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一緒に

 私もそうなのですが褒められると完全否定する友達がいます。そのくせ「自分は何でもできる優秀だ」と言いきりリーダーに成りたがります。それなのに簡単に相手を評価し「悪いところ、否定したいところ」を私に長々と話します。面白いと私は思います。

 友は繊細です。私の前でも私をこき下ろします。でも、他の人の前で酷くその人をこき下ろすことはしません。私は友の影響を受け友も私の影響を受けだしているのが分かります。それは一緒に学んでいる仲間たちも同じで雰囲気が変わりだしてます。

 正しい行動は力を持っています。毎日続けることで少しづつ周囲の様子が変わります。信頼が生まれ正しいと気付いた人達へ行動が伝染します。お互いの個性を認めだし自分ができるところで助け合い、教え合い、時に厳しく時に甘えるを学びだします。

 それを短期間で目の当たりにできた私は幸せ者です。お陰様で私自身もより正しい行動を覚えつつあります。辛い状況を楽しい事として受け入れやすく成っていっているのが分かります。そして友達の変化も見えてきています。彼も成功すると思います。
 

キャラ

 ちょっとした祝い事がありました。家族が集まります。とても賑やかになります。まあ、一番騒がしいのは私なのですが(汗

 人は色々な環境で様々な経験をしその場に合った自分を演じられるようになります。それは本当の自分を隠していると言う事ではなく新しい自分を手に入れて行く過程でしかありません。新しい環境に進めば新しい自分がまた一つ生まれるのです。

 新しい自分が生まれるのですが中心の自分が変わるわけではありません。本来の自分は子供のころに持っていた自分です。私の場合にはそれが小さな子供と遊んでいる時に出てしまいます。仲間たちと楽しく笑っている時に出てきてしまいます。

 笑顔で仲間達に、その場に溶け込める私がそこに居ます。多分ですがそれが私のキャラなんだと思います。宜しくです。
 

幸せな理由

 10連休だそうです。半分遊んで半分勉強をしようと思います。遊びは仲間とと家族ととで半分づつぐらい。勉強は先に必要な知識と過去に覚えた知識の整理です。10日間と短いのですが遊びも勉強も楽しみです。しっかりと楽しまなくちゃ。

 遊びが楽しいと言うのは分かりやすいですが勉強が楽しみと言うのは変だと思われるかもしれません。でも誰でも新しいことを知るのは楽しいもののはず、自分が何かをより深く理解していくのを感じるのは楽しいはずだと私は思います。

 私が何をしていても対外楽しいと幸せだと思えるようになったのは何時からでしょう?この様に思えるのは環境に恵まれていると言うことに違いありません。1つは平和な社会、社会福祉などの恩恵のお陰だと思っています。

 もう一つは物の見方考え方をマネージメントから学んだからだと思います。マネージメントから学んだ結果、人との接し方が変わりました。相手を観察し共感し出来る範囲の事を一緒に行う。信頼関係のお陰だと思っています。
 

受容

 過去において何故この人はいつも逃げてしまうのだろうとイラついてしまい声を荒げたことがあります。翌日あやまりに行きましたが関係を修復するのには暫くかかりました。心無い言葉で相手を傷付つけてしまったのです。

 どんなに私が良かれと思っても相手のためになると思っていても決めるのは相手です。何故ならその人の人生はその人のものだからです。もし私が自殺の場面に出くわしたら必死に止めるでしょう。でも別の日に死ぬかも。

 私は我儘、自我が強い人間です。自分のことが良く分からないのですが相手の事はなおさら分かりません。素直に話を聞き行動を観察しありのままを素直に受け入れることがなかなかできません。経験が足らないのです。

 ただ私の自我を少し横に置いておいて私以外の感覚を持つ相手の気持ちが少し分かり共感できた時にはとても嬉しくなります。一緒に小さな何かを始められるような気になります。心無い言葉で相手を傷付つけるのは懲り懲りです。
 

