ブランド

 ブランドは見るものではなく感じるものである。みたいなことを書こうと思っていたのですが同僚の方が上手く消化し仲間に説明していたので恥ずかしくなり止めることにしました。大したものです。

 今年に入り同僚のスキルが大幅にアップしています。聴き手に語りかけるように成りましたし何より深く考え消化し自分の声で話しています。彼が言うようにインパクトかける回数、経験を積み重ねた結果だと思います。

 振り返って g-mon はどうなのでしょう?つぶされそうなストレスで眠れない夜も多々ありますが乗り越えるために必死で学を繰り返しています。ある意味そう言った場所に自分を追い込んでいる感もあります。よせばいいのに。

 出来ればそんなところは誰にも見せずにスマートに行きたいと思います。大変そうなイメージより何時も笑っていて相談に行けば何とかしてくれる。どうせならそんなブランドを持ちたいものです。

追記:同僚が教えてくれたことは自社のブランドを高める活動がいかに魅力的かと言うことです。仕事はわくわくしてやるものです。同じ仕事でも見方ひとつで大きく変わります。
 
 

クラス会

 先生方も出席しての随分と久々のクラス会に参加した。みんな変わらない。容姿は随分と変わったようにも思うけど中身は変わらない。人間、本質の部分は変われないのかも知れない。

 ポツポツと再開する一人は幼稚園の先生をしている。「私は子供が嫌いなのにねぇ」と笑いながら何時もいう。その先生の言うことは再開する度に成るほどと思わせてくれる。

 今回教わったのは「何でも直ぐに手伝うべきではない」と言うこと。ちっちゃくたって自分で考える事はできるのです。考えてやってみて貰って出来ないところだけを助けて出来てもらう。

 そんな風に上手な距離で付き合ってくれる先生の生徒ならば考える大人に成るだろうと思う。考えて何かを達成することは楽しいのだからズットそれが続き幸せな人生を送れる人になるのだと思う。

 先生方にも友達たちからも随分と教わってきた。折角教わったのだからいろいろと試してみたいと思う。そして次に会えた時に皆の話を聞きながら心の中で少しだけ自慢したいと思う、g-mon もって。
 

思いの行き違い

 g-mon に問題があるのですが思いの行き違いが多く大変申し訳なく思うことが続きます。さりとて、同僚の設定した目標が高過ぎたり低過ぎたりしているのを見れば失敗を重ねさせる訳にもいかず。

 人が人に何かを伝えることは大変に難しい。何より難しいのは相手との認識や知識そして経験の差をどのように埋めるかです。失敗して「ばかにしているのか!」と怒鳴られたこともありました。

 幸のことに今一緒に戦っている同僚たちに限ればそういうことは無く、熱い議論はするものの誰もが「もう一度考えてきます」「明日言われたことを整理してみます」と言ってくれます。とてもありがたい気持ちになります。

 と同時に不安にもなる。もっとうまい言い方はなかったのだろうか、話の筋道はわかりやすいものだったか、そもそも相手が腑に落ちない部分を理解しているのであろうかと。

 お互いなんだと気づく。同僚たちは信頼しこちらの言葉を消化しようと努めてくれています。g-mon も同僚たちを信頼し彼らが抱えている課題を理解しようとしています。一緒に成長しているのだと思います。
 

優先度の高い仕事

 少し前まではとても元気だった後輩がこのところ元気なく見える。違っているかも知れないのだけれども褒めたらないのかも知れないし希望的目標の設定(現在の彼と g-mon とのギャップ)が高すぎる表現なのかも知れない。

 そう、少し前まではこの2年間で学んできた仕事の延長戦だった。このところ始めた仕事はまた新しい扉のため戸惑いも不安もあるハズ。であるならば初めて仕事を与えだした頃に戻って教え方を組み直すべきかも知れない。

 それにしたも頭の良い後輩だと思う。学びだしたことが理解出来なくても一つ一つ対応していけば先で繋がり理解できてくることを経験で覚えてくれている。であるのであれば教える順番と掛ける時間をもう一度見直そう。

 今の g-mon にとってもっとも優先度の高い仕事は、伝えるべき知恵をどのように経験してもらうかを組立てること。ならば、並行して行う通常業務はサラリとこなし、考える時間の効率をあげ、最善手を実行したいと思う。
  

何のために?

