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私のプライド

 以前、後輩に私の仕事の仕方を問うたら「パツンパツンに見える」と忌憚のない意見を言ってくれ感謝したことがありました。正直なところ女性にはもろさが見え隠れし理解できないところがあるのですが、男の場合は全てがプライド、見栄の塊で行動が決まるのではと思っています。

 引き籠りだって楽だからではなくプライドが許せないため表に出れない、そんな自分が嫌で誰かに当たってしまったりもする。それは、情けないけど男のプライドがさせるのだと思っています。そして私も周囲に対する責任感と言うプライドが邪魔して何時も無理をしていました。

 多分、私のプライドは死ぬまで無くならないでしょう。でも、行動は変わってきています。良し悪しは分かりませんが今の私のプライドある行動は周囲に対してではなく自分に対しての見栄であり誇りであるような気がしています。それに我儘な気性は変わりそうにありませんし。

 周囲からは変わらずパツンパツンに見えてしまうかもしれません。それでも楽しそうだと見てくれる人も増えるような気がしています。何故なら自分自身に対するプライドって意外に小さいんです。ですので周囲に対するプライドが減った分だけ心に余裕があります。良いことです。
 

仕事を自分のものにする

 もともとは、経理士を目指していたので企業会計には強い方だと思っています。過去に経験してきた製品設計にしろ資材管理にしろ生産設備の導入にしろ計画とともに損益計算をしてきました。私にとっては、それが「あたりまえ」です。

 ところが最近気付きました。私の周りにいた人達は、誰も損益のシュミレーションをやっていない。せめて丼勘定ぐらいはとも思うのですがそれさえもしない、出来ない?足し算引き算、頑張って掛け算割り算の世界が何故出来ない?

 多分ですが戦い方、考え方を知らないのだと思います。知らないことを思い付ける人は稀です。ですが現状がどうなのかを数字で理解しどの数字をどう変化させようかと思わなければ、仕事は何時まで経っても他人事だと思うのです。

 製品設計にしろ資材管理にしろ生産設備の導入にしろ何か問題が起こる前に数値を変えるために何をすべきか考える。それによりアイデアは生まれ、実行し結果を数値で捉えて初めて任された仕事が自分のものになる。そう思いません?
 

競争相手

 以前、総務部長より「あなたは成功者だ、地位と高い給料を得られるようになった。」と言われたことがあります。全員の給料が見れますから比較しそのように思われたのかも知れませんが、私は誰かと競争をした覚えがありません。

 数年前、社長にある役割を任せて貰えるようお願いしたのですが話かたが下手だったのか信頼が無かったのか任せて頂けませんでした。結果、会社に数年の無駄な年月と数億円の損害が出来、私が1年と数千万円で修復しました。

 地位と高い給料は得れたが会社の発展に必要な役割を任される信頼は得られなかった。総務部長の考え方を参考にした場合には、競争に勝ったのでしょうか負けたのでしょうか?そもそものルールがどこかに有ったのでしょうか?

 人の成長において競争は悪いものでは無くむしろ必要なものだと私は思っています。そして私は何時も自分と競争をしてきたと思っています。相手は社内やライバル企業では無く社会そのものだったのですが、伝わらなかったようです。
 

人の意見

 人を批判するのは簡単なのですが自分を見つめ直すのはなかなか難しいものです。そもそも自分には自分の知識と経験しかありませんし、どうしても贔屓目に見てしまうものです。

 ですので出来るだけ人の意見を聞き、理解できなければ責めてイメージが掴める程度には支援をお願いする。これしか無いと思うのですが耳障りが悪く逃げ出してしまうが常です。

 結局のところ恋愛と同じ。自分が好きで相手が好いてくれる時に初めて添い遂げられるのが一般です。自分に聞く耳があり奇特な友人に巡り合えなければ見つめ直すなどとても。

 自分に意見してくれる人は老若男女を問わず大変ありがたいのです。言っていることが間違っていると思えば反面教師にし、なるほどと思えば行動を変える。大事にしなくてはねぇ。
 

