まだ悩む”伝える”から”伝わる”へ

 相変わらず伝える”から”伝わる”へ、どのようにして辿り着くかで苦慮しています(胃が痛い)。推進を他に依頼している会合メンバーに対し”プロセスを掴む”は伝わりましたがサブプロセス、サブサブプロセス、そして更なるプロセス解明にメンバー達は入ってしまうのです。悪くはないのですがそのやりかたを何時までも続けていると目的に近づく前に飽きてしまいます。

 大きく掴んで小さく進める。担当するプロセス全体を見回したら幾つかサブプロセスを作ってみる。次に発見された問題を幾つかサブプロセスに当てはめてみる。そのなかから数個をまた絞り込み(ランダムでよい)真の理由を探してみる。例えば、出庫を依頼しに行くと怒られる→その人の作業予定やルールを知らない→学習のチャンスが無い→出庫のルールが見える化されていない。

 この展開が正しいとは言えませんが少なくとも人の問題(感情)から工程設計のどこに問題があるのか(必要な人に必要な知識が伝わっていない)に気付くことはできます。これを他の問題で繰り返すと同じようなことに行き付き、どの段階の人にはどのような教育をすべきかが見える化され行動に繋がります。この発想の転換、論理的考え方がなかなか伝わりません。

 発想の転換ができ論理的考え方が身に付けば、早くに(全部を精査しなくとも)問題の核心に近づけ改善のサイクル(工程設計・工程教育・工程実施・工程管理)に繋げることが出来るのに。こうだと答えを言ってしまえば済むことでもありますが、それではどこを考える部分として残すべきなのか、また、それをどのように人を通して伝えるのか?”伝える”は本当に難しい。
 

伝言ゲームの精度を上げる

 随分とボタンの掛け違いを感じたのでお願いし遠方の同僚と久しぶりに仕事の話をしました。結果、丁寧に伝えていたと思っていたのですが同僚や直属の上司などを経て行くうちに目的(何のために)が消えてしまっていることが分かりました。

 入社したての方でしたらともかく十年選手に対して目的(何のために)を伝えないで仕事に当たらせることは g-mon に言わせるとパワハラです。目的の分からない仕事を早くやれと言われることがどんなに辛いかわかっていないのだと思います。

 ただ発信元は g-mon なのです。であるのであれば責任は g-mon にあります。伝え方の設計が間違っているのです。この計画は遡るところ7年前に開始したものですからある程度、目的(何のために)が薄れて伝わりにくくなるのかもしれません。

 早急に当時の目的を整理しなおし同僚たちと確認し合おうと思います。システムを変えることが目的ではなくお客様と真摯に向き合う工夫の結果、システムを変える必要ができたことを理解して貰わなくてはなりません。でなくては現場が辛すぎる。
 

何故かダルイ週の始まり

 土曜日、垣根の手入れをしたのですが勢いが付き過ぎて枝しか残らないような寂しい見栄えに成ってしまいました。何事にも程々と言うものがあるハズなのですが、なかなか。

 ただ、仰せつかった仕事は概ね午前中、しかも早い時間に完了。始める前には一日で終わるのかと心配していたのですが、昨年購入したノコギリが大活躍、これで調子に乗りました。

 それでは、空いた時間を有効に使ったかと言うと本など引っ張りだしてゴロゴロと。後で考えれば切った枝を処理しやすいように細かくしておけばよかったのにと後悔などしています。

 こう言った無駄に過ごしてしまう時間が沢山あります。それでいいとも思うのですが違うような気もします。そんなこと考えている時間も無駄?仰る通り、今週も始まります。
 

生半可な行為

 買えないものに”ノーベル賞”があるように”やってはいけないこと”があります。通常の場合、直属の上司を通さずにことを進めたり、ことを進める手伝いをしたりは、それにあたります。組織として存在できなくなるからです。

 では、なぜ組織として存在させなくてはならないのでしょうか?それは、組織であれば効率の良い生産(分業個性力の発揮)ができ結果として目的・目標を達成する可能性が高まるからです。生産性が悪ければ組織と呼べません。

 では、なぜ組織であれば効率の良い生産ができるのでしょうか?行動の目的・目標が共通なものに絞られていて、そこに力を発揮するためコミュニケーションを取り協力して進めることにより潜在能力までフル活用できるからです。