 仕事を進めるには「目的・目標・課題・戦略・戦術・判断基準」の手順が必要です。システムを組むには「目的・要求仕様書・調査書・概念図・設計図・詳細設計図・プログラム・試験仕様書・マニュアル」が必要です。

 以前から気付いてはいたのですが思考のパターンは何時も同じ、それは仕事だけではなく全てに通じると思っています。ただ自分のこととなるとどうも苦手で思考が止まってしまいます。誰かのためにでしたら幾らでも考えを巡らせることができるのに。

 時間は有限です。人が「限られた時間で何かしらを残したい」と思うように作られているとしたら、それは「時間を受け継ぐ誰かのために」と言うことになるのでしょう。

 であるのであれば「前に進むのに役立つ思考のパターンを誰かに伝えたい」と思うのは自然のことだと思います。そしてどのように伝えるべきかをまた思考のパターンを使って考える。使えば使うほど洗練されていく思考のパターン、今はそれを伝えることが目標で目的は「誰かのために」?。
 

父の付き添い

 今日は、父の付き添いで国立病院に来ている。病院とは長く待つものだと知っている。沢山の患者さんがいて丁寧に対応し処置がある場合にはおのずと時間が掛かる。それでも何とかさばき切れているのであろう、大きな混乱はない。

 何の問題も無く病院を訪れるのは付き添いを除けばほぼいない。車いすを押しながら少し離れた病棟の内科に向かう。怪我や病気、心の病などもあるのであろう、見回しても元気そうな方は見つけられない。

 その中で看護師さんたちだけが明るくキビキビと動き回っている。患者さんたちはホットするだろうし付き添いにしたって声が掛けやすくなるので助かる。気付けば診て頂いたドクターもとても優しいまなざしだった。

 父の病気は思わしくない。それでも方針が決まれば後は悩んでもしかたがなくやれることをやるだけになる。病院のスタッフの方々の笑顔と優しくかけられた声に助けられ病院をでる。心は少々暗いが空は晴れやかだった。
 

戦略について考える

 実は、g-monの会社には「目的・目標・課題・戦略・判断基準」はあるが「戦術」がない。初めからそう指導されているのだからしかたがない。そこで「戦略」を「戦術」と読み替えてほかに「環境(戦略)」を用意し「人」中心にどのような戦う条件が用意できるかを明確にしている。

 戦うのにどのくらいの資金が用意できどんな兵器があってどのくらいの時間をかけどんな情報を集められどこで戦うか。それらを実際に行うのは人であるからその方たちの特性と能力を知ることが大切で更には何時までにどのように成長してもらうかが勝敗の鍵になる。

 それらの選択肢を整理したうえでの戦術だと考える。思うに会社は「目的・目標・課題・戦略・判断基準・戦術」の順で考えろと言っているのかもしれない。目的=何のために、目標=何を成し得るか、課題=阻害する問題、戦略=戦う選択肢、判断基準=勝敗ライン、戦術=戦う手順。

 いずれにしてもどんな小さな戦場であっても「目的・目標・課題・戦略・戦術・判断基準」の順で考えることを疎かにすべきではない。必ず目的の確認から始める。そうでなければ何と戦っているのかを見誤ってしまう。 g-mon の会社はまだまだ目標や戦術から入る方が多い。
 

曇り時々雨、のち晴れ

 前日が楽しいお酒だったので寝坊、慌てて起き出し朝飯も食べずに妹のお付き合い。最近は、仕事以外も忙しくなんだか g-mon が g-mon ではないような気がします。それもまた”たのし”ですね。

