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さて、始めるか

 ローカルにあるデータを上に上げようとバックアップの実験失敗、回路を使い過ぎたので勝手にAWSに怒られました。ついでに一か所サーバーでミス、やっと復旧し今に至ります。

 朝一でやるはずだった月次更新処理と1台PCの復旧処理が始められます。外部ネットワークに繋がらないと出来ない仕事が幾つかあります。だれだ!こんな環境にしたのは!!

 私です。 orz
 
 今は完璧、スコスコ繋がります、嬉しいなー。でも、一人でバカみたでもあります。
 

遊びこそ真剣に

 朝6時に家を出て深夜0時に帰宅、よく遊びました。会社の同僚を連れて久々のデズニーランド、彼は3年前にインドから来日し社員として勤めだしました。去年はデズニーシー、今年はランドです。

 アトラクションが10でショーが2つ、エレクトリカルパレードを見て遠くからですがシンデレラ城での何とかマッピングと花火、よかったです。遅い朝食も夕食も中で食べ1つを除いて戦略通りの1日でした。

 その1つは、行の渋滞。去年もそうだったのに凝りません。後30分早く出ればいいかな。来年も行くかどうか彼に聞いてみて行くなら一工夫しましょう。失敗は次の糧にする。遊びだって(遊びこそ?)真剣です。

 部下が部署内会議招集をしておいてくれました。同僚が他部署との会合日程調整をしてくれました。会合以外の私自身の仕事も山ほどありますが頑張ればどれも誰かの役に立ちます。仕事だって真剣です。
 

戦況はまずまず

 月1主力部課長による会合も45回目、「イノベーションを起こせる環境を作る」までの目標会合回数は後15回、順調だと言っていいでしょう。

 同じく月1回開催される品質を学ぶ課長係長の会合、次期リーダーを育成する主任係長の会合、それぞれの主催も上手く運営してくれてます。

 今回、順番に下のクラスの面接を行い状況を確認しました。結果、幾つかの部署ではコミュニケーションが足りずフォローを行うことになりました。

 私の部署も第三者にお願いし面接をして頂きフォローを継続することを再確認しました。お互い学びあい助け合う。フレームワークが見えてきました。
 

バカはバカなりに

 多分私はザックリとした性格なので仲間達のアドバイス、フォローが大変助かります。多分ですが余裕が合っても細部に気を配ることは出来ないだろうし前倒しで終わらせて置くことも出来ないでしょう。

 今やっていることの設計図は出来上げっています。ですので粗方の準備を進めて置くことは出来ると思います。ただその時間があるのであれば、今作っているフレームワークを機能させる設計図を書きたいのです。

 出来たフレームワークには保守も改良も必要です。新しく出来たフレームワークを使い熟せる環境を整えた上で違うフレームワークへ移るための変革も必要です。この部分は構想が少し出来てきた程度です。

 悩ましいのは、ニューロンとディープラーニング、いったいどういう風に考え付くのかがサッパリ分かりません。それとあの繰り返し考えると言う数は減らせないものなのか?私は何とバカなのか、だから頑張る。
 

戦略、環境(資源)を整える

 戦略に付いてまとめてみました。

 一般に「戦略とは特定の目的を達成するために、長期的視野と複合的思考で力や資源を総合的に運用する技術・科学である。」とされています。ここでは、力を「自身の持つ求心力」と捉え資源を「変化する環境」として捉えてください。求心力とは、あなたと一緒に行動してくれる仲間の信頼を得るための、あなた自身の行動を指します(求心力については第3部にて学習します)。環境は、資源の集まりです。資源は「人・物・時間・知恵・金」に分けられます。これらは相互に関係していますが、おのおので確認していきましょう。

①人:自身の役割を中心に「報告をする相手」「協力して進める相手」「役割を与える相手」「外部から支援を受ける相手」に分類し目標に対して現時点において、それぞれが「必要な能力を提供してくれるか」に付いて「出来る、出来ない」で判断します。

②物:物とは量を補うための仕組み全体のことを指します。目標量を達成するために「必要な量を処理する能力」が物自体に「あるのか、ないのか」を判断します。

③時間:私達は既に定常業務を持っています。仮の事業計画は改善業務に当たりますので「定常業務を一定量削って使用」しなくてはなりません。目標達成期日「ゴールの設定日までに使える時間」を積算します。