リーダーの役割

 「そういう考え方もあるけど、こうなんだ!」などの言い方を私も昔は使ってしまっていました。そういう言い回しは考を認めているようですが全否定のように相手には伝わります。経験のある相手でないと二度と話をしてくれなくなる可能性のある話し方です。

 自分がこうだと思うことは何ら問題は無いのです。問題があるのは相手の考えを否定してしまうところにあります。考え方は人それぞれであり時と場合いによって有効であったり適さなかったりします。相手が誰であっても学ぼうとする姿勢が大切です。

 例えばリーダーの立場だとします。リーダーになれたのだから自分の経験の方が上だと思ってしまうのは自然なことです。グイグイメンバーを引っ張っていてしまうかも知れません。それも時には必要ですがリーダーに最も必要なのものは信頼です。

 メンバーの様々な意見を引き出し一つ一つをメンバー全員で認めながら全体としての最適をメンバーと共に納得しながら決めていくことが出来る言葉遣いや態度がリーダーには必要です。皆で考え決めたことなら次の行動に繋がります。逆はダメです。
 

学ぶ

 色々なことを行おうとすると上手くいかないことがあります。良かれが通じなかったり想像に足りなかった大人の都合にぶつかったりします。それで上手なフォローや説明にて考えが及べばいいのですがなかなかそうも行かずイライラしたりします。

 新しいことを始める時は何時もそんなものです。新しいことが新しければ新しいほどそんなものです。何と言っても何も知らないのですから様子が分かろうはずがありません。そんな時にあなたならどうしますか?諦めてしまいますか?

 私は何故かファイトがわきます。知らないと言う事を知ることによってそのことに対する興味が増します。わくわくします。そうすると大人の都合や問題点が何となく見えてきて「しょうがないかな」と思えるようになり気にならなくなるのです。

 大きさはともかく新しいことを始めようとする時には必ず壁があります。壁の大きさはまちまちですが大きさが何となく分かるまで頑張れれば何とかなることを私は知っています。問題は、新しい事の価値をしっかり認識できるかいなかだけです。
 

しょうゆ

 答えをまだ聞いていないのですが調味料に自分を例える性格診断があるようです。「あなたの好きな調味料は?」と聞かれ「醤油」と答えました。「そこからあなたの性格を考えてみて」と促されたので考えてみました。

 醤油は高級なものから手に入りやすい安いものまで種類が豊富です。私の父はトマトに醤油をかけて食べるのが好きでした。卵かけご飯に始まって刺身・ステーキなど多くの食材に合います。多少は似てるかな?

 気になって”性格診断・調味料・醤油」で検索、ここ”あなたの性格を調味料にたとえると?”が一番上に上がったので”Q”に答えてみたら結果は”醤油!”あらま、やっぱり@醤油なのでしょうか?結果はこんなでした。

「結果発表 抜群の協調性!「しょうゆ」タイプ
だれとでもうまく付き合えるあなたは「しょうゆ」タイプ。日本人らしい気配りができる人で、人並み以上のトークスキルを持っており、どんな話題にも無難に対応できます。ただ、ちょっと器用貧乏なところがあるかもしれません。だれとでもそつなく付き合うので、逆に「つかみどころがない」と思われることもあるでしょう。たまごかけごはん専用のしょうゆ「おたまはん」のように、自分だけのキャラクターを見つけてみてはどうでしょうか。もう少し個性を出せば、あなたの魅力は大幅に増すと思いますよ。」

 こう言った診断は基本褒めてくれるものではありますが思っていた方向には近かったので「へー」でした。どんな調味料としても料理のメイン食材を生かす役に付きたいタイプではあります。さて、キャラ探しに行くか。
 

魅力のある人

 何故か自信のない人がいます。「自分はこうだ」と言うものを持っているのに誰かと真面目に相対した時(例えば面接)に自分と言うものを見せられず相手に悪い印象を残してしまいます。そして「どうせ俺は」と言います。

 人と真面目に話す経験の少なさが自分を小さく弱く見せてしまうのだと思います。粋がるか怯える以外の手立を思いつかないのです。その人らしさと言うものが表に出てこなければ、その人を認めることは難しいのです。

