戦略から戦術へ

 中には、あまり理解してない方もいますが4人の仲間にそれぞれ「生産・品質・計測・教育」をお願いすることが出来ました。若干の?は残りますが、それぞれの「性格・立場・経験・役割」に合ってはいると思います。

 どんな人でも誰かの目標を勝手に設定することは出来ません。仮に出来たとしても長期化すると必ず崩壊することを歴史が教えてくれています。私に出来ることは4人の頭の中の整理と私の経験と知識の提供だけです。

 お願いできたので行動の選択肢を用意し図や文書または数値など何かしらの方法を持って共有する段階に入ります。1歩づつ確認しながら学習しより深く理解して貰い仲間達の能力が上がるのを一緒に経験出来たら。

 ある意味、それぞれに私の能力を分担してもらっているのかも知れません。しかし、もしその4つの能力が一緒に行動を取るということを忘れなければ、簡単に私の総力を超えることが出来るようになります。楽しみです。
 

組織力を使う

 今は、私の担当してきた仕事を仲間達に任せると言うよりは、お願いすると言う期間だと思っています。その違いは、任せるでしたら一応その仕事を理解している状態、お願いするは、今までの経験を基に新しい仕事にチャレンジしてもらえるよう依頼している状態となります。

 したがって、任せるよりお願いするの方が受け取る側のモチベーションが高い必要があります。更には、それぞれの役割明確化とともに達成した時のメリットと更に先のメリットを共有する必要があります。が、今までの経験を基にしても腑に落とすには結構複雑な内容なんです。

 具体的に言えば、今まで学習してきたマネージメント知識を使用して縦と横の組織をフレームワーク化し使い品質と生産性両方面別々に展開しシステムを使い状況の見える化(時間・数量・状態)を達成する。それが今年の目標であり、達成のため誰かが何かを担当します。

 それが自分自身に出来ることであり、自分自身や仲間、広くは会社や社会に役立つことであり、結果として自分自身が成長できる、または生き方にあっていると思える程度にビジョンを具体的な映像としてイメージして頂けるか。人それぞれです、全員は無理だから組織です。
 

仲間 m( _ _ )m

 このところ新しい仕組みの調査と共に新しい仮説プロセス構想の詰めを行い今日からは数人とその実効性を話し合う予定です。つまり私の頭の中にあるものを表に出す作業を適していると思える仲間に協力依頼し可能であれば続きのプロセス構築作業を実行依頼するわけなのですが、構想を上手く伝えられるかが心配です。

 仲間達が「現在あるプロセスを仮説プロセスに変更する、またはを加えることで生産性が改善できる。」と思ってくれれば次のステップ、ではどうやって導入するかに話を進めることが出来ます。この理解の輪を誰から広げ具体的な行動をどのように広げ結果をどのように集計して評価するかを営業・技術・製造・間接と同時に進めます。

 要は、陣取りゲームなのですが仲間達は、多分そのような見方を強く意識して仕事を進めた経験は少ないと思うので(もちろん普段その様に仕事を進めてはいるのですが)陣取りゲームのイメージ方法、脳内シュミレーションと判断基準(行動のチェック方法)を伝え共有しモチベーションが上がったところで、それぞれを繋ぎこみます。

 課題は3つ「上手く伝えることが出来るかと、依頼する相手が依頼する内容に向いているか、依頼した内容を図や場面でイメージし共有できるか」です。数字は苦手、なんてキッパリ言ってくれる仲間もいるからなー(笑)。やるだけやるのです。行けるところまで前に進めるのです。それで今年どこまでが決まります。サイは投げられた。
 

我慢

 同僚には「諦めないで頑張って」と言っておきながら私の方が「この人とは少し間をおこう」と判断してしまう状況を作ってしまいました。理由は「話し合い論理的考え方の理解が得られたと思ったが次の話し合いでは、もとの意識に戻っている」の繰り返しが何回か続いたからです。

 何故戻ってしまうのでしょう?会合回数の問題もあるのかも知れませんが、今年のテーマは「自主的に考え行動を決める」であり、長らくそのための勉強をし仲間達と協力できる環境も出来たつもりでした。でも、それらを自主的に考えて使おうとしない。何かが足りないのでしょう。