④知恵:イノベーションには、あなたが持っていない知識と経験が必要になります。初めてこの会社に勤めた時と同じ気持ちで接しなくてはなりませんが、違いもあります。それは「周囲に仲間がいる」と言うことです。知恵の量は、あなた自身の「努力と協力してくれる仲間」達によって決まります。

⑤金:金の計測方法は費用対効果です。金は、置いておいても生産をしませんが借金をすれば金利が付きます。また「物、時間、知恵」は工夫次第で金で買うことも出来ます。使った時と使わなかった時の「結果を時間軸で積算」し比較します。

 以上が資源として「人、物、時間、知恵、金」を捉えた時の考え方です。環境を整えるとは、この資源の各項目を目標に対し何と何を組み合わせ、何を補強し、何を切り捨てるか(複合的思考)を与えられた時間軸内(長期的視野)で組み立て戦略としてまとめて行く作業のことを指します。(金で人は雇えますが金で自主性は買えません)

 敵を知り己を知る。目標を見極めて持っている資源を確認する。次に勝つためには、どの様に環境を変化させていくかを「何を強めどの時点で何を保管し何を達成させるか」を決める作業が「戦略を立てる」です。ここで立てた戦略は、仮の事業計画に記されます。 なお、上位職責に置いては「人:敵対する相手」「物:地の利」などが加わります。


 私なりに、まとめてはみましたが、上手い表現ではないとも思いました。今の私はこの程度です。が、賢い仲間や後輩たちに伝えたところ、それなりの理解は得られたようです。これで次の世代に残せます。残れば彼らがまともなものに変えて行ってくれるでしょう。私の役割は、そこまで。それで十分満足です。
 

相対性理論

 時間は一定ではない。地球の表面で生活している私達と高速で宇宙を飛び回っている何かと比較すると時間は同じではないそうです。高速になればなるほど遅くなり光の速度を超えると逆転する?それはまだ確かめられていないようです。

 私も性分に合わないことを我慢している時の時間は周りの変化が遅く感じれますが集中して何かをしている時とボーッとしている時の時間の流れは速いです。そして集中している時の方が何かを成し遂げる時間が数倍速いです。ボーッは、幸せな時間です。

 時間を有効に使うと言うのは、どのように解釈すればいいのでしょうか?有効に使うと言うぐらいですから有効でない時間があると言う事です。私の性分に合わない仕事は、どう考えてもその手順では成功しないことを実行する時間のようです。

 逆に言えば分っていなければいいのです。成し遂げる量が少なくとも気にせず無邪気にその仕事に取り組んで終わる。その繰り返しでしたらボーッとしている時間と同じカテゴリに持って行けます。会社の動きは遅くなり周囲に対し早く朽ちます。
  

リスク管理

 システム全般の仕事をしていて、生産を止めてしまった時のリスク、顧客にダメージを与えてしまった時のリスクを考えるとゾッとする。サーバーのハードディスクに余裕はあるか、踏み台にされて外部におかしなメールを送っていないか、システムの改善にきりがないようにリスク管理にもきりがない。

 リスク管理も起きてしまった時にどのような被害が出るか想定できれば取り組みも要領を得たものになる。逆に意味を理解していない者が毎朝型にはまったサーバーの点検を行ったとしても枠を外れた小さな変化に気付くことはない。小さな変化に気付かなければ報告も対策もなくその日は訪れる。

 このことを上手に部下に伝えて行こう。仲間達には、仲間達はどう思っているのだろうか?与えられた役割が抱えているリスクに対し私と同じようにゾッとするような思いを感じているのだろうか?自身に与えられている役割が何なのかを一段高い位置から見えていれば、リスクに気付けていると思う。

 昔、私の担当しているシステムの仕事はなかった。多くの失敗と困難の先に今のシステム全般の仕事がある。だからリスクの認識も社長をはじめ会社全体に薄いかもしれない。リスクを気にかけながらシステムを使ってほしくはないから全部で無いとしてもそれでいい。守れる体制を部下と創るから。
 

戦況を変える

 企業人になり数年が立つと新しい仕事を任されるがチャレンジする時に恐れを感じる人は少ない。実のところ新しい仕事に関して考えれば、初めて会社に務め始めた時と同じ程度にその仕事に対しては無知なのである。それなのに多くの人はそれをあまり感じている様には見えない。