 キッカケが必要です。認められない時に下を向いてしまうのではなく相手を向き何が不足していたのか何を変えれば良いのかを考える自分を作る必要があります。明るい幸せな自分をイメージする方法を学ぶのです。

 私は私の知識と経験と行動を通して何が自分自身であり、どのように表現すれば自分らしさと言うものを上手に表に出せるのかを伝えなくてはと思います。私は自信の無い人の魅力をもう見付けているのですから。
 

誰もが普通

 不思議なことに”特別”とか”変わっている”とか”天然”などと言われます。そんなことはございません、ごくごく普通だと思っています。もし私を変わっている人だと仮定するのであれば周囲の人全員が変わっていることになると思います。

 そもそもこの世の中に同じ人などいないのです。いたらそれこそ変わっています。皆がみんな違っているのですから自分から見れば何かしら変わっていて特別で天然で当たり前です。それをことさら”変わっている”なんて不思議だと思います。

 お陰様で私は自由です。私は私が幸せになりたいので私にとっての幸せを追い続けています。ですので私は幸せです。過去の失敗は諦めます。先の心配は先になってから考えます。先の幸せのために今この時だけの幸せに没頭します。

 それは特別なことではありません。もちろん私を支えてくれる多くの人のお陰ではありますが私がそれを作ったのではなく以前からそこに皆さんがいてくれるのです。私はそんな空間、環境を感じます。それは、あなたにもある感性なのです。
 

概念とらしさ

 新しいことを始めようとする時、例えば新しいシステムを組もうとする時には、その概念を確認することから始めます。会社で言えば理念や方針の確認と言う事になるのですが時には改正された法律などもチェックし世の中の変化を概念として捉えます。

 実際に組むシステムの最小単位は単に一つの記録された情報をもう一つの場所に反映させるだけかも知れません。その時に概念持って入れば何のためにを意識することが出来、少しの工夫や斬新な発想が生まれシステムの価値がより高まります。

 多くの人は目の前の作業を行っている時に「何のために」を忘れ作業そのものが目的目標になってしまいます。ですので本来の目的目標を達成したとしても満足を得ることが出来ずより多くのものを目的もわからないままに追い求めてしまったりします。

 普段から自分自身の目的を意識しましょう。そのためにはこの世の中はどんな力によって動かされていてどちらの方向に向いているのか会社はその中でどんな役割を担おうとしているのかを考える。そこから「自分らしさ」について考えを深めてください。
 

休日

 土日祝日を休むようになりました。その結果で変わったのは、南都週末が待ち遠しいのです。

 木曜日、後少しだと思いました。金曜日に明日は休日だと思いました。色々あり疲れを感じていたのですが頑張ろうと思いました。こんな感覚は、休日も働いていた頃には無かったことです。実に新鮮で実に楽しいものです。

 休日は休日ですが遅れを取り戻すために少し何かをします。何かをするのですが自分のペースで自分が許すところまでしか頑張りません。基本家族優先、次に趣味を楽しみ体と心をリフレッシュします。疲れが取れそうです。

 贅沢とも思いますが休日は人間が編み出した知恵でもあると思います。大事にしたいと思います。
 

生意気ですが

 稼げる・出来る仕事で満足した時に、やりたい・でも稼げない仕事に進むのは生意気でしょうか?羨ましいかもしれないですね。勿体無いと思われる方も多いかもしれません。そう思う方たちのそう思う時には私もそうはしないと思います。贅沢です。

 その兆候は出来る仕事をしている時にもありました。何だかんだで自分の意志を変えないのです。もちろん間違っていたと気付いた時には方向を驚かれるほど簡単に変えてしまうのですが頑固です。頑固ですが仕事が目的では無いので変えれます。

 仕事は続けます。それが趣味だからです。仕事は稼げなければいけません。稼げないとすれば仕事に価値があると認められていないことになるからです。問題は価値のある仕事を稼げる仕事にするマネジメント技術です。小さな力で稼ぎ出すのです。

