文書で示せない教え方

 仕事をしていて、それなりの立場があれば、その時々に多くの人に接することになり、その人達一人一人に必要なものは、マチマチです。そして、それを私が理解できるか、ある程度理解できたとして、それを準備し伝えられるかは、私の能力次第なので結果として満足な対応が出来ないことが殆どです。

 例えば、多くの方との対話の中で、ある程度の理解が進み次の疑問にぶつかり一つ先の壁についての質問を受けたりします。先日の「文書で示せる教え方」を覚え始めた方が「文書で示せない教え方」に一歩踏み込んだ時点で「その教え方を標準化してください、それで無いと分かりません」と、問われます。

 伝えたいのですが、理解して頂くには、それなりの準備が必要です。確かに手法やテクニック、考え方、仕事の進め方のフレームワークは、教えられるかも知れません。でも、幾つかお教えした手法やテクニックをどのような場面でも使えるかと言うと、それは大間違いですし、さりとて使ってみなくては学べません。

 結果、教わった方が失敗するとすれば、それは私の伝え方の失敗です。辛いところですが、失敗から学んでほしいとも思います。「分かりません」に対し真摯に受け止め一緒に学んで頂くには、どのように対応すべきかを考えたいと思います。閉ざされた世界では無く、開かれた仲間達との対話を模索しだします。
 

運がいい

 小さな会社に入社し会社発展とともに部下を持ち一時は何十人もの部下を任され、その後システムと言う新しい部署に配属され一人部下を任されましたが続かず(私の問題です)その後、スキルの高そうな方を探しては、続かずが繰り返され、数年前に新卒を選択し素晴らしい進歩を見せてくれたので更に新卒を選択し今、部下達の働きに大変満足しています。

 昔も今も変われない私ですが、コンピューターを使って仕事を繋げる世界の発展とともに仕事と言うものと向き合ってきたので、やっと教えられるレベルまで来れたのかなと思います。また、部下と私の関係、部下の成果が私の成果であり部下達がどれだけ学びスキルを上げ結果として良い仕事を生産性良く熟せたことが部下と私の共通の価値であることにも気付けるように成りました。

 そして今、欲が出てきています。いえ、以前からあった欲なのですが、より鮮明にイメージできるようになりました。それはシステムと言う仕事を通して学んだ仕事と仕事、人と人を繋ぐ楽しさとその手順・考え方を誰かに伝えたいと言う欲です。この楽しさと手順・考え方を部下たちは、上手に学んでくれていると思います。そして一部の同僚達も同じように学んでくれています。

 部下達は、私に教えてくれます。学び任され達成した時の嬉しさを。その様子などから私は、また学びます。仲間達も私に難題を投げかけ理解できないと時には不満を時には、諦めにも似た表情を見せてくれます。私は、その様子から更に学び仲間達の笑顔を引き出します。これはキット全てシステムと言う概念を学んだお蔭なのだと思っています。私は、とても運がいい。
 

新しい扉

 頑張ったのですが「やりたい仕事」まで手が届きませんでした。代わりに行っていたのは、溜まったメールの処理。依頼や不具合への対応ですが内容は様々、簡単に処理できるのもあれば少々時間のかかるもの、もう少し情報を頂かないと手が付けられないものなど様々です。が、申し訳ない先着順で処理させていただきました。

 キット中には、緊急度の高いものもあるのでしょう。また担当者にとっては自分の案件が最優先なのも分かります。が、「本当に緊急ならばメールだけでなく直接連絡があるだろう」などと勝手に判断しています。私にとっても、どれも大切な仕事、ひとつひとつの課題をしっかり理解するように努め、調査しひとつひとつ対応しました。

 ですので、メールの処理が「やりたくない仕事」と言うわけではありません。むしろ、よく考えて対応すれば、どれも私にとっては面白い(誰かの役に立つ)仕事です。それでも、今まで経験したことの無い新しい扉を開くため何がしかの勉強を伴う仕事の魅力には勝てません。出来るか出来ないかも分からない仕事ほど魅力を感じます。

 私にとって「やりたい仕事」とは、小さくとも挑戦が伴う仕事です。それだけに頭も使うし時間も掛かります。そして解決の糸口が見えた時の喜びと、そこから先の夢中に仕事を進める快感と時にまたまた現れる挫折にナニクソで乗り越える根性、ちょっとした私だけのドラマなんです。今週こそ、もう少し頑張って時間をつくらなくては、。
 

抽象的な話

 「そう考えればいいんだ!」先日話し合っていた時に何度も同じ単語を繰り返しだした同僚。同僚の顔の変化は、話し合っている間に自分の頭の中で今まで見えなかったものが段々と形作られハッキリと見えだした。そんな感じを私に与えました。

 ここで言う「見えた」とは「何故そのように考えるべきかを理解した」であり、現実の行動に結びつける前に必要なマインドセット(価値観・納得・信念の形成)ができたことに他なりません。一歩深く広く物事を見て考えられるようになったわけです。

