FC2ブログ

今をどうするか

 産業革命は、石炭(蒸気機関)、石油(内燃機関)、原子力及び再生可能エネルギー(電動機)と言った燃料と動力の革命とも捉えられるし活版印刷や輪転機、タイプライターからワープロ、ICTにインターネットと言った情報の革命とも捉えられます。

 それらの革命と時を同じくして進む爆発的な技術革新に娯楽の発展、そして産業革命に乗り遅れた国間の格差の拡大、国民の中での格差の拡大があるように、企業や業種ごとにも格差はあり結局のところ進化があれば取り残される人も生まれます。

 ただ、幸せの基準にも格差があります。慌ただしく刺激的な毎日が好きな人がいると思えばスローライフが好きな人がいて、工夫次第で自然と向き合い多くを望まなくても生活が出来る事を学んだ人もいます。進化の仕方も色々あると言うことですよね。

 大切なことは、どんな時にも自分で考えることだと思います。退屈だからと安きに流れるのを人のせいにし仕方がないと言い張るのは無理があるのです。暗記ではなく読解力のある人を増やす教育も考える力が大切と気付いたからですよね.。なら考えましょ。
 

命日

 四月一日などと言う日に亡くなるから母の命日を落とすことは無いだろうと思います。日ごろも何かの機会に母の行動を思い出すのですがこの日が近づくと何かに付け”母ならこうだった”とか”こういう行いは嫌いだった”などと思い出すことが増えます。

 父は頑固でしたが感情を表に出すことが少ない方だったと思います。それに対し母は感情の塊のような人で喜怒哀楽と行動力があり苦労の中に自分から飛び込んで行くような人でした。まあ恐ろしくもあり頼もしくもある、それでいて父を一番に考える。

 人は死にます。突然だったり徐々に弱ったり死に方も人それぞれですけど何時かは死にます。死んだ後に何か残るかといえば触れ合った人達の記憶の中に残り何となくその人の行動の中に現れたりするのでしょう。それが人と人が織りなす歴史です。

 何となくですが人は自分が死ぬ時を自分で決めているような気がします。父も母も死に至る理由は別々でしたが死ぬ時は自分で決めたように感じています。それまで十分以上にしっかり生きていましたからそう思えるのかも知れません。そうありたい。
 

嫌な話

 このブログには、出来るだけ楽しかったこと嬉しかったことを残していきたいと思っているのですが何となく気が重くなることが多く”元気のない事を記してしまっているな”と私事なれど寂しくもあったりしています。

 仕事が趣味の私ですので働けていれば文句は無いのですが他はそうでもないようで、同じ職場内この半年間で四人目の退職者が出ました。私が若くして課長になった時の部署と同じで問題があるのでしょう。

 苦労しました。職場の改善活動に付いて学び幾つか実践しました。つてを頼って異業種の研究会に参加し知り合った大先輩にお願いし人事制度を変えました。もちろん儲かる工夫も毎年幾つか実施しました。

 この職場でそういったことを行うつもりは、ありません。申し訳ないのですが何がどの様な仕組みでどの様に起こっていくのかを勉強させて頂きたいと思っています。潰れはしません、それが問題なのでしょう。
 

休暇

 自粛要請が出ているのですが以前からの予約でキャンセルも迷惑がかかると箱根まで体を休めに来ています。雪の降る中、家を遅めに出て”うな和”さんで昼食を取り”宮城野早川堤の桜”を見て早めにホテルに入り夕朝は部屋食をお願いしました。
出発時は雪

 ”うな和”さんは予約をしないとなかなか入れないのですが本日は一席だけ空きがありスンナリ入店(店を出る時には夜の部まで空きが無いとの張り出しあり)食べ物ですから趣味はありますが私的には皮の焼き加減、タレの味加減共に好みでした。
旨いうなぎ屋

 ”宮城野早川堤の桜”を見に行く頃には雨も上がり心配していた雪も積もらず一時晴れ間さえ現れました。天気が良くこんな時でなければ停めれないかも知れない駐車場も開いていて川岸の花見スポットにも誰もおらず恋人逹一組とすれ違う程度。
静かな桜

 ルームサービスを使った夕食も美味しかったし温泉に何度も入り疲れもとれたし、こんな時にと思いながらと申し訳ない気持ちがあるもののどの道も空いていて気持ちよく走れました。自分だけがいい思いをすると落ち着かないのも困ったものです。
朝部屋食
 

お断り

 職場で「パソコン教室を開いてくれ」との依頼あり、丁重にお断りする(笑)。パソコンの知識が誰かに付けば何か良い事が起こると思われているのか、お金がかからないと思って軽い気持ちで頼まれたのでは、大きな迷惑です。

 お金を掛けてもいい、貴重な時間を使っても何の成果も生み出ないと断言します。これが目的を持った方が自分自身のために考えた末に目標を示され手伝って欲しいというお話しでしたら苦労を共にしようとも思えるのですが。

 以前、改善の話に興味を持ってくれた方にシステムをプログラムして渡してあげたらその後何度も、それこそ何年にも渡って「ああしてくれませんか」「ここをこう直せませんか」となるほどと思わせるアイデアを提供してくれました。

 その人は、パソコンは使えてましたがプログラムを覚えることはありませんでした。でも、他の方と違って何がしたいかは持っていましたしそれは自分だけではなく仲間達への思いでもあったのです。今回の依頼主はダメですね。
 

どうしたものか

 毎日それなりですが頑張っていたら少しばかり自分に余裕が出来てきました。そこで新しいことを学びに行けないか調べてみたのですが、この世界では通信教育や夜間部で教えてくれるところが見つからず、1週間ばかし仕事を休む必要がありそうです。

 有給休暇を利用すれば何とかなるとは思えるのですが退職者が続いた穴が埋められていないので何時もの1.5倍の仕事を任されることも多くなり言い出せる雰囲気ではありません。この職場はいつもこんな感じなのでしょう暫くは様子見しか無いようです。

 何かを始める時に少々の無理は必要です。徹夜とまでは行かなくとも遅くまでの残業が幾日も続いたこともあったし仕事が終わってから訓練校に半年ほど通ったこともあります。苦労と自分自身の知識欲を比べれば知識欲が何時も勝っていたようです。

 上司は、見ていて可哀そうな位に頑張っていますが派遣社員やパートさんは時間キッチリで働き社員さんも安全より効率を優先している様に見えたり整理整頓の雑さも見え隠れしています。早く退職者の穴が埋まれば良いのですがこの繰り返しなのかな?
 

手順を知らない

 この世の中知らないことだらけ思いもよらないことだらけですから失敗や落しは付きものです。後輩たちを見ていても何を知らなくて何を困っているのかが分かるまでは、手の差し伸べようが無いのが現実です。

 それでも、本来であれば長い年月をかけ標準化や教える文化が出来てきても良さそうだと思うのですが数十年以上続いた職場でも日々のマニュアルが無かったり新人研修や学習機会が無いところもあります。

 現場や従業員のせいでは無く単純に全体を見る力のある人がいないのだと思います。生産性を上げるには、ボトルネックを見つけ出し改善していくのが最初で、利益が出る確信があれば設備投資を行います。

 教育の無い現場では効果の無い設備投資が行われているものです。職場で発言力のある方の思い付きが現実になったわけですが誰も責任を取りません。知らないことに対処する方法を知らないのでしょう。
 

100年続く会社

 マネージメントを行うには、リーダーシップ(目標を示し皆を引っ張っていく力)とマネージャー(個性に合った環境を用意する力)が必要ですが、今一つ気付いたのが仕事本位に力量を見極め役割を任せられる片腕的存在を作る力が必要だと言うことです。

 何も自分の出来る事を誰かに任せる必要は、ありませんが人は何故か自分に何が出来ないのか何が不足しているのかを知ることが苦手です。他人に厳しく自分に甘いためでしょうが全てが出来る人は稀ですしいたとしても全てを熟すことは出来ません。

 もちろん企業規模にもより立ち上げ当初は自分で多くのことを熟さなければならないでしょう。それでも自分の得意な方面に力を集中したいハズですし優秀なパ^-トナーが居てくれたらと思うハズです。ところが規模がある程度大きくなった時に忘れます。

 いえ、賢い人は忘れないでしょう。ただ、パートナーも賢いとは限りません。経済学者が必ずしも経営に向いているとは限らないように任せる相手を見極める力も必要です。ですので100年続く企業には、仕事を任せ育てて行く文化があるのだと思います。
 

寄り添う

 自分の気持ち、思いが上手く伝えられないとしたらどんなにももどかしいものだろう。私達も普段の生活の中で自分の意図が上手く伝えられず苦しむことが多いのですが、もし障害を持っていたのであれば尚更そういう場面が増えるのだろうことは想像できます。

 自分の思いが伝わらない時、人は思い悩み伝える努力をし、それでもうまく伝わらなければ怒りや悲しみの感情を顕わにし、それでも伝わらなければ諦め人によっては、生きる価値を見出すことのできない深い闇の世界に入ってしまうのではないかと思います。

 そう思える人を見てきましたし、そこに近付こうとしている人にも出会いました。お節介でドライブに誘ってみたり一緒にお酒などを楽しみ夢に付いて語ってみたり。皆さんそれなりにご自身の道と出会い余計な心配は不要な場合が常でした。健常者の場合には。

 何をもって障がい者と呼ぶかの定義を正確には知りませんが、自分の意図を上手く伝える手段を持てない方は、同じように苦しく悲しい思いをしているのではないかと想像しています。私に出来ることは、機会を作り聴くことだけです。ただ寄り添う、それだけです。
 

自分主義

 何とか仕事が回せるようになってくると自然と周囲の状況も見えてきます。こちらが大変なことを知って手伝ってくれる人や自分の仕事を優先しこちらの仕事を遅らせる人、立場を利用し楽をする人に先の事を考え準備をする人など様々です。

 それら周囲の人間関係をも仕事の流れに組み込み対応方法を考え仕事を回せるように成るには、また少し時間が必要です。無意識のうちに周囲の人が気持ちよく仕事が出来るように陰のお手伝い(整理整頓など)が出来ればしめたものです。

 と言っても周囲が気付き喜んでくれるなどと期待しても無駄です。こちらを手伝ってくれた人など最初からこちらを見ていてくれた人は、最初からわかってくれていますし、そうで無い人は、幾ら時が経っても気付きません。そんなものなのです。

 得れるのは、自分自身の仕事に対する誇りと更なる熟練度に向かう工夫力と周囲を広く見渡せるゆとり力です。一日シッカリ働けて疲れはあるものの充実感があり今日に満足しながらも明日のことを考えられる。それだけで十分幸せを得れます。