 楽しいお酒のお相手は”こまさん”と”マリウスさん”、ぽぽさん(娘)の出産祝いに来てくれました。本当に仲の良いご夫婦ですしお話は学ぶところが多く g-mon にとっても大切なお友達です。

 何事もそうではあるのですが、心の中にこれだと言うものを持っている方は強いです。何かを決めるでも行動を起こすでも心の声に従えば良いのですから。それは、g-mon にも一応はあります。

 キッパリと言えないのは、やはりよく悩むからでしょう。何かを一つに決められない性格なのですが、誰もが自分と言うものを持つべきですし、キットそれは頑固と言うものとは違うとも思います。

 自分なりの心の中のこれだと思うものは「生きていくのに大切にしたい」と思えるもののことでしょう。であるならば、それは誰かに押し付けるものではなく心の中で大事にする。それだけで十分のハズですから。
   

会社に対する夢

 新製品のソフト開発部隊が残った作業の多さに溜息をついた。ばかだなぁ、と思い一言言ってやった。「いままでは終わりも見えなかったのに今は見えるじゃないか!」ソフト開発部隊に笑顔が戻った。

 作業量は多いが幸いにも援軍の調整がついたので完成納期はこれ以上(伸ばせば不思議とそれ以上に伸びることを知っているから)伸ばさないでおこうと思う。それにしても頑張ってくれている。打ち上げ位は用意して上げないと。

 ここ数年、総務部に対し会計と社員研修(教育)について仕組みと考え方を教えている。品質保証部と一緒に品質保証体制の基盤整備を行っている。そして新製品に使用する組込ソフトのプロジェクトを任せてもらっている。

 どれも優秀な仲間たちがいるからこそここまで形にしてこれた。後少し頑張ればそれぞれに引き継ぐことができる。その仲間達の中から自身や部署ではなく会社のためにを一番に思ってくれるリーダーが育つと思う。
  

TOYOTA MIRAI(1部?)リコール

 ありがたいことにリコールの手紙が届きました。これでやっと「TOYOTA MIRAI」がネタの日記が書けます。

 リコールの内容は「燃料電池システムにおいて、FC(燃料電池)昇圧コンバータの昇圧制御が不適切なため、長い下り坂を走行直後にアクセルを強く踏んだ際、FC昇圧コンバータの出力電圧が最大制御電圧を越えることがあります。そのため、警告灯が点灯するとともに燃料電池システムが停止し、走行不能となるおそれがあります。なお、通常の始動操作で再始動は可能です。」とのこと。

 g-mon の場合は、燃費の向上する運転に徹しているために”アクセルを強く踏んだ”ことがございません。燃費運転が体に染みついてしまっているために踏みたくても体が足が言うことを聞かないのです。ましてや”長い下り坂を走行直後”でしたら蓄えた位置エネルギーを利用してニュートラにシフトし車を転がすに徹します。

 先日も水素ステーションで充填中に「1充填で500km以上を走れる方がいると話したら驚かれていましたよ!」とステーションの係の方が話してくれました。(ここ八王子の水素ステーションでもTOYOTA MIRAIにお目に掛かれたことは納車8ケ月たった今も1度しかありません。したがって情報交換はステーションの係の方に頼ることになります)その方は、何でも「TOYOTA MIRAI」のデザインにかかわった方で1充填で400km代でしか走れないそうです。

 リコールの話に戻りますが、購入先の営業さんのお話によれば「今回のリコール対象車は約1500台」だそうです。購入した東京トヨペットさんですが最近2台めを納められたとか。近々何か新しい情報(ネタ)が無いか収集がてらに修理をお願いしようと思います。それにしても「TOYOTA MIRAI」見かけませんねー。どこに居るんでしょう?
 