 直属の上司を通さないというのはコミュニケーションと協力するを取り除いてしまう行為になります。ですから、やってはいけない行為となります。ただし、その組織に責任を取る(生産性を上げる)自信と覚悟があるのでしたらべつです。
 

充実した会話

 総務部へ書類を届けに行ったとき、たまたま居合わせた同僚二名が問題の発生場所、起点の探し方、その後の対応方法と広め方についてスラスラと話し合っているのを聞くことができました。二人ともに笑顔、凄いと思った。

 新しい知識を自分の経験と結び付け同僚と話すことで定着させながら同僚の持つ違う経験を吸収することでお互いの理解も深めあっているのです。そう、思考のパターンは折に触れ口に出すと定着し似通った事例と結びつき更に発展する。

 同僚達は楽しのだと思います。人は、新しい知識や経験を知ること、そしてそれを理解し日常で活用し役立て結果を得たときに達成感を得る生きものなのです。それを仲間、同僚部下たちと一緒に味わえたとしたら楽しくないわけがありません。

 g-mon も同僚達と一緒に教わりました。「自立して自律する」経験から一人で立てるようになり、その経験を自分の糧にすることで自分自身を律することができるようになる。少しづつですが、あちらこちらにそんな小さな芽が出だしています。
 

目指せクールに話す

 必要な量を超えて話すと言うことは、相手を混乱させることのようです。のようですと書いたのは分かっているのだけれどやってしまっているからです。余計なことを言わない。寡黙になりたいです。

 仕事を進めるにおいて口を開かないと言うことはありえません。が、相手が黙ると理解されていないと比較的早く判断し口を開いてしまっていました。これに気を付けジット我慢の2分間、長かった。

 相手が口を開き、もう一人の同僚に理解したことの説明を指示の形で話し出しました。驚きました!暫くジット聞いていました。指示が一区切り付いたところで口を挟みましたが余計だったと思います。

 余計なことまで話してしまう理由に「自分に自信がなくなっている」があると思います。相手にしっかり伝わっていると自信が持てれば、もう話すことは無く口を閉ざすベキ。まだまだ修行不足です。
 

立ち直り力!

 組織をまとめるために調整をあちらこちらで取っているのですが、お陰様であちらこちらで豪い目にあい少し考えます。

・相手が否定されていると感じる言い回しを話の導入に持ってきてはいけない。
・どんなに否定され打ちひしがれてもポジティブ精神を忘れてはならない。
・報告を受けた時には適切な一呼吸を置いて次の一手を託さなくてはならない。

 理解し実践しているつもりであっても見直せば出来て無いことが分かります。そう、年初に立てた目標だって日々確認しなくては忘れてしまうのが人です。またやってしまった失敗は仕方がないとしても身に付くように直ぐある次の機会から反復練習です。

・相手の行動の良いところを確認して話の導入では褒め(認め)よう
・笑顔、特に長時間に渡るディスカッションでは、休憩を取り明るく振舞おう
・報告は、ジックリ聞こう、そして「大丈夫少し時間をください」とお願いしよう

 できると思う。何よりもそれにチャレンジする g-mon を楽しみたいと思う。少しワクワクしてきた。
 

言葉選びの面白さ

 同僚何名かに教えを乞い聞いてみると、否定されたり理解の外のことを強く言われたりすると腹が立つ人が多いようです。 g-mon にとって本来そのようなことは「どうでもよい」と言う分類に入ってしまい、その分類の方とは接触を少なくすると言う手立てを取ってきました。今までは。

 我関せず我が道を行くを通せる範囲の仕事をしていた時には気にも留めませんでしたが、いざ全社に関わるとなると、どうにもいけません。何かと横やりが入り痛くもない腹を探られます。そう、敵を作ると言いますか日頃のチョットした言葉使いで生きやすくも生きにくくもなるようです。

 面白いのは、上司が面白くないと思い色々言っている場合には、内容のわかっていない部下は鵜呑みにして、そのままその言葉を反復して話をして文句を聞かせてくれることです。筒抜け。逆に、その部下が納得した場合、面白くないと言っている上司に話が伝わることは、ありません。

 利口な上司ならば情報を集めようとするでしょうが。全ては g-mon の今までの言動の過ち、身から出た錆、しかたがありません。できるかできないか言葉使いを何とか改める行動方法を探しましょう。そして言葉の問題ですから修正された言葉をどのように伝達するか。それも面白い。
 

伝え方、その?