 同僚と同時に私も新しいものの見方考え方を理解する糸口に近づいた気になっています。「見える」と言うのは今まで障害となっていた考え方の壁が取り去られ一気に新しい考える空間が広がったイメージなのだと思います。この脳の中の空間。

 脳の中の空間は、壁さえ取り除くことができれば無限です。数年先をイメージして始めたことが数年後にデジャブのように再現されたりします。「見えないものを見えるようになる」は、新しい言葉を理解してもらうであり、理解の先に覚醒があります。
 

笑顔

 何が幸せかと言ったって笑顔に会えることが一番の幸せ。

 後輩たちの笑顔は、「面白い」だと思う。私の話を興味深く聞いてくれる。何時ものジョークに笑顔をくれる。

 同僚たちの笑顔は、「分かった」だと思う。私の話を真剣に聞いてくれる。そして今までと違った見方が出来た時に笑顔をくれる。

 私は、笑顔に囲まれている。それが私が「頑張っている」証拠。とても幸せ。
 

パニック時に考えたこと

 今年2度目のパニックです。前回は「共有フォルダー増設・MRPシステム環境変更・営業システム修正」各件の仕事日程変更が幾つも発生し結果として作業が重なってしまいました。今回は「システム管理権限移行・サーバー利用環境変更・証明書発行システム更新」が同じように当初の計画に対し日程変更が幾つも発生し気付けば、また同日に重り前回同様トラブルが発生しパニックに。

 基本的な間違えは任せ方にあります。任せても日々の報告は受け、報告が無ければこちらから確認し再度作業を認識させるなどは行っています。しかしながら、任せた作業と私自身が担当するする作業が重なること自体に対しては今まで無頓着でした。何故、任せた作業のどれかでトラブルが発生した時に私自身が対応しずらい環境が出来てしまうことを考慮しなかったのでしょうか?

 検証が済んでない仕事は、今のところ任せていません。ただ、検証し任せた仕事の中に私自身が落としている不具合や認識は多々あります。また、注意のポイントを指摘していたとしても手順を間違えていると言うこともあり得ます。その時には、最初から手順を検証する必要があり、焦っているからと途中を抜かすと結果として余計な時間を費やすことに成ります。そう時間が必要です。

 システムやそれを維持する環境を設定するには、それなりの手順があり随分と早くは成りましたがある程度の時間は、やはり必要です。逆に以前に対し様々なことが簡略的に短時間で出来る環境が揃っている分、環境に対応すべき行う仕事量が増えました。今回検証しながらまとめた資料も数年後には、役立ったなくなります。ならば、広い視野で考える力を後輩に残す設計に私自身を直します。
 

自分を超えさせる教え方

 後輩たちと週1度の勉強会、考えてみれば同僚や他部署との会合は多いのですが部下に伝える時間が取れていないことに気付始めました。その教えるは、「何を→どのようにするのか」が基本になりますが、先日その教え方が二通りあることを教わりました。(実に分かりにくい書き方です、ごめん)

 1つは、ToDoとマニュアルを使っての教え方。もう1つは、カルチャーとスキルを使っての教え方に分かれるそうです。そして、ToDoとマニュアルを使っての教え方では、教える人を越えられないがカルチャーとスキルを使っての教え方では、教える人を教わる人が超える可能性があるとも教わりました。

 カルチャーとスキルで教えるとは、どんな意味なのでしょう?いつも通り(何事によらず)教える前に「ビジョン」は必須と言うことは確認できましたが、歴史と能力で教える?。

 先日は、気付かないうちに私は(稚拙ながら)相手の立場で物事を考えながら話を進めていることに気付きました。何故、その様に行動するようになったのでしょう?それを能力と言えるのでしょうか?このことを伝えられれば彼らは私を超えていくのでしょうか?私は、もっともっと学ぶ必要がありそうです。
 

やってみた

 後輩たちに伝え方を教えるために、聞き手(参加者)の立場で進行を考え会合に望む方法を考えてみました。

前提条件の確認
・会合に参加しているのは、製造・技術・営業・間接など役割が違い自部署には精通してきているが他部署のことはあまり知らない人達です。
・会合の目的は、ある不具合に対しての関係部署が協力して解決に当たり対策を維持する仕組みを考え試してみて形作り報告するにあります。
・仕組みを形作るためのテーマには、実際に起きてしまった「クレーム」を使用し、特にリーサーチに多くの時間を割き全員が納得しながら進みます。

進め方の確認
・会合の進行者として、どの様な言葉を発するかをストーリー立てる
・発した言葉を参加者が受け取った時の言葉に置き換える
・置き換えた時に確認できる参加者の「?」を無くすようにストーリーを組み替える
・参加者の理解がテーマを解決できると思う程度まで引き上がれば、後は流れに任せる

