FC2ブログ

自己分析

 人は、「怒り、傷付き、先の事を心配する」者ではあるのですが、私は十数年前からこの感情が薄くなってきています。少々悪戯されても怒らないし、辛い言葉からの回復も早く、起こるか分からない先の事を考えるのを止めました。

 感情が無くなったわけでは、ありません。人の話を聞いてよく笑うし、映画を観たり本を読んだりでは、涙もろくなったと感じています。周囲の人の困ったに対しては真剣に考えたりもします。ただ、今を余り後に引きずらなくなったようです。

 私は元から自分勝手で我儘です。自分が正しいと思った将来像に対しては、「なるほど!」と思える意見が出てくるまでは、まず譲りません。反論しないまでも心の中では、「少しでも将来像に近づいてやる。」と思ってます。頑固なんです。

 結局のところ「人間的に大きくなった」とか言うことでは無く、「将来の夢があり、進む方向が分かっていて、今やるべきことに忙しい」から「怒り、傷付き、先の事を心配する」暇が無いのです。私は何時も忙しい、でも最近は、休むも覚えました。
 

余計なこと?

 私は、友人や仕事を通じて知り得た、相手に不利益になる情報を決して他の人に話すことはありません。その方は困って話してくれたのですし、仕事を長く続ければ話してはいけないことに幾つも出来わします。それは、墓場まで持っていけばいいのです。

 私は、私に付いて質問されると素直に話してしまう性質です。隠して何時までも聞かれるのも嘘を言って良心の呵責にとらわれるのも嫌だから、楽に生きたいと思うので子供のころから質問されたことには素直に答えるようにしています。

 でも、私の答えが質問者の想定した答えと違った場合、面白くないと思われる方も大勢います。特に私をよく知らない人、自身と比べて環境や生き方・考え方が違うと感じる人は、強く私に当たってくる場合があります。そんな時、私も人ですから辛いのです。

 辛いのですが私は気にしません。無口になろうと思ったこともありますが変わらず笑顔で答えます。それで良いのでしょうか?相手に話を合わせる、相手に会合わない考えは伏せておく、余計なことですがそんなテクニックも時には、必要だと思いました。
 

幸せ

 幸せって何だろう?どんな時に幸せと思うか皆に聞いてみた。

 美味しいものを食べている時
 家族と一緒に過ごしている時
 目的目標に向かっている時
 苦労から解放され一人でいる時
 友達とゲームをしている時
 姉のドジを聞いて爆笑した時
 楽しい計画を考えている時

 どんな時に幸せと感じるのかは人それぞれ、皆違うようだ。

 あえて言うならば、素の自分、自分らしく居られるときに人は幸せだと思うらしい。

 自分らしいって何だろう?生まれ持った性格の周りに経験から得た性格を身に着けて私達はいる。一人一人違った性質を持った私達は、その場に合った性質を使い分けて生きている。

 そして、自分らしいと心底思える時に、私は私が幸せなんだと思える。多分、皆もそうなんだと思う。自分らしく生きていると思える時が、幸せと思える時なんだと思う。

 でも、貴方が幸せだと思う時は何時ですか?と問われた時に「目標に向かっている時の自分が幸せだと思う。」と答えるよりは、「生ビールの一口め。」と答えられる自分だったらな、とは思う。
 

おはよーう

 今朝も何時も通りに起きました。何時もと同じ、ですので特に何と言う事もありません。でも、何時かだいぶ先だとは思いますが起きない朝が来るかも知れません。まあ、私はその事に気付かないんですけどね。(笑

 その時に、「良い人生だった。」と思えたらいいですね。でも、人が生きている間に知れることは、この世の中の極々僅かです。殆どのことを知らないで人間は旅立ちます。それでも「良い人生だった。」と思えるのでしょうか?

 思える人も多いんじゃないかな?と、私は考えます。どんな人達かと言うと、その瞬間近くまで何かを知りたい,学びたいと思う人。そうで無かったとしても自身が出来ることを自分なりにその日間近まで不通に行っていた人。

 そんな人達じゃないかな?。何故か、ですか?その方が生きていると感じられると思うからです。本人は、楽しいなんて気付かないかも知れませんが良い人生には「明日も人間らしく生きる環境がある。」ことが大事なんです。
 

鈍感力

 私は、本を読むことが好きなので、漢字の読みは大丈夫だろうと長い間思ってきました。ところが最近になって本の意味を理解し次の誰かに本の意味を伝えようと思った時に、単語一つ一つの意味を疎かにしてきたことに気付きました。

 本や話を私一人で楽しむのなら、その意味は私一人の解釈で構いません。前後から仮で読んでみても、場合によっては読み飛ばしても何ら問題はありません。しかしながら、その意味を誰かと共有する場合には、問題が発生します。

 例えば、「バリアフリー」。この言葉には、「誰でも同じように生きる権利がある」と言う意味があります。障害があっても高齢者であっても貧乏であっても、「誰もが同じように生きる権利がある」、そのことを私達は忘れがちなのです。

 私は、気付きの少ない人間です。「鈍感力」と言うのだそうで、「それはそれで優れた能力だ」と教わりました。でも、もう少し周囲で起きている変化に気付き学ぶべきだと思います。会社の中だけ、業界内だけの視野では、足りないのです。
 

自我(エゴ)

 過去の失敗を話した時に「g-mon さんでも、そんな事があったんですか!」と驚かれたようです。その方は、最近の私しか知りません。勤め始め数年で管理職に付き、何も知らないまま部下を怒鳴りつけていた頃の私を知りません。

