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よりよくを探そ

 日頃気付きませんが私達は随分と大きな仕組みの中で生きていて、その仕組みの中から余程はみ出さない限り仕組みによって守られています。その仕組みを変えていくのは、政治と言うより私たち一人一人の気付きなのです。

 食の生産性は大きく変化を遂げました。遂げましたがこれから先、世界全体を考えると十分ではありませんしロスが多く効率が良いとは言えません。でも、時間を掛けてミクロ社会でもマクロ的にも仕組みの工夫が行われています。

 食が十二分に満たされれば、様々な分野での要求に答えるための余力に繋がり新しいものが生まれ徐々に仕組みに組み込まれていきます。この世の中の不思議が様々な人の手によって少しづつ明らかになり、誰かに渡されます。

 私達の周りでごく稀に起きるはみ出してしまった事件。徐々にですけど私たちの気付きが後押しになり誰かの努力に繋がり何かしらの新しい工夫が生まれ仕組みに浸透していきます。時間はかかります。でも私達が気付けば変わります。
 

人間関係

 たった一人で仕事をしているように思っている人がいたとしても必ず何かしらの形で人とかかわっている。そして仕事が上手くいっている人は、必ず人とのかかわりが上手くいっている。場合によっては、技量そのものも伸ばしてもらっている。

 と言った仮説を立ててみた。この仮説が正しいとすれば、人とのかかわりが上手くいってない人は仕事も上手くいかない、と言う事になる。仕事が上手くいかないと言うのは、収入にも影響してくるし様々な面で本人の人生に暗い影をおとす。

 人間関係をよくする学問は心理学に分類されている。心理学だから小学校で学ぶことは無かったように思われる。人とのかかわりは自然と上手くいくと言う事なのか、それについての授業は、ホームルームぐらい?先生は学んできたのか。

 人間関係を上手く行かせるのは個が自立(自律)していなければならない。ただ、自分一人で自立できる人はなかなかいない。未来はより人間関係が重要になるのだから、もっと人間関係の学問を整理し早くから教えるべきだと私は思う。
 

偏食?

 私の場合、一つの単語だけを覚えるのは苦手です。その単語の意味するところや、もっと言ってしまえば、その単語を使用するジャンル全体を理解し糸口を見つけ、そこに絡めてでないと覚えたことが定着しません。

 子供のころからそうだったので私的には不思議ではないのですが、逆に単語カードなどを作って暗記してしまう方たちの記憶力には驚かされます。多分ですが単語そのものに意味を持たせてしまうのでしょう。神業です。

 私には、論理的な物語が必要です。そこに至った背景も必要です。ですので、たった一つの単語を覚えるためには、随分と遠回りをしなくてはなりません。それは、十分すぎるような時間を必要とするのです。時間は有限です。

 結果、面白そうでないことは何も記憶できません。面白いと思って記憶したことは何時までも記憶しています。それが必要なくなったとしても何かの機会に説明を求められればスラスラでてきます。まったくもって偏った人間の出来上がりです。
 

忘れてしまえ

 先日のオフ会に参加できませんでした。(ブラックピッグさん折角でしたのにごめんなさい)楽しみにしていたし行ければ楽しかったことは重々承知、それでもいけない理由が重なってしまったのです。

 何かが起こる時には幾重にも色々なことが重なります。それぞれが良かれと思い、また一生懸命頑張って行動しているだけなのですが不思議とある方向に進んでいってしまうような気がするのです。

 逃れきれないわな、まるでサスペンスドラマのようですね。ただ、それは悪い事ばかりではありません。日ごろ私達は小さな良いことを気にしな過ぎているだけです。仕組まれた良い事も数々あります。

 人は、生きるために良い事よりも悪いことに敏感です。悪いことは何時までも覚えています。特に傷が残りやすい子供のころに受けた悪いことは、後を引きます。忘れましょ。今考えれば全て問題なし。
 