 理由の一つに任せた側の意識がある。中小企業に勤める上級管理職者の多くは何を任せたのかさえ意識せずに役職を与える。「自分自身が今までやってきたことさえ継承すれば良い」程度にしか考えていない。そもそも自分自身が次に何をチャレンジすべきかも見えていない。

 負の連鎖は断ち切らなくてはならない。断ち切るには全社員がレベルに合った目的を共有し明確な目標を持たなくてはいけない。それなくしてイノベーションを繰り返し起こすことは不可能に近い。大事なのは目標に対する課題が見えていること。敵を知り己を知ってやっと勝てる。

 ロジックは難しくない。戦略を確認し戦術を立て何を言われても愚直に行動するだけである。愚直に行動するには深く考え戦況と見比べ絶えず戦術の変更を行わなくてはならない。数年と言うサイクルで周囲の様相が徐々にそして大きく変わっていく様を見るのは気分が良い。
 

自主性と目標

 自主性、部下達はこれを持ち出しています。つまり何のために何をやっているのかが分かりだし、結果仕事の段取りが自主的に組め出しています。

 それは凄いことです。何故凄いと思うかと言うと入社数年の部下達と周囲のベテランを比較すると自主性が薄いと感じる方が結構多いからです。

 ただこの自主性と言うものは少々厄介で立場や環境が変わると何のために何をやるべきかが見えなくなってしまう場合があります。例えばその職責を熟す教育を与えないで職に付かす。今までの経験を応用できれば宜しいのですが一段上の仕事は難しいものです。

 結局のところそのまた上の方の能力が低いのです。何の能力が無ければ何が達成出来無いと言った当たり前のことでも経験がなければまったく理解できないのも当然なこと、上がまず学ばなくてなりません。

 幸いなことに私がこの先部下を育てるだけの能力が無いことを知ってます。知っていますから学びます。この会社全体の状況とこれからの社会を想像し何を学ぶべきかを都度探してきました。

 自主性の薄い方は目標を見失ってしまっているのでしょう。それと違って部下達は目標がハッキリ見えているのでしょう。何年か先には部下達が目的をハッキリ見えるよう一緒に学びたいと思います。
 

遊び気分

 お節介の性格のなので人の役に立つと思えば頑張ったりしますし独り立ちしてくれれば嬉しく思いそっと離れます。ところがところが仕事以外の自分のこととなると途端にいい加減、やるべきことがズルズルと。

 そこで10月は遊びの予定も幾つかあるのですが、基本は検診を受けることに集中してみたいと思ってます。大腸、眼科は医者から指示されており他に脳ドックと一般検診、まとめてやってくれるとこ探してます。

 あ、少し嘘があります。チョコット探してほってあります。ここに問題があります。自分のためにが後手後手になれば結局誰かに迷惑かけます。ここは本気になって計画を立てる。と思うんだけど直ぐに忘れちゃう。

 しょうがない仕事の予定に組み込もう。毎日チェックするし遅れているのも分かる。いいのかどうか段々と仕事と遊びの区別がつかなくなってきている。仕事が楽しいから遊び気分、それでいいのか?いいんだろう。
 

順調です。

 議事録やフローチャート、部下達からの報告が上がってきます。確認しながら随分と成長したと嬉しく思います。少しだけ手を加え次の指示を出します。上手く回っていると思います。

 製造には製造の、技術には技術の、営業には営業の、そして品証や総務にもそれぞれの役割に沿った能力が必要です。それではシステム屋に必要な能力は、なんなんでしょうか。

 それはやはり人と人を繋ぐ能力なのだと思います。ですので基本情報には正確性が要求されます。ところが気付きを与える情報には曖昧さが要求され、省くのは手間だけになります。

 情報の整理整頓はしますが背景も正しく伝えられる環境を用意します。加工した情報には加工方法を記録し開示します。社内ですから機密なく必要な人なら情報が楽に手に入ります。

 多分そう言った環境を作るのがシステム屋なのだと思います。自身の気付きは当然あるでしょうが時に率先する場合にも、各業務に必要な知識・経験・技能は、各組織内に残します。

 そのことを順調に学び回り出していると思います。
 

幸せな理由

 自分の時間を何にに割くか、ボーツとしているのが一番幸せと思う時もありますが何かと何かが繋がった時や新しいことを理解した時も幸せと感じます。また誰かの役に立っていると思える時も幸せですし誰かが必要な何かを提供できた時も幸せです。