 「分かりましたよ、言われた通りにしますから言ってください」と言われてしまいました。違うのです『ご自身で考えて行動してほしい』と言っているのです。問題は、どのようにすれば『自分で考えて行動できるように成る』のかを g-mon が理解していないところにあります。

 物事を大きく捉え、その対象と目的に合った基準で整理し、見えてきた事柄を組み立てて課題を明らかにし、どの順番で改善していくべきかを考え筋道を吟味し、行けると判断できれば小さく試し、手応えがあれば本格的に根回しし、仲間を説得し、行動を確認する。

 言葉にすればたったこれだけのことです。そもそも個々の目的と目標はボンヤリとでも見えていると思うのですが実際の組織的活動との関連付けが頭の中で結びつかないのでしょうか?それとも目的と目標を時々忘れてしまう?何を糧に行動しようと思うのでしょうか?

 できる範囲で「あなたの行動が相手に伝わり、伝えた相手の行動がその部下たちを幸せにする」と説明しました。後ほど「その通りに伝えました、やってみます」の返事を頂きましたが、できれば「考えてみて、それも筋が通っていると思えるのでやってみます」が良かった。
 

今も踏ん張りどころ

 g-mon が(いまは”達”?)作成したシステムを使っての仕事をしていて変だと気付く人がいます。こちらの仕事量ではなく、その方の気になる点が中心ですので修正の依頼と催促が来ます。それは、とても良いことだと感じています。

 立ち上げ時には、それなりに考えてあったシステムですが長く使っていると何かしらの不具合が見えてきて当然です。ただ最初から使っている方や普段から考えない人、新人さんなどには不具合(ムリ・ムラ・ムダ)が見えないようです。

 この不具合(ムリ・ムラ・ムダ)に気付いて貰えると g-mon 嬉しくなります。少々しんどくとも何とか改善しようと思います。そして結果を喜んで貰えると、もっと嬉しくなります。部署などが違っても一緒に仕事をしている気に成れるのでしょう。

 この楽しさ嬉しさを後輩にも早く教えてあげたいとは思うのですが残業規制その他、急いでは不具合(ムリ・ムラ・ムダ)が出ます。ここは今少し踏ん張って後輩たちに余裕ができるのを待ちます。なんだかんだで良い感じなのかな?
 

ブレまくり

 g-mon 時々ブレます。今は、周りが何故協力してくれるのかに付いて考えが及ばずブレています。同僚が言うように「そう言う雰囲気」に成ってきているのでしょうが、それだけでは弱い気がしますし、そもそも「そう言う雰囲気」を作ってきたのですから整理して「そういう雰囲気」とは、どう言うものなのかを今後の「そう言う雰囲気」作りに役立てたいと思います。

 幾つかのポイントは見えています。
・率先してくれる人がいること
・その人の言うことが理解できる内容であること
・その人の言うことが自身にとってもメリットがあること
・実行するのに負荷が少ないこと(頑張ればできる範囲)
・周囲の意見も同じ方向であること
と言ったところだと思います。

 これらをある程度提供しここまで来たのだと思います。ただ、恐ろしいのは「志」の低さです。g-mon にとっての「志」は、全ての社員の幸福です。もちろん、その幸せが他に伝わり、より広い世界での幸せに繋がることも期待しています。ただ、困ったことにそれ以上のビジョンが無いのです。外からは、どの様に見えるか知りませんが、参謀であってトップの器ではないのです。

 ブレているなー。今はペンディング事項にして、目の前の課題を片付けます。
 

来週は休もう

 もともと仕事の絶対量が多いうえに部下を持ち大きな改善活動を始めたものだから教えるのも伝えるのも大変、潰されてしまいそうです。

 やはりこういう時は考えが散漫になっているような気がします。話し方も横暴になっているかも知れません。何より「やらしていただいている」が「やってやっている」に成っているかも知れません。それでは失敗します。

