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無口の美徳

 直そうと思うのですがなかなかできないのが、まず自分を疑うこと。何か不味いことが起こると人を疑ってしまう自分との格闘があります。任せた仕事の進みが悪いと教え方を忘れて能力を疑ってしまったりします。

 こんな性格になってしまったのは何時からなのでしょう?原因は何だったのでしょう?何か事が起こった時にギュン!と言う感じで思考が回転しだします。待て!と思います。思考を始める前に周りを見ろと叫びます。

 獣に襲われている訳ではありません。大概の場合、命にかかわる問題では無いのです。行動を起こす前に頭を冷やすのです。疲れている時には、これがなかなか出来ません。ならば、頭が冷えるまで行動は控えましょう。

 時間は有限ですが間違ったことに使うのでしたら使わない方が良いのです。私にはビジョンがありますが到達できなくてもよいのです。ビジョンに向かっていれば満足です。そしてその道筋が正しければ満足です。
 

良い会社の条件

 営業さんの「すべてのシェアを取りつくしてやろう!」的な性格には、なかなか付いていけません。技術さんの「知識を自分のものにして更に知る!」的な性格は分かりません。製造さんの「私の仕事は私が完璧に仕上げる!」的なのは分かるけど、なかなか。

 人それぞれですが、それでも大きく見ると仕事の内容とそこに居る人達の雰囲気は揃ってくるように思います。多分ですが、役割には役割に合った性格と言うか性質と言うか、そう言ったものがあるのでないでしょうか?それがある人がその仕事に向いている?

 ただ、その仕事に向いているかどうかは、やってみなくては分かりません。自分で、その仕事に向いていると思いその仕事に付けたとして仕事に向いている確率は、どの位なのでしょうか?人には許容範囲と言うものがあるので半分ぐらいは超えると思います。

 問題は、役割に向かなかった場合。早い段階で違う役割に移れる仕組みがある会社は稀です。移るとなるとダメな人と言うレッテルが張られることもあります。大丈夫、性格に合った役割に付ければ簡単にそれを跳ね返せます。あとは良い上司に合えるかです。
 

未来予想

 仕事仲間達を見ていて自分の仕事が見えてないのかな?と思う時があります。仕事が見えてないと言うのは、この先仕事がどの様に変化していくかが見えていない、と言う意味です。

 私は、どうかと言うとボーッとです。過去を振り返り、先の事が分かっていたら随分と成功しただろうと思います。未来を知っている。それは、とても難しいことの様に感じます。

 品質管理手法に管理図があります。毎日の変化をグラフに収め、ある一定のパターンが現れたら工程の変化を疑います。未然防止です。見方を変えれば未来予想です。

 過去の私は夢を追いかけてきました。幾つかの夢は現実に成っています。夢は未来予想なのでしょうか?予想の精度を上げることは何らかの手法によって可能なのでしょうか?

 この世の中に完璧はありません。したがって完璧に未来を予測することは出来ません。でも、考えれば未来を知ることが出来、最善の手を打つことで確率を上げることが出来ます。

 好ましい未来が欲しいのであれば、私は、もう少し考えるようにするべきです。仲間達には、未来が知れることを伝えたいと思います。夢を持てばいいのです。ただ、それだけです。
 

モチベーション

 以前は、なにも考えなかった。気付き、この人達は何故私の言うことを聞いてくれるのだろうと不思議に思った。今は、伝えるものがある自分が嬉しい。そのことに感謝している。

 ただ、1年2年その先と付き合ってくれる人達のレベルが上がると伝える内容が難しくなってくる。話の次元と空間が増えて行くのだから工夫が必要になってくる。仲間や資料の力を借りて伝え方を何度も練り直す。

 教わる方は真面目で真剣に話を聞いてくれる。伝える方は、それ以上に真面目に真剣に伝え方を考えるべきだと思う。昨日は、それで1日が終わってしまった。完ぺきではないけど以前よりは大分ましだと思う。