気にする性格

 困ったことに頑張ったとしても最後は「ま、いいか」で、何となく中途半端で終わります。結果よりも頑張った自分に満足してしまうのです。そして、やっぱり翌日「もう少し頑張ればよかった」と思うのです。

 私には私のルールがあります。それはやはり自分に甘く人に厳しいものです。ただ、相手には相手のルールが必ずあり、比べてもしょうがないことは知っています。ですので出来れば自分が頑張りたい。

 そう思うのは、私の心が狭いからです。色々なことを気にし過ぎるのです。この世の中もっといい加減で良いのだと思います。中途半端な結果でも大体の人は気にしません。完璧なんて無いのですから。

 さて、これだけ自分に言い聞かせれば、今日皆に配るプリントの印刷が少々汚いままでも渡すことができるでしょう。理由は沢山ありますが結果は1つです。気にはなるのですが「ごめん」で済まさせてね。
 

嵐通過中

 夜中に足がつりました。このところ歩きまくっていたのと少々の寝不足です。いやー、久々に痛かった!

 人並みに悩み事があります。良いことがあれば悪いことがあります。悪いことが終われば良いことが待っています。よっし!悪い事一つクリアー!

 明日までの宿題は、あと一つ。少し前に戻ったように忙しくはなりましたが、そちらの方は気分爽快・・とまでは行きませんが現場れている感じは今も昔も同じであります。

 隙を見てまた遊びまくりましょう。その隙が見つかるまでは、しょうがない、頑張るか。ふくらはぎ、痛かったし。
 

防災訓練

 昨日は、防災訓練でした。世の中には、予想だにしない事故があります。予想だにしていないのですが、起こってしまった後には「ああしておけば良かった」と思うことが必ずあります。でも、起こってしまったことは戻せません。

 油断です。悪いことは、小さな失敗や手抜きの積み重ねで起こるべきして起こるのかも知れません。分かっているのに準備をしないために起こるのかも知れません。少なくとも、その事故を最小限に抑える工夫を考えなくては。

 人間は、複雑ですが世界は更に複雑です。すべての事故を防ぐことは出来ません。それでも人間は事故を教訓として残し次世代に対応策を託してきました。今は、便利な時代です。私にもできる備えが簡単に出来るでしょう。

 今日は、家族にも相談しながら行動を起こします。小さな失敗や手抜きの積み重ねは、小さな対策の積み重ねで軽減するしかありません。災害は、必ず起こります。災害が起きた時に事故を小さく抑える工夫、出来るはずです。
 

時を刻む

 皆が、誰かが何かを出来る時があります。私は称賛します。皆より。誰かより出来てしまう時があります。私はそっと隠します。そしてチャンスを見て皆と、誰かと出来るように成りたいと思います。

 私に何かが与えられたとします。不器用な私はなかなか上手に出来ません。出来ないので時間を掛けて形にします。繰り返し形にします。気付かぬ内に出来るように成っていて繰り返しています。

 級友が皆から親切に心配され恥ずかしいと言いました。心配し頑張ってくれた貴女を見て私達も恥ずかしい気持ちになってるよ。嬉しい時に人は何故か恥ずかしい気持ちになってしまうを経験しました。

 こうしてブログを書いていると毎日の些細なことが思い出され、嬉しかったら悲しかったりします。ブログを書かなければ整理されないままに終わっていく物語の一つ一つが大切なものに変わって行きます。
 

失態

 結果的には、礼を言われ事なきで済んだのですが大きな失敗をしてしまいました。先日の大雨、古くなった建物側で何か所か激しく吹き付けられた雨水の侵入がありました。対策用の給水シートが配られ何とか対応が出来ました。

 私の失敗は、この給水シートの片付けです。午後3時頃には雨はやみ、就業時間頃には明るくもなっていた。天気予報もこれからは降らないと言っている。そこで私は、給水シートの回収をし燃えるゴミとして処分してよいか確認に。

 配った方の返事は、「まだ雨が心配だから置いておきたかった」。続いて「話しませんでしたね、ごめんなさい」「燃えるゴミでお願いします、ありがとうございます」。私は、凍り付きました。もっと重大なことで同じことをしてしまったら。