 謙虚に、教える、伝える、相手のために言葉を態度を慎む。深呼吸して心が落ち着いたら一度体を休める。そう、休みも重要なんだと思います。また頑張るために。
 

相手の気持ちになって仕事をお願いする

 「間に合った」とは言いにくい資料でしたが「相手の気持ちになって」の説明に心掛けました。お蔭さまなのか受け入れてくれ「行動に移せる」と言っていただけました。よかった、これで今月もこの件に関しての目標を達成できそうです。行動の結果を確認し、また来月ですね。

 目的に向かって行動できるように目標を設定し相手の反応を見ながら言葉を選び何をどのように実施するかを納得するまで何度も説明するのは、その方が自分で考え行動できるようになっていただくためです。それには、とても長い時間がかかりますが上司にとって一番大事な仕事だと思っています。

 係長辺りの方たち11名にアンケートを取らせていただきました。「最近楽しかったこと」の問いに対し「自分なりの工夫で何かしらが達成できたこと」を半数の方が上げていました。逆に「最近辛かったこと」の問いに対しは「達成する理由の説明なく作業を繰り返し行ったとき」と言う答えがほとんどでした。

 結果を見れば当たり前の回答ですが普段私たちは相手の気持ちを考えずに、いかに多くの仕事を押し付けていたかと反省しました。理由のわからない仕事からは考える力はなかなか育ちません。「相手の気持ちになる」と言うのはお願いする仕事の価値を伝わるまで説明することなのですね。
 

長い計画を続けるコツ?

 昨日も考えが煮詰まってしまい家に仕事を持ち帰り本をパラパラと ・・ 結局アイデアも出ず明日に備えようと寝ることに。寝れませんよねー、頭の中を考えがグルグル駆け巡り何とか目処が付いたと思った頃が深夜2時、少しだけ安心し眠りに付きます。

 考えが固まりだしたところで次に感じるのが表現力の無さ、イラストの一つも描ければ良いのですが才能なし。結局は、表現力の無さを言葉の数と親切な同僚たちの援護射撃で補います。それが終われば、早々に次のステップへの準備が始まります。

 そんなこんなの繰り返しではあるのですが要所要所に g-mon なりの区切りを設け、そこにたどり着いたら振り返ることにしています。大きくは1年、小さくは1月ですが、ここで小さくとも達成感を必ず味わうことにしています。今のところは上々です。

 もしこの確認作業を行わなかったとしたら g-mon の気力は持たないと思います。ですので同じように仲間達にも小さくとも達成感を味わってもらえるよう確認した内容をフィードバックさせて貰っています。継続するコツ、達成感無しには続かないです。
 

「伝える」から「伝わる」へ

 あいかわらず伝え方に苦慮しています。それはそうです事が運ぶにつれ行動する人数は増え内容も高度になっていくのですからしかたがありません。どのような点に苦慮しているかというと、どこまで説明しどこから答え(目標)を自主的に見つけて貰おうかの線引きに苦慮しています。

 言ってみれば後輩たちが考える余地をどの程度残すかと言う問題でもあります。この会社は個の意見に対し理解しないで動くことを長く続けてしまったために自主的に考えることの重要性に気付けないのです。ですから考える楽しさや自主的行動の後の達成感を味わい身に着けて欲しいのです。

 任せている会合(毎月1)のリーダー報告や毎回のメンバーに対するアンケート結果から推測すると、もう一段下がった「やってみせる」が必要のようです。幸いなことに別プロジェクトで進めている行動結果が良い事例になります。最初に答えを示して論理的な思考の道筋を示す、どうでしょうか?

 伝えることは g-mon 自身の考えを整理することであり勉強です。伝え共に行動することで結果が出せ達成感を味わっていただけ、結果として信頼関係が深まって来たからこそ、今も多くの仲間が共に行動してくれているのだと思います。「伝える」から「伝わる」への学習、続けたいと思います。
 

自分に引きずられない

 去年の夏前に計画していた新旧システム入れ替えの「旧期限が今月末です、延長を依頼しました」と後輩からの連絡。お任せでしたが気に留めて調べておくべきでした。もし、後輩が見落としていたらと思うとゾッとします。

 考えてみると去年暮れに急遽会社を退職したハズでしたので新旧入れ替え時の処理で見落としが、まだあるかも知れません(2つありました)。そっちがそうならこっちもそのように、と感情的になってしまったのが間違いでした。

 人は感情の生きもですが犬猫にも感情はあります。犬猫になくて人にあるものは思考ですから感情の生きものであると同時に思考の生きものでもありたいと思います。ただ、思考のキッカケになるのが感情であるのも事実です。

 今も腹立たしいことは山ほどありますが、思考を使ってそう言った感情を上手く生産的な方向に向けさせたいと思います。そのために自分から離れて自分やその周囲を見る練習をもっと積み重ねます。その方が楽しいですから。
 

思考回路の男女差?