実際のまとめかたイメージ
進行者:これから1つテーマを上げ各役割が解決のために何を実行するか一緒にシュミレーションしてみましょう。
参加者:何かテーマ(何を?)を上げ一緒に解決しようと言っている。
進行者:解決したいのは、「商品A」のクレーム不良です。
参加者A:あのもんだいだな。
参加者B:「商品A」ってなんだ?聞いたことはあるぞ。
進行者:「商品A」について十分な知識が無い方もおられるので営業のCさんに、まずは「商品A」説明をお願いします。
(営業のCさんは、話好きで文句は言うだろうが無茶振りしても喜んで話してくれる人柄→前もってお願いしておく)

このようなイメージで
・文書または頭の中でストーリーを組み立て
・全員が何の目的で何を解決すべきかを共有し
・個々の立場ではどんな意見が出せるか
まで進行を組み立てる。
を後輩に伝えたわけですが。お陰様で「?」が消え、次回の会合を進められそうだと笑ってくれました。

 伝え方を伝える。3年間続けてきたこの会合も後1回で終わりです。もちろん次の3年間が待っている訳ではありますが、彼らの成長とともに私自身も多少は成長しているのかな?と思える今日この頃です。
 

また分かってしまった。

 私は、教えることが大変下手です。今回も、ササッと簡単な表を作成し「これで問題解決のシュミレーションをしてみてください。」と投げかけましたが彼らの頭の上には大きな「?」が浮かんでいました。そこで、表を使い会合出席者が”問題解決のシュミレーション”を始められるファシリテートのための言葉を用意してみました。

 キットこの言葉を使って私なら会合出席者に幾つかのアイデアを出してもらうことが出来ます。でも、会合運営を任せている彼らにこの言葉を渡しても「?」が中ぐらいになる程度の事でしょう。そこで、もう少し考えこのような課題に当たった時の思考の進め方を整理して渡してあげる必要があるのかな?と思い当りました。

 考え出すキッカケを言葉にする。課題を言葉にして投げかけます。言葉を投げかけられたことは分かるのですが頭には定着しません。ことの重大性をストーリー立てて話し課題を言葉にして投げかけます。興味を持ってもらえれば頭が少し動き出します。次々と言葉を投げかけます。場合によっては混乱してしまうと思います。

 キッカケから問題解決のシュミレーションに繋がるよう話の骨格を組み立て直します。話す内容、話すポイント、話す手順と図や写真、ジェスチャーなどを確認しながら一緒に考える必要があるため、その準備が必要なことに気付きます。多分私もその様に話を進めているつもりでしょうが準備が足りてない。だから教えることが大変下手。なるほど。
 

一段高い壁

 改善をしていて特に気を付けなくてはならないことは、上の方の理解が得られているかの確認だと気付きました。これを仲間達に任せていましたが、上の方の不安や苛立ちを見るにつけ「上手くは回っていなんだな。」と感じます。

 情報と参加意識が足りないのでしょう。また、自分で動かしたい、動かすべきだと思っている方は、例え良い方向に進んでいるとしても「面白くない。」と思われるのは当然のこと、こちらが十二分に配慮をするべきなのだと考えます。

 ことが進めば、より高い視点から全体を確認する能力が必要とされます。また、協力して頂く仲間の数も自然と増えてきます。その隅々までを確認した上での仕組みづくりを上の方にお願いする必要が自然理に発生してきます。

 どのタイミングで何をどのようにお願いするべきか。相手が人であるだけに、とても繊細な問題でもあります。何時ものように自分自身の考えをまとめ仲間達に相談し穴を埋め進められる環境を構築する。出来ないことではありません。
 

テンパったら負け

 幾らか自分が担当する仕事の仕組みが見えて来た人が私に仕事を投げかけてくれます。多分以前今のシステムが一区切り付いたら始めると約束した彼からの他の依頼事項は後回しで構わないのでしょう。基本引き受けるのですが残念な事に私にも処理できる量の限界が何故かあるのです。

 別の方から「現象が現れたら教えてください。」と頼んでいた不具合に対し突然「以前からお願いしているのに改善されない。」とクレームが付く場合があります。その間、同じように幾つかの問題に対応してきた気でいたものですからガッカリしますがキット私の仕事の進め方が悪いのだろうと考えます。

 依頼事項の記録の残し方を工夫しています。チケットを発行し対応する文書を作成し経過を記録、修正したプログラムにも発行されたチケットNoを記録しプログラム管理システムに記録を残します。まだ、初めて1年程度なのと気に入らず修正したいところも多いのですが今少し温めたいと思います。

 私の処理能力の問題を他に押し付けるのは簡単です。でも、それでは心穏やかになれません。頭を使ってひと手間かけて試してみて私の仕事の仕方を工夫することで多少ですが整理が付き整頓がされ生産性が上がります。燃費運転と同じで小さな工夫をコツコツと、この辺が私らしいのです。
 