少しだけ頑張った後の達成感

 興味を持たれていたので一緒に会合を進めてくれている方に今回の会合ポイントをまとめるのに使用した本をお貸ししました。読まなくても良いのですパラパラとめくって挿絵などを眺めていただければと思います。

 今回の会合資料は2部に分かれていて2部目は発表用のパワーポイントの他に発表用の原稿も用意され充実しているのですが1部はほぼパワーポイントのみ。それでも発表担当者からOKがでました。

 職場リーダー育成のためのこの会合もそろそろ2年目が終わります。計画では3年間の会合を通してリーダーとして必要な経験と知識を身に着けてもらう予定ですが一緒に会合を進めてくれている方達も同じ。

 実は会合の資料の手直しで早朝4時から仕事を始めました。お陰様で会合に参加してくれている方達も会合を進めてくれている方達も達成感をここまでは感じてくれています。g-mon も感じています。
 

計画の立て方(選別)

 g-mon は10年、30年と言う長い期間の計画を立てます。まあ方向性が示されている程度で正確ではないのですが、それなりに今の状況などを本で調べ事実を補強しそれらしいきものを作ります。

 作っては見たものの長期計画ですから実際に使用するには短い期間に落し込む必要があります。何をするにも5年ぐらいは掛かってしまうし行動するには計画を月・週・日・時間に直す必要があるのです。

 しかし5年1年の猶予が与えられるとは限りません。もしかしたら大病に掛かり余命1年と宣告されるかも知れません。交通事故で明日と言う日が無いかも知れません。必ずでは無いですが有り得ないことでもありません。

 そうであったとしても計画を大きく変える必要はありません。計画を立てると言うことはそもそも何をやるかを選別していることになるからです。今、やらなくても良いことはすでに計画から外されている。ならば今を生きればいいのです。
 

今日は検診で仕事は休み

 過信かも知れませんが g-mon 丈夫です。もちろん体に気を使って食事制限や僅かですが昼休みには表に出て30分早足で歩くなどを毎日続けています。お蔭様で仕事にも集中できています。

 ただ自分のこととなると途端にだらしなくなります。いろいろなことを後へあとへと延してしまうのです。どこかでだらしなくしたいのだと思います。普段”頑張ろう!”と思っている反動かも知れません。

 ”逆もあるよな”って思っています。もちろん仕事はそれなりには熟さなくてはならにのですが”頑張ろう!”と言うより”楽しい!”が自分のことにあっても良いと思うのです。

 人それぞれ。楽しそうな人を見ているだけで楽しくなりますもの。であるのであれば、やはり g-mon は仕事を楽しくやりたいなって思うのです。皆と一緒に、ワイワイガヤガヤと。
 

強い達成感

 一緒に仕事をしていて性別年齢にかかわらず目的と目標がハッキリしているとしっかり業務に取り組んでくれる。それでも幾らかの違いは見受けられる。

 苦労を重ねられてきた方は逃げ場所を用意しながらことに当たっているような感じを受ける。その点若い方は一途に目的目標に向かい合う。純粋と言うことであり経験の無さを凌駕する。

 女性の方は遠慮なのか習慣なのか分からないが誰かの陰に立つ言い回しのことが多い。それは、任せる方にとっては心配の種になる。芯の強さを表に出すのを良しとしないのは損だと思う。

 幾らかの違いが良いとか悪いとか言いたいわけではない。それらの人達が一緒に目標に向かっていくのが理想であり実現すべきことだと信じている。

 そのためのコミュニケーションの仕組み。環境の用意には随分と気を使う。でもそれが少しずつも形に成っていくのを見るのが楽しいし強い達成感を感じる。
 

川崎、稲毛神社

 ここに来たのは何年前になるだろう。よういちさんと秘書様は式をここで挙げられた。とんでもなく暑い日だったが秘書様の白無垢姿を見た瞬間に暑さを忘れた。式場から参道を歩き披露宴会場に向かう移動車までの間だったが背の高いよういちさんが秘書様をいたわり扇子で風を送っている姿がとても心地よかった。

川崎_稲毛神社20170211

 今日ここに来たのは初孫のお宮参り。ぽぽさん(娘)が先負けと言うことで「午前中に近所の写真館で記念撮影をし正午過ぎに祝詞をお願いする」と言う段取りを組みました。2月ですから昼時でも寒いのですが抜けるような空の青さには近いものがあり、神様もあの日と同じで近くに来ていらっしゃるのでは、と感じました。