 伝え方。私から見ればすごく多くの方が私の話を聞いてくれる。伝え方が下手でも察してくれる人もいれば、まだ細かな行動まで伝えた方がよい方も居る。人それぞれ、でも皆さん進歩しているから話も難しくなる。

 何故、話を聞いてくれるのか理由は分からない。でも、聞いてくれ実践してくれることが嬉しい。思いが本当に伝わり夢の片鱗が花開くには今少し時間がかかる。その日が楽しみ。
 

今朝の一杯

 朝から肉ぶっかけうどん!旨し!!(500円消費税別)

20181013肉ぶっかけ

 何時もの”すき家”は、何やら怪しい様子、閉店か改装か、出来れば改装であってほしいのですが電気が消えていて頼みの綱の”まぜのっけ朝食”にありつけませんでした。

 ならば、宿題の”讃岐、肉ぶっかっけうどん”となった次第です。

 ここのうどんの旨い!は有名ですが、一番おいしい食べ方は冷ぶっかけでしょう。今日も元気だ、うどんがうまい!朝からガッチリ食べました。

 人って、食べてるとき、随分と幸せだと思います。人それぞれですが、食に興味のない人が少々かわいそう。などと、勝手を思いながらすするのでした。おわり
 
手打ちうどん 咲楽さん

忙しかった日に

 軽い打ち合わせが2つだけだったので、昨日は細かい仕事が20個ぐらい出来ました!でも予定していたのは22個、2つ終わらなかったです。そして、とても疲れたです。

 20個ぐらい、と言っても並行して行っている仕事が多く「調査して報告するまで」とか「形にし確認依頼まで」とか細切れな仕事を処理していくだけ、しかも慣れた仕事の連続ですので早いのです。

 そうやって空けた時間で新しいこと試します。試したいことは沢山あるのですが全部は出来ないので、これも少しづつ手を付けます。そうしておけば直接試していない時にでもアンテナは出ているので新しい気付きをひっかけることが出来ます。

 そしてある日また新しい知識と経験が身に付く。それは大変嬉しい瞬間です。1日終わって今日は20個出来た!これも嬉しいです。結局のところ何でも嬉しいのかも知れません。
 

人を動かす

 新しいことを始めようとする時「人に動いて貰うのは難しい」らしい。らしいと言っているのは「私自身は楽だ」と言っている訳では無く、大変でも時間が掛かっても動いて貰うことは出来ていると思うからで「どうしたら動いて貰えるかが思いつかない」と言うことは無いからです。

 「どうしたら動いて貰えるかが思いつかない」について考えてみると「経験の薄さかな?」程度にしか違いが思いつきません。目的と目標は掲げているのですが絶えず気にして行動をしているのでしょうか?それに向かおうと考えているのでしょうか?それが身に付いていない。

 人に動いて貰うには、まず自分から動く、それには自分が何をしなくてはならないかが分かっている必要があります。人には、その行動に協力してもらうだけですので、まず自分です。多分、目的目標と現状との距離が遠いため自分が何をすべきかを具体化出来ないのでしょう。

 であるならば、目的の認識を新たにしながら課題と環境をを確認し具体的に何からどの様に手を付けるのかを教える必要があります。手順は決まっていますから私には難しいことではありません。難しいのは、やり過ぎずに彼らにどの様にそれを伝えるかです。出来るでしょう。
 

多分それが正しい

 何度かのやり取りがありトレンドマイクロさんより、提出したウイルスに対応したウイルスパターンファイルをリリースして頂けました。ありがたいことです。

 今回の事の発端は、フリーソフトの社内持ち込みでした。こう言った事ある毎にルールを厳しくしていくことに成ります。そして作ったルールは見える化し教えます。教えればいいのですが合わせて見えない人の気持ち、こちらは厳しくと言うより支えるような気持ちで接するべきでしょう。