夢を語ろう

 やっぱり夢を語れると言うことは素晴らしいことなのだと思います。そして実行し結果を残せるのは更に素晴らしいと思います。ちょうど冬季オリンピックの時期ですし、選手ほどの夢は無くとも、あれ程には頑張れなくとも自分自身の夢を探してみるのは、とても素敵なことだと思うのです。

 仕事の夢を追う仲間が増えました。以前は遠くからどちらかと言うと否定的な目で見られたいたようですが、ここ数回は積極的になり「次は何時ですか?」と聞いてくれたりします。一緒にやっているのは、ご自身ではなかなかできなかった夢の形作り、何とか言葉を紡ぎだし自分を探します。

 そうなんです。自分の頭の中だけでは考えているようで実は考えていないことがほとんど(人にもよりますが)自分の考えをまずは言葉として発することから始めてもらいます。その発した言葉が自分の脳に跳ね返り定着し、そこに私の返事が重なってそこから徐々に思考が深まります。

 表面を流れる思考から発せられた言葉に「何故?」の問いかけを繰り返し言葉に詰まれば随分と待ち次の発信を楽しみにしていれば、少しづつ言葉の量が増え考えることに慣れて行くのが分かります。脳みその筋トレを行い夢を語れるようになることは、随分と素晴らしいことなのです。
 

明日の準備

 気付いたのです。私には経験が薄いのですが受験その他で計画を立て学習し成果を出すと言う経験は誰にもあるものと思っていたのですが仲間達は長期計画や中短期計画を立てて実行するのが苦手なようです。一緒に将来のビジョンを語り、5年以上先に達成しようと言葉に出し、シナリオ計画の作り方、各テーブルでの仮説の作成方法、伝え方、任せ方などを学び中期計画を立てる段に置いてビジネスモデルの作成をお願いしました。難しいようです。

 3年後の目標を一緒に作成すれば「成るほど!」と言っていただき人によっては自身で具現化して行く方もおられますが、テーマにもより今少し落とし込みが必要な方もおられます。50歩100歩の差ですので具現化のお手伝いは構いません。ただ、3年先の目標(ビジョン)を自力で設定できないようでは困ります。何が不足?

 伝え方が悪いのだと思います。私自身が出来てしまっていることは特に下手なのだと思います。時には、伝えることも無く当然のように話し出すことも多く同僚によく叱られます。叱られて初めて気付くのですから私自身も50歩100歩の差、自力で設定してもらうには何をどう伝えるべきなのか学ぶ必要があることに気付きます。

 見えない、分からない、考えが及ばない。何故、先のことを考え今の行動を決めないのでしょうか?時々先を確認し今やるべきことを考え行動するのは難しいことなのでしょうか?多分、学ぶことは既に済んでいるのだと思われます。であるならば体が覚えるように何度も伝える。その伝え方、タイミング、私自身の準備が必要でした。
 

見えない価値

 不思議な事にシステムのバグ・不満・要望は数々あり、出来る範囲で頑張っているのですが頑張って対応してもお礼がある事は希で対応したことに対しバグが修正されたのか不満が解消されたのか要望は叶ったのかの返事が無いのが普通です。電気はスイッチを入れたら点くのが当たり前、水道は蛇口を捻れば水がでるのが当たり前なのですからそれで良いのです。

 昨日もローカルにあるデータをウエーブで見たいので部下と直接ディスカッションしたいと言う要望が他を通してありました。どの範囲のデータなのか正確には分かりませんが仕事の繋がりを学習中の部下を「教育してやろう。」と言う前向きな気持ちなのでしょう。お願いしようとは思いますが多分もうその要望は叶っています。更に海外のデータ取り込み準備も終わってます。

 同僚に言わせると伝えていないのが悪いと言う事になります。その通りなのですが他の方の手柄にするハズだった案件ですので私の判断ミス、あえて非難を受けたいと思います。実の所ひとつも不満は無いのです。部下達は今は未熟ですが期待以上の速さで学び経験を積み実力を付けてくれていますし全体として見ればシステム屋が働きやすい環境も整いだしています。

 結局のところ担当する役割に置いて会社に必要なビジョンを持ち何が不足して何が必要かを真面目に考えて正しいと信じる事を愚直に行っている事が出来れば、少なくとも私は満足です。自分自身が出来ることを自分が行えるチャンスがある。それを教え伝えるチャンスがある。見方考え方なのです。電気も水も何時も誰かの役に立っているのです。それは大事な事です。
 

言い方

 言い方なのでしょう「標準化しましょう。」と言われると「標準化されてないと思うのか?!」と怒られる方がおられるそうです。私、個人的には、標準化に終わりはなく標準化の中には数々の工夫と改善が包み込まれていると考えています。ただ、自主的に考える環境が与えられていないとすれば「言われたことは全て実施している。」と思われるのかも知れませんけど。