 実は、この日初めて孫を抱きました。自身の子供たちの時に経験しているとは思うのですが記憶にありません。よそ様の子もあまりに小さい時分にはなんだか誤って傷付けてしまいそうな気がしてズット抱くことは無かったのですが、式の間ずっと抱いていた momoさん(嫁)が疲れた様子だったので「代わろう」と声を掛けます。

 やはり小さいですねー。教わったようにとんとんと背中を叩いてやります。渡された瞬間こそ少し声を出しましたが恐れていたように泣き出すこともなく、腕の中ですやすや眠ります。こっちは足を前にだすにも緊張しまくり、ほんの数百メートルほどだったかもしれないのに随分と疲れました。でもまだ腕にその感触が残っています。よいお宮参りでした。
 

赤ん坊との対話

 毎日毎日いろいろなことを考え相手がいれば話し合い少しづつことを進めて何時か死ぬ。昔は死ぬことが怖かったのだけれども毎日を今を大切にしだしてからは気にならなくなった。

 それでも死の宣告を受けたら怖くなるかもしれない。少なくとも死ぬ日までの間に辛い思いをするのは嫌だ。生きたいと思えば辛いことを沢山克服して死を乗り越えなくてはならない。

 生きることは素晴らしい、楽しい、ワクワクする。そして大変だ。生まれたばかりの赤ちゃんも独り立ちできる体を作ろうと毎日毎日奮闘している、とても真面目に生きる努力をしている。

 誰もが同じなんだ。自分だけがとか他人がとか偏った見方で今を気にしてもしょうがないと分かった。毎日を今を大切にしていたら自分のためにちゃんと生きるだけでいいと分かった。
 

つまずいた後の達成感

 後輩が仕事でよくつまずく。面白いほどつまずく。当たり前です。たった2年足らずで既に1人前の仕事を熟しているのですから。

 つまずく理由はよく分かります。既に頭では分かっているのですが個別の業務を熟しながら全体を認識する力がまだ弱いのです。結果見落としが発生しつまずくのですが経験の差ですのでしかたがありません。

 同じように g-mon も初めて出くわす仕事では随分とつまずきます。周囲の状況を1つ1つ確認しなくては前に進めないのですからこれもしかたがありません。が多少状況が違います。

 つまずくとイライラします。焦ります。不安になります。それさえも経験を積むことで以前できたから今度も何とかなるだろうと言う根拠のない自信に変えることができるのです。

 本当に優秀な後輩だと思います。個別と全体と未来をよーく考えて彼に合った経験を任せられたらと思います。キット何度つまずいても粘り強く立ち上がって素晴らしい達成感を味わってくれると思います。
 

あたりまえはつまらない?

 今朝のラジオは面白かった。かいつまんで話すとこんな内容だった。

「論理的な考えが好きな人は論理的に答えが導き出されると安心するが論理的な答えの導き出し方は誰がやっても同じ答えになるのでつまらなくなる。」

「論理的な考えを嫌いな人は論理的に導き出された答えを信じない。しかも論理的でない考え方は個性的で面白みがあり思わず飛びついてしまう。」

「結果、イギリスでもアメリカでも嘘のニュースを真実だと思い行動を起こす人が大勢いた。そちらの方が面白いからであるが行き過ぎれば揺り戻しがまた起こる」

 g-mon もそう思う。思うからこそ論理的な考えに個性を盛り込むことが大切だと思っている。同じ目標を達成するのに違う目的があっても良いと思うし達成するためのやりかたは自由だ。

 ただその中心にはやはり多くの命を大切にする考えがあってほしいと思う。
  

チャイルドシート

 朝から格闘する事10分、思いのほか時間が掛かってしまいましたが g-mon 2号にして初チャイルドシートです。ふと思う。そうかー昔は無かったものなー、シートベルトもそうだけど助かった命が沢山あるんだろうなぁ、と。