幸せの掴み方

 食事や移動の手伝いなどのサービスを提供する人が頑張っていたり誇りを持っていたりする場合には、サービスを受ける側にも思いが伝わります。結果、笑顔を返したりこちらの対応も丁寧になったりします。それが自然だと私は思います。

 でも、それを自然と思わない方もいるようです。サービス業に限らず自分の仕事を頑張れず、誇りを持てない方は不幸です。また、折角の思いを受けても”あたりまえ”としか感じられず些細なミスにも腹を立てる人は、不幸だと思います。

 これらの感覚差は、何から生まれるのでしょう?それは視野の広さであり、経験の差でもあると思います。苦労をして何かを得、誰かにそれを認められた経験のある人は、他者のそれを同じように感じられ共感から良い関係を築けます。

 また、それを経験のない人に伝えることが出来ます。伝えられても心狭い人は、それを受け入れないでしょうが多くの人は理解し周囲を丁寧に見るようになります。丁寧に見れれば自然と視野が広がり笑顔を返せるようになります。それは幸せなことだと思います。
 

悪意のない悲劇

 本人に悪気はないのかも知れませんが力による解決しかできない人が居ます。まず、思い付きで直ぐに行動してしまいます。行動することが重要であり巻き込む人に対しての説明を重要とは思いません。何故を問われても行動の理由を上手く説明できず逆に何故理解できないとばかり相手を見下します。そして失敗を認めません。

 その人が力による解決が出来る立場に居ると言うことは過去に幾つかの成功が有ったのだと思います。ただ私の記憶では当時のその人はもう少し弱弱しく人の協力を得るために下でに出て協力を周囲に求めていた様に見受けられました。それが命令できる立場に付いてからは見られない。相手を見て対応を変えてるのでしょう。

 ようは経験不足、規模の大きいマネジメントを教わるチャンスに恵まれなかったのです。ですので自分の存在を維持するためには自分が何か行動するしかないと言う切迫感の中での思い付きにすがり、信頼を得ていないと気付かないまま声を荒げれば事は進という過去の経験(パワハラ)が自分の安心を守る唯一の方法なのです。

 その方が気付かず周囲もそれを正せないのであれば、その部分の生産性は改善されません。それでも会社が回っていくのであればその時はそれで良いのです。可哀そうと思うのは次の世代の人達と言うことになります。間違ったマネジメントしか知らない人が正しいマネジメントを実践することが難しいからです。会社は潰れます。
 

再会

 私の定義が正しければ、2週続けて仲間達と楽しい時間を過ごせました。2週続けてと言っても別なカテゴリに分かれる仲間達であり、それぞれの面識はありません。それぞれの一時期に違った何かを追いかけ笑ったり苦労したりした仲間達です。

 仲間は、それぞれに自律していなくてはなりません。仲間は、何かのテーマに対して同じ様な価値観を持っていなくてはなりません。仲間は、お互いを認め合った上で切磋琢磨出来なくてはなりません。ですので仲間は、なかなか作ることが出来ません。

 仲間と言える相手から学んで来たものは、生き方そのものでした。その時々の自分の行動も仲間と話している内に決まっていきましたし、自分一人になった時にも仲間と過ごした経験がこれからの自分の進む道を決めてくれているのです。

 楽しかった時間を振り返って思うのは、「まったくもって個性の強い人逹だなぁー」と言うことです。それぞれがそれぞれの生き方を持っていて決して譲りません。でも、知らず知らず互いの影響を受けて成長しているのでしょう。それが仲間です。
 

残念なこと

 今一番悩んでいるのは「私とは違う思考の仕方をする人の気持ちがうまくくみ取れない」ことです。例えば「移動に車いすが必要な方が必要としない人と同じようにバスや飛行機などの乗ることがなぜ悪い」と言われる気持ちになり切れません。

 そのことが悪いことではないし手伝おうとも思うのですが「私なら諦めて家で過ごすのだろう」と思ってしまうのです。でも、皆がそうでしたらバリアフリーの駅や施設は生まれないだろうし結局多くの人のチャンスを摘み取ることになると思います。

 同情ではなく自分事として違う思考の仕方をする人の気持ちを考える能力。それは何も環境の違い見た目の障害だけに限ったことではなく、人を思いやることが下手や知らずに人を傷付けてしまう人についても同じく気持ちがくみ取れません。

 気持ちがくみ取れなければ、相手の理解範囲での会話の準備や興味を持つ話題が理解できず話すべき物語の構成も出来ません。私に気持ちを汲み取る能力がもっとあれば、少しは世の中の役に立つ話が出来るようになるのに、残念です。
 

安心って何でしょう?