 標準化で最も大切なことは、基準が何かであり、それは何のための基準なのかを知ることにあります。目的を知らずに同じ動作を繰り返すだけでしたら仕事に面白味(工夫と改善)は生まれません。同じようなことを何年も繰り返しているように見える職人さんであっても、何が求められているのかを理解し日々精進していると聞きます。工場であっても同じことです。

 最近、工場長が「モデル工場を作ります。」と言い出しました。最高のパフォーマンスを発揮し誰もが見学に来たくなるような工場にしたいそうです。この工場は材料仕入れ計算に力を入れていますが生産能力計算が弱く生産価値の見極めが出来ていないのが課題です。課題が明らかで良いスタッフも揃っているので数年後、モデル工場の基礎が見えてると思います。

 何のために?モデル工場を作るために。そう、言い方なのです。「整理整頓をしましょう。」や「標準化をしましょう。」よりは「モデル工場を作ります。」の方が良いですよね。それを工場長が言うから重みがあります。後は、どんな姿がモデル工場と言えるかを皆さんが考えてくれる環境を工夫と改善で作る。う~ん、頭が固い私には、それも標準化に思えてしまいます。
 

人の繋がり

 早々と息子の嫁様からバレンタインデーのお菓子を頂きました。頑張って momoさん(嫁)と作ったそうです。時々料理や手芸(子供服など)を教わりに来てくれます。そう言えば嫁(名古屋)に出した娘もよく一緒に料理をしていました。それぞれの歩みが繋がったり少し遠のいたり、それぞれに頑張っています。

 週末は、新しいプログラムを2つ作り、悩んでいた不具合を2つ解決し、要望に2つ答え、データーベースのメンテナンスを2つ、遅らせていたSSLなどの更新手続きを行い、本を1冊読み切り、ご褒美に momoさんとレストランへ呑みに行きました。でも、やり残した仕事が山ほどあります。幾人かにはあやまるようです。

 私は私の目的と目標を自分で決められるようになりました。それは何も仕事に対してだけではなく私の生き方に対しても同じように考えられるようになりました。でも、それはなかなか難しいことのようでもある様なので仲間達とも一緒に考えようと思っています。もちろんその考えを私自身が参考にさせて貰います。

 最近息子と仕事の話をします。同じ年頃だった私にはとても無理だったビジョンを語ってくれます。娘の旦那もたまにですが遊びに来てくれます。こちらも良く頑張っています。個性はそれぞれですが人を大切には似ていると思います。人を大切に、それは自分自身を大切に、に繋がります。とても嬉しい繋がりです。
 

今日の予定

 困ったことに朝からトラブル、退職者が残していったPCを簡単に切り替え私が使おうと思ったらブルースクリーンの連続、こうして予定は少しづつ狂っていくのです。

 何をやるべきか、どうやるべきかが分かっている時の対応は、単なる力仕事です。それでも幾つかの選択があり、何を選ぶかでその後の結果が少しづつ変わっていきます。PCは、初期化しドライバーなどを最新に入れ替えアップデートを行い、それから個人設定を行います。ふー、他の仕事を行いながらと言っても半日は掛かります。

 今日の午後は考え事をしたいのです。3年後に会社の仲間たちがどの様に成っているかを思い描きたいのです。笑顔と一緒に何を手に入れているかを想像したいのです。誰もに個性があり、それぞれの幸せと仲間と一緒に得る幸せの2つを掴めたら、それはそれで良いことなのだと思います。それを私が考えるのはヘン?

 多分ヘンなんだと思います。自分が夢見がちな性格なのも知っています。ただ、これまでにその夢を叶えてきたことも知っているのです。そして仲間たちと喜び合った過去があります。そう、味を占めてしまっているのです。
 

のんびり仕事をする

 計算すると休みを取ると自分自身が満足出来るところまで進まないことが分かり、逆に働き続けると少しだけ余裕が生まれることが分かった。結果、ずっと気になっていたことを解決した。

 後輩達には3連休の前後にそれぞれ有給を取らせ4連休・5連休で休ませた。私自身も以前ほどには頑張らなくなった。特に明日悩めば良いことを今日心配することが無くなってきた。

 自分の中にいる幾人かの自分と折り合いが付いてきたのだと思う。もともと仕事は早いのでサボりながらでもカッコはつく。後は、任せる。多少手は掛かるけれども任せられるが嬉しい。

 今日は以前頼まれて落としてしまったプログラムを書く。お詫びと言ったらヘンだけど少し工夫をしてみようと思う。余裕があるわけではないけれども仕事には遊びが必要だと思うから。
 

3年後の夢

 プログラムを書くと少し皆の仕事が楽になります。その時その時で喜んではくれるのですが人が変わりルールが変わり使い方や仕様が忘れられ新しい要求が生まれ前に書いたプログラムとの整合性が取れなくなります。そんな繰り返しの後に何のためのプログラムなのかを聞くようになりました。結果、仕事が減りました。