 ようは賭けです。出来る仕事で稼げるようになったのもたまたまの話。

自己分析

 人は、「怒り、傷付き、先の事を心配する」者ではあるのですが、私は十数年前からこの感情が薄くなってきています。少々悪戯されても怒らないし、辛い言葉からの回復も早く、起こるか分からない先の事を考えるのを止めました。

 感情が無くなったわけでは、ありません。人の話を聞いてよく笑うし、映画を観たり本を読んだりでは、涙もろくなったと感じています。周囲の人の困ったに対しては真剣に考えたりもします。ただ、今を余り後に引きずらなくなったようです。

 私は元から自分勝手で我儘です。自分が正しいと思った将来像に対しては、「なるほど!」と思える意見が出てくるまでは、まず譲りません。反論しないまでも心の中では、「少しでも将来像に近づいてやる。」と思ってます。頑固なんです。

 結局のところ「人間的に大きくなった」とか言うことでは無く、「将来の夢があり、進む方向が分かっていて、今やるべきことに忙しい」から「怒り、傷付き、先の事を心配する」暇が無いのです。私は何時も忙しい、でも最近は、休むも覚えました。
 

余計なこと?

 私は、友人や仕事を通じて知り得た、相手に不利益になる情報を決して他の人に話すことはありません。その方は困って話してくれたのですし、仕事を長く続ければ話してはいけないことに幾つも出来わします。それは、墓場まで持っていけばいいのです。

 私は、私に付いて質問されると素直に話してしまう性質です。隠して何時までも聞かれるのも嘘を言って良心の呵責にとらわれるのも嫌だから、楽に生きたいと思うので子供のころから質問されたことには素直に答えるようにしています。

 でも、私の答えが質問者の想定した答えと違った場合、面白くないと思われる方も大勢います。特に私をよく知らない人、自身と比べて環境や生き方・考え方が違うと感じる人は、強く私に当たってくる場合があります。そんな時、私も人ですから辛いのです。

 辛いのですが私は気にしません。無口になろうと思ったこともありますが変わらず笑顔で答えます。それで良いのでしょうか?相手に話を合わせる、相手に会合わない考えは伏せておく、余計なことですがそんなテクニックも時には、必要だと思いました。
 

幸せ

 幸せって何だろう?どんな時に幸せと思うか皆に聞いてみた。

 美味しいものを食べている時
 家族と一緒に過ごしている時
 目的目標に向かっている時
 苦労から解放され一人でいる時
 友達とゲームをしている時
 姉のドジを聞いて爆笑した時
 楽しい計画を考えている時

 どんな時に幸せと感じるのかは人それぞれ、皆違うようだ。

 あえて言うならば、素の自分、自分らしく居られるときに人は幸せだと思うらしい。

 自分らしいって何だろう?生まれ持った性格の周りに経験から得た性格を身に着けて私達はいる。一人一人違った性質を持った私達は、その場に合った性質を使い分けて生きている。

 そして、自分らしいと心底思える時に、私は私が幸せなんだと思える。多分、皆もそうなんだと思う。自分らしく生きていると思える時が、幸せと思える時なんだと思う。

 でも、貴方が幸せだと思う時は何時ですか?と問われた時に「目標に向かっている時の自分が幸せだと思う。」と答えるよりは、「生ビールの一口め。」と答えられる自分だったらな、とは思う。
 

おはよーう

 今朝も何時も通りに起きました。何時もと同じ、ですので特に何と言う事もありません。でも、何時かだいぶ先だとは思いますが起きない朝が来るかも知れません。まあ、私はその事に気付かないんですけどね。(笑

 その時に、「良い人生だった。」と思えたらいいですね。でも、人が生きている間に知れることは、この世の中の極々僅かです。殆どのことを知らないで人間は旅立ちます。それでも「良い人生だった。」と思えるのでしょうか?