 長く一緒に働き部署を離れた元部下が笑いながら言います。「気を付けて、g-monさんは『100回でも教えてやる。』と言うけど3回目位から嫌そうな顔をするから。」と言って笑います。最近の私だったら嫌な顔をしないでしょうけどねえ。(笑

 人は変わります。私の自我(エゴ)の下には、親や教育によって培われた超自我(スーパーエゴ)があり、その更に下層にある子供のころからある本能を抑圧(勝手に飛び出ないようコントロール)しています。お酒を飲みすぎなければね。(笑

 昔のお友達は、ダメな私しか知りません。今が良いとは言いませんが超自我が少しは増えましたから、幾らかはましだと思ってます。そして全てが本当の私です。今の私は、この瞬間しかありません。明日の私は?私も知りません。(笑
 

学友

 何かを始めたいと思った時、調べれば道は見つかります。行動すれば入り口が見つかり何をすれば良いかが分かります。後は頑張るだけです。でも、その頑張りが嫌いな人、続かない人が大勢います。

 体力的に続かない、思っていたイメージと違う、何を教わっているのかが分からない、理由はそれぞれでしょう。ことによっては、早々に止めるのがいい場合もあります。でも、私は面白いから止めません。

 何かを始めたいと思ったことは素晴らしい事なんです。そんな自分に誇りを持つべきです。そんな自分にワクワクするべきです。苦労している、苦しい思いをしている自分を楽しむべきです。そう思うでしょ?

 私は、同じ目標をも持ち、たまたま一緒になった方達と出来れば最初の出口まで一緒にたどり着きたいと思ってしまう性格です。お陰様で学友にも好かれています。だからまず自分がしっかりしなくては。
 

雑談

 私は、人に話しかけるのが苦手です。それが誰にでも簡単に話しかけられる人に出会いました。初対面の人に気軽に話しかけ雑談をしたり場合によっては協力してもらったり出来るのです。凄いと思います。

 そもそも私は、雑談が出来ません。雑談とは、その場を立ち去れば忘れてしまうようなことを話すことのようですが何を話してよいのかが分かりません。でも、雑談は人間関係を作るために重要のようです。

 人間関係を作ると言うのは信頼を得ると言うことです。そう言えば同僚が聞いてくれました「理解されていないなと思える人と最近話していますか?」の問いにも興味がなく「話してないよ?」で終わらせてしまいました。

 当然ですが私もその相手を理解しないままです。特に話しかけなかった理由も特になく雑談が苦手なだけだったように思います。どうも雑談が出来ると言うのは凄い事のようです。研究してみたいと思います。
 

学びが楽しい理由

 学校の先生が思い出させてくれたように確かに学ぶのは楽しいです。楽しいのですがこの楽しいという感覚、私の学生時代にはあまり無かったようにように思います。何時から、何故楽しいと思うようになったのでしょう?

 自分から勉強をしだしたのは、仕事に付いてからです。切欠は結婚を考える相手が出来、もっと安定した仕事に付こうと考え夜学に通いました。楽しいとは思いませんでしたが資格試験で一番上の級に合格した時は嬉しかったです。

 転職してからは良き先輩に巡り合い無知な私に丁寧に電機や機械設計、電子回路の見方を教えてくれ仕事の幅を広げてもらえました。楽しいと思ったのはこの頃からであり、仕事を任されるようになってからは足りない知識を積極的に学びました。

 今は、学びが私自身の自律を助けてくれることを知っています。どんなことでも私の糧になることを知っています。そして私以外の人が私の知らない経験を持っていることを知っています。私は学びによって成長していると感じることが楽しいのだと思います。
 

自己紹介

 とうとつですが、学校に入学し自己紹介をするにあたって「私は g-mon です」以外に紹介するものを思いつきませんでした。ですので改めて自分を振り返り大切にしていること2つを話すことにしました。

 1つは何故学習をするのか、もう一つは何故この学校を選んだかです。

 何故学習するかのキッカケですが、私の社員番号は23番です。今は400番を超え社員数も200名に近くなっていると思います。随分と大きくなったものですが当初は発展する会社にありがちな問題が噴出していました。離職者が多かったり人間関係がギクシャクしたりです。

 私も心を痛めました。そこで色々なところに勉強に行ったり本を読んだりしマネージメントを覚えました。マネージメントを一言で言えば”人を大切にすること”,”相手を認めること”です。離職者が減り人間関係も良くなりました。そして今、”人を大切にすること”,”誰かの役に立つこと”をもっと学びたいと思いました。

 この学校を選んだ理由ですが、皆さんも知ってますように教え方には2種類あります。文字で教えられるか教えられないかです。文字での教え方はマニュアルです。「いらっしゃいませ,お決まりですか?,ポテトはいかがですか?」多くの人が短期間で技能技術を習得できます。でも、マニュアルに無いことは学べません。

 もう一つは、講師が経験やカルチャーを言葉や行動で教える方法です。生徒は、やってみて考えてみて行動し思うことをのべ講師の評価を得、上手くいけば褒められたりアドバイスを貰えたりします。この教え方は難しく手間がかかりますが生徒に思いが伝わり想像力が付きます。生徒は学び続けるを覚えます。

 学校見学会に参加した時に壁に貼られている先輩たちの資料や案内してくれた講師の方のお話を聞き私は、この学校の先生方は自分の経験やカルチャーを教えてくれる方達だと思いました。それがこの学校を選んだ理由です。

 学習期間は半年、10冊もの教材を渡され内容の深さに驚き授業に付いて行けるのか不安に思っています。半年後に学んだことが生かせるようになるのか心配です。それでも今は一緒に学ぶ仲間たちと頑張ってみたいと思っています。
 
 さて、こんなんで自己紹介になるものなのか。学は楽しいです。とにかく前向きにです。