 このように幸せを数え上げたらキリがないほど出てくることは大変幸せだと言うことです。でも、不幸が無いわけでもありません、当然あります。数え出したら・・数えません。折角の幸せの数が減りそうな気がするからです。それに時間を割くのは損です。

 昨日は AI の研修に参加したのですが良い経験が出来ました。一部苦戦したのですが何とか学習できそうだと言う気に成りました。研修の環境を用意してくれた方々のお蔭様です。準備は大変だったと思います。教われることは幸運なことだと思うのです。

 自分の幸運は運が良かったからだと思います。でもこの運はもしかしたら自分で手に入れたのかもと思う時もあります。小さなことでも幸せだと思える自分がいて誰かの役に立ちたいと思う自分がいる。この2つがあるから幸せなんだと思います。
 

AI とは

 今日は久々の出張、AI の研修です。ドキドキするほど楽しみです。

 AI が何かと言うと私は人と知識を繋ぐ仕組みだと思っています。確かにコンピュータの記憶装置は小さくなったのでたった一人の人の要望に応えることが大型コンピュータなら出来るかも知れません。でも大型コンピュータでも多くの人の要望に応えるだけの記録と処理方法はありません。そこで超大型コンピュータとコンピュータネットワークとを繋ぐ仕組みが必要になります。その仕組みが AI だと私は理解しています。

 それでも初期の AI は何か1つのことに特化する必要があります。例えば車に搭載され運転者の目を見つめ続ける AI です。この AI は搭乗の時に網膜から本人確認を行い始動を解除します(処理1)。運転中は目を見つめ続けもし運転者が運転に必要な方向から目をそらせたらセンサーを使って安全を保ち(処理2)ながら必要に応じ注意を促します(処理3)。もし目を閉じてしまったら自動運転に切り替え(処理4)起こします(処理5)。ダメなら緊急処理を開始します(処理6)。(私が考えた AI 利用方法なので本当にあるかは知りません)

 そう言った AI の処理が幾つも生まれるでしょう。記憶装置もさらに小さくなり安全な通信網も更に発展するでしょう。少しづつセンサーと機械とハードに蓄えられた記憶と多くの人間の感情パターンと要求が積み重なり何時かほとんどの人が理屈は分からないけど快適な世界が生まれます。

 物を投げる技術が弓矢や鉄砲に変わったように刺繍をする技も機械に代わりました。古く太古の時代から多くの職人の技が多くの術者とプログラマーの手によって道具に収められました。ですので今はその範囲においての職人は要りません。必要であれば機械とプログラムを変えてみて期待する結果になるか確認する人達が必要なだけです。でも、もう少しすると期待する結果を言えば AI がプログラムをしてくれるようになります。もしかしたら機械も考えてくれるでしょう。

 その手助けをしに行きます。大丈夫、AIの発展が早過ぎなければその時私は居ません。
 

陰の力は影

 一昨日がバックアップ環境作りとCADソフトのアップデート、昨日から行っているのがWindowsサーバーのアプデート、そして今日はウイルスソフトのアップデート、合間合間に依頼を受けているシステム不具合対応とシステム改善を行います。

 とにかくハードが無くてはシステムは動きません。そしてソフトが無くてはシステムは使えません。尚且つ人が理解しなくてはシステムは役に立たないと来ているのですからシステムとは何とも厄介な道具なのです。なのに必要な道具です。

 私のところは数百名の小さな会社です。それでもサーバーが無くては動かないし営業所間を繋ぐ仕組みも必要です。受注のデータから調達、工場への指示、出荷、売上、入金あたりまでは受け持っています。機械と人をデータ通信で繋ぎます。

 個々の知識と技能が必要です。完璧でなくとも理解している必要があります。そしてそれらを有機的に繋ぐ企画力と指導力が必要です。どれが欠けてもシステムは動きません。そしてそして、悲しいことに休日のアップデートが必要なんです・・ぐすん。
 