 思える人も多いんじゃないかな?と、私は考えます。どんな人達かと言うと、その瞬間近くまで何かを知りたい,学びたいと思う人。そうで無かったとしても自身が出来ることを自分なりにその日間近まで不通に行っていた人。

 そんな人達じゃないかな?。何故か、ですか?その方が生きていると感じられると思うからです。本人は、楽しいなんて気付かないかも知れませんが良い人生には「明日も人間らしく生きる環境がある。」ことが大事なんです。
 

鈍感力

 私は、本を読むことが好きなので、漢字の読みは大丈夫だろうと長い間思ってきました。ところが最近になって本の意味を理解し次の誰かに本の意味を伝えようと思った時に、単語一つ一つの意味を疎かにしてきたことに気付きました。

 本や話を私一人で楽しむのなら、その意味は私一人の解釈で構いません。前後から仮で読んでみても、場合によっては読み飛ばしても何ら問題はありません。しかしながら、その意味を誰かと共有する場合には、問題が発生します。

 例えば、「バリアフリー」。この言葉には、「誰でも同じように生きる権利がある」と言う意味があります。障害があっても高齢者であっても貧乏であっても、「誰もが同じように生きる権利がある」、そのことを私達は忘れがちなのです。

 私は、気付きの少ない人間です。「鈍感力」と言うのだそうで、「それはそれで優れた能力だ」と教わりました。でも、もう少し周囲で起きている変化に気付き学ぶべきだと思います。会社の中だけ、業界内だけの視野では、足りないのです。
 

自我(エゴ)

 過去の失敗を話した時に「g-mon さんでも、そんな事があったんですか!」と驚かれたようです。その方は、最近の私しか知りません。勤め始め数年で管理職に付き、何も知らないまま部下を怒鳴りつけていた頃の私を知りません。

 長く一緒に働き部署を離れた元部下が笑いながら言います。「気を付けて、g-monさんは『100回でも教えてやる。』と言うけど3回目位から嫌そうな顔をするから。」と言って笑います。最近の私だったら嫌な顔をしないでしょうけどねえ。(笑

 人は変わります。私の自我(エゴ)の下には、親や教育によって培われた超自我(スーパーエゴ)があり、その更に下層にある子供のころからある本能を抑圧(勝手に飛び出ないようコントロール)しています。お酒を飲みすぎなければね。(笑

 昔のお友達は、ダメな私しか知りません。今が良いとは言いませんが超自我が少しは増えましたから、幾らかはましだと思ってます。そして全てが本当の私です。今の私は、この瞬間しかありません。明日の私は?私も知りません。(笑
 

学友

 何かを始めたいと思った時、調べれば道は見つかります。行動すれば入り口が見つかり何をすれば良いかが分かります。後は頑張るだけです。でも、その頑張りが嫌いな人、続かない人が大勢います。

 体力的に続かない、思っていたイメージと違う、何を教わっているのかが分からない、理由はそれぞれでしょう。ことによっては、早々に止めるのがいい場合もあります。でも、私は面白いから止めません。

 何かを始めたいと思ったことは素晴らしい事なんです。そんな自分に誇りを持つべきです。そんな自分にワクワクするべきです。苦労している、苦しい思いをしている自分を楽しむべきです。そう思うでしょ?

 私は、同じ目標をも持ち、たまたま一緒になった方達と出来れば最初の出口まで一緒にたどり着きたいと思ってしまう性格です。お陰様で学友にも好かれています。だからまず自分がしっかりしなくては。
 

雑談

 私は、人に話しかけるのが苦手です。それが誰にでも簡単に話しかけられる人に出会いました。初対面の人に気軽に話しかけ雑談をしたり場合によっては協力してもらったり出来るのです。凄いと思います。

 そもそも私は、雑談が出来ません。雑談とは、その場を立ち去れば忘れてしまうようなことを話すことのようですが何を話してよいのかが分かりません。でも、雑談は人間関係を作るために重要のようです。

 人間関係を作ると言うのは信頼を得ると言うことです。そう言えば同僚が聞いてくれました「理解されていないなと思える人と最近話していますか?」の問いにも興味がなく「話してないよ?」で終わらせてしまいました。

 当然ですが私もその相手を理解しないままです。特に話しかけなかった理由も特になく雑談が苦手なだけだったように思います。どうも雑談が出来ると言うのは凄い事のようです。研究してみたいと思います。
 

学びが楽しい理由

 学校の先生が思い出させてくれたように確かに学ぶのは楽しいです。楽しいのですがこの楽しいという感覚、私の学生時代にはあまり無かったようにように思います。何時から、何故楽しいと思うようになったのでしょう?