ぎりぎりなんとか付いたように思える20170208

 MIRAIは4人乗り、リアシート中央に肘掛があるため十分に倒せているのかどうかは疑問が残ります。助手席に移すかひと工夫するかぽぽさん(娘)と相談です。とにかく取り付け方は分かったので後は何とかなるでしょう。

 週末はお宮参りの予定だと聞いています。ジュニア(息子)ぽぽさんの時にはどうだったかなー。あまり覚えてはいないのですがささやかではあってもお宮さんに行った記憶はあります。今度は初孫、感慨深かったりします。
  

話べた

 昨日の会合でつくづく思ったのは g-mon 説明が下手。たかだか4名に対して理解してもらうのに随分と苦労する。もちろん4名いればそれぞれに得手不得手があるので同じに説明しても伝わるとは限らないのだけれどもそれにしても苦労する。

 もちろん個別に説明すればもう少し上手くやれるのだけれども、そもそもが4名揃うことが目的なので何かしらの工夫が必要になる。伝わらない理由の1つには準備不足がある。状況を想定してそれなりの資料をまとめておけばよいものをそれを怠る。

 何か上手く伝えられる方法を考え出さなくてはいけない。普段人にはそのように言っているのだから何時ものように体力でねじ伏せるのではなくそろそろ頭を使うことを覚えた方がいいと思う。準備を段階的と個別を組み合わせてみてはどうだろうか?

 たとえば経験値の少ない相手に対しては事前の準備をさせてもらえないだろうか?それも実業務の目的達成に上手く合わせての学習は試みられないだろうか?それが上手く行くとは限らないのだけれども考え行動する。それでやっと伝わるものだと思う。
  

大人の振る舞い

 子供が「このまま大きくならなければいいのに」と言葉にだす親がいる。本当にこの一瞬が変わらないでいて欲しいと思う時がある。でも直ぐに次のことに当たらなくてはならない。それを知っているからこそそう思うのかも知れない。

 小さな子を見ていて思う。行動がとても素直で喜びや驚き、ときに恐怖を体全体で表現する。大人にはなかなか出来ない。何故できないのだろう?少し大きな声を出すと先生に「静かにしなさい!」と注意され続けてきたからだと思う。

 集団と個人の使い分け?その人の個性にもよるのだろうけれども大勢の前で萎縮した経験を重ねてきた人は例えば恋人の前でも大人しいのだろうか?個人的にはあまり面白くない人の分類に分けてしまいそうな気がする。

 そもそも大人しいとは「おおきなひと」と書く。つまり大人の振る舞いのことを言うのだと思う。であるならば「教室で集中して覚えなくてはならない時には静にしなさい」と注意し、続けて理由を述べてくれる先生がいてくれたらと思う。

 大人の振る舞いとは、静かにしていることでは無いと思う。相手の話を聞き自分の考えを述べ楽しく笑い怒り悲しむ。そんな行動を状況を見極めて使い分ける技術・技能を身に着けることが大人の振る舞いだと理解することだと思う。
 

見えづらい信号

 一応はまともに動いているように見えログも正常なサーバーの後ろ側ランプの点灯に気づいたのは1月以上前、保守先と電話やメールで何度もやり取りし修理に来て頂きました。

 結果マザーボード交換。「不具合のため診断プログラムも動かずログも出ずCPUも診断プログラムを動かそうと空回りしそれを冷やそうとファンも必死になって回っていた。」とのことでした。

 壊れてしまう前に修理が出来て良かった。サーバーは動いていて当たりまえですが2重にシステムを持っている事は少なく止まれば関係する仕事が止まります。考えただけでぞっとします。

 異常に気づくには何が正常なのかを知っている必要があります。でも一見正常そうに見える事もあります。それを何か変だな?と気付き忙しさに流されずに何とか追求する。大切な事です。
 