 昔から一生懸命でも空回り、と言う事が多いのです。良かれと思い尻尾を振りながら行動を起こしてしまうことが往々にしてあるのです。一呼吸を置いて確認し行動を起こす。責任が重くなっていくからこそ自分に言い聞かせます。
 

計ってみる

 誰もが自分の物差しを持っていて、それで色々の事を推し量る。合っているかどうかは別にして、一度図ってみないことには議論の糸口を見付けられずに、ただ受け入れるだけになる。それで良いものもあれば、それでは後々少しばかし困ってしまうものもある。

 今、私が計っているのは、人の優しさ。Aさんが何かを「したくない」と言う、それは個人の自由なので「どうぞ」で終わり。でも、何かをしないことが後々Aさんの「らしさ」を狭めてしまうのであるとするのであれば、何故「したくない」と言ったのか考える必要がある。

 それが、お節介な性格の私の物差しで測った結論。Aさんの健康や悩み事、周りの環境など色々あるだろう。それらに思いをはせながら私ではなくAさんの物差しで測った「したい」を探す。そして社会の中の役割に紐づけられるかを考えAさんに相談してみる。

 企業は一定の価値を生み出し続けなくてはならない。社会は、それを支える安定した社会を用意しなくてはならない。それらは多くの物差しで測られ作られる。私の物差しは間違っているかも知れない。何かを計ってみればいい。間違っていると分かったら直せばいい。
 

ご褒美

 頑張っても結果が伴わないことが多い。でも、結果は誰かのものであって頑張りは、私のもの、必ず私の血と肉になる。ただ、それで本人が満足するかどうかも別物、私としては頑張った自分を十分に褒めてあげたい。

 人によるのだけれども一般に自分のことを気にしていないように思える。自分の事を意識するのは嫌なことがあり傷付いた時ぐらい、嬉しい時でさえ自分を振り返ったりしない、可哀そうはあっても頑張ったはなかなか無い。

 もっと普段から自分の行動を意識して見て欲しい。結構大変な思いをしているんじゃないかな?小さな頑張りの連続だったりするのに気付けるんじゃないかな?自分はどんな自分なんだろうと考える切欠になると良い。

 この世の中で一番大事な物は自分です。もちろん愛情があれば、それ以上の人も出てくるでしょう。でも、基本はこの世の中にたった一人の自分です。その自分をもっとよく知って、頑張っている自分を認めることが大切です。
 

寂しい経験

 ドライブに出かける時、混雑が嫌なのと近道なのでとても狭い道を使った。運の悪いことに道路工事で片側交互通行、止められ車のすれ違いがギリギリの道なので左に寄せた。なかなか対向車が切れない。

 正直に見た目を言う。だらしない服を着、少ない髪の毛はボサボサで無精ひげの太ったオッサンが道路工事の人をひと睨みしてから、こちらに歩いてきた。路肩幅を見てから私を睨む、通れないのだろうか。

 頭を下げドアミラーを畳む。これで何とか通れるのでは、隙間を覗いて更にムッとした顔になる。コンビニのレジ袋を何故か振り回す。道路工事の人は、なかなか通してくれない。オッサンの怒りはピークに。

 やっと動けた。窓を開け「ごめんなさい」と頭を下げ車を走らせたら「ばかやろう!ふざけんな!」が返ってきた。ルームミラーを見れば、まだこちらを睨みつけている。とても寂しい気持ちになった。何故だろう。
 

嬉しい経験

 高齢者(65歳以上)が何時までも自分らしく生きられるよう支援する仕組みがあることを知り、私の居住地近くにある地域高齢者支援センターを訪ねてみました。対応してくださったのは、お話の流れから50歳前後のセンター長さん。見た目が随分お若くて、キット生き生きしているように見えたからでしょう。