 会社に出勤してからヒゲの剃り残しに気付きます。会社にカミソリを置いておきたいと思います。そして、その考えは間違っていると気付きます。改善すべきは剃り残しをしないこと、更には何故剃り残すのか?起きるのが遅い?確認工程が無い?などなど。

 ま、どうでもいいことなんですけど気になった時は自分と遊んだりします。妄想癖とでも言うのでしょうか?多分雑誌に掲載されるクイズやクロスパズルを好きな方の行為と同じようなことなのだと思っています。何かを感じると色々こねくり回して考える癖が付いてます。

 この癖は幾つかの時に役に立ちます。例えば会話の中に冗談を挟むときに使えます。こねくり回していると比較的嫌みのないウイットに繋がった言葉が出てきます。他にも夢を広げるのに使えます。以前こねくり回した考えと繋がったりします。面白いです。

 単なる癖ですから周囲の人からは、どんなことをどのような経路でどんなふうに飛躍してその答えに行き着き何を話し出したかは、まったくわからないでしょう。それを分かってもらえるように説明するのが、また大変楽しいのです。そこが女性の思考回路と少し違うように思っています。どうでしょう?
 

新人歓迎会がありました

 新人歓迎会、2年ぶり?3年?対象は2名でしたが1名は技術部に貸し出しているので実質自部署は1名。若いんだは、これが、21歳ホヤホヤ!なんか話しましたけどゲーム以外の話が通じていたかどうかは定かではない。

 他部署のお仲間も集まってくれました。何時もお世話になっている大御所です。ありがたいのですが、なんだかまたイジラレていたような記憶が?実に楽しい時間を過ごさせていただきました。これも新人くんのお蔭です。

 長い間1人でやってきた部署も今は4名体制、少し形になりました。g-mon の会社は大きくないのですが生産性を維持し更に改善したいのであれば最低5名体制が必要です。そこに学んだことと夢を引き渡し引退予定です。

 何故引退するのかですか?やってみてくださいよ、この仕事もそれなりに大変、疲れます。g-mon 仕事を楽しんではいますが今の調子でズット走れるものではないとも感じています。さて、頑張ろう!素晴らしき引退セレモニー目指し!!
 

同僚たちに感謝

 g-mon が「大きく捉える、数値で捉える」と言って何度も事例を示し説明しても理解されません。そこで同僚に付き合ってもらい、何が伝わっていないかを議論し更にはどのようにすれば伝わるのかについて計4時間も話し合ってもらいました。

 結論から言ってしまえば「徐々に伝わっている」でした。少なくとも話し合いに参加した4名には「現象を客観的に捉え関連する全行程のどこで発生し何に起因し結果、現在どの工程でどのようなことが何件起こっていて、それは全体の何割にあたる」のかの考える順番を理解してくれましたし実際に始めている部署もあることを分かってもらえました。

 と言うことは「プロセスの見方が分かってきた」ハズなので、おのおの実際に使ってみてプロセスの管理の状態を確認してみてもらうステップに進んでくれるでしょうか?多分また止まると思います。頭で理解したということと具体的に行動に移せるということは違うことだから、しかたがありません。

 今度は個別に何時間か話すことになるのだと思います。そうやって少しづつ理解されないことの溝を埋めていく。とても長い時間がかかるのですが、やはり付き合ってくれる仲間達に感謝でしょう。言っていることを理解してもらえるのはとても幸せです。
 

計画について相談を受け

 時間の制約があるのでジックリお話を聞くことが出来ませんでしたが、明らかに2つの考え違いをさせているこには気づきました。一つは「現状把握の次に考えるのは何をやらないかである」ことを忘れて目標計画に何もかもを盛り込んでいることでした。二つ目には「実際に行動した結果をどのように数値化して把握するか」を忘れているので行動計画に具体性がないことでした。