 小さな子供と同じ時間を共有し思ったのは、一緒に遊べばもちろん、ただ側にいてあげられる時間だけでも子供に安心を与えることが出来る。それはモチロン信頼関係が出来上がっていてのこと、それが一番大事で一番大切な安心だと思います。

 自分一人の力で成長していると思い込んでいる青年時代においても、周囲の信頼に助けられ見えない安心があるから、思う通りに真っ直ぐに歩いていける。大きな安心をくれるのは、良き先輩であったり友人で会ったり伴侶や子供であったり。それが成長の糧になるのだと思います。

 ただ、安心は求めて得れるものでも無いような気がします。何故なら毎日を楽しく生きることなくして不幸を人のせいにし生きるのであれば、求める安心の形は、甘えでしかないように思えるからです。欲すれば得られず、自由に生きれば自然に寄ってくるのが安心なのでは?

 ダラダラ生きるもよし、飽きたら勉強を始めるもよし。私には私のやりたいことがあり、ときには何もしたくない時があり、そして自然と役割が回ってくる時があります。その時々に自分を、他人を受け入れることが出来れば信頼は、安心はそこにあります。そんな風に思うのです。
 

おとぎ話

 結局のところ自分勝手にしか生きられないのですが、触れ合った人の影響は自分勝手と言えないほどの何かが有ったりすると思います。そう、人の多くは何時も不安なので誰かの正しいが心の拠り所なのだと思います。

 例えばの話ですが、男が初めて子供を得た時には、子よりも誰かが生き残るための餌を得ることに意識が向くように出来ています。女も基本同じなのですが、子を守るために餌を得に行きにくいため餌を持ってくる男を頼もしいと思います。

 時代は変わりました。男の能力格差は昔からあったのですが幅が広がりました。多分、そろそろ地球から出て行く準備が必要なのだと気付いたのです。それだけの富と知識の集中が必要だと誰かが思っているんです。

 おかしい♪話が飛び過ぎですね!未だに古い男なので餌を見付けて舞い上がっているのかも知れません。人は烏合の衆団です。それが集まって宇宙船を作ります。今の私はその燃料になり燃え尽きることを望んでる?まさか(笑
 

悪の世界

 南都!驚いたことにジュニア(息子)の家に泥棒が入り、お金と思い出の貴重品を盗まれてしまいました。殺人や放火などに繋がらなくて良かったと言えなくもありませんが、何よりもは思い出の品のようです。

 早朝より連絡があり一日お手伝い。子供の面倒や免許書の再発行に連れて行ったりで本人達とは違う緊張感でしが、何とか警察の見分や手続き、クレジットの停止その他一通りが出来たようです。

 泥棒。悪い事だと犯人は知っています。家に侵入するときは怖かったのでは?初犯でしょうか?相模原警察の方の話ですと前回犯人を捕まえた場所は兵庫県だったとのこと。

 争いも犯罪も無くなりません。疑いや過ちは数知れません。過激に走ってしまう理由は何なんでしょう?心の弱さではありません人格のバランスと教育なのだと思います。悪もまた相手合っての事ですから。
 

プロ

 INSIDE TOYOTA #1 豊田章男からのメッセージ ~”自分”のためにプロになれ!~
 動画へのリンクです、音が出ます。

 プロって何でしょう?個人的には自律している人のことだと思うんですが。技能ってなんでしょう?色々あるんでしょうが生きるすべでもあり他人を幸せにするものでもあると思います。一人前と言われるようになるのは大変です。