事件

 今回システムへの悪戯が報告されました。訴えたいことがあるのだとは分かるのですが悪戯はダメ、それとこれとは違います。悪戯できない様にシステムを変更します。

 長く務めていると稀に出会ってしまう心が起こす悪戯、正直に生きているつもりでも嘘は私にもあります。であるのであれば出来るだけ正直に生きやすい工夫をします。

 システムとは苦労なく仕事を進める仕組みです。道具の進歩により人に代わって高度な判断を任せることが出来るようになりました。でも私は人の介入を残したい。

 それがシステムの脆弱性になるとしたら?これから先も監視カメラの付いたシステムは作りたくない。代わりに人の心を強くする環境を作りたい。それはとても難しい。
 

役に立ちたい

 もう少し頑張れば話をチャンと聞けるようになる気が今日はしました。明日は - わかりません(笑

 週末2週続けて後輩の面接。と言ったってそんな偉いそうなものでは無く、期首に約束したことを私がも守れているかを一緒に確認するだけです。守れていれば、後輩は目標に向かった道を迷いながらも歩いているハズなのです。

 このところ多少思い通りに行かない事が続いています。後輩を頼る事も多くなりました。それと同時に私自身が学ばなくてはならないことも多数見えてきました。ここから先を学ぶかどうかは私次第です。

 人は何のために誰のために頑張るのでしょうか?自分のために決まっているのですが他人の目が無くても頑張れるのでしょうか?やっぱり一人では頑張れません。誰かの手助けが欲しくなります。

 頑張って後輩の話を聴いて少しは役に立ちたい。面接を終わって今は、そんな気分です。
 

引き出しの数

 今日は、2つのシステム追加仕様打ち合わせを別々の部下と1つづつ行いました。喋るのは私と参加者たち、もちろん参加者が喋り出したら私は聞き役に回り、道がそれそうな時だけ気になった点を書き出し後で再検討することを約束した後に、元の道に戻し議論を続けて頂きます。

 どちらの打ち合わせも次のステップに進める程度には仕様が明確になりましたので部下に議事録作成を依頼し、議事録を一緒に修正することで部下の理解度を確認すると共に次の指示を出します。目標のイメージと期間から判断し少しだけ急ぐ必要があることが分かります。少しの工夫を考えます。

 こんな感じで幾つものプロジェクトを運営しているのですが大変であるだけに上手く行くと楽しいです。そして「どうすれば上手くまとめられますか?」と聞いてくる部下に「今やっていることがくっつきだすのを待つんだよ」と教えるのも楽しいです。渦中の部下達は自身が成長しているのに気付かないようです。

 プロジェクトを成功させるためにはとても多くの事を行わなくてはならず行うべきことはプロジェクトの外にもあります。それを時間軸で管理し調整していく作業を口や図で説明することは出来ます。ただそれを頭の中で描けるように成るには引き出しの数と経験が今少し必要なんです。それは着実に増えています。
 

見誤る

 「見誤る」と言う言葉があるように物事の本質を間違え失敗することは多々あります。では、本質とはなんなんでしょうか?仲間達と話していて表面の現象ばかりに気を取られ、本質の話をしている時には分かったような素振りを見せてくれるのですが現実の行動がなかなか変わりません。そして出てくる言葉は「忙しいから」。

 私は並行して幾つかの仕事を熟します。偉そうに言っていますが普通皆さんそうしています。あれを気にしながらこれをする、女性の方は特に上手ですね。キット幾つかの仕事は体で覚えているのでしょう。逆に余計なことを深く考えると失敗するかもしれませんね。私の言いたいのは、余計なことを区別して扱うテクニックです。

 仕事を進めるうえでは、やるべきことを日々熟さなくてはなりません。でも、それだけでは大きな変化は生まれにくいのです。「頑張るや我慢する」ではないもう一つの方法「変える」を少しだけ並行して加える。気持ちの入れ替えさえできれば、これは忙しくても出来ます。少しづつでも長い期間考え続けることは目的があれば出来ます。

 仲間達にはそれぞれの目的があります。お互いに確認したので確かにあるはずです。でも、幾人かの仲間は目的を時々忘れてしまいます。目的を達成するために考え人に任せ信頼しフォローすることを忘れずに絶えず続ける。それを毎日の忙しい仕事の中に少しだけ組み込んでおく。見誤らないためのテクニックとはそういうことです。
 

お節介だから

 私の褒められて嬉しい性格は小学校の頃に目覚め同じ頃に(調子に乗り)お節介な性格も形成されたように思います。2つは別な感情なのでそれぞれ違う変な気持ちになりますが私にとっては大切な個性です。

