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生活設計

 今は違うのでしょうけれども、古い時代の日本教育は、考えることより覚えること中心の詰め込み教育だったと思います。沢山覚えられる人が成績優秀であって沢山考え覚えるが間に合わない人は、時に振るい落とされてしまいました。

 それでも会社には、戦後を生き抜いてきた開拓精神旺盛な先輩たちが居ましたから、その方達から鍛えられ覚えた知識を考えるに活かせる方達が新しい社会を作ってきたのだと思っています。知識と考える力と開拓精神が必要です。

 この考える力と開拓精神を養うためには、生活設計、とくに結婚してからの将来設計をすることが役立つと思うように成りました。好きな人が出来て一緒に暮らすには幾らかかるのか、子供が生まれて学校に行かせるには幾ら必要か。

 それを好きになった人と話し合い、その夢を実現するために自分の価値をどの様にして上げて行くのか、自分の価値を上げて行ったとして今いる会社はその価値を認めてくれるのか、認めてもらうには何が必要か、から始めるのです。
 

伝えるには

 私自身、職場や企業の変化を起こすことが出来ます。変わることで、価値が増えたり、楽になったり、時には原価が下がったりと私自身が好ましいと思う結果が表れるので、やりがいというか兎に角気分がいいのです。

 私自身が変化を起こせるのは、小さな会社ながらメーカーに勤められ、良き先輩に恵まれ、自主的に学ぶを覚え、小さいながらも独立した部署で責任を与えられ、ほぼ全ての業務を経験できたからだと思っています。

 メーカーですのでコアとなる技術の変化は個人でもでき、重要な品質に関わる項目なら個人の意見を押し通すことも出来ます。しかし変化を起こす方法を他に伝えたり未来に対してのベクトルを合わすのは至難の業です。

 私の場合、努力に見合った成果を何度も経験することで変化を求めることが好きになったのですが、経験の薄い同僚や部下たちは違います。簡単なことから挑戦してもらったのですが手伝い過ぎるとダメ、難しいのです。
 

何が幸せ?

 新研究対象の彼には、奥さんがいて小さな子供もいて会社にも期待されていて地元には友達も大勢、出向が終われば昇進が待っています。若く見えますがこの仕事に付いて8年、仕事もできて人柄がいいのですから上からも好かれるでしょう。

 ただ、大変失礼ですが美男子というわけでは無いし野心家的な感じは受けませんから物事を強引に進めるタイプでは無さそうです。持って生まれた個性なのでしょうか?やはり最近知り合った暗い友達とは随分と違うと感じるのですが何故なの?

 古くからの友人は、脳梗塞で働けなくなり暮れから今年にかけ病院のお世話になっている。毎日リハビリ、しんどいと言ってはいるけれども帰る家があるから頑張っている。同じしんどいでも家の方も大変で帰れない人のしんどいは辛いものがある。

 その辛くしんどい人にも時には、笑顔がある。笑顔を一つでも増やそうと頑張っている人もいる。この一瞬だけを切り取って幸せなのか不幸なのかを考えてみたのですが時代や環境によっても違うでしょうし難しいです。ボチボチと整理して行きます。
 

性格は変わる?

 素の性格は変えられないのだけれども違う性格で包み込み装うことは出来ます。私自身で言えば暗い性格を明るい性格、笑顔と元気さでカバーしています。経験からその方が生きやすいと感じているから長らくそういう風に装っています。

 暗い発言の多い若い友人にがいます。不思議なことに親に対する反発を良く述べるくせに何かの時の判断を親に期待しています。能力は高いのに自分はダメだと行動を起こしません。遊び友達もいないのかゲームセンターでは一人です。

 引き籠りだったとは言いますが通信教育で高校を卒業しスーパーのアルバイトも長くしゲームセンターにも一人で行けるのですから立派なものだと思います。過去と人は変えられません。そう思うのですが何となく遊びに誘ってしまいます。

 何のことはない私のエゴです。仕事の経験を伝えるのが難しかったように彼に私の知っている生きやすさを伝えることは難しいだろうとは思ってます。それでも彼は、私の性格に好感を持ってくれているようだから誘ってみたいと思うのです。
 

余暇

 遊びに行く日、それが何であろうと自分が自分でいられる自由な時間は、大切だと思うわけなのです。そう、ほんの時々で十分なのですが誰かのこと考えないで済む時間が欲しいと思うわけなのです。

 偽善者である私は、周囲の人のことが気になって仕方がありません。気になるだけならいいのですが行動に移そうと何かを考え出します。そして何かを思い付き何故だか頑張りだしたりするのです。

 考えるのは、好きだし働いているのも好きです。誰かのためになることなら大喜びだし家族や友達のためであるのであれば、最高に幸せな気持ちになれます。なのに一人になりたい時もあるのです。

 多分、それなりに頑張れた時のご褒美なのだと思います。もちろんそんな余裕も無い時も沢山ありました。それはそれでよかったのです。でも、そろそろチョットは、ちょっとだけ休んでもいいでしょ?
 

自分を見る目

 正しい企業に勤務することが出来たとすれば、ベースアップなどその会社における人並みの昇給を頂けると思います。ただ、それ以上の昇給を望むとするのであれば、それなりに考える必要があります。

 それなりとは、人並み以上の昇給を得るために「どの様な価値を自分が身に付けなくてはならないか自分で考えられ行動出来るようになる」ということです。企業価値を高める自身の役割を考えてください。

 「自分自身が務める企業の価値を自分自身で高める」そう考えられている人は意外に少ないのです。また、考えていたとしても的外れな考えと行動であれば残念ながら考えていないと同じ評価になります。

 更に、その考え方が正しいものであったとしても必ず受け入れられるとは限りません。自分の価値の売り込み先は、社内に対しても行う必要があります。それが受け入れられない時、初めて転職を考えます。
 

企業を見る目

 より多くの給料が欲しくて転職をする人がいます。それも一つの手だと思うのですが転職先に長く勤め更に給料が上がるのか、上がらないとしたらまた転職するのか、問えばあまり定かではありませんでした。

 基本的に儲かっている企業か成長していける企業に勤めなくては、多くの給料を望むことが出来ません。また、儲かっていても成長を続けていても社員の給料を考えない経営者であれば、多くは望めません。

 ですので転職という選択肢を選ぶ前に企業を見る目を養うべきだと私は思うのです。売りの商品は何か、その価値は何でどの程度の期間愛されるか、模倣はしやすいか、ライバルはあるのか等が基本です。

 その上に社員を大事にしているかを、昇給の仕組み、教育の仕組み、風通しの仕組み、目的・目標展開の仕組み、評価の仕組み、福利厚生の仕組みなどの評価を、自身の勤務先から調べるが得策です。