 こんなところで「過去と他人は変えられない、自分と未来は変えられる」なんてよく話していたフレーズが聞けるとは思っていませんでした。私の考え方も”間違ってなかった”なんて思えて嬉しくも感じました。私も語りましたから。

 仲間達に「この会社以外でも働ける実力をつけてください」とも話しましたが私は会社が好きでした。ただ、仲間逹がそうであったかは、今の若者ですからクール?先輩逹が冷めていた様に少し違ってたのでベクトルは揃わない。

 誰にも幸せになって欲しいのですが個々の幸せが何かは個々が決めます。ですので私以外の未来がどうなるのかは、分かりません。私も私に出来ることをもう一度別の角度から磨いてみたいと思います。熱いもの、頂きました。
 

変われます?

 今年や来年と言うサイクルで物事を考えると変化は少ないのですが10年20年と言うサイクルで将来を考えると劇的な変化が起こっています。そして変化の速度は今も加速中なのです。

 中国清の時代に職人親子3代が100年にわたって彫り上げた「象牙透彫雲龍文套球」は有名です。日本では江戸時代に職人の分業が進み明治時代には産業革命が学ばれ都度社会構造が大きく変化しました。

 家の外に出なくとも多くの事が足りるように成っているのは皆さんもお気づきですね。自動車の自動運転化は間違いなく到来するでしょうが人は今より多くの時間を家の中で過ごすようになります。

 大きな技術の変化は難しくなく予測可能です。でも、それによって引き起こされる社会の変化は予測が難しい。なぜなら政治や教育、人の変化が段々と技術の変化に付いて行けなくなっているからです。
 

ブラックな仕事

 その仕事に対し「やれ」ではなく「任せた」と言われれば多くの人は「やる気」になります。

 先日の飲み会に向かう道でボックスを引き路上でケーキを売り歩く青年に会いました。ちょっと話を聞けば売り方を勉強して将来一人立ちするそうです。数年前に流行った果物を路上で売り歩く商売と同じかな?と思いました。

 仕組みはこんな感じです。『短時間で高収入の広告を出す・イケイケの社長が居て商売の魅力を話す・自分の名刺を渡され仲間達を紹介される・飲み会で先輩の話を聞き盛り上がる・現地集合ワンボックスでミーティング・果物を渡され売り切るまで売り歩く・擦り切れて社員が辞めていく・品物を変え広告を出す』

 社長に必要なものはビジョンを語れる能力です。他の力は他から借りるとしてもビジョンだけは作れなければ他に代わるか会社をたたむしか方法がありません。逆に嘘のビジョンでも熱く語れれば経験の少ない人は付いて行こうとします。そして若い時期から経験のある人は少ないのです。

 会社が小さいうちは競争に勝つための過酷さがあります。ある程度大きくなってもビジョンを作り続ける難しさがあります。それでも100年以上続く会社が日本には沢山あるんです。そこにはビジョンと人を大切にする文化があります。

 経験を教えるのは難しいのですが、今後の教育は『考える力を育てる』に力を入れるべきです。
 

集まり

 久々の呑みオフでした。約束の1時間前には呑みだして終電過ぎまで呑んでいました。楽しかったんです。

 趣味で知り合った仲間達ですので年齢性別はもちろん趣味以外の生活環境、そして個性がまるで違います。

 だから気が合うのでしょうか?だから気が合わないこともハッキリ言えるのでしょうか?趣味は心が広がります。

 趣味の集まりが終わればそれぞれの環境に戻っていきます。個性は変わりませんが表現は変わります。面白いですね。

 それぞれがそれぞれに。でも、どこかで繋がって。また、ですね。おつかれさま。
 

アドバイス

 自信がない人が居ます。そんな人に出会えば自信がない訳を聞いて自信が付く方法を伝えます。適切なアドバイスが出来る時もありますが私自身に経験が無ければ、似通っていると思える他の経験へ置き変えて話をします。確認のために時間を掛けて聞き繰り返し考え話す機会を得ても半分位は適切なアドバイスに繋がりません。

