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様子見

 先の事は分からないので基本、楽観的に生きています。先の事を考える時は何時も数十年後を夢見て5年か3年に落とし込んでから1年か半年か短くて3ケ月先の自分を決めてきました。私の男脳にはそのくらいが丁度いいように思います。

 最近、医療を勉強し現場計画の短さに驚いています。それはそうでしょう、数十年後を考えての予防はあっても治療はあり得ません、そこまで待てない。長くて半年、普通は数か月で退院ですので1月や数週間、日々の計画が立てられます。

 日々の計画ですから日々の変化に気付かなくてはなりません。病に対してもですが病は気からと言う言葉があるように精神の変化にも気を配ります。時には失われてしまった機能もあるでしょうし、生活設計が立てられないかも知れません。

 そういう時に必要なのが患者さんに対する寄り添いであり共感、条件なしでの受け入れる心です。これは、一般的に女性の方の方が上手だと思います。私の様に直ぐに答えを探しだし様々なアプローチをする者は苦労します。さて、困った。
 

応援したい人

 季節がまた巡り、BBQや芋煮会のお誘いを今年も頂けました。ありがたいことです。と同時に幹事さんのご苦労には、ひたすら感謝、私が苦手ですので余計にありがたさを感じます。この世の中に「良い人」はいないと思っていますが時に「とってもいい人」はいたりします。

 私の場合は、自分が生きるに精一杯なのだと思います。たまたま知り合った人逹に、その場その場で深くかかわったりします。そして多くのことをその都度学びます。同じ個性の方は居ません、必ず違った素晴らしい個性をお持ちです。その出会いが私の幸せなのです。

 遅れて人の輪に加わるタイプの私は、人を繋ぐ才能のある方が羨ましいと思う時があります。そういう方は、やはり魅力的ですし長く続く集まりには、気心の知れた良い仲間が、新しい仲間が集い心を和ませてくれる、その中心で輝いています。楽しいひと時を作ってくれる。

 私には私の個性があります。それは時に人を和ませ時にイライラさせるかも知れません。何か人の役に立ちたいという強い思いが仕事中心の私を作ってしまっているのかも知れません。そうですね、ですので多くの人を幸せにしてくれる幹事さんを応援したいと思います。
 

自立支援

 自立、自律、どうも自主性を育てるのは、なかなか難しそうだ。その気があって集まった人達でも、集まれば周りが何でもしてくれると思っていたりする。そこまでいかなくともまずは。口を開けて待っている。考えてみればそれも当然といえば当然だ。

 昔、目標だけを与えて後は自分でやれ、と言う上司がいた。自分にもできない課題なのだから手伝うこともない。更に困ったことに教えることが嫌いだった。上司になれたのだから運が良かったのか、それなりの実力があったのか、でも、時代は進む。

 それで、あがいて何かを手に出来れば、確かに自立で自律していると言える。しかし、その1名が出るまで何人の人が去って行ったり暗い性格に代わってしまったことか。悪いとは、言わないが効率は良くない、何より運まかせでは、リスクが高過ぎる。

 小企業から中小企業に変わり100人を超えた辺りから自立へのプログラムを真剣に考えた方がいい。会社の成長もそうだが何より社員の負担が減る、目標に向かって協力して自主的な工夫をしだす。そんな会社が儲からないわけがない。でしょ?
 

継続の期間

 実力の無い人を要職に付ける訳には行きません、戦う組織としての生産性(競争力)が削がれるからです。実力の無い方を要職に付けるようであれば、上司も人を見る目と人を育てる目、何より組織論、マネージメントを理解されていないことになります。

 実力の無い方には、実力の無い理由があります。多くは努力する才能に恵まれていないのです。努力する才能は、環境が整えば育てることが出来ますが、良い師に出会えるかと、努力する癖が身に付くほどに長い訓練の時間を与えられるかで決まります。

 努力する工夫に自分から気付く人は稀のように思われます。特に40代、50代と歳を重ねていくと考え方も固まってきて新しいことを受け入れにくくなってきますから、努力を受け入れなくなってきます。努力は受け入れにくくなり他との比較も受け入れません。

 それでも寄り添い本人の話を受け入れ努力を促す支援をし、もし小さな努力を見付けたら褒めるべきです。環境が整えば、私にもそれが出来、少なくともマイナスの戦力になることは止められます。問題は時間です。半年程度の支援では、身に付きません。
 

使命感?生き方?

 何事も理にかなった思考とそれにともなう行動ができれば、上手く行くのですが最初からそれが出来ないのが普通です。その人の人生は、その人だけの新しい人生ですから予め何が必要になるか分からず、教えておくこともできません。

 したがって失敗し少々痛い目に合ってから気付き、考え、調べ、学び、試し、練習して思考と行動を一致させていくしか方法は無いのです。先の事が分かったら、やり直しのきく人生だったらとも思うのですが、そうでないからこそ面白いのです。

 窮地だからこそ楽観的になる、逆に上手く行っている時は慎重になる。これは、過去の失敗から学んだ思考方法ですが表現の仕方や行動の仕方は、シュチエーションによって変える必要があることを学びました。経験の場数が増えたのです。

 一般の人は人生において、それほど多くの場数を踏むことはありません。一般人では無い起業家にしても政治家や芸能人にしてもより多くの場数を踏める人は限られています。それは自分から多くの場に出て行ける人であり、幸運な人です。
 