 私の住む地域は、古くからの方が多くいらっしゃると同時に毎年若い子育て世代が入居してきています。子供からお年寄りまで広い世代の方が一緒に生活しているのですが、そこで何となく皆をまとめているのが高齢者やそれに近い方達。地域活動などと高齢者支援の関連に興味を持ち伺ったのです。

 町田市にも高齢者を支援するための計画があります。その理念は「高齢者の尊厳が守られ、人生の豊かさを実感できるまち。地域で支えあい健やかで自分らしさを感じるられるまちの実現。地域の支えあいでいきいきと暮らしている。」ですが、地域高齢者支援センターは、この計画の主軸になっていました。

 四半期ごとに会報を発行、それを各町内会長さんにお届けし各地域の現状をモニタニングします。そして各地域のグループ活動支援や認知症・健康改善などの学習や実習の機会を作ります。また、医療と協力し高齢者が退院後に寝たきりにならないよう支援をしたりします。もちろん行政とも協力しながらです。

 若い方たちを応援する機関と協力もしながら主は高齢者支援です。その中で間違った高齢者への評価が独り歩きしないよう小学校や中学校に行って、高齢と言う事への理解も深めてもらってもいるそうです。いつの間にこんな仕組み(介護保険制度)が出来たのだろうと思い調べたら、2000年、最近です。

 センター長さんから、「今は、理念に近づこうと行った施策が日々どこまでできているのかセンター全員で共有し改善してます。」との言葉を頂きました。高齢者が何時までも自分らしく生きる工夫は、国のお財布にもやさしいとも思いますが、私が一番大切にしている「人を大切にする。」と通じるものがありました。
 

MIRAI初車検

 {TOYOTA MIRAI」の車検が上がってきました。私の住む地域、町田ですと何時ものサービス工場では車検が受けられず、八王子工場に持ち込んでの車検になります。理由は、水素タンクの密閉検査があるからです。お値段約1万1千円。

 車検自体は、約10万円でした。勧められるまま、本当はいらないバッテリー交換をしたので、それに+3万円、これは無駄だったなー。私は、断るのが苦手てでプリウスの最初の車検時にも無駄に交換してしまいました。3度は無いぞっと。

 車検後の走りでとても気になったのはロードノイズ、「あれ?うるさかったっけ」。ちょっと調べてもらったら小石が数個付いていたので除去、随分と静かに。静かすぎる車と言うのも困ったもので他に音が無ければ人は音に敏感になります。

 毎日が忙しく、たまの休日もなかなか車遊びが出来ません。それでも今日は午後から自由な時間があります。ならばドライブ。お気に入りの曲を選曲してお気に入りの道を走ります。天気も上場、午前の予定を頑張って終わらせなくちゃ。
 

受け入れる

 私にとっての幸せは、何か目標に向かって頑張っていることであって最終目的に沿っていれば何かが何であっても構わない。とにかく頑張っている自分が好きなので、魚に例えれば泳いでいないと死んでしまうマグロやカツオみたいなものだ。

 魚にも色々な種類がある。岩場に潜む魚もいれば砂地に潜る魚もいる。同じ魚類であっても、それぞれがそれぞれに生きられる環境を見つけ出し適応している。どれが楽とかどれが良いとかではなく全てが可能性の一つ、全てが正しい道。

 私にも憧れる生き方はある、羨ましい生き方もある。逆に”嫌だなー”と思う生き方もある。でも、それは、私の生きる道ではないけれど、私はそれら全ての生き方を否定しない。私にはできないから、性に合わないからと言って否定することはない。

 どれが楽とかどれが良いとかではなく、全てが可能性の一つ。であるのであれば、もう一つ大きな世界観でそれらを見渡すべきであることに気付く。魚の世界を、生物の世界を、この地球と言う世界を見渡して、自分らしく生きる価値観がいい。
 

ご近所

 ご近所のご夫婦と少し長い立ち話をしました。話したのは、車の事や子供たちのこと、そして健康のこと。ご主人が車好きなのです。ご夫婦そろって子供好きなのです。そしてやっぱりお互いの健康も気になるのです。本当に気持ちの良いご夫婦です。