 最近、後輩達との時間が取れないので心痛く感じています。真面目にコツコツと仕事に取組み早いとは言えないかも知れませんが(教える方はどんなに早くても満足しないものです)着実にスキルを上げています。彼らも時には、後戻りすることはありますが月単位では進んでます。

 比較するのは、適切ではないでしょう。立場やこれまでの歴史が違います。間を置かなくてはならないのは、私の方、どうあるべきかを深く考える必要があります。考えるには時間が要ります。今は、並行し処理することが多く手一杯、我慢、週末には少し時間が取れると思います。
 

絵に描いた餅

 利益を出すロジックを考えるために自社(メーカー)の構造を再度整理しだしました。再度と言うのは以前にもやったことがあり途中で投げ出した経験があるということであり、その理由は「どうせ誰も使わない」と思ってしまったからです。

 色々な数値をグラフなどにまとめ提供したことは1度や2度では、ありません。ですが「凄いね」とは言ってくれるのですがそこから先に進むことはありませんでした。まあ、見渡してみればそんなツールは山ほど売っていたりもする訳です。

 つまりのところ、その先をお手伝いする能力が必要であり、個々や役割が違うようにお手伝いする内容も多岐に渡るのですが何よりもは、お手伝いする相手に「やる気がある」かどうかがツール成功にもっとも重要だったりします。

 今は「やる気がある」とまでもは言えなくとも「つきあってはくれそう」レベルまでには、環境が整ったと判断しています。ならば、再度知恵を絞りわが社に合ったロジックを考えようと思います。今度こそ、絵に描いた餅に成りませんように。
 

仮説で人生が変わる

 毛色の違う本、たとえば情報技術とか経済関連とか統計学などを読んでいると同じような表現が出てきたりし相互に関係しているのが分かる。その根本は、論理的考えだと思っているのだけれども人間の特に私の脳は色々な知識が定着しないものだから新しい知識をまったく違ったものとして認識し苦手に思ったりもする。

 それとは逆に本は、忘れかけた知識や大事なキーワードを違う角度から思い出させてくれたりする。その刺激に触発され新たな知識の関連性をネットで確認し深堀すべき知識を本屋で探し回るのが好き。私の場合は気に入った本は2度読みする。それで概要が頭に残る。細部はだめ、やっぱり記憶力は弱いと思ったりする。

 そんな風にダラダラと本を読んでいて気付いたのは「仮説」の重要性、これを立てられるかどうかで人生が変わると言っても過言ではないと思う。例えば、それぞれの専門家は、それぞれの道で仮説を立て実験し正しさを証明し新しい扉を開く行為を繰り返している。その開かれた新しい世界に触発されまた別の人が仮説を立てる。

 人の歴史は、そんな風にして作られてきているようだ。仮説を式で表すと「ベースになる刺激+知識+論理的思考+継続力=仮説」となる(なるよね?)。そしてベースとなる刺激は、相手から一方的に受けるモノではなく私自身の揺らぎのようなものが察知するような気がする。仮説が正しいとすれば重要なのは私自身の揺らぎ?
 

日曜日

 冠婚葬祭が続き少し懐具合の寂しい日曜日、本も最後の1冊に手を掛けてしまい少し落ち着かないのだけれども今日は大人しくしていようと思う。とは言っても、あれもこれも気になるし新しいことを知りたいし、そんな風に気持ちが逸る時は何時もここまでの経験を振り返り何と何が関係しどんな良い事が起こったかを確認する。

 確認するのは出会い(毎日あっているような人でも会話の中から発見がある)であったりデータ(折角あるのに活用されていない数字が山ほどある)であったり興味を持った知識(ビジネスモデルの波が終わり最近は統計)であったりの良いご縁をひとつひとつ思いだし何かの概念にまとめてみると何か楽しいことを思いつくんだ。

 色々思い出して仕事を整理するは通勤の車の中でよくやるけれども目の前の仕事のことで直ぐに時間切れになってしまうし途切れもする。今日のように時間がたっぷりあるののであれば、ぼーっとしたり、寄り道したりしても気にならない。まあ、遊びなのでそもそも出来上がらなくてもいい、でもやっぱ何か思いつくと嬉しい。

 ぼーっとする。とは言っても買い物は手伝おう、お風呂も掃除しよう、部屋のごみも少しは片付けなくては、散歩にも行きたいなー。大丈夫、それを全部やって本を読んでも少しはお釣りがくるハズ。休日ってなんて素晴らしいんだろう。よーし、気合を入れてダラダラするぞー!何と言っても日曜日です。あれ?話変わっていない?
 