 正直に言ってしまうと現状把握も現状把握になっていませんでした。数値で捉えていないのです。何のデータも調べていないことが分かってしまうほど言葉だけで作り上げた目的と目標でした。その、思いは素晴らしいのですが、どうやって実現するのかが一つも見えてこない計画ほど非生産的なものはありません。万が一実行に移されたと考えてみてください何人の不幸な人が生まれることか。

 全体を数値で捉えるのは、それほど難しいことなのでしょうか?例えば、担当地域で取引したことのある会社が何社あって、現在営業担当がフォローしている会社は何社でそのうち競合が発生している会社が何社あるかを捉えるとしたら。それを、どのように数値化し行動の結果をできるだけ労なく集計したいとしたら。あなたならどんな計画を立てますか?いくつか具体的な行動が思いつきますよね?

 テーマの良し悪しはおいておいて何か違うテーマでも練習してみてください。少なくとも大まかな現状把握の手順は理解できると思います。結果が思惑通りに例えば競合にシュアを奪われつつあるのであれば戦場と戦力を比較しながら具体的な目標を設定することができるようになるハズです。何かを思いつくことは悪いことではありません、問題は深く考えない(調べない)で行動に移すことです。それは、とても不幸なことです。
 

人のせいにしない理由

 このところずいぶんと悩んでいることがあります。それは、仲間たちにお願いしている改善作業の進め方についてです。昨日の日記にも書きましたが、まず問題を関連するものごと全体で捉えることが苦手です。そして次に、全体で捉えた後にものごとを分類し整理することが苦手です。

 例では、ある工程に対して他部署から意見を募ったところ、ありがたいことに400件以上の回答をいただきました。これに対し受け取った側の最初の回答は「こんなに沢山対処できない」でしたが、すでに協力して工程を洗い出している経験があります。同じように手分けして行えばできます。

 この山を越えて次に進み具合を確認したところ「意味が分からない回答が多すぎるから直接確認する」でした。回答には心に刺さる内容や意味の読み取りにくいものがあるのは確かですが一つ一つに心が折れてしまっていては整理できません。長い経験から推測し大まかな分類はできるハズです。

 ここで気付きました。大まかな分類ができないのだと。400件以上の回答を大きく分類すると工程改善に繋がる回答と工程教育に繋がる回答に分けることができます。更には、工程改善につながる回答は問題の発生した工程ではなく問題の起因する工程に紐付けることで整理することができます。

 教育に分類できる回答は、更に「心得、技術・技能、スキルアップ」に整理し何を何時どのように教えるべきかに繋げることができます。では、なぜ大まかな分類ができなかったのでしょう?学習と経験の差だと思います。ただ、この学習と経験不足の真の要因は「問題を人のせいにしていた」からではないでしょうか?
 

戦況分析の繰り返し?

 少し大きな仕事を進めようと考えると多くの部署が協力しなくては進まないことが分かります。更に言うならば、多くの部署が協力する前に各部署が行う仕事がおのおの管理の状態であることが前提条件になります。

 多くの中小企業においては、この管理の状態を理解しておらず結果としてボトルネックが各部署の様々な処理に出現しお互いの足を引っ張り合っている、と言うのが現実ではないでしょうか?協力の手前の問題です。

 これを解決するためには、全体が見えた状態で先々のことを考え目の前にある問題点を再度整理しできることから始める、と言った手順が必要になります。ビジョンを示しお互いの状況を確認させることが重要です。

 お陰様で徐々に自主的活動が動き出し、できることから形に成ってきています。しかし、依頼する仕事の視点を少し上げるとまた直ぐに理解されなくなります。最適な視点の位置とその説明方法を模索し説明を繰り返す。この繰り返しが g-mon を強くします。
 

(管理の状態とは、決められた処理が継続的に行われる工夫がなされており、決められたことが出来なくなったときにアラームが鳴る仕組みができている状態のこと。更には、その仕事を改善し教育する仕組みがあること)
 