 人は多くの事を比べて生きています。多くのものを持っている人を羨ましいと思います。そんな時に自分はどうすれば多くのものを手に入れられるだろうと考えられる人は幸いです。早くから多くのものを手に入れるには学ぶ事が大切だと気付けた人は幸いです。多くの人は何となく生き、気付いた時には多くを持たない自分を悲観します。

 怒りは重要です。行動のエネルギーになるからです。大切なのはエネルギーの方向を他者への攻撃に向けるのではなく自己の成長に向けることです。幸せも悲しみも全ての感情は行動のエネルギーになりますが怒りのエネルギーに比較すると爆発力が足りません。自信がないから脱するには自己への怒りが必要だったりするのです。

 怒りを身に着け自身が羨ましいと思うことを手に入れることへ集中しましょう。切欠が掴めなければ調べましょう相談もしましょう。怒りが継続する限り、もがき続けれ知識が身に付き人の繋がりができます。階段の一段一段が見えてきます。小さい最初の一段を強く意識しましょう。最初の一段を登り切れば最初の自信を手に入れられます。
 

指導力

 人はそれぞれがそれぞれに生きてます。基本、相手の気持ちは分かりません。それに気持ちと言うものは日々、いえいえ時々で変わるものですから相手の気持ちを推し量るのは、今この瞬間においては難しいのです。

 人はそれぞれですが周囲の人のベクトルを幾らか揃えることは出来ます。揃えるには共感出来る目標の設定をすればいいのです。分かりやすいものはマネージメント手法、大味なのは政治や宗教の手法で設定します。

 人は生きていますから何かしらの不安を抱えています。生きるというのは難しくないのですが脳が難しくします。その方が人類種が生き残る可能性が高まるからです。死にたいと思う人から新しいものは生まれません。

 そう考えると目標を設定できる能力と言うのは、価値を生み出す基礎だと言えます。続けて必要なのは目標の達成方法を具現化し人に説明出来る能力です。能力があれば人の生き方を揃えることも出来るでしょう。
 

私に出来ないこと

 どんなに素晴らしい歌声を持っていても、素晴らしい曲と歌詞、それと運に出会えなければ、その歌声は世に、多くの人を幸せにすることは出来ないと思う。

 でも、本当に素晴らしい歌声は、何もないところから奇跡を生み出し、素晴らしい曲と歌詞、そして運を引き寄せ多くの人を幸せにすることが自然と出来る。

 私は、それを持っていない。

 でも、(今思い出した!この書き方は私の大切な同僚が好きな書き方だ、笑)私は、私の思う真実を言葉にすることが出来る、私だけの才能を持っています。

 思い出したくないことは沢山あります。でも、沢山の辛かった事あっての喜びが私にはあります。それで足りると思える私は、やり直したいとは思いません。
 

悩み相談

 そろそろ退職する知人が「趣味もないし、何をするんだろう」と退職後の生活を不安がっていた。個人的には好きなことをやればいいと思うのだけど困ったことに好きなことが見えないみたいです。

 そう言えば先に退職した同僚は「工夫しながら遊び関連の友達を作り楽しくやっている」と言ってました。人それぞれ自分に合った生き方しかできません。合ったが分からなければそれも生き方。

 そもそも「第二の人生を楽しんでください」などと言う人がいるから厄介になるんです。そりゃあ生きているなら色々ありますが普通一人の人には一つの人生しかありません。それを大事にしましょ。

 先のことは分かりません。何が起こるか分からないことを不安がっていても仕方がありません。ただ言えるのは先は今の延長線でしかないと言うことです。ならば悩むも含め今を楽しみましょうよ。
 

しつこい性格

 自分で言うのもなんですが多分私はサッパリした性格です。大体のことは気になりません。サッパリなんですが私は妙にしつこい性格でもあります。そう気にならなければいいんです。気にならなければいいんですが困ったことに一度気になり何となく始めてしまったことは何時までも続けてしまうんです。