 私より幾らか年配のご夫婦です。奥様はよ、おかずを「余分に作り過ぎたから」と言って持ってきてくれます。ご主人は、家の孫まで気遣って、オモチャをくれます。そして、このご近所の家族構成は色々ですが皆さんと、とても良い関係が出来ています。

 今まで地域社会のことは、考えていませんでした。でも、ここには自然な形のご近所付き合いがあります。特別な付き合いがあるわけではありませんが、困ったことがあれば両隣や知っていそうなご近所に相談に行けます。どの家も敷居が低いのです。

 多分ですが、最初に話したご近所の奥様が世話好きなのだと思います。それで何となく皆さんが繋がって繋がってみれば、お互い悪い人であるわけでは無し何かしらの話題もあるものなのです。何となく面白いので、もう少し観察してみたいと思います。
 

気になる

 廊下に茶色のシミがポツンポツン、誰かがコーヒーをこぼしたようです。その誰かは気にならないようで1日経ってしまいました。気になるので雑巾を探し出し拭き掃除。長い廊下に結構長くポツンポツン、どういう仕組みで垂れたか何となく考えながら拭き掃除をしました。

 以前から階段に落ちている小さなごみを拾う癖があります。そのうち掃除の人が片付けるのでしょうが気になった時に拾って片付けます。たまたま見ていた方が「A型ですか?」と血液型を聞いてきたので「いいえ、キッスイのBです。」と答えます。キチットなんてできません。

 以前、自立と自律を勉強した時に「言われてごみを拾うのが自立、自ら考えをもってごみを拾うのが自律」と言う例えがあったんです。そうしたら、ごみが気になりだしてしまって拾わずにはいられない体に成ってしまいました。自律したわけでも奇麗好きでもありません。

 私の性分なのでしょう”知らなければ随分と楽を出来るよなー”と言ったことを知ってしまって随分と面倒なことに成っていることが幾つもあります。本を読んだり話を聞いたりして「はー、そうだよな。」と思うと何故かそうしなくては成らなくなるのです。困ったものです。
 

ありがとう

 古い、そうもう十分古い友人と言って良いのではないかな?そんな心を許した友人からプレゼントが送られてきました。彼の趣味の一つ革細工で作ったキーホルダーです。あまりに見事な出来に驚きました。とても嬉しいです。

20190513キーホルダー

 私は彼のハッキリとした性格が好きです。頭の回転の速さも好きです。何よりも私に持っていないものをたくさん持っているところに憧れます。ただ私から彼にプレゼント出来るものは、あまりありませんでした。ちょっと残念です。

 今週は愛車の「TOYOTA MIRAI」を車検に出しています。色々なことの区切りがゆっくりと過ぎていきます。良い機会ですから車検上がりの「TOYOTA MIRAI」へ色々な思い出を乗せて、週末に少し走りに行こうかと思います。

 キーホルダーには、「TOYOTA MIRAI」のキーを付けてです。そうだ!月末にはプリウス仲間とのオフ会もありました。こちらも久々です。大事な仲間達と大事な思い出に大事な物。私は、そんな感じで出来ています。
 

友達たち

 「私はダメです、続きません。」と言う人が居ます。安心したいだけなので「大丈夫だよ」と返します。何かと私に意地悪をする人が居ます。構って欲しいことを知っているので受け入れてます。色々な人と話します。色々なことを教わります。私には、ゆとりがあります。

 ゆとりは、精神的なものです。学ぶことは多いし体はきついし決して楽なわけではありません。でも、それは多少の差さえあれ誰でも同じ、違いは、どんな時にも一歩下がって周りを見渡せるかです。何でも同じ、昔はそれを全体最適化の理論なんて勝手に言ってました。

 人は、自分の中からしか外を見ることができません。少なくとも私は幽体離脱が出来ないので、そう言うことになります。出来るのは、自分の中の自分の後ろに立って自分を見る。見ている自分を通して相手を相手が暮らしている世界を見る。それは出来るはずです。