 自分から勉強をしだしたのは、仕事に付いてからです。切欠は結婚を考える相手が出来、もっと安定した仕事に付こうと考え夜学に通いました。楽しいとは思いませんでしたが資格試験で一番上の級に合格した時は嬉しかったです。

 転職してからは良き先輩に巡り合い無知な私に丁寧に電機や機械設計、電子回路の見方を教えてくれ仕事の幅を広げてもらえました。楽しいと思ったのはこの頃からであり、仕事を任されるようになってからは足りない知識を積極的に学びました。

 今は、学びが私自身の自律を助けてくれることを知っています。どんなことでも私の糧になることを知っています。そして私以外の人が私の知らない経験を持っていることを知っています。私は学びによって成長していると感じることが楽しいのだと思います。
 

自己紹介

 とうとつですが、学校に入学し自己紹介をするにあたって「私は g-mon です」以外に紹介するものを思いつきませんでした。ですので改めて自分を振り返り大切にしていること2つを話すことにしました。

 1つは何故学習をするのか、もう一つは何故この学校を選んだかです。

 何故学習するかのキッカケですが、私の社員番号は23番です。今は400番を超え社員数も200名に近くなっていると思います。随分と大きくなったものですが当初は発展する会社にありがちな問題が噴出していました。離職者が多かったり人間関係がギクシャクしたりです。

 私も心を痛めました。そこで色々なところに勉強に行ったり本を読んだりしマネージメントを覚えました。マネージメントを一言で言えば”人を大切にすること”,”相手を認めること”です。離職者が減り人間関係も良くなりました。そして今、”人を大切にすること”,”誰かの役に立つこと”をもっと学びたいと思いました。

 この学校を選んだ理由ですが、皆さんも知ってますように教え方には2種類あります。文字で教えられるか教えられないかです。文字での教え方はマニュアルです。「いらっしゃいませ,お決まりですか?,ポテトはいかがですか?」多くの人が短期間で技能技術を習得できます。でも、マニュアルに無いことは学べません。

 もう一つは、講師が経験やカルチャーを言葉や行動で教える方法です。生徒は、やってみて考えてみて行動し思うことをのべ講師の評価を得、上手くいけば褒められたりアドバイスを貰えたりします。この教え方は難しく手間がかかりますが生徒に思いが伝わり想像力が付きます。生徒は学び続けるを覚えます。

 学校見学会に参加した時に壁に貼られている先輩たちの資料や案内してくれた講師の方のお話を聞き私は、この学校の先生方は自分の経験やカルチャーを教えてくれる方達だと思いました。それがこの学校を選んだ理由です。

 学習期間は半年、10冊もの教材を渡され内容の深さに驚き授業に付いて行けるのか不安に思っています。半年後に学んだことが生かせるようになるのか心配です。それでも今は一緒に学ぶ仲間たちと頑張ってみたいと思っています。
 
 さて、こんなんで自己紹介になるものなのか。学は楽しいです。とにかく前向きにです。

小さな変化

 毎日同じようなことをしているのですが実のところ毎日少しづつ何かが違っています。それに気付ける人は少しの変化を楽しみ理解し自分から変化のしかたを変えることが出来ます。

 例えば仕事で時々発生するポカミス。「まただよー、気を付けて」で済ます人の変化はごく僅かの修正が加わりますがまた同じような変化が発生します。何かに気付いていないのです。

 気付けると言うのは才能だと私は思っています。でも、この能力だけでは探偵さんになれません。問題を解決するためには考え調べ説明し協力してもらうことが必要だからです。

 人は、そのようにして社会を文化を作ってきました。私たちは、その人の集まりの中の一人です。一人の力はとても小さいのですが一人一人が小さな変化に対応し世の中を変えています。
 