 私のお節介な性格が悲しく思う時は、相手が後少しと言うところで「満足した、飽きてしまった、目的を見失ってしまった」と思える時です。何事も相手次第、私の見える景色と相手の見える景色は違う場合があります。

 でも私は出来れば何時か少しだけでいいので相手に褒めて欲しいのです。ですので相手自身が喜ぶ結果を思い出してもらいたく何かしらの環境を作りだします。励ましだけでは行動できない場合が多いからです。

 私には助けてくれる仲間がいます。面と向かって褒めてはくれませんが横向きで頼ってくれます。私に意見し納得が行けば協力してくれます。私には、それが褒められたと同じに嬉しく感じれます。

 皆が同じように感じるわけでは無いでしょうに、仲間を応援し仲間が何かを達成した時の嬉し良い気持ちを皆にも味わってもらいた。そう言う風に、私のお節介な性格が思うわけなのです。
 

次はあなた

 目的目標は理解しているのですが組み立てに多くの労力がかかるため、後輩の主催する会合の準備は私が行っています。でも企画には必ず参加してもらい多少なりとも一緒に考え、理解した上で会合で発表してもらうメンバーとの調整は後輩に任せています。

 この一緒に進めている会合の目的は、次のリーダー育成です。ですので「他部署を知る、人を大事にする」とともに「品質、経理」の勉強をメンバーにはしてもらっています。そして後輩には、個性豊かなメンバーに対しどうやって同じ目的に気付いて貰うかを勉強してもらっています。

 長期計画なので次回の会合で何を学習するかは概ね決まっています。が、どのように学習するかはメンバー次第、金曜日に30分次の会合段取りを打ち合わせをしました。そして月曜日に出来上がった資料を渡し、やはり30分程度段取りを説明します。

 計1時間の打ち合わせで後輩が主催する2時間の会合資料と細かい段取りが渡されるので後輩に言わせると私は「便利」だそうです。笑ってしまいますが私をドラえもんと同じに考えています。でも、私も2時間の会合を準備するのにアンケートの作成まで含めると10時間ぐらいを必要としています。

 今年に入って気を付けているのは後輩がこの「10時間の使い方を理解できるように徐々に説明する」です。長期の目的目標と今の状況を見比べて課題を確認し解決する方法を考えストーリーを作り資料を用意する。簡単です。後2年もすれば出来るようになっていると思います。
 

帰路、気持ちの入れ替え

 頑張ったんだけどなー。多分2つ諦めれば残りの3つは形に成ったとは思います。全てが中途半端、どれもこれも完成せずに今日はご帰宅、詰め込み過ぎたのです。

 時と場合によるのですが世の中出来るだけバランスよく進めるが吉。スポーツ選手の実力に品性が伴わないと長く愛されないと同じで結局希望する未来は得れません。

 今回の場合は、今日にいたる手前で興味のあることに多くの時間を割き過ぎました。もちろん一芸に秀でることは良いことです。誰にでも得れるものでもありません。

 この辺もバランスなんでしょうねぇ。やりたいこと、やるべきこと、やらなくてはいけないこと、美味しいものは後から食べる?まあ手順は見えたから明日直ぐ終わるさ。
 

人の進歩

 私の進めるイノーべーション・テーマは「人・品質・生産性」です。もちろん一番難しいのは「人」、そもそも人の意思を変えることは出来ても性質を変えることは出来ません。その人はその人です。

 でも生命には、種を守ると言う性質がありますし大きく見れば別の種をも含め守ろうとする性質もあります。そして相手を受け入れ理解することにより徐々に自分が変わっていくことを知っています。

 私が得た知識と経験は少なく正しいとも言えません。仲間達や部下達との差は僅かで、内容によっては劣っています。ですが私は適材適所や組織行動による人の充実感についての話ができます。

 生命としての性質と学んだ知識と経験を組み合わせることで僅かですが相手のことを思い比較的適した目標を設定し知識と経験からイノベーションを理解してもらう。時間を掛けて進めています。
 

無知を楽しむ

 ある意味、昔から私の主催する会合は自由なのではないかと感じ少し嬉しく思った。具体的には、参加者が何かを切っ掛けに話の主役になり私の持ち込む思考の欠片を共通の認識に持ち上げようとし何名かがそれに加わり試してみる価値のある理論を形成してくれる。こんなディスカッションが出来る場は、そうそうない。