 そうすると見え方が変わってきます。変わったからと言って何かが出来るわけではありませんが、私の行動が少し変わったりします。私の行動が変わると相手の行動が変わる場合があります。彼は私に笑いかけるようになります。あの人の悪戯も軽いものになった。
 

私の得意

 新しい仲間たちと出会って自分を振り返ってみた時、私は私の得意を持っていないことに気付きます。皆は、それぞれに得意なことがあるのに、この新しい世界では、私は、色々なことが不得手なのです。それが面白い。

 私の得意は、いつもニコニコしていること。不器用だけれども頑張ること。そして、無理しないことでしょうか?今回も周りに恵まれ暖かい目で見ていてくれます。困れば直ぐに助けてくれます。相変わらず運は良いのです。
 
 考えてみれば私の得意も不得意を諦めずに長く続けてきただけのこと、得意の人の長く続けてきたには敵いません。そんな弱っちい私の得意も、今のところ新しい世界では役に立ちません。それでも無駄では無かった。

 不得意もある程度長く続けていれば何もしない人に比べれば得意に成っていることを知っています。目標にもよるのですが今私が目指していることだったら、コツコツ積み上げる時間が、まだ十分あることが嬉しいです。
 

リーダーの役割

 誰かと何かをしている時、「これはやりすぎだな」と思う時があります。相手のテンポや現在の思考の位置を考えないで先に進めてしまうことがあるからです。全体やこれから先の長い期間を考えた時に自分が出来るからと言って何でも先に進めてよいというわけではありません。

 この見極めがとても難しいのです。私自身、事に当たるまでは何がどう繋がっていくか分からないのです。試行錯誤の末に何かしらの糸口が見つかり、嬉しさのあまり走り出してしまう、そんな感じです。取り残された誰かの気持ちはどうでしょう、毎回だとすれば思考が止まります。

 私は色々なことを学びたい。と同時に一緒に学ぶ誰かとそれを共有したい。過去には、共に学んでくれた誰かが居ました。私に意見をしてくれ自分の考えを述べてくれました。とても刺激になり私は、より深く学ぶことができました。共同生活の中の学であれば、そうありたいと思います。

 やりすぎないで期日までに事を成し遂げる。誰か達に勝手にリーダーにされてしまいましたが、「誰か達、個々の得意分野で考え行動してもらい、個々で達成して貰った結果を協力して全体の結果に繋げる。」それが私の役割です。私自身が、何かを成し遂げることでは無いのです。
 

一緒に頑張る

 全員がそうとは言いませんが、例えば上司は少しでも良い会社にしようと頑張っているのです。先生と言う職業についた方達も生徒が少しでも社会に出やすいよう頑張っているのです。ですので、もしそう言った上司や先生にであったら一緒に頑張ると楽しいと思います。

 今は、何でもある時代、何でもしてくれる時代だったりします。生まれた時から多くの子供は親から十分すぎる愛情を注がれますが、頑張って育ててくれている親のために進んで助ける行動をとる子供は稀です。親も「そんな時間があるなら勉強して」などと言ったりします。

 でも、親の手伝いをすることも社会に出るための練習になります。手伝いをしながら親の経験を聞くことができます。何が大変で何を幸せと感じるかを聞くことができます。同じように良き上司、良き先生から話を聞くこともできます。それが人と人の付き合いと言うものです。

 私は、バカだから一人で大人になった気になっていました。一人で頑張ることしか知りませんでした。でも、私の周りには何時も良き先生が一杯いた。先生は、年長者とは限りません。同僚や同級生に後輩逹。視野を広げれば応援したくなる頑張っている人が沢山見つかります。
 

教育

 まことにもって学ぶことが楽しいのですが。思い出してみれば学生時代も好きな科目は学ぶことが楽しかったです。楽しいから覚える、覚えれば先に進めて先には難しいけれども更に楽しい学びがありました。