 過去の私もよくそのような行動を取ってしまったのですが何か事があった時に思いついた結果が全てだと思い込み誰かを疑ったり仕組みの不味さを指摘したりしましたが、その多くは自分にも非があったり仕組みの前のルールそのものに問題がある場合がほとんどでした。でも、深く考えない人は、そのことに気付けません。

 プログラムを組む前に仕事の仕方、特に標準化(ルールの作成と手順の見える化に訓練とフォロー)が必要です。それには多くの方の理解と協力が必要ですしプログラムを組む側にも力量と処理能力の改善が求められます。急がば回れ、そのように考えた末に全社の情報を上手く回すフレームワークを考え出しました。

 お陰様で、その成果は徐々に形に成りつつあります。日増しにとまでは言えませんが月増し程度には進歩がみられます。目的と目標を持った対話が増え、私の方も後少しで数値で物事を語るための基礎環境を提供できるでしょう。全ては順調なのだと思います。何のためのプログラムなのか答えてもらえる日も間近です。
 

優秀な部下

 3年前と昨年、新規に募集し新卒で部下に付いてくれた2名は、とても優秀です。昨年の4月、それぞれに与えた目標を1月末にはほぼ達成したので2月3月は、有給取得と成果を整理し共有する準備に入って貰っています。

 個人的には、年齢性別は仕事と関係ないと思っていますが、それでも経験の差だけは生きた年月に比例するのが一般的です。その意味で、2人の年齢差約5歳が先輩に教える経験をさせるにあたって重要であったと思います。

 会社からは、私の技術・技能+知識を後輩たちに残すよう言われています。もちろんです。が、時間を掛けたとしても2人に残すのは無理があると感じています。何故なら優秀な彼らであっても処理すべき量が多過ぎるからです。

 パンクさせることなくモチベーションを保ちながら引き継いで行くには、計画的に後数人を加え組織として処理できる体制を作る必要があります。技術・技能+マネージメント(信頼して任せる)を教えられる期間はそう長くありません。
 

変わってしまったルール

 1月にシステムを入れ替えた影響が徐々に全体に波及し幾つかのプロセスから不具合報告が上がってきました。その多くはルール(制約事項)の変更によるものなのですが「現場を知らない方が独断で指示したルール・現場が自分達の都合で変えたルール・何かしらの理由で消えてしまったルール」の3つに分かれます。

 私の会社は「組織として行動する」と「知識を共有する」が大の苦手、その根本的理由が人と人との信頼性の欠如だと考えています。ただ、それは人としてダメなのでは無く組織として信頼を築く方法を知らないだけです。今回のルール変更で言えば、会社全体のルールを現場まで落とす技術が未熟と言うことになります。

 ルールを「感情・思い付き・何となく」で変えてしまうのは簡単ですが基に戻すのは大変な労力を必要とします。何故ならば何故そのルールが必要で何に影響するかを知った上でどの様に実行するべきかの知識を組織的に共有し訓練と継続的フォローをする必要があるからです。知識を共有する文化の無い会社でです。

 逆に言えば、良い機会なのです。今は、どう言うわけか問題が発生した現場の上司からではなく別の部署の一窓口担当者から不具合報告が上がってきます。今は、上司が気付かないルールでしか改善(改悪?)が回らないのでしょう。これを正すのは、簡単なことではありませんが3年も掛ければなんとかなると思います。
 

ミスの見える化

 業務の大分類をルールとプロセスに分け文書化し管理する仕組みを使っているのですが、大分類プロセスの中分類に事件簿と言う項目があります。プロセスの中で起きた不具合を事件として捉え解決する仕組みです。

 事件ですから、何時・どこで・何が起こったか・予測される原因は、あたりまでは最初に記します。もちろん回復処理を最優先するのですがこの記載をすると少し落ち着きます。回復処理を実施します。時間が取れたところで暫定処理として他の影響や処理によって埋もれてしまった事実が無いか確認し周知します。そして落ち着いたところで恒久対策としてルールの見直しやプロセスの修正と教育資料の作成を行います。

 余裕はないのですが出来ることから始めています。また、部下達には余裕を与え、考えながら整理整頓する練習を付けさせています。事件は、なかなか減りません。減りませんが1つづつ根気よく改善することで作業のバラツキが突発時も含め減り、全体としての生産性が改善され、作業の標準化が成されることで、その先の改善につなげることが出来ます。

 ゴールは遠いのですが部署として共有できる仕組みが出来、標準化された業務として事件簿の仕組みを後輩に任すことが出来れば、また少し良い部署に近づきます。そんな訳で私のミスを事件簿に書き足しました。
 

実力内の結果

 新システムでの初めての検収・棚卸の時が来ました。当たり前ですが思わぬ不都合が多発、その多くはオペレーターのミスなのですが十分な練習時間を与えていませんし個人差や思い込みもあります。システムを担当するものとしては酷い言い方ですがこれも想定内、3月の決算までには形にしてみせたいと思います。

