数値の見方

 以前会社の数値が信用できないと言うことで投資をしていたのですが何を何故知りたかったのかは、聞こえてきませんでした。いずれにしても何某かの裏付けになりそうな数値を使って利益に結び付けたかったのであろうことは想像できます。

 個人的な考えですが数字に慣れていない方の方が細かい数字に気を取られ数字本来の姿を見えなくしているように思われます。例えば利益率を求めるのにビス1本の価格に拘ったりするのです。間違いとは言いませんが正しくはありません。

 数値の見方のポイントは、大体で見ること、時間軸を取り入れて見ること、そして仮説を立てて見ること、の3つだと思います。まずは数字全体のイメージを作り、年や月でどのように変化するか確認し、仮説を立ててから数値を掘り下げギャップを確認する。

 この手順で数値を扱うと不思議と何を改善すれば数値の結果が良くなるのかが見えてきます。何となく傾向が見えてきて脳の知識欲が刺激され数値を扱いうのが楽しくなる、そんな感じです。会社でも2度ほど紹介し感触は良かったですよ。
 

最高のドラマ

 同僚が胆石の手術から帰還しました。医者に「何時までも痛いのと今だけ痛いのとどっちを選ぶ?」と聞かれたとか。亡くなった父は20年間以上も痔で苦労しどうにも辛くなり切ったら「なんでもっと早く切らなかったのだろう」と笑って言ってました。『あれほど脅えていたくせに』とは思いましたが決断してくれて良かったです。

 その時その時でキッチリ区切りを付けておかないと何時までも心が痛いこともあります。誰もがほんの少しの努力を怠ったために達成できないかったことなどは山ほどあるのではないでしょうか?本当は、その一瞬一瞬が自分にとっての最高のドラマの一場面だと言うことにも気づかずに先延ばしする。同僚は利口でした。

 自分自身の最高のドラマを演じるにおいて、もう一つ大切なことがあります。それは全ての役には成れないと言うことです。当然選別することになります。その時に「この役は私には無理だ」と簡単に諦めてできる役に甘んじると言うのも誰もが経験しているのではないでしょうか?今は無理でも、やりたい役をやるべきでは?

 それはドラマで言う所のセンター、主役ではないかも知れませんが自分自身がやりたい役と言うのは自分の得意な役であることが多いのです。もし得意な役をのびのびと演じる事ができる自分がいたとしたらキット自分自身のことも今以上に好きになれると思います。さて、そろそろ今日も g-mon の幕が開く時間です。
 

根拠のない自信

 個性が違うのは、当たり前と言いつつも海外の方が入社して「私のしたい仕事は、今と違います。違う仕事をさせてください」とハッキリ言われると戸惑います。更には外国人だからと言う考え方に引っ張られる g-mon に嫌悪感さえ覚えます。

 「何をしたいのかハッキリ言う」素晴らしいことではないですか! g-mon が苦手と言うのは、g-mon 自身が何をしたいかを言うのが苦手なだけであって日頃行っている「誰かのために何をしたいかをハッキリ言う」と何が違うのでしょうか?

 逆にある日突然「今の仕事が合わないので会社を辞めます」と言われることがあります。過去の経験では、仕事自体ではなく、その方と十分なコミュニケーションを取りその方に合った環境を整えていないことが退職の大きな要因になります。

 できれば環境を整えながら今、直面する仕事の意義と将来に繋がる夢を一緒に考えられる上司になりたいと思います。さて「何をしたいかをハッキリ持っている」彼を部下に持つ同僚を応援しリーダーシップを発揮してもらいましょう。

 ・・ 時々思うのですが「何とかなる!」と思う g-mon のこの自信はどこからくるのでしょう?根拠など一つもないのですが。
 

やる気スイッチON

 仕事が無いと不要な仕事を作りだす。暇があり過ぎると粗探しをする。それでは、忙しい方が良いのかと思い依頼をすれば文句を言う。そんな人間ばかりではないけれど、そんな方も確かにいらっしゃるようではあります。

 正直なところどなたさまがどのように生きられようと関係はないのですが自身に関わる人がそうである場合には少し困ります。そこでその方に合った「やる気スイッチ」を探すわけなのですが、これがなかなか見つからない。

 ものの本によれば、その方にあった「強み・引き金・学習スタイル」を探しなさいとあります。マネージメントの歴史を辿れば悪いところを直すより良いところを伸ばした方が確実に成果がで、キッカケ(目標)も見つけやすいとあります。

 そしてそれは強みに沿って評価方法も変えろと言うことでもあります。そのように考えればビジネスの世界に置いては多くの方の「やる気スイッチ」をONにすることは可能にも思えてきます。では、ビジネス以外の場合は?溜息です。
 

才能は引き継がれない

 ものは試し、亡くなった父の趣味だった俳句を作ってみた。「さいたかな はずむこころで 障子あけ」子供の頃、朝寝ぼけながらも前日ばあちゃんに「そろそろ咲くよ」と言われた花が咲いているかと思いだし飛び起きた時の様子です。

 ならば「さいたかな 飛び起き子供 障子あけ」の方が良いのか?いやいや全てにおいて説明くさい。確か、そういうのは良くないと教わったような気もする。

 いや待て、障子は確か冬の季語!この季節で思い出す季語は ・・ あさり? 味噌汁 香り 起きる?「あさり味噌 香りに誘われ 寝床でる」なんだか、全然違う俳句になってしまったけれども年相応?やはり教わっておけば楽しかっただろうに、残念。