 逆に苦手な科目は、学ばないから覚えない、覚えないから先に行けなくなり授業に出ていてもサッパリ分からない。私の場合は、それでいいとしてしまったから今考えれば随分と勿体無いことをしてしまいました。

 そう考えると、まあ多少の合う合わないはあるでしょうが人間最初のスタートが上手くいけばレールにのって学ぶのが好きになるのではないでしょうか?学べば、それを生活の糧にすることも出来るでしょう。

 問題は、今後必要な価値を生み出せる学びを上手く教える教育が整備されていないことと、「成績ではなく価値ある考え方が出来る人を必要とする企業とどの様に結びつけるか」なのだと思いますね。
 

理想の生き方

 ビジョンを持てない人は可哀そうだと思います。例えば企業において「現状維持で良い」などと言うのは死の宣告と同じです。ただ直ぐに死ぬことはないのでその方自体にとっては良いのかも知れません。その場合可哀そうなのは付き合わされる次世代です。

 人の幸せは、その人らしく生きることだと思います。その人らしく生きるためには、自分らしいとは何かを知っていなくてはなりません。それが分かってくればビジョンを持つことができます。ビジョンを持つことができれば、そう成るための働き方が見えてきます。

 らしさを持った働き方は強いです。働くことが辛くなく真面目に学びますから自然と信頼を得られ人も集まってきます。ビジョンの持ち方を知っていますから先が見えます。真面目ですから周囲の人の声が聞こえます。結果、今何をすべきかが分かります。

 人は、やがて徐々にですが衰えて行きます。その時でもらしさを持っていれば、らしさをどう残しながら生き終わるべきかが分かります。そして過去の経験から人に助けられながら自分らしく生きると最後までビジョンを持っていられます。それが理想です。
 

手書き

 幾つかのテーマに絞りレポートを作成しました。ワープロでまとめようと始めたのですが思い直し手書きで作成しました。全部で5つ、相変わらず下手な字ですが読み返せば、まあまあまとまっています。そして久しぶりに指が痛いを思い出しました。

 旧友に見せればダメ出しが沢山出るのでしょうが、各A4細めの罫線レポート用紙に4~6枚、前書きがあって付けようと思えば目次が付けられ(1つには付けました)概要、ポイント、課題、対策、まとめと何となくですが形にはなっていると思います。

 私は数冊の専門書を通して私が知るべきことをまとめることが出来ます。人の話を聞いて要点を確認し私自身が必要とすることを質問することが出来ます。今私は何を知らなくてはならないのか、それが将来何の役に立つのかが分かっています。

 レポート作成には随分と時間がかかりましたが目標には最短で近づける方法だと思っています。それに大分忘れていた漢字を書けるようにもなりました。自慢ですがまとめも才能です。手直しのしにくい手書きレポート、時間が許せばお薦めです。
 

アンテナ

 以前は、今何をして先に何が起こるかが良く分かっていました。例えば技術部門、AIは人の仕事を奪うものではなく人のフォローをしてくれるもので必要なのは、それを使いこなす技術。今できるのは、AIの学習ではなく技術者が探求心を持てるだけの環境づくりとテーマの設定。そして私が行うべきことが分かっていました。

 今が全然先の事が分からないというわけではありません。過去に経験したことに関しては変わらずアンテナを張っていますし知識の補充もそれなりに行っています。違うのは、まったく経験のない分野に入り数年かけて覚える知識を短期間で吸収しているため咀嚼に時間がかかっているのです。先を考える余裕がありません。

 ただ良い方に考え間違いなく言えるのは、新しいアンテナが増えていると言う事です。新しい知識で出来た新しいアンテナは、今まで気付かなかった知識をひっかけてくれます。それにより更に新しい知識への興味が深まり知識に厚みができます。そうなれば学ぶが楽しくなり関連する知識と相まってアンテナは更に高くなります。