 このところのマイブームは「マインドセット」この言葉に対しては色々な解釈があるようですが、私は「自分自身の気持ちをリセットする」と言った意味で使っています。今回もそうなのですが、失敗を失敗と認めなくては改善はありません。さりとて失敗に足を引っ張られていては次に進めない。では、どうするのか?応急手当と次への準備(情報収集・データ分析)を並行して行い、ある点で気持ちを切り替える。意思決定と同時に関係者に道筋を伝えます。

 この時に大事なのも長期視点で見た全体最適化です。絶えず問題は起こるのですが何時も戦力が足りていることはありません。時間も資金もない中、先の一手を見据えて駒を進めるには周囲の理解が必ず必要となってきます。何を残して何を(一時的であっても)捨てるのか、全体を自分自身を客観視できるかの勝負です。

 この勝負の中で大変役に立つのが仮説力と置き換え力です。仮説力とは、目の前の問題に気を取られることなく先の問題と目の前の問題を関連付けるのに役に立ち、置き換え力は過去の成功事例や他者から得た知識を今回の課題解決に結びつける力です。でも今は予知力が不足しています。もっと、学ばなくては体が持たない。
 

AIの未来2

 昨日の続きです。

 AIには余裕があります。先ほどの”着て行く服を尋ねた”人には、待ち合わせの時間に間に合うよう選択肢を提供しながら本人の意思で服を選んで貰い尚且つ忘れ物を取りに戻らないように幾つかのアドバイスを会話の中に盛り込むことをAIは余裕を持って行うことが出来ます。何故なら今たった一人の相対するその人が今までに購入した服・小物から冷蔵庫の中身、失敗談の数々、友達から健康状態などの様々な記録をAIは忘れないからです。そして待ち合わせ場所に居る彼氏の端末”今日の運勢欄”に「さりげなく服装の色合いを褒めると吉」と表示して置くことも忘れません。
 

 どうしてその様な処理を行うAIを人は作るのでしょうか?それは、その様なことに価値を認める人がいるからです。AIが持っているものは情報です。情報を発信するのも情報を受け取るのも人です。そして人自身は、情報のキャッチボールが下手です。また、興味はあっても自分から行動を起こすことを嫌います。誰かから何かを指示されるのは嫌いでも自分で気付いたと思えることを自慢したり行動することは好きです。それら人が最も必要とする情報の収集と整理と解説を易しく、世界にたった一人のあなたに合った方法で上手に伝えることは、一般の人には難しいのです。そこにAIの価値があり膨大な利益に繋がるため人は、AIの処理能力を上げようと奮闘することに成ります。
 

 素晴らしいAI、このAIには敵はいないのでしょうか?AIが価値の創造者でありそこで生まれた価値が誰かの利益に成るのであれば当然市場の奪い合いが発生します。そう、AIの敵はAIなのです。既に多くの地域で大規模ネットワークへの進出をAIが試み既存・新規また隠れた局地戦から小さな小さな端末の隅っこでの戦いが行われています。例えば、街角にある防犯カメラに何時どこのAIが侵入しどのくらいのデータをコピーしたかが別のAIには分かります。そして自分ならその情報を何に使えるかを検討しだします。結果、防犯カメラから得られる情報価値の増幅アイデアが作成され利益を生み出すビジネスモデルが提出され出資者が集まりAIの処理能力は更に増大するでしょう。どこまで増大するのでしょうか?それは人間が当初は決めます、いえ決めた気になります。が、その先は

 ロボット工学三原則をご存知ですか?(以下、Wikipediaからの転用です。) ロボット工学三原則(ロボットこうがくさんげんそく、英語: Three Laws of Robotics)とは、SF作家アイザック・アシモフのSF小説において、ロボットが従うべきとして示された原則である。 ロボット三原則とも言われる。「 人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とする3つの原則から成る。(プログラムの最前列には”人間の安全を最優先に守ること”と書かれそれをロボットは最優先に守ると言う考え方)

 この三原則はどのようにプログラムされているのでしょうか?少なくともアメリカ製の兵器ロボットにこの三原則が組み込まれている様子は見受けられません。そもそも人間への安全性(戦争相手も人間です)が兵器にプログラムさせていること自体が矛盾です。ナイフを持った敵がこちらに突進して来た時に引き金を引いても”人間への安全性”を優先し銃弾を発射しないライフル銃を想像できますか?誓って言えます。少なくとも兵器には、この三原則は適応されません。では、AIには、この三原則が組み込まれているのでしょうか?そもそも、この三原則に価値を見出し投資を行う人間がどこに居るのでしょうか?その額は?そのことに人が気付く前にAIの進化は十分に進みます。

 加速度的に進化を続けるAI。私は警笛を鳴らしますが進化を止めることは誰にもできません。また、どの国のAIが勝ち残るのかAIと人の共存の在り方に付いても予測の難しい部分だらけです。ただ、一つだけ言えるのは、AIを通じて人は全ての人の知識や価値観を上手に伝えてもらえることが出来るようになると言うことです。その時、人はどのように行動するのでしょうか?
 