嘘のニュースを考える

 世の中には大体でよいもの、キチット抑えるべきもの、そして比べてはいけないもの、比べなくてはいけないものがあります。ただ、明確にそれが分かるかと言うとこれがなかなか。

 g-mon は、物事を大体で捉える傾向があります。したがって細部については気にならなかったり見落としたりします。これは、キチットされている方から見れば嫌なことでしょう。そのような g-mon ですが、ここだと言うポイントが見つかると急に細かい性格になります。単純に言って必要だから細かくなるのです。ただこれも必要だと意識されない方にとっては嫌なものです。

 比べてはいけないものは単純です。お母さんとお父さん、お姉ちゃんと私のどっちが好き?なんて時は、比べてはいけないものがあることを教えてあげましょう。これに対して比べなくてはいけないことは少々複雑です。そこには嘘と真実があるからです。この世の中には色々な情報がありますが、どれが嘘でどれが真実か受け入れる前に調べなくてはなりません。

 もちろん全ての情報を比較する必要はないでしょう、でも本当に重要なことは意外にも目の前にあるのにもかかわらず見落としてしまうものなのです。もしかしたら細部(目の前のできごと)に注意が行って大きく大体でとらえることができていないのかも知れません。政治的なお話は苦手ですが、将来も見据えての今であって欲しいしその結果の決断でありたいと思います。
 

届いた本

 亡くなる直前までFAXで送られてくる俳句の添削をしていた父、その文が49日を過ぎた後に届いた本に掲載されていました。毎月楽しみにしていましたが最後かと思うと目に熱いものがあります。

 無宗教ですので個人的には、死んだら何も無いと思っています。それでいいのだとも思っています。そうではあるのですが、それでも残されたものには、ポッカリと穴が開いてしまうのも事実なのです。

 死を意識すると言うことは、生きるを意識することに他ならないと思います。その生き方が良い悪いと言う問題ではなく、生きていると言うことを感じている生き方をしているかと言うことではないでしょうか?

 父も母も楽な生き方では無かったですが、生きているを日々時々に感じているような生き方でした。子は親の背中から日々学ぶものだと思います。同じようには生きられませんがしっかり生きたいと思います。
  

得意なことは幸せなこと

 突然の電話!ぽぽさん(娘)から孫の初節句の報告でした。プログラマーはダメですねー、完全にマトリクスの世界に入っていたのでmomoさん(嫁)に言われるまで電話を貰ったことすら忘れてしまっていました。TV電話に映された可愛い孫の顔を思い出せて良かったです。

 ここ数日は、珍しく1つ(何時もは並行していくつか)のプログラムを組んでいたのですが、何かに集中できている時に時間や空間が別の世界に行ってしまうことは、よくある話し。疲れますが達成感はあります。ですので、この仕事は g-mon に比較的向いているのだと思います。 

 時々苦手なことを克服しよう的な話を聞きますが、できれば小学校までに克服しておきたいものです。この年になったら得意なことだけに集中する、頑張っても得意なことに関係している苦手なことだけは克服しておく、程度でよろしいのではと思います。努力の割には身に付かないからです。

 人の命には限りがあります。何かしらの成果をだすためには得意なことをするのが一番良いと思います。そして願わくば、その才能を生かしてくれる仕事、上司や同僚に恵まれればとも思います。が、しかし!それ以上に大切なことは孫の笑顔?キットそう言うことなんでしょう。
 

仕事スタイル

 予定より2歩先に進みたかったのですが予定通りの量しか仕事が進んでいません。考えるは、ある程度で区切りを付け、それなりに集中も出来たので進め方は悪くないと思うのですがプログラムも最後は力仕事です。量があれば手を目いっぱい動かしてもなかなか形になりません。

 それでも今回は、後輩のためにと資料を作成しながら行っているので手間と時間はかかっていますがテスト時の不具合が少ないようです。今でしたら全体の構成や細部のラベルや変数名なども頭の中に入っていますから整理し多少見栄えを良くするなら、このタイミングしかありません。

 本当は、たたき台の作成から後輩に参加させたいと思うのですが、それをしてしまうと納期に間に合わなくなるのも事実。連休明けまでに形にして説明資料を用意しポイントを教えれば後輩が何とか手を出せるレベルまでに仕上げておく。面白いですね、それが今の仕事スタイルです。