仕事の仕方

 昨日も楽しかったです。仕事の話を沢山聞けたし仕事の話を沢山話せたからです。私は、仕事の話しかできないのですが、それなりに長く生きているので内容は多岐にわたり結構面白いことも言います。時には「それ仕事じゃないでしょう?」と笑われたりすることもありますが私から見ると立派な仕事、遊びと仕事の区別が無くなってきているのだと思います。それって、いいことなんだとも思います。

 昨日の日記で「楽に数値を手に入れる工夫」と書いたのですが読み返し少し理解しました。何をと言うと昔は紙に書いて記録を残し良くて表計算ソフトに入力し結果をグラフなどにしていたのですが、私はこれを作業者が1クリックしてくれさえすればグラフ化まで到達する仕組みが作れると言うことを再認識したのです。そう、私が凄いのではないのです。それだけ周囲の環境、コンピュータが進化したんです。

 そのように考えるとAIも頷けます。極論過ぎるかも知れませんが約100年ぐらい前の人達が統計学や物理学を整備してくれていたんだけど、その数式で何かちょっとしたことを計算し役立てるのに時間がかかってしまい費用対効果の経済性から利用されていなかった。そこに休むことの無く早く計算してくれるコンピューターが誕生し先人たちが準備してくれた数式を組込みこんで役に立てる環境が揃った。つまりAI誕生=人の代わりに沢山の統計計算をしてくれる仕組みを使う環境が揃いだしているのです。

 大変なデータ集めもIOTを使って入力すればグラフが完成する。IOT(データを集める仕組み)、AI(統計計算をしてくれる仕組み)、BI(グラフなどで表現してくれる仕組み)とそれを置く環境(Web上のサーバーを貸してくれるサービス)を使うだけ、私には、その環境を使う能力(スキルのある人を集める力と遊びを作る力)がある。それ以外にも楽しい仕事が沢山あるので、そればかりとは行かないのですが、新しい私の仕事の一つに組み込む、これが私流の仕事の仕方です。
 

発表したいもの

 今日は社内発表会、半分ぐらいの部署が何かしらを発表します。幾人かの人は発表したいものを持っています。それは、素敵な事ですね。

 お手伝いした改善も幾つかあります。自分たちの仕事を自分達で良くしていく事を楽しいと思って頂けるなら無理を押してもお手伝いします。
 

 とくにこれからは数値で話すを覚えて頂けたらと思います。楽に数値を手に入れる工夫を覚えられれば学んだQC手法・会計などを生かせます。

  
 やったことを自慢し皆と共に喜びたい。折角だから皆に伝えたい。そんな風に思って発表に望んで貰えたら。そんな人を増やしたいです。
 

働き方改革

 昨日、超優秀な技術者と話をしていて「それなりの成果を出すには、それなり以上の無理が必要だった。」との意見で一致しました。また「新しいこと未知なことにチャレンジするのは、それなりに楽しく、大変ではあるが辛いことではない。」と言う考えにも共感を覚えました。

 最近働き方改革と言う言葉を聞きます。長時間労働の解消や同一の仕事での同一賃金などが謳い文句です。私自身は労災が降りる程度の働き方を長らく続けてきたので今更働き方を変えられないのですが、次の世代や部下達には、良い働き方を伝えたいと思います。

 私の考える良い働き方とは、有給休暇を使用した上で8時間労働の内訳を「学習・生産・教える」の3つに分け働くと言うものです。製造・営業・技術どの仕事も少しの工夫で3倍ぐらいには生産性を上げることが出来ます。どちらかと言うと空いた時間の使い方が難しい。

 そこで各自の目標設定を会社全体としての「学習・生産・教える」から展開し各個性に合った目標値に変更した後に任せ継続的に支援する。皆には、そんな環境を提供したい。でも、私には無駄。新しいことを自分で見つけてしまうし見つければ夢中になってしまうから。