 私の持ち込む思考の欠片は簡単に理解できるほどには形づけられていない、それは分かっています。ですので理解して貰おうと色々角度を変えて説明する、それを仲間達は我慢し聞いてくれ、その内誰かが何かを感じ取り手探りの議論が始まります。私を無視して議論される時もあるのですが、それも楽しかったりします。

 私は色々な事を知らないのです。ですから私には仲間達の知識と経験が必要です。現状の仲間達は役割に縛られている部分が多く多次元的な見方がキツイようです。ですので更に多くを理解し役割に生かせるように成るには私の持ち込むキッカケが必要です。彼らも私と同じで無知に気付いているのかも知れません。

 また一つ持ち込んだキッカケがこの会社を良くするためのフレームワークになるよう動き出しました。それは仲間達の協力による成果です。ですので私は私の無知による発言を恥ずかしいとは思いますが続けることができ、真剣にディスカッションしてくれる仲間達と楽しみます。無知も認めてしまえば悪くはないのです。
 

倍頑張る?NO!

 今月は、検診に1日、外部研修に1日、同僚を連れての遊びに1日を確保したところ無理が出て1つ1つの仕事の処理速度を倍程度に上げることに成りました。そこまで上げれば日曜位は休めるでしょう。

 何故忙しいかは分かっています。引き継ぎを短時間(後5年以内?もっと短く?)で終わらせたいのです。システム屋を真面目にやっていたから広範囲な仕事に関わってしまっているのです、質も量も有るのです。

 それでも、お金も人も使わせていただいていますので後は私次第、文句を言う相手は私自身、やるっきゃないでしょう。普通に考えれば倍熟すには倍働く、私は違う倍熟すにはやり方を変える、これで行きましょう。

 徐々にですが仕事の楽しさと遊びの楽しさを味わえているのかな?と思うようになりました。内容は違うしどちらもその時は集中しているのですがどちらにも別々の楽しさがある。ですから両方必要なのでしょう。

 自分が大変欲張りであることは自覚しています。大騒ぎはしませんが心の中では人一倍色々なことを欲しがっています。全ては手に入れられませんし永遠の満足も存在しません。でも今、忙しいけど満足です。
 

成長過程

 このところ会社を出るのが19時、20時と少し遅くなっていますが以前の様に深夜近くや越えは無くなりました。まだまだ抱えているものは多いですが、部下や同僚達のお蔭で大分楽になりました。

 それに時々フリーズしてしまうこともあるのですが相手の話を真摯に聞けるようになった気がします。その時は理解できなくとも反復し考えどう行動すべきかを次回のために考え修正したりします。

 でも、まだまだです。何が足りないかも、その時になってみないとなかなか分かりませんし、部下や同僚に対しての伝え方も下手くそで相手の努力に頼っているところが大です。成長過程なんです。

 計算では、後5年頑張れば今持っている一通りを伝えることが出来ると思っています。そこから先は今私が学んでる学び方を伝えて任せたいと思っています。そして私自身は勝手に学び続けます。
 

同期

 頭がパンパン!並列に3つや4つの仕事は熟しますが、5つめぐらいから怪しくなり6つめあたりでランダムで何かが崩壊し、8つ辺りで完全にスタックすることを経験で知っています。なので気付いたら優先順位の並べ替えを行うのですが、本当に忙しい時と言う時は、それにさえ気付かないものなのです。

 昔から何かあれば力技で乗り越えてきました。ただ今だから言えることではあるのですが振り返ると難しい課題は少なかったように思います。力技で乗り越えられる程度の課題だったのです。最近は様子が違います。積み重ねてきた知識と経験だけでは役立たず、戻って再学習したり新たに学んだりです。

 まあ、以前もそうだったんでしょうね。ただ、以前の方が知らないことが多かった。それだけかも知れません。

 久しぶりに同期の友人と話しました。同じように歳を取りましたが真は変わりません。それが分かるので嬉しいです。私も同じ、せっかく預かった仕事ですので何かしらの形を残したい。歳を取った分だけ工夫をすればいい。範囲が広がったなら助けて貰えばいい。出来ることは任せてリスクの大きい仕事を取る。