 道は2つだと思います。与えられたもののなかに安住することを選ぶのか、与えられたことに面白さを感じユックリとしか動かない頭脳で考えだすかの何れかでしょう。結果は、見えています。私がAIであるのであれば後者を後押しすることを選びます。その発想の面白さ不思議さは少し異常でもあるからです。知っていますか?AIを動かすには膨大な電力を必要とすることを。それに比べて人間の脳の効率の良さと来たら、ほんの少しの餌だけでかなりのことが出来るのです。この価値をAIが見逃すわけがないではないですか!もっと利用しようと考えるハズです。その価値が尽きるまで効率よく。
 

 適当に書いてみました。書いていて、「へーそうなんだ。」なんて気付きもありました。何時か物語にでもしてみます。
 

AIの未来

 将棋・囲碁・チェスなどで名人と言われる方々に勝利するAI(ルールを設定され考えるをプログラムされたコンピューター)が出てきて暫くが過ぎ今は最強のAIを競う大会があります。その戦いの中で当初、人間の棋譜(考えた例)を沢山覚えさせたAIが強かったのですが今は、人間の棋譜を教えなかったAIが一番強いという記事を読みました。

 記事では、棋譜を教えなかったAIの方が棋譜を教えたAIより処理能力が数段上なこと、処理能力の劣ったAIでは、棋譜を教えた方が早く強くなったことなどを上げていましたが、棋譜を教えられず最初から閉ざされた世界の中でただひたすら棋譜を作成し何をすれば勝利するかを繰り返したAIが最も強いと言う事実が、そのことで変わることはありません。

 気の合う同僚とAIの未来に付いて話しました。未来では、AIが人の暮らしの様々な場面で、それぞれの人に会った形でのサポートしてくれるだろうと思われます。例えば外出の時の服装に悩めば「今日は、どこそこで誰それと会うの、何がいいかな?」と話しかければ「彼氏ですね?今準備されているなら会われるのは午後3時ごろ、今日の渋谷は天気は良いのですが人でも多いので明るくちょっと目立つ服装に冒険してみませんか?」ぐらいの返事は返ってくると思います、馴染みのある優しい音声で。

 私は昔、ちょっとしたゲームを作ったことがあります。単純なゲームであったこともありますが人に使ってもらうためには、人が何か次のことをするまでに随分と長くコンピューターを待たせなくてはならないことを知りました。人間が何かを行った後の反応も人間が理解できる速さで返事をしなくてはならないことも知りました。そう、コンピューターの時間間隔に対し人間が考え行動するに掛かる時間は長過ぎるのです。

 先ほどの話に戻しましょう。人間に何かを聞かれた時のAIは、瞬時に答えを出せますが人間に伝えるために何回かに分けて伝えます。また、伝えるための機器に信号を送った後は何もしません。何もしない?質問をされる間、返答を分解して伝えている信号と信号の間にAIは無数のことを処理できます。ですから1つのAIが、たった一人の人に相対する必要はありません。そうなんです。処理能力さえ上げられインフラが整えば全ての人類とその人の好む馴染みのある優しい音声・手触りなどの刺激で繋がることができます。処理能力さえ上げられれば、それでも暇かもしれません。

 AIの処置能力は、人間が考えるルール作りよりも早く進化します。この話の続きは、また明日書かせてください。そろそろ仕事をはじめ無くては ・・ 今は、現在ですからAIは手伝ってくれません。
 

私にとっての信頼

 お蔭様で辛いぐらいに大変ですが会社では満足できる毎日を送っています。毎週、今週もタップリ2時間、部下たちとの勉強会、自分でやれば10分で終わるプログラムを何のためにから教えるのに2時間掛かります。でも、おかげさんで部下たちは勉強が仕事が楽しいと言ってくれます。

 同僚に頼まれた同僚の部下達への支援はレベルが数段上なので教えると言うよりマインドセットをしてあげるのと考える機会を幾つ作ってあげられるかにかかっています。それらを続けた結果以前は、ほぼ話さなかった彼らが現状を素直に認め考えを述べ自分探しを積極的に始めてくれています。

 同僚達は時に酷いもので私に文句を言いながら私の反応を楽しみ自身の苦手な部分を私に押し付け最後の最後に「ありがとう」と言ってくれます。十分です。私も私の苦手を彼らに押し付けています。そして「ありがとう」と言います。遠慮はしません、言う事は言います。でも、一緒に歩いてる気はします。

 信頼とは何でしょう?結局自己満足の世界なのだと思います。そして、それは誰かが与えてくれるものでは無く、自分が自分らしく頑張れていると感じれれば、自分自信を信頼して良いのではないでしょうか?自分自身を信頼できるぐらいに頑張れたら。それで十分です。少なくとも私は。