 ただ、しつこいからといって長い間没頭している訳でもありません。気になることが頭の中に幾つか何時も漂っていて家でも遊びでも仕事でもアンテナに引っかかると暫くの間集中する感じです。少し前は数学が面白く小学校から高校の半ばまで復習をしました。数学の途中で化学に関連した問題が幾つか出てきて今はそちらの脇道にチョット入ってしまいました。

 で、昔軽く流してしまったリニアライズの計算式を思い出して電子回路の方にも行くのかなって思っています。何かに興味を持つと言うのは、ある意味それ以外に興味を持たないと言うことでもあります。ですので私は見ようによってはサッパリしていて見ようによってはしつこいのだと思います。でも、目立つのはサッパリより、しつこいかな(汗
 

探し物

 新しいこと画期的なことを思いつけたことは無いのですが誰かの思い付きに何かを付加して形にするのは得意です。どこが違うのでしょう?新しいことや画期的なことを思いつかなくてはならない必要性が無かった。誰かの困ったを何とかしたい気持ちにはなった。そんな違いかな?

 子供のころ新しい遊びを思いつくのが上手な子がいました。羨ましいなーとは思いましたが私には物まね以上の思い付きは生まれませんでした。残念ながらボーッと生きてたんじゃ思い付きは生まれないんですよね。何か面白いことが無いかと言う思いと何かの切欠が必要です。

 本が好きです。読んでいると夢中になります。小説などですと簡単に本の世界に入り込んでしまうのですがビジネス書だと少し違って現実の中でどのように活用しようかと言うイメージが生まれます。どうすれば本が書けるのか考えてしまいます。何か面白いことと切欠が必要?

 私にとっての面白いことは人です。人は不思議ですよね。新しいことや画期的なことを思いつき実現するだけではなく悩んだり苦しんだりボーッとしたり。私自身を含め人はとても面白いと思います。だから人の何か面白い新しいことが思いつけないかなーと思い切欠を探してます。
 

行先

 ちょっとメールの設定に不備が出たようですが頑張ってくれたようで昨日は改善されていました。教え方の不備不足に付いては後ろめたい部分もあるので少しばかし安堵しました。良かった。

 私は、その時々で正しいと思うことを行うようにしていますが結果として思い通りに事が運ぶわけでもありません。何も考えず結果として自分が正しくないと思う方向に流されるのが嫌なのです。

 ただ多くの事は、時が経ってから”ああすればよかった””あれが足りていなかった”と分かるのが普通です。人が思い考え出来る範囲などは知れていますから、その事は諦めるしかありません。

 それでも運が良ければ自分以外の誰かがその事を何時か修正してくれる可能性が無いわけでもありません。それはお任せいたしましょう。そして私は相変わらず正しいと思うことを行うだけです。
 

ちょとした出会い

 展示場でチョット興味があった設備があったので眺めていたらどこからか人が現れ「操作など分かりませんか?」と声を掛けてくれ、その後あれやこれやとても親切に教えてくれました。

 好感が持て幾つか考え付く質問もしてみました。買う予定なんて無いんですけど真剣なので立ち去りずらくなってしまったのです。何でも一生懸命な人を見るのは気持ちのいいものです。

 ベテランに成れば足りる以上のサービスをしないかも知れません。それは、双方にとって良いことかも知れませ。でも、こちらに少しの余裕があるならば、頑張っている方にお付き合いするのも悪くない。

お陰様で私は気持ちよく知りたかったことが聞けたし説明してくれた方の顔も何となく満足げに感じられました。頑張って、私も頑張るから。そんな出会いを頂きました。

 

計画的に

 計画性のある方でもないのですが何となくの夢や希望があるので何となく夢や希望に沿っての行動が始まります。無理をする方でも無いのですが夢中になってしまう方なので後になって気付けば無理をしていたのかな?と思う時もあります。

 普段はものぐさで出来れば何もしたくない性格なのですが何となく気になったことを何となく初めても意外に続く方なので何となく形になって行き嬉しかったりします。そんなことの繰り返しが日常なので何となく今が楽しいと思えるのだと思います。