 お陰様で g-mon の作り上げたシステムは、この会社に根付いています。会社が潰れてしまわなければ後輩たちが更に未来に繋げてくれるだろうし、この会社の利益に貢献してくれると思います。名前は残せなくともシステムとその考え方を残すことができます。だから頑張らなくては。
 

山菜を食べ思い描く

 昨日は、摘んできた蓬でヨモギ団子を作って貰いました。その前は、母方の本家を訪ねた時に貰った蕨を重曹で灰汁抜きしてお揚げと鰹節で頂きました。茎が太過ぎるかな?と思った高菜も上手に漬けて貰って噛みしめれば何とも言えぬ旨味が♪

 この他にもたまたま立ち寄ったキッタナイ食堂で定食に添えられて出てきたイタドリが上手に漬けてあって美味しかったり不思議とこのところ山菜づいています。季節ですねー。どこかに遊びに行くと言うことはできませんが、十分幸せ感じています。

 幸せは自分で決めるもの。そして自分で手に入れるものだとは思っています。それでも周りに支えられて何とか自立させて頂けていると言うのも柔らかく感じてもいます。それは父母からと言うよりも両親と一緒に歩いた山や野から教わった気がします。

 「千の風になって」と言う歌詞がありましたが頬を通り過ぎる風が優しい。子供の頃に連れてきてもらった野原と同じ風が優しく通り過ぎていく。あの時と同じ、山菜を夢中になって摘んでいる母がそこにいます。父がいます。 g-mon は、幸せです。
 

頭をリセットする

 たまには頭を空にする日があった方がよいと思います。何の用事も目的も無い日があるならば、それはそれで充実した日と言えるのです。それに時々空にしてあげないと新しいものが入ってこないでしょ?

 頭が空になると気分がいいです。何の苦労も心配ごとも無いのですから幸せに決まっています。緊張感も好きですが解放感も好きです。片方が良くて片方が悪いということは無く欲張りなので両方が必要です。

  そう、 g-mon は欲張りなのです。ですからついつい色々なことに手を出してしまいます。そうしないと上手くいかないとわかってしまうので仕方がないところもあるのですが、基本は欲張りだと言うことなのです。

 でも、欲のかき過ぎはいけません、身を滅ぼしてしまうことだってあるのですから。だから時々空にするのです。何も無かったことにしてしまうのです。天気のせいだけではなくお陰様で今日はとても気分がいいです。
  

思考停止?

 同僚たちと昼飯を食うと、ついつい食べ過ぎてしまいます。本人的には食べることに夢中なのですが、キット楽しいのでしょうねー。

 相変わらずドジを踏んだり転んだり、行き詰ったり乗り越えたと思ったら落っこちたりと忙しく、結果として思い悩むことも少ないです。

 昨日も慌ただしく幾つもの仕事を熟し気付けば暗い時間、それなりに充実しているとは思うのですが仕事を止めたらが不安かな?

 スローライフとかユトリを持ってとか思うのですが、どうしたものでしょうねぇ。まあ「その時になったら考える」それで正解だと思う。
 

朝のコーヒー

 この世の中で楽しいことと言ったら「食べること、遊ぶこと、寝ること」そして「知ること?」考えてみると例え退屈に思えたとしても今この一瞬は、まったく新しい時間の訳で更に続いて起こるであろう数秒先のことは全て未知の世界であると言えないこともありません。

 そうであるのであれば、今この瞬間を退屈と思うか素晴らしいと思うかは、やはりその人の見方、考え方、感じ方次第と言うことになるのではないでしょうか?そして次の瞬間に何を思ってどんな行動を取るかによって、その先の全てのことが変わるのは事実です。

 さあ、どうしましょう!楽しくなってきました。この日記を書き終えたら少しばかり気になっているソースコードを読んでしまおうか、それとも本を先に読むか、いっそ表に出て香り豊かなコーヒーを買いに行こうか?お陰様で今日もよい天気ですからコーヒーですね。

 以前から気になっていたのですが今日初めてコンビニでコーヒーを注文しました。ワクワクしました!新しい経験です。新しい経験をして「知ること」の次に来るものは「つくすこと」のような気がしています。さあ、今日も頑張ってよい仕事ができたらと思います。