 後輩達に「管理とは、よい状態であるように気を配り、必要な手段を(組織的に)使ってとりさばくこと。」なので「監視、悪いことが起こらないように)番をして見張ること。」とは違うんだよ。と教えます。でも、悪いことは起こります。見えない所の違反を見える化する。工夫をして監視してあげるのも管理の一部かも、と思うように成りました。

 ある程度の訓練を積まなければ人は易きに流れます。好ましい、または好ましくない未来を想像する力が弱いのだと思います。それに、人には揺らぎがあります。一度決めたことでも環境や体調で破ってしまうことがあります。ですから、その結果(未来の想像)を教える環境と揺らぎを注意してあげられる環境を整える。それも必要なのでしょう。

 最初に作るルールを実施するには多くの人手が掛かります。でも、工夫は出来ます。自動化も出来るでしょう。注意すべきは実施後の分析です。違反の陰には「仕事が面白くない」などと言う理由もあります。それは違った問題ですが会社にとっては同じ問題でもあります。

 まずルールを作り、実施し分析し効果が上がったら継続し測定し隠れた問題を検討し取り除き、何時か作ったルールを無くせるよう考える。どんな事でも真摯に取り組めばそう言うことになるような気がしています。
 

人は変わる

 昨日の続きっぽいんですけど、若い人の吸収力には驚かされます。若すぎるかも知れませんが1歳児2歳児などは驚異的、自分では食事もまともに取れなかった子が歩いて喋って訊ねて笑う、何でもかんでもどんどん出来るようになってどんどん考えます。

 これが10代20代になると少し様子が違ってきます。殻にこもったり少し斜めに見たり、自我と言うものでしょうか?学びだせば楽しいハズの学習も身に付く人と離れる人に分かれて行きます。私もそう、良い先生に巡り合った科目だけは何とか他は全滅でした。

 何かに取り組もうと言う気持ちはどこから生まれてくるのでしょう?面白そうと思って少し手を付け続かず諦めふてくされる、などと言う姿を幾つか見てきました。逆に言葉数は少なくも受け止め自分のペースで前に進もうとする姿も見てきました。違いはなに?

 歳を取るにつれ自分の視野を狭めてしまうのでしょうか?未来や希望、新しいことの発見、自分を見つめ直し人としての自分を知る面白さ。それら心地よい環境は、良い先生に巡り合わなくては無理なのか?良い先生には成れないからせめて環境かなあ。
 

何かまとまらない

 久々の休日、友達を誘ってカップヌードルミュージアム訪問、親子ずれカップルに交じって遊んできました。入園料が500円、世界に人るのカップヌードルを作るのに300円、かなりクオリティーの高い世界の麺類約10種300円(全てハーフサイズ)、見学コースも工夫がされ大満足、楽しかたので今度は家族や仲間を連れて来たいです。

 このミュージアムのテーマは’創造的思考’食と言うテーマですが新しいものが生みだす苦労と喜びは私の仕事も同じですが、アイデアの見つけ方、育て方、伝え方を楽しく教える工夫は流石だと思いました。頭のだけで考えるだけではダメ、それを形にしていく作業こそが’クリエイティブシンキング’相手に受け入れられてこその創造です。

 今の私は幸せだと思います。友達に恵まれ仕事に恵まれ仲間に恵まれ家族に恵まれ目的に沿った目標がある。ただ、ここに来るまでには辛い思いもありましたし不安や疑いなども沢山ありました。何より長い年月が必要でした。友達もそうです。新しい技術新しい知識は次々と生まれだしますがそれを形にする技術の習得も必要です。

 随分と変化の進みは早くなりました。新しい経験が最初からある世代には新しい知識を消化する速度では敵わないかも知れません。でも彼らがまだ経験できていない形にする技術と失敗する技術を上手く伝えること、それは私にもできます。そしてその基本は新しいものにチャレンジする私の姿だったりします。話が飛びすぎました(汗