 また一つ皆と一緒に私が成長できるのでしょう。同期は割り勘で飲める残り少ない仲間、お誘いがありました。
 

思慮不足

 久々のウイルス対策、何時の間にか潜伏されました。 orz

 このマルウェアは感染力は弱いとのことですが、とにかく該当PCを特定し経路を塞ぎ1台1台対応します。結果を最新のパターンで確認しフィルタで確認し暫くは該当PCを見張ります。

 PCを再設定してしまえば一番早いのですが中には設備などもあり、しっかりウイルス対策をしていないのを発見、誰のせい?私のせいなのです。頭の中はグルングルン回ってます。

 並行して今日の仕事を熟します。流石に早出だけでは追いつかずに残業。ひと段落したら原因を追いかけてみよう。それと早期発見方法。今後のことを考えます。もうすぐ終息です。

 他に一件、任せていたのが怪しそう。さて、こっちはどうするか
 

考える習慣

 強引に物事を進める人をあまり好きに成れない様に、強引に物事を進められ下を向き陰で悪口を言う人も好きに成れない。でも、もっと好きに成れないのは成り行きにまかせてしまう大人だったりする。困ったことに腹が立つ。

 何が正しいなんて言うことは無い、だから物事を進めようとすることに対し善悪は無いのかも知れない。それでも物事の変化に対し絶えず自分の気持ちを確認するのが大人なのだと思っています。確認するのに手間が掛かってもです。

 実のところ私も立ち止まって考えることが苦手です。強い言葉が先に口に出てしまうことも多いのです。相手の困った顔を見て初めて気付き深く考えだします。仕事で何か上手く行かない時に初めて深く考えだします。練習不足です。

 良い学習方法が何かあるのでは、と思います。俗にいう草の根運動などが盛んな国では、多くの人が自分の意見を持ち発言できる学習をしている気がします。日本では、あまり見受けません。たまに見受けるのは強すぎる発信です。

 まず自分自身が考えるべきと思える事柄を書き出して立ち止まって考えるように訓練してみましょう。一時的に仕事の量は増えるでしょうが効率は上がるはずです。仲間達に発信してみましょう。もってるクラスにも応用学習を設定して。

 私は何故腹が立つのでしょう?せっかく貰った命とも思うのですが、余計なお世話ですよね。多分、立ち止まって深く考える習慣がよりよく生きるために必要な方向性だと感じるのだと思います。深く考えると見えてくるものが沢山あるから。
 

連帯感を作る

 どうしても、その方の出来る範囲と言うものはあります。アンケートで「あなた自身は、単純作業をしっかりと続けられる方ですか?」と聞いてみれば半数の方が「ハイ」と答えてくれました。どちらが良いということではなく個性なのです。

 そこで大事なのがお互いに補完しあうと言う考え方なのですが、長い間声の大きい人が有無を言わせずひっぱてきたこの会社です。どうしても自分で考える、周囲を見渡し協力して物事を進める、信頼し任せるが上手くできません。

 自分が出来なければ落ち込む、出来れば調子に乗るは人の性ですが、相手を見下して楽しいのでしょうか?自分が偉いと誇示することが幸せなのでしょうか?と問うてみたい。過去の私に問うてみれば、楽しくはありませんでした。

 今仕事として進めているのは、そう言うことです。これは上の方から進めなくてはなりませんが私の手が届くのは部課長まで、先のことはお任せするとして、今は仲間と「相手のことを考え連携して仕事を進める楽しさ」を学んでます。
 

違い

  散歩のコースは3種類あって、3千歩、5千歩、7千歩、 このところは暑さに負けて3千歩。暑いので後半ペースが落ちると昼休みが終わってしまう。冬になれば小走り位のペースで7千歩行くのだけれども。

 昨日の電車で席を譲れた。それが嬉しかった。一昨日の散歩で線路見回りの人だろうか「こんちは」と挨拶してくれた。不審者もいるだろうし笑顔での声掛けは良い事だと思う。そんなこと思いがらの散歩。

 それが昨日のこと、今日は今日で始まる。色々問題があって、皆が助けてくれるけど一人で何とかしなくてはならない事も多く多少の焦りはある。焦りは悪くない。集中できるから悪くない。何とかなるものです。

 昨日は、もう来ない。今日と明日は違う。今は今、休んだりユックリ歩いたり小走りだったり。昔と違って自分のペースで歩いているのかも知れない。まてまて、あれも自分のペースだった。昔も未来もぜんぶ私。