 過去の経験では、新しい知識が加わったことにより既にある知識が不要になることはありません。新しい知識をある程度理解するぐらいまでに学ぶと、不思議なことにポツンポツンと既にある知識と繋がってくるのです。そして新しいアイデアが生まれ先の事が理解できます。この技を過去に知り合った技術者に伝えたかった。
 

明日のために

 この世の中には大変な苦労をされている方が大勢います。そのことに対し私は心苦しく思うのですが助けに行くことはありません。何故なら助けに行けば私自身が大変な苦労の中に加わってしまい家族まで巻き込んでしまうことになるからです。

 ですので私は見て見ぬふりをします。心苦しいと思う自分の気をそらすために別なことを始めます。例えば社会の仕組みについて学びます。学ぶことによって少しでも大変な苦労をされる人達の役に立つ方法を見つけ出したい、と思うからです。

 学べば日本の社会も苦労をして良い仕組みを作ろうとしていることが分かります。例えば高齢者に対する工夫は言われるほどには悪くないと思います。最近始めた考える力を育てる教育方法もなるほどと思います。でも、全てはこれからです。

 この世の中を変えて行くには大変な苦労が沢山必要です。時代は揺らぎながら悪しき人やビジョンを語れない人、人を信頼できない人を淘汰していくのだと思います。私達は何時も次の時代のために生き学び失敗し立ち上がる、繰り返しです。
 

トヨタ MRAI(ミライ)フルモデルチェンジ

 今年(2019年12月)には、フルモデルチェンジされると言うトヨタ MRAIですが、私の「TOYOTA MIRAI」は、この5月で最初の車検となります。注目の高さは、相変わらず。現行買えるFCV(燃料電池車)は、これだけですものね。

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 友人と海へのドライブは快適でした。燃費にこだわったタイヤのために走りについては何だかんだ言われることもありますが、オーナーとしてはその静穏性の高さに満足、乗った誰もが乗り心地の良さを高く評価してくれます。

燃費はどうなんでしょう、(外気温が20度を超えてくる)今の時期でしたらエアコン24度設定(ECOモード)でを快適に走行しても1充填(実質約4.2kg)走行で楽に550kmを超えます。まあ、燃費運転テクを持った私の場合ですが。

 連休中も水素ステーションがあちこちで開いていてくれて助かります。気は使いますが今のところ困ったことはなく、休みが取れる余裕が出来たら、新潟や仙台に行ってみたいと思います。さて、新型ミライ試乗は何時かなー。
 

古い時代

 古い友人と海に行きました。昔のやんちゃを笑いあいながらも波の音に心打たれていました。

 あんなバカなことは、いまではありえないと思います。昔はお巡りさんも怖かったけど優しかったんじゃないのかな?今は、何でもキチットやらないとダメなんです。色々なところで遊びが無くなっています。

 「ちゃんと喧嘩をしたことがないと間違って喧嘩した時の程度を理解できない」なんて言う屁理屈を言ってました。私たちの喧嘩と言えば殴り合い、そんな喧嘩を肯定して良い訳がありません。昭和です。

 今は肉体的苦痛より精神的苦痛がキツイ時代のように思います、でも波の音は変わりません。
 

話の聞き方

 どうにも緊張するのか人と会うと自分の事ばかり話してしまい肝心の相手の話を聞くことが疎かになります。何度か会ったことのある人なら傾聴する準備が整っているので大丈夫なのですが初顔では、そうはいきません。

 でも、人の印象は最初が肝心です。もう少し僅かなチャンスを先に繋げるために初めての人に会う時の心構えあり方を私は学ばなくてはなりません。ただその相手は千差万別どんな方なのか合う瞬間まで分かりません。

 どんな方なのか分かりませんが私が話す相手がどの様な環境にあるのかを少しは想像することが出来ます。であるのであれば、特別問題が無い限りその環境で何を感じどの様に行動しているのかに興味を持つのは?

 自己紹介が済んだら相手の環境について聞いてみる。そして話してくれたことを糸口に相手のそこでの行動に興味があることを示し分からないことは積極的に聞いてみる。多分ですが、それで私の心は満たされると思います。