意識というものを手に入れ、知識を幾ら飲み込んでも癒えない乾きがある以上、コンピュータと融合した新人類が誕生する事は自然な流れなのです。その時の人は何思う?
 

認知症

 時々防災無線から行方不明になった高齢者の捜索願が放送されます。バスやタクシーなどの乗務員にも連絡が行くようですが、知人のお母さんは、数年しても帰ってきたというお話を聞くことが出来ませんでした。家族はもちろん本人はどんなに心配なことか。

 私は、脳のことを知るのが好きでタンパク質レベルでの記憶の仕組みや脳などから分泌されるホルモンの動きが面白くて科学しています。小宇宙である脳は細胞であり、事故や加齢、薬物などの影響を受けなくとも使わなければ、動かなくなるのは普通の事。

 認知症の種類(脳の失われた部分)にもよりますが、最初に様々な体験を忘れます。次は、学習で覚えたこと、そして体で覚えたことを忘れ、生まれた時から備えているものだけが、残ります。別な進み方なら、時間空間、場所、そして人の記憶が消えていきます。

 ここがどこで何をしているのか分からないけれども体で覚えた運転だけは出来る。不安だからただただ走り続ける。不安だらけでも怖くて人に聞くことも出来ない。科学すると、そういったことが分かります。分かってしまったので何かの形で寄り添えたらと思います。
 

出会いと成長

 なかなか戻ってこなかった実習先のレポートがひと月遅れで戻ってきました。実習はとても楽しく充実していたので心配はしていませんでしたが気にはなっていました。講師の方は、とても忙しい方ですので負担を掛けてしまったかな、と思ってます。

 講師の方からのコメントは「2日間おつかれさまでした。積極的に質問してくださるので私も初心に戻ることができ、とても充実した実習期間を過ごさせて頂きました。ありがとうございました。」と、とても丁寧なものでした。実習期間が鮮明に蘇りました。

 先々のことに不安がないと言うと嘘になります。先の事は分かりません、人間分からないことは怖いものです。でも、心配事の多くが実際には起こらないことを知っているから、心配への僅かばかしの準備をしたら後は今を楽しむのが一番なのです。

 講師の方が素晴らしかったので私は実習を楽しむことが出来ました。その楽しいが講師の方にも伝わったのだろうし、楽しめた実習が身に付かないわけもありません。お陰様でまた少し成長することが出来ました。人は影響されたり影響したりです。
 

運がいい

 お恥ずかしいことに常識を知らなく何かと恥をかきます。先日は、お礼状の始まりを前略で書きだそうとして「それは無いでしょ」と仲間達に笑われました。教えてもらい助かりましたが、やはり恥ずかしくはあります。

 私は色々なところで非常識に生きているようで「でた、g-monワールド」「g-monさんだからしょうがない」などとよく言われます。どこの仲間達も、私の行動を認めないまでも非常識を好意的に受け入れてくれてます。

 私には私の行動規範があります。それは自分の心に、大切にしている気持ち「人に優しく」に素直に従って行動すると言うことです。そこさえ違えていなければ、先の行動が変でもあまり気にならない、気付かない。

 何故か、結果の手前で満足しその先の考えがスポット抜けてしまいます。その行動がボーッと生きているように映る場合もあるし非常識でもあるのだと思います。しかし私には何時も心配してくれる仲間逹がいます。