偽善者

 高校に入ってサッカー部に所属した。それまで運動部に入っていなかったので筋肉痛で階段は手すりにしがみついてでなければ登れなかった。社会に出てから随分してからお世話になった叔父が倒れたので会社に許可を得て毎週土曜日に袋屋の手伝いをした。手伝い初めのころは体が悲鳴を上げ夜中に何度もあちこちが攣った。

 本当に辛かったのだけれども不思議と止めはしなかった。仕事をしていては精神的に追い詰められたことも悔しい思いをしたことも何度もある。でも”殺されることはない”と自分に言い聞かせ結果としてそれなりの成果を出してきた。だからキット私は自分自身の痛みには強い方なのでは?と思っている。

 自分の痛みの多くは自分が我慢し頑張れば良い結果に繋げられる。ところが苦しんでいる人、辛がっている人に対しては何もできないので出来るだけ考えないようにしている。毎月僅かばかりの支援をしている。機会があれば体を動かす支援をする。それでも世の中の辛いや苦しいは圧倒的に多く大きく私の心は太刀打ち出来ない。

 人のためにではなく自分の心のために誰かの役に立つことをしたい。たった一人の人間に出来ることはチッポケだと分かっていても何かしらをしたい。そう思うので何かできることを探し必要なことを学ぶ。偽善だとも思うのだけれどもそうしないと心が落ち着かない。だからそれで良いのだと思います。
 

必要な人

 社会に出て大きく変わるのは年齢の違う人と一緒に何かを学ぶ時間が増えると言うことです。学生時代は違います。基本同年代で集まり、一部部活などでもそれほどの年齢差は無く年齢の大きく違うのは先生位です。

 また、同じ学校内でしたら同じ校風ですが学校にも色々あり校風もまちまちです。しかし一校からしか社員を取らない会社は珍しく、長く続く会社では、年齢と経験差が大きい者が入り混じって同じ職場で働くことになります。

 したがって、年代や教育課程の違う人達の集まりが同じベクトルに向かう社風は、それぞれの会社内で作る必要があり。創業時は目標がハッキリしているので比較的容易ですが安定期から再発展期には難しい作業です。

 ここで必要な能力は対人力です。年齢性別が違っても見下すことがない。個を相手にするときにも全体を意識できる。己の無知を知り人から学。そして何より隔たり無く笑顔の挨拶が出来る。そんな人が会社には必要です。
 

人から学ぶ

 元同僚に言わせると「何かを学ぶ時にはね、そいつの頭にステンレスのストローを指してチューチューと吸うのが一番だよ。」とのこと、二人で大笑いしたものです。

 何だか気味の悪い話にも聞こえますが何かを学ぶ時の例えとしては、確かにそうだと思うところもあります。問題は学べる相手が側にいるかどうかじゃないでしょうか。

 他にも「人を育てるには難しい仕事を任せるのが一番。」とか「何が聞きたいのか自分で分かっていなくてはだめ。」とか思い出してみればなかなか面白いことを言ってました。

 彼の考え方,行動の仕方が上手く行った場合もあると思います。私は、人それぞれで時と場合があるを知っているので引き出しの一つに加えておくことにしておきます。
 

価値の増やし方

 ジュニア(息子)が流通経路を変えてコストが三分の一になった話をしてくれたので、私も過去に長い歯車をかみ合わせ金属板を波状に加工し平板と重ね丸めることでパイプの束の様なものを作っていたのを注射針を作るメーカーにお願いし長く細いパイプを作ってもらい束にすることで製造費を三分の一にした話をしました。

 その話を聞いてジュニアは「全然違う話では?」と言ったので「同じ話だよ」と返しました。

 コストは、商品そのものの基礎設計に始まり、お金の借り入れを含む材料の調達から在庫や生産量の管理,設備や教育を含む生産方法、そして保管や流通,サービス,アフターなど全ての工程で発生します。ですのでどこに着目し何を改善するかは自由であり、得手不得手はあるでしょうが全てを見渡すことは重要です。