試してみたい

 認知症に興味があり勉強しています。認知症は脳の一部が壊れ認識したり、記憶したり、判断したりする力が弱まり、生活に影響がでている状態のことです。研究開発は進み様々な方法が試されていますが今のところ決定的な予防法は見つかっていません。

 日本では65歳以上の方の約4人に1人の割合が認知症またはその予備軍だそうです。そして日本の人口の約28%は、65歳以上であり、その割合は暫く増えるとともに平均寿命は延びており特別のことが無ければ誰でもが65歳以上になります。あなたもです。

 私は私のために65歳以上になっても働いていたいと思い、その準備をしています。認知症に関われる仕事でチャンスがあれば学んできたICT(情報通信技術)を役立てたいとも思います。もちろん生きてきた分野が違いますので1からの出直しになりはします。

 色々な部分で恵まれない環境になるのだとも思いますが、それに代わる夢があります。自分なりに認知症についてまとめられるかも知れません(例えば男脳と女脳の違いによる認知症症状など)。まとめた結果を何かに役立てられるかも ・・ ボケる前にね。笑
 

川越の町

 momoさんが気になるというものだから、川越のお菓子横丁まで行ってきました。飴屋さんの奥は薄暗いのですが年配の職人さんが鍋で飴を作っているのが見えました。当たり前ですが出来たての飴は、温かく美味しかったけれども少し変な感じでした。

 同じ仕事でも楽しそうにされる方と、黙々とされる方と、辛そうにされる方がいます。何十年間も同じ仕事をしてきたとしたら毎日楽しそうという訳にもいかないかも知れません。食べるために働くのはあたりまえですがそれだけでは辛いのかも知れません。

 仕事に楽しさを見出せるのは才能ですが、家族のために仕事を続け、歳をとり今はそれしかできないからと仕事を続けられるとしたら、それも才能なのかも知れません。もちろん、生きるに必要なだけ働いてノンビリと余生をおくれれば、それも才能です。

 川越の街並みを若い方たちが浴衣で楽しんでいるのを幾人も見かけました。大概は女性のお友達同士のようでしたがカップルも幾組か見かけました。何れもとても楽しそう。仕事は付いて回りますが仕事だけが大切なわけではありません。何より自分。
 

追い込み

 何にでも区切りはあり、終了間際は誰だって焦るものなのです。ピリピリし行動や言動が荒くなり素が出やすく成ります。気を付けねばなりませんが落ち着いていてもダメ、周囲の雰囲気に合わせておかないと、それはそれで危険です。

 何度も見てきた光景ですが、不器用な私は上手く波に乗れません。何が出来て何を切り捨てるべきかが分かるまでは、動いでも無駄だと勝手に思ってしまいます。まずは、ここまでに行ったことの整理と不足の確認、最期に詰め込み。

 昔の様に、200%で頑張ることは、しません。200%で頑張るも貴重な経験でしたが、それを誰かに行うよう指示したことはありません。時には、100%を試してみて欲しいとは思いますが、普段は70%、壊れる危険を犯したくは無いのです。

 皆が頑張っているように私も頑張ります。多少皆とは違うのかも知れませんが、私は今が楽しい。追い詰められた私が面白い。そして何時もよりほんの少し余計に頑張る私に期待していたりする。でも、楽しいを表に出すと危険なのです。
 

切り替え

 誰だって眠れない夜は、あります。そんな時は、思い切って散歩に行きましょう。雨さえなければ、この時期の夜は良いですよ。虫の音が聞こえます。ボンヤリと月を見るのもいいものです。のんびり歩けば、新しい発見もあります。

 昨夜は、新しい抜け道を2つ見つけました。1つは公園に行く近道で、1つは小川に続く道でした。どちらも入り口では、抜けれるのかなとおっかなびっくり、途中の草の高さに恐れをなしながら抜けれた時の安堵と嬉しさ、面白さ。

 戻ってから時間は短かったですが、グッスリ眠れました。目覚めはスッキリ、昨夜の散歩が夢のようでしたが、枕元には拾ってきた小石が1つ、「おはよう」と言ってくれました。おはよう小石くん、昨夜は世話になったね、ありがとう。
 
 さて、今日が始まります。何時もの様に予定をチェックして準備を整えます。長年続けてきている戦闘モードに入る儀式が、キビキビと行われていきます。そう、私は百戦錬磨。今日もバッタバッタと・・夜の散歩、とても楽しかった。
 

緊張も楽し

 久々の発表会があり自分の番では、大いに緊張しました。緊張するので何時もの実力は出来ません。と言うか私の場合は大概のことが人より劣っているので三倍頑張って、やっと一人前です。

 緊張していても何とかなる程度に持っていくには最低人の六倍の練習が必要です。努力は人を裏切りません、今回も何とか人並みにスタートが切れ、伝えたいことがある私が後を引き継ぎました。

 今回のテーマは「障害」。全ての人は、何かしらの障害を持っていますが国の定める障害者の定義は「その障害によって普通の社会生活が営めないもの」としています。多くは何とかしています。

 私が、とても緊張しやすいのも興味が向かないことをまるで覚えられなかったりするのも障害です。でもそれは、周囲の人の励ましや指摘によって普通の生活が営める程度には・・普通と言える?