 私にとっての夢や希望は”人に優しい人になりたい”です。でも、大きなことは出来ません。自分自身が潰れてしまうことを知っていますし小さなことで喜べる性格であることも知っています。何となく気が向いた”人に優しい”ことを長く続けたいのです。
 
 お陰様で大きく道を外すこともなく今も多少の苦労で夢や希望に近づいている気がしています。様々な経験がここに繋がっている。この先もキット振り返っては、そう思うのだと思います。結局のところ計画性とは夢や希望を持つことだと思います。
 

王さまの判断

 トップの中にも自分が正しいを押し通す人がいる。小さな成功を大げさに言い、失敗を成功と言う。お金の力と方便で指示を維持し立場を守るに躍起になり大義をないがしろにし結果として多くの人の利益を減じる。

 自分の発した言葉や行動がすべて正しいなどと言うことはあり得ません。失敗は成功の基と言いますが失敗を認めるところからしか成功は生まれないと私は思います。身を守るのに多くの神経を使っていては新しいことは生まれずらいとも思います。

 結局のところ生き残るための変化を起こすには人が変わらなくてはならないのでしょう。自分から気付けて変われる人は稀です。物理的に人が変わるか消えるか、国(組織)そのものが消えてしまっては困るので周囲はハラハラです。

 ハラハラはしますがトップ以外は次のトップにならない限り気楽です。失敗を指摘されるチャンスもあるので一部の人は気付き変わることが出来ます。そもそもトップに成れる確率は低いです。折角のトップならば好きにやるのも良いのでは。
 

犯罪者

 性善説と性悪説、人は多面性を持っているのでどちらの説も正しいと思う。ジキルとハイド、人格をそんなにキッチリ分けられる人は少ないんじゃないかな?一人の人の中には何人もの人格が備わっていて瞬間で入れ替わるのだと私は思う。悪しき人格は誰でも持っている。

 人格は経験の中で整理されていく。逆に言えば経験の少ないうちや経験を出来る環境に巡り合えない人は人格の整理整頓途中であり悪しき人格が普通に出てきてしまうのでは?などと想像する。そうであるのであれば悪い行動がひょっこり出るのも自然のことだと言える。

 悪い行動、犯罪を犯してしまった人の再犯を減らすためのプログラムと言うのがある。再犯者の人数はなかなか減らないようだが「仕事」と「住居」を手に入れられた人の方が再犯が少ないと言う事実は経験が積める環境が用意されたことを意味するので、もっともなことだとも思う。

 犯罪に絡まない方向で目的と目標が見つけられれば衝動的に犯罪を犯してしまう人格は表に出ずらいと考える。今日の教育は自分で自分の目的や目標を見付けられるようになる教育に変化している途中だと思う。そういった教育を受けた人か社長や上司になるのは今少し先になる。
 

転職

 どこから話たらいいのか、転職の話です。私ではなくmomoさん(嫁)の付き合いの長いネット友達、職業はSEです。Sさんとさせてください。私の話したいのは、職場の中からはその職場が良いのか悪いのか判断できないという事例です。

 Sさんは、少し頑固な真面目な方、会社の指示より仕事そのものを大切にします。例えば、以前の彼の上司は休日のトラブルに対し「休みの日に連絡してくるな」と言ったそうですが、彼は休日のHELPに対し丁寧に対応することが出来ます。

 Sさんは勉強熱心、後輩も丁寧に指導します。ただ後輩さんの方が賢かったようで知識を得、条件の良い会社に移り、そこで高いスキルを認められたそうです。良い会社の上司「君のような高いスキルの人はもっといないものだろうか?」

 後輩は直ぐにSさんに声を掛けました。「先輩の会社は先輩の価値を認めていません、認めてくれる会社に移りましょう。」Sさんは会社を移り彼の価値を分かる会社で今働いています。人を大切にしないと仕事の価値なんて見えてきません。
 
 特にSEの仕事は比較的新しいので価値が分かりずらいのですが利益に大きく影響する仕事になりました。ただ、言えるのは仕事の内容に関わらず本当に人を大切にする会社だけが自分の会社の価値を作れると言うことです。そんな話です。