 私が話すより材料の見直しは、VE(Value Engineering)関連の本を読むと参考になると思います。

 どこの何に着目するかを自分で考えるのは大切なことですが、人には固定観念があり難しい時もあります。ですので本を参考にしたり仲間の知恵を借りたりして絶えず価値の見直しをすることが長く企業が生き残る唯一の方法だと私は思っています。ジュニアは苦しくも楽しそうです。学ぶと仲間づくりは楽しいものです。
 

新しく始まる

 毎年この時期に新しい事を始めます。学校なるものに通っていた時にも会社に勤めた時も新学期はあるのです。社会に出てからの違いは、誰かが新しい学を用意してくれるか自分自身で学ぶを用意するかの違いでしょうか?

 うーん、今も学ぶを自分で用意するのは難しい、用意された学ぶを自分で選ぶか選ばないか、そんな自主性が増えると言ったところが本当でしょう。それでも毎年この時期からの何かしらの学へのチャレンジが私にはあります。

 私の学へのモチベーションは”誰かの役に立ちたい”です。その誰かは誰でも良いのですが自分の意志で決めその誰かの役に立つために必要になる目標を自分で考え目標を達成するための学を手探りで探し行動に繋げます。

 この方法、考え方を縁があった人には伝え仕組みも構築したりしてきたのですが、なかなか難しいようでもありました。人には個性がありますからそれはそれで良いのですが出来れば進む道を自分で決めたいと私は思うのです。
 

CMです。^^

 私が住む宇宙の誕生間もないころ。そう今から大体150億年前ぐらいの星にある元素は、水素とヘリウムがほとんどだったそうです。約45億年前、それ以前の星の成長と消滅で鉄などの重い元素ができ、更に重い星どうしの衝突で金が出来、地球の誕生に繋がったのでは、と言われています。

 それから随分といろいろあってアミノ酸,核酸塩基,糖などの有機物から植物に繋がり、私達人類500万年の歴史は、その植物たちの伐採や化石燃料を利用することで成り立っています。でも、ご存知のように植物の採取により砂漠地帯は増え燃料消費により二酸化炭素の放出,増加が止まりません。

 それはここ数百年の歴史で起こり例えばアメリカ内陸部の農業を支えているのは化学肥料と長さ700mの移動式散水機でありその燃料は石油です。ですから長い目で見ればエネルギーの変更が必要であり、その選択肢の一つが水素と自然(太陽光と風や波と雨)なのだろうとは誰もが気付きます。

 電気を溜める燃料電池や水素の生産方法には、まだまだ工夫が必要です。目先の利益には合わないのですが競争の理論から言えば先に開発に成功したものが生き残ります。先日急な雨で車のワイパーを使たのですが音が静かです。高速の風切り音も気になりません。私の車は「TOYOTA MIRAI」です。^^
 

幸せになりたい

 休日は、花曇り桜も六分ながらも良い花見散歩が出来ました。桜祭りの賑やかさに誘われてお酒や美味しいおつまみを頂き気持ちも少々大きくなったのか、連れへの気配りが足らず少々歩き回りすぎたのは、反省。私は気性が激しいので毎日喜んで反省し、なかなか忙しかったりするのです。

 何もないようでも毎日、誰でも何かしらがあります。それを幸せと思うか辛いと思うか何も思わないとか、人それぞれ色々ですが私としては何かしらを感じたいと思うのです。そして、まあ最終的には良かった良かったでまとめたいと思うのです。そう思うので少しだけ自分に変化を加えて行きます。

 明日の私がどの様な人に成っているのかは、私にも分かりません。ただ、出来れば人に優しい、褒められなくとも自分の中で良しとして今日を終われる様な自分でありたい。そのためには、多少は人の気持ちを理解できる、人に見られていなくとも行動できる人に成りたい。そんな風に思うのです。

 私が生を受けこうして考え生きていることは、この世界、宇宙が出来た、ここにある、と言うことと同じくらい不思議なことです。でも、私の認識の中では、この世界はここにあり、ここに私は居る。折角ここに居るのだからここで幸せになる。そう思うのです。ところであなたは、ここで何してますか?