新人くんの成長

 3年で一人前とはよく言ったもので、そろそろ3年目に入る新人くんも今日は自主的に休日出勤、サーバーのメンテナンスに立ち会います。

 随分と賢いのでシステムの運用実技に関しては一通りを経験しものにしてくれました。後1年かけて他部署と協力する環境を構築してもらいます。

 g-mon にとっての後輩が仕事を通して成長していくのを見れるのは大変幸せなことだと思います。同時に人が育つのは仕事に限らず経験を通してなんだな、と改めて思います。

 最初は右も左も分からないのですから説明抜きで体で覚えてもらうのですがそう時を置かずに何のためにを教えだす。任せる課題は難し過ぎても簡単すぎてもダメ。

 そういうことに気付くのに随分と時間がかかってしまいました。それまでに出会った後輩には随分と失礼なことをしてきてしまいましいた。

 さて、4月に3年目に入る新人くんも同4月に後輩を迎えます。もちろん新人くんが教育係。あれ?そうなると新人くんとも呼べないぞ!先輩とでも呼んでみようかしら?
 

忘れてしまうこと

 最近自分のことの「やらなくては」を忘れます。約束ごとも忘れてしまう。毎日が慌ただしくてホッとした時に忘れてしまう。だから思い出しては溜息をついてしまう。そして「今日こそは忘れずに何とかこなさなくては」と毎日思うのです。

  g-mon の仕事の予定や実積その他を見ようと思えば会社の誰でもが見れるようにしています。そしてスケジュールを2重で管理する能力が無い g-mon は、誰でも見れるスケジュールなどに私事も少しは書き加えることにしています。

 そこに忘れてしまうことも書き加える?「チャイルドシート検討」「妹の免許書き換え」「叔母にお礼の電話」「髭剃りカバー注文」そんなことを会社の誰もが見えるところに書いておける?それは恥ずかしいよー。何か他の方法を考えねば。

 とりあえずよく無くすメモ帳を使ってみる事にします。それとホッとした後とか寝る前に忘れてしまっていることのチェックをしてみます。仕事の合間にできないことを行う時間を作ります。できるのかしら?そんなこと全てを忘れてしまいたい。
 

後輩に引き継ぐもの

 小さな会社のシステム屋なので仕方ないのですが各業務の専門担当者が使用するアプリ不具合対応を依頼されます。そもそも何のアプリなのから調べだし頑張るのですが動作環境も無いことが多く涙です。

 開発の仕事も突然舞い込んできます。「すみません連絡を忘れていました」「設備を作ったら仕様が変わってしまいました」「これできませんか?急いでます」営業ですので不機嫌な顔をせずとにかく話を聞きます。

 やる事がハッキリすれば後は力仕事ですので頑張ればよいのです。問題は仕様が(対処方法)がよく分からない時です。時間はどんどん過ぎていきます。他の仕事の遅れが気になりだします。部下も手一杯だし。

 そうやって乗り越えていくのがシステム屋かなって思っています。ただ、そう言った仕事の仕方を後輩に引き継ぐのはどうかなっ?とも思います。頑張るは大事、でも頑張るだけでは工夫が生まれませんから。
 

支援のありかた?

 同僚に「MRPに関する本は無いか?」と聞かれた。前回、会計をお教えした時にも本に興味を持たれたので購入を進めたら「探したが無かった」とのことだったので一冊購入し進呈しました。

 本当のところは分からないのだけれども調べ方や勉強の始め方を知らないのだと思う。一部の学生のように学校側がお膳立てしたレールに乗るだけの勉強方法しか知らないのであれば有り得る。

 g-mon は幾度となく大きな壁の前に立ってきた。初めての経験で教えてくれる大人もいない。様々な方法を試みて壁を超えてきた。当然、時間もお金も随分と使った。楽して手に入れた成果は無かった。

 でも、同じことを同僚に要求しても無理なのだと思う。「そこまではしたくないよ」「そんなにはできないよ」と言う声が聞こえてきます。MRPの何が何故知りたいのか?